4章 第33話H 死
ナナに頼まれた光天教の司祭をブランシェのアルトの部下に預け、アトリオンに戻ってきた。
でも屋敷に居るとエリー達に俺の不安や苛立ちが見透かされそうで、買い物に行くと言って一人ブラブラとアトリオンの市街地をうろつくことにした。
ナナは「ティニオンの英雄を連れて行くわけにいかない」って言ってたけど、実際は俺の事を心配してのことなんだろう。
それにダグはもちろんリオにも全然敵わない俺じゃ、足手まといにしかならない。
「はぁ……ん?」
ため息が漏れた事に気づいて、しっかりしなきゃって思ったその時だ。
誰かが、俺を尾行しているな。
むしろこんなバレバレな尾行に今まで気づかなったとか、気を抜きすぎだ。
振り返って視線の元を辿ると……女?
どっかで見たことが……ああ、エリーにワインぶっかけた公爵家の令嬢じゃん。
名前は……覚えてないなあ。
ていうか目が合ったらニヤリと笑って逃げるって、どういうつもりなんだ。
あの公爵家は取り潰しまでは行かないけど、降爵が決まってるんだっけ。
逆恨みとかありそうだなー。
今エリー達に何かされてお腹の子に何かあったら大変だし、追いかけてどういうつもりか問い詰めるか。
途中でナナから連絡があり、ガッソーの無事を聞けて安心できたのは良いんだけど、郊外の世界樹へ向かってどんどん走る令嬢……って、足速いな!
やっと追いつくかというところで、令嬢の先にフードを目深にかぶった剣士らしい男が一人、都市外壁近くの木の切り株に腰掛けているのが見えた。
何だろう……こいつに見覚えが……ある。
令嬢はそのまま男の傍まで走り、ようやく足を止め振り返った。
「フフフ、こうも簡単におびき出されるなんて、ティニオンの英雄は間抜けね! さあ、出番よ! あいつを殺して頂戴!!」
「うるせえ」
「……え?」
やっぱり……この声、聞き覚えがある。
「うるせえから黙れ。俺様が良いって言うまで口を開くな。もう一度その耳障りな音を出したら殺す」
「な、キンバリー貴方……ひっ!」
令嬢の首筋に、男の抜いた剣の刃が触れていた。
何だ、あの速度は。それより……キンバリー、だって!?
「よお。久しぶりだな、レイアス」
フードを降ろした男の髪は、金色。その顔には確かに見覚えがあるけれど……瞳も、金色?
「……キンバリー。お前、光人族だったのか?」
「ん? ……ああ、瞳か。こいつは瞳色偽装魔術で色を変えてるだけだ。だが光人族と野人族のハーフだったのは間違いねえぜ。そんな事よりよぉ……ちょっと付き合えよ」
立ち上がり、抜身の剣を俺に向けてくるキンバリー。
わざわざ俺をおびき出すってことは、そうなるだろうな。
今更って気もしなくはないが、わざわざ人気の無いところに誘い出してくれたことは感謝しなきゃな。
今エリーとサラとシンディを、戦闘に出すわけにいかない。
空間庫からナナから貰った剣と盾を出し、構える。
それにしても、ハーフだったってどういう意味だ。
「おい、気ぃ抜いてんじゃねえぞ」
「えっ!?」
速い!
『ギインッ!』
何とか盾で防いだが、横殴りの一撃で何メートルもふっ飛ばされてしまった。
以前とは桁違いに強くなってる!
でも、俺だって!!
『キキン、キン! ゴスッ!』
連斬りを受け止められるが、そこを盾でぶん殴った。
だがキンバリーは大したダメージを受けた様子もなく、無表情のまま俺に突進してきた。
その足元に小さな落とし穴を仕掛けるが、あっさり避けられた。
もしかして視えてるのか?
