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英雄とスライム  作者: ソマリ
幼少期編
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1章 第19話R 瘴気

「いやあ、こうして竜車に揺られているとマルクと出会ったときを思い出すわね」


 揺れる竜車の籠の中で、マルクがいるであろう竜車の隊列の中団辺りを見ながら照れ笑いを浮かべるニネット。

「ええ!? 聞きたい!!」

「興味……あります……」

「あら、私もちゃんと聞いていなかったわね」

「僕も聞きたいです」


 退屈な竜車での移動に飽きていた女性陣は、獲物を見つけたと言わんばかりに食らいつく。この世界に生まれ変わって八年が過ぎた四月、クーリオンへの移住が始まり、自分達は第一陣として出発することになった。

 自分達が乗る、大きなトカゲに籠を引かせて走る竜車という乗り物は、人が徒歩で一日かかる距離を三~四時間ほどで走破するらしく、通常の馬車と比べても長距離の移動であれば半分ほどの日数で済むらしい。

 この大トカゲは瞬間的な速度では馬に劣るものの、馬の駆け足ほどの速度で長時間移動できるというスタミナの塊だ。ただし体を左右に大きく振って進むため騎乗には向かず、隊列の護衛では騎馬の兵士をつけるのが一般的で、ファビアン・マルク・カイルの三名も隊列の護衛として、馬に騎乗し警戒にあたっていた。


 六十人が乗る三十台ほどの竜車の列は、隣のクーリオンまで約五十日かけて移動する。一日の大半を竜車の籠の中で過ごすというのは恐ろしく暇で、基礎学習の復習とサラの基礎学習力向上に充ててはいるが、あまり詰め込みすぎても集中力が持たない。レイアスはオセロくらい作っておくんだったと、少しばかり後悔し始めたところであった。

 そにニネットが話題を振ってくれたのだ。人ののろけ話なんて普段は興味無いのだが、この状況では乗らない訳にはいかない。

 籠の中にはライノ家の二人と家令一人、クロード家の二人と家令二人、そしてサラの八人が乗っていた。エリーシア・サラ・オレリアに続き自分まで聞きたいと食いついてきたことに少し驚きの表情を見せるニネットだが、ニコニコしながら昔話を語ってくれた。


「あれはね、私がまだ騎士爵を継いだばかりで駆け出しの頃だったわ」


 のっけから新情報が出てきたが、話の腰を折るわけにいかないので頷きながら聞いておく。しかしそれは、予想を遥かに超える長話であった。


 当時ニネットはクーリオンに住んでおり、アーティオンへ移動する子爵の護衛任務を受け、アーティオンへ移動することとなった。別の任務でクーリオンに居合わせたファビアンやマルクの帰還に合わせ、アーティオンへ移動するが、その途中で六頭の狼に襲われた。

 熟練兵士と互角の強さを持つ狼だが、ファビアンが一頭を倒したことで引く気配を見せた。それで気を抜いたニネットが狼に押し倒され、間一髪というところで、マルクとファビアンに助けられた。

 その際マルクは足に重症を負い、アーティオンで治療するも完全に治すことはできなかった。


 そこまで話すとニネットは当時を思い出したのか、悲しそうな表情を浮かべる。エリーシア達は固唾を呑んで、ニネットの次の言葉を待っていた。


「だから私は、マルクに結婚を申込んだわ」

「お母様展開早くない!? しかもお母様から申し込んだの!?」


 エリーシアが急展開に驚くが、エリーシアが突っ込んでいなかったら自分が突っ込んでいたに違いない。


「ははっ。助けられた瞬間に惚れてしまったのよ、マルクには「傷の責任を感じての事であれば迷惑だ」「子供には興味はない」って何度行っても断られていたのだけれど、しまいには押し倒してやったわ」


 顔を赤くしながら話すニネットと、黄色い歓声を上げる女性陣。そして気付いたことがある。現在エリーシア九歳、ニネットは確か二十四歳。マルクはファビアンと同い年と聞いたことがあるから四十三歳のはず。当時の年齢は……うわぁ……


「レイアスどうしたの? 何か微妙な顔をしているけど」

「……引きつってる」


 エリーシアとサラに気付かれたので、思い切ってオブラートに包んで聞いてみることにした。


「いや、ニネットさん当時いくつだったのかな、って思って。そんな若いのに騎士として任務を任されるって凄いんだよね?」

「ええ、当時まだ十四歳になってなかったわね。でも幼い頃から祖父に槍を教わっていたので、自分で言うのも何だけど同年代では頭一つ抜けていたわ。だからこそ、かもしれないね。強かったからこそ、自分を守ってくれるような存在に憧れていたわ。マルクがね、初恋なの」


 再度籠の中に響く黄色い歓声、ニネットは両手で赤らめた頬を抑えている。ちょうどその時竜車が止まり、騎馬の男性が籠を覗き込み声をかけてきた。


「随分元気なようだけど、休憩地に着いたよ。昼食の準備を……って、どうしたんだい?」


 全員の温かい目で迎えられ、狼狽するマルクの姿がそこにあった。



 その後昼食を取りながらニネットが元騎士爵でマルクとの結婚を機に爵位を返上したことや、狼やゴブリンを始めとしたこの辺りで見られる小型魔獣や魔物の話を聞いて盛り上がった。

 そしてこの長距離移動でライノ家と一緒に食事をするようになって気付いたことがあった。静かに、黙々と食事を摂る習慣は地域性ではなく、ファビアンの方針でクロード家だけのものだったらしい。固いパンと薄味の肉の入っていないスープでも、会話しながら食べるだけで多少はマシな感じがするものであった。


