4章 第29話N 何か見えてきたのじゃ
エリー達の妊娠発覚からつわりが治まり安定期に入るまでを、私の屋敷で過ごさせた。
万が一の際はきっと何とか出来ると思うし、メイドゴーレムのマリエルを貸し出すよりも、ここに居てもらった方が安静にできるだろう。
それまで毎晩頑張っていたらしいヒデオは少し残念そうだったけど、妊娠初期に無理をさせることの危険性をこんこんと説いたら泣きながら理解してくれた。
正座させて六時間の説教は少しやりすぎたかもしれないが、自業自得だ。
それといい機会なので、ヒデオとレイアスの今後についても話を詰めておく。
レイアスが目覚めてみないことには何とも言えない部分は多いけど、ヒデオは魔石ごと義体に移り、肉体はレイアスに返すというのは確定事項だ。
もしレイアスが眠りについた時のまま精神も止まっているなら、脳はいじれないけど肉体だけは子供に戻すことはできる。
とはいえその必要は多分無いかな。
恐らくだけど、レイアスはヒデオと記憶を共有している。
ヒデオは私と同じ、魔石生命体だ。
記憶も魂も、魔石の中にある。
では脳には? 恐らくヒデオがレイアスとして見聞きしたものや体験等、記憶の全てが収められているはず。
目覚めてしばらくは混乱するだろうけど、すぐに脳と肉体に精神が追いつくんじゃないかな。
まあ、あくまでも予測だけどね。
それにこの予想が当たっていると、別の問題も出てくる。
エリー達と結婚しているという記憶だ。
記憶と感情がどこまで結びついているのか、こればっかりはレイアスが目覚めないとわからない。
修羅場にならなきゃ良いなー。
って、他人事じゃないよね、私がレイアスに言い寄られる可能性もあるのか。
ふふふ、少し楽しみなんて思うのは不謹慎かな。
それにそうなったら、なんて言って断れば良いのか……うん、その時になったら考えよう。
それとレイアスが目覚めたら、レイアスにブランシェへ移住してもらうことも選択肢に入れておく。
両親ともに移住済みだからね。
レイアスがティニオンに残りたいと言い出した場合は少し大変だが、ヒデオとしては可能な限りレイアスの意思を尊重したいそうだ。
ヒデオは嫁と子と私のことは譲れないが、それ以外は全てレイアスに返すことに異論はないと言って笑っていた。
ふふふ。私も早く会ってみたいな。
それとヒデオのために作った義体の出番は、レイアスが目覚めるまで私が持ったまま保留となった。
一度試しにレイアスの体からヒデオが入った魔石を抜き取って、代わりの魔石を入れてみたけれど、予想通りレイアスの体は植物人間状態になってしまった。
そしてヒデオの方は、義体を動かすことすら出来なかった。
そういえばこれは私の義体と同型で、血液代わりにスライムを全身に循環させる仕組みだった。
この義体を自由に動かすには、まずヒデオがスライムになったほうが良さそうだね。
スライム生成の術式を教え、改めて魔素の操作法と、義体に使われている魔銀神経との接続及び操作法についてレクチャーするが、今スライム化してしまうとレイアスの肉体に入る際に不都合が出るかもしれないということで、実践するのはレイアスが目覚めてからということになった。
その後はヒデオもちょうど冒険者ギルドに用があるらしく、ギルド用に与えた通信機を使ってティニオンとも連絡を取りながら忙しく働いていた。
そして私はというと、エリーに付けた猿型ゴーレムのザイゼンのメンテをついでに行ったあと、やっとダグ達の新装備が完成し、それぞれに使って貰って調整をしていた。
まずダグとリオには拳皇・蹴皇の改良版で、拳帝と蹴帝を渡した。
これは皇国で腕を切り落とされたリオと、剣を持った相手に一方的に切られていたダグのため、拳から肘までと、つま先から膝までを覆う形に変形する機構を付け、防御力も高めたものだ。
また雪原の世界樹などで討伐した大型フレスベルグの羽も使い、魔素の操作能力も上昇させた。
リオの武装は風の上位竜、ダグの武装は火の上位竜素材で作ったため、これまでのように魔素を打ち消すことはできなくなったが、それぞれ風の魔素を操った速度強化と、火の魔素を操って打撃時に爆発させる機構を付けるなどし、大幅な戦闘力向上へと繋がった。
セレスには槍を作った。穂先の手前から二つの小さな刃を広げた三叉槍だが、小さな刃には大型フレスベルグの羽を埋め込んであり、中心の穂先へ魔素を集めやすくする役割をもたせた。
水の上位竜、海竜の素材を使用しており、水を操る能力が更に上昇した。
最後にアルトには適合する上位竜が未だ見つかっていないため、風火水の上位竜を参考にしてキューちゃんと一緒に作り上げた、地の上位竜素材の模造品で装備を作った。
副産物として地だけではなく木と金属製の操作も用意になり、これらは一つの属性として見て良いのかもしれないと製作中に思ったものだよ。
ともあれ完成品は杖で、上の飾りが両刃の斧のようになっている。
大型フレスベルグの羽以外は模造素材を使用しているとはいえ、他の上位竜装備のどれよりも高い硬度を持つ逸品になった。
また試しに地の上位竜の模造筋肉をアルトに移植したところ適合したため、アルトの意を汲んで肉体の交換を行った。
本物より若干性能は落ちるが、魔力操作の精度が上がったためかなりの戦力強化となった。
あとは全員に、上位竜の鱗を小さくして編み込んだ、新しいコートも渡した。
見た目も色も前回同様に白い軍服風だが、耐