『ギインッ!』
「同じ手が通用すると思うんじゃねえぞ。俺様だってテメエに復讐するため、鍛錬を重ねていたこともあんだからよ」
「へえ、過去形? キンバリーおまえ、以前とはずいぶん雰囲気が違うな。前は殺意の塊みたいな奴だったのに、だいぶ穏やかになってるじゃん。特訓の成果か?」
「……そんなんじゃねえよ」
そこから何度も切り結んだけど、キンバリーは魔術無しでやる気らしい。
そういうつもりなら、俺も剣に集中してやるよ。
キン、キン、と、剣のぶつかる音が響く。
ほぼ互角……いや。
明らかに、俺よりも強い!
剣の技術は、俺のほうがやや上だろうか。
だが身体能力が以前の比じゃない、力も速度も異常だろこれ!
でもキンバリーは何で、何度もチャンスがあったのに俺に致命傷を与えない?
『ギインッ!』
何度めかの鍔迫り合い。盾で殴ろうとしたその時、キンバリーの口が小さく動いた。
(おいコラテメエ、このまま続けりゃ俺の勝ちだってわかっただろ。わかったなら、逃げろ。そんで……ナナと、連絡取れるな? 逃げて伝えろ。『ヴァンが復活した』ってな)
「なっ! 何で『ゴスッ!』ぐふっ!」
いってえ! この野郎、思っきり腹を蹴りやがった。
だけど、何だ? どういうことだ? これも罠なのか? それに、ヴァンが復活しただって!?
剣を構えキンバリーに突きを繰り出し、避けられたところに剣を横薙ぎにしてつばぜり合いに持ち込む。
本気だとしたら、小声で話しかけてきたってことは監視者でもいるんだろう。
あの公爵令嬢か?
(どういうことだキンバリー、お前は敵じゃないのか? それにヴァンが復活ってどういうことだ!)
(敵だ。だが女神ナナに恩があんだよ。ヴァンは今体を失って、ゴーレムに入っている。ナナに言えばわかるはずだ、必ず伝えろ。俺がテメエを追いかけているうちは、多分奴も手出しは……ちいっ!)
舌打ちしたキンバリーが大きくバックステップするとそこへ何本もの矢が突き刺さり、更に退いたキンバリーを追うように火と石の槍が降り注いだ。
ってまさか!
「ヒデオ!」
「くそ、エリー! サラ! シンディ! 来ちゃ駄目だ、逃げろ!」
何でだ、何で三人がここにいるんだ!
「糞女アア! テメエ、何してくれてんだコラァ!!」
エリー達に言ったんじゃない?
キンバリーが睨みつけるその先に、公爵令嬢ともう一人女がいる。
この人も見たことがあるな……公爵令嬢の取り巻きで、令嬢を煽ってエリーに喧嘩ふっかっけさせた、侯爵の娘か?
「ホホホ! よくやったわオンディーヌ、薄汚い森人や地人も殺してしまいなさい、キンバリー!」
「何様のつもりで、この俺様に指図くれてんだよ……ああ!?」
無造作にキンバリーの放った光線が、公爵令嬢とオンディーヌと呼ばれた侯爵の娘の胸を貫いた。
止める気はなかったけど、もし止めようとしても無駄かもしれない。
発動が早い。これ俺との戦いで撃たれてたら、かなりやばかったな。
ん? オンディーヌの方は即死だろうけど、公爵令嬢が……倒れない?
「あ、あああ……痛い、いたああいいいいい……覚えて、らっしゃい、キンバリー……お母様に、言いつけて、やるんだからああああ……」
「ちっ、薬の副作用かよ」
薬? そのせいであんなに早く走れたのか?
公爵令嬢の胸の穴から肉が盛り上がって、どんどん膨れ上がっていく。
再生してるかと思ったけど、肩、腕、顔と肉に飲まれ押し潰されて、しまいに倒れて動かなくなった。
「おいキンバリー、何だよあれ……」
「プロセニアで作った薬だ。詳しくは知らねえよ」
何だよ、プロセニアはなんてもん作ってんだよ。
こりゃナナが敵視するのも当然……って、それどころじゃなかった。
「ヒデオ! 良かった、無事だったのね!!」
「一人で行くなんて許されない」
「オンディーヌからヒデオがここで戦ってるって聞いて、慌てて飛んできたかも!」
「いや、明らかに罠だろ……警戒しろよ……」
三人共完全武装だ。まだお腹は目立つほど大きくなってないけれど、そんな走っちゃ駄目だろ……。
「えーと……キンバリー。監視してるやつもいなくなったし、事情を――」
「おやおやキンバリー。まさか敵と馴れ合っているとは、どういう風の吹き回しでしょうねえ?」
真上から聞こえた声に、キンバリーの表情が変わった。
なんだ、この首の後がチリチリと焼けるような圧迫感、それにこの、声……アンバーと同じ……まさ、か……?