 長い旅は途中で幾つもの小さな農村を通り、休息と食料品の補給などをしながら進む。小さな農村は村の周囲を柵で囲っただけのものだが、それだけでもこの辺りの魔物は警戒して近付いてこないのだそうだ。途中で何度かゴブリンの襲撃を受けたらしいが、十分な護衛がついた集団に近付くことも出来ないまま排除されたらしい。実際、襲撃があったことなど一度も気が付かなかった。

 中間地点あたりではクーリオンからの移住者の一団ともすれ違い、情報交換なども行った。クーリオンからの移住者の中にはコーバス伯爵の次男夫婦がおり、竜車の休息地でしばしの団欒が行われたそうだ。

 そこで初めて知ったのだが、アーティオンの新領主はコーバス伯爵の次男が子爵として独立し、治めることになっているらしい。何らかの功績を上げた貴族は跡継ぎ以外の子息を分家として擁立することが許されるとのことだった。



 およそ二ヶ月近い長旅を終えると、新居には長兄モーリスと次兄オラースの姿があった。二人共十四歳になったときクーリオンへ別々に移住したのだが、一家全員の移住が決まったと連絡を受けてからは、一緒にこの新居で家族の到着を待っていたらしい。

 久しぶりに会う二人は随分と大きくなっており、特に四年ぶりとなるモーリスは父と変わらないほどにまで背が伸びていた。久しぶりの家族団らんの時を過ごし、平和な日常が訪れた。食事は相変わらず会話をせず黙々と摂ることになったが、久しぶりの家族全員っが揃った食卓は温かいものを感じさせた。

 モーリスは既に騎士見習いとして実績を積んでおり、今後はファビアンの隊で任務につくことになるそうだ。オラースは順調に仕事をしているのかと思えば他の貴族家の娘との恋が燃え上がり、婿入りの話が出ているらしい。幼い頃に勉強を見てもらっていた次兄に早くも結婚の話が出たことで驚きはあったが、上手く行って欲しいとも思えた。



 マルクはクーリオンへの移住が決まった際に、私塾を開くと言って爵位の返上を申し出ていたらしいが、コーバス伯爵から「若者の教育も貴族としての義務の範疇である」として許さなかったそうだ。

 第二陣、第三陣と後続の移住者が到着する中、七月には早くも『ライノ塾』が開設された。魔術等の学習は上級教室とされ、そこには自分とエリーシア・サラの三名を含めた八人が、他の多くの入塾者は文字の読み書きや計算といった基礎教室で学ぶそうだ。基礎教室は主にニネットと雇いの教師の二人で担当すると聞いている。

 ここでは身分の拘り無く平民であろうと貴族であろうと分け隔てなく全員が『生徒』として平等に学べる場にするとマルクが言っていた。



「いやっ! なんでこんな所に魔人族がいるのよ!」


 その上級教室に入ってかけられた第一声がこれである。エリーシアが怒りに任せて掴みかかろうとするが静止し、自分の服の裾を掴んで後ろに隠れたサラの綺麗な黒髪を見せつけるように撫でる。


「クーリオンってアーティオンより都会だと思ってたけど、まだ黒髪イコール魔人族だと思ってる人がいるんだね? そういえばエリーシアも最初びっくりしてたっけ」

「な! あ、あれは……忘れてたのよ……って今言わなくても良いじゃない!」


 顔を赤くして反論するエリーシアは置いといて、大声を上げた薄茶色の髪をした十二~十三歳くらいの少女に笑顔を向ける。


「はじめまして、僕はレイアス。この綺麗な黒目黒髪の子はサラ。ちなみに魔人族は目が紅いんだよ? 知ってた? 知らなかったのなら仕方ないよね? そういった事もこれから一緒に勉強していくことになると思うけど、仲良くして貰えるかな?」


 内心の怒りを必死に抑えたつもりだが、少しばかり嫌味が出てしまったのは仕方がない。『レイアスとして』のスタイルは崩せないためあくまでも優しく、友好的な態度で接する。しかし薄茶髪の少女は逆にヒートアップしてしまった。


「なんですって!? 私が間違っているって言うの? 私はアレクト子爵の娘で」

「そうだ、間違っているのは君だ」


 薄茶髪の少女の言葉を遮ったのは、ちょうど上級教室に入ってきたマルクだった。


「ここは貴族の爵位に拘り無く学ぶ場であると、入塾の際に説明したね? 子爵の子であろうと平民の子であろうと私にとっては同じ生徒であると言ったはずだね? 間違いを認めず爵位で押し通そうという者は学ぶ意志がないものとするがかまわないね? ちなみに魔人族であろうと野人族であろうと地人族であろうと私が入塾を認めた生徒であることに変わりはない。階級差別も種族差別も許さない。私の言葉が受け入れられないのであれば、早急に立ち去り給え」


 まさかの自分を超える怒り具合である。目に涙をためたアレクト子爵の娘は小さな声で謝罪すると、静かに席についた。あとでマルクに聞いたら、自分も闇魔術に適正があったせいで魔人族扱いされた時期があったと語ってくれた。魔力過多症の対処に使った魔術が闇魔術の吸精というものだったらしい。

 その後はアレクト子爵の娘とも仲直りし、順調に魔術の勉強と身体の鍛錬を重ねる日々が暫く続くのだろうと、この時は思っていた。


 十月の後半、アーティオンからの早馬が到着した。早馬の騎手はクーリオンに到着するなり、泣きながらこう叫んだ。


「突然噴出した瘴気がアーティオンを覆い、街が壊滅した」

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