「なん、で……ここに、居やがんだよ……」
上を向こうと顔を動かした俺の体が、後ろへと突き飛ばされた。
ザンッ、という音が聞こえ、ニ本の腕が飛んでいくのが見えた。
一本はキンバリーの、俺を突き飛ばした左腕。
もう一本は……剣を握ったままの、俺の……右……腕……。
「ちいっ!」
「う、ああああああああ!!」
「「「ヒデオ!!」」」
痛え! 痛え!! 何だ、何があった!?
俺とキンバリーの間に立っている、剣を持ったゴツいドラゴンみたいな奴は何なんだよ!!
痛えええええ!!
そのドラゴンが、俺の後ろ、駆け寄ってくる三人に顔を向けて……やらせるか!
「来るな、エリー、サラ、シンディ! 逃げろ、逃げてくれ!!」
盾を捨てて刀を取り出し、口を使って鞘から引き抜く。
「うおおおおお!!」
斬る、斬る、斬る!!
こいつがきっと、ヴァンだ! キンバリーがゴーレムに入っているって言ったけど、この事か!!
「ふうむ。オーウェンがいないのは残念ですが、まあ良いでしょう。キンバリー、貴方にはあとでじっくり話を聞くとしようじゃあないか。しかしまずは……死んで下さい」
俺の剣を片手で軽々と捌くヴァンの、空いた手がエリー達に向けられた。
やめろ、やめろ! やめてくれ!!
『キュインッ』
『バリン!!』
「え!? ザ、ザイゼン!!」
ザイゼンが張った障壁が壊された音だろうか、三人は無事みたいだけど間違いなく次はない。
どうする、このまま戦っても駄目だ、逃げる? どうやって?
「おや、中々強力な障壁でしたね。そのゴーレムが張ったんでしょうか? ですが壊れてしまったようですねえ」
ヴァンに背中を向けて、エリーたちの方へと走る。
せめて三人だけでも、転移で飛ばして――
『キュイイインッ』
俺を追い越した光線が、三人の胸に吸い込まれていった。
光線は鎧に弾かれ、ほんの少し軌道を変えたらしい。
だけど……幻? 幻覚? じゃなきゃ夢、だろ?
エリーの右胸が焼き切られ、肩から先が宙を舞っている。
サラの首が焼かれて、頭が地面に転がった。
シンディの体は、みぞおち辺りで上下に分断された。
嘘、だろ。 嘘だよな?
でも、この肉の焦げる匂い、それと鉄臭い血の匂い……。
何で、だよ……何で……。
「あ、あ……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
間に合わなかった! 畜生、畜生畜生畜生!!
「ヴァアアアアアアアアアアアアアン!!!!」
振り返ろうとした俺の背に何か刺さったが、そんな事どうでもいい!
殺す、殺す殺す殺す! ぜってえ殺す!!
身体強化術発動! ぶっ壊れてもいいから限界まで上げ……て……あ、れ?
何で、体が……動か……ない……?
「ふはははは! さあ、目覚めよ世界樹! 生贄はここですよ、力を取り戻し大陸に破壊をもたらすのです!!」
体から、魔力が溢れて、つっ……何だ、痛みが、全身に……魔力過多症の、痛み?
だんだん、激しく……こんな時に何だよ、くそ、そんな事より動け、動けよ!!
「ぐ、ぐううう……がああああああああああああ!!」
くそう、いし、きが……遠く……。
ヴァンを、殺、し……。
エリー……サラ……シンディ……。
……ナ、ナ……。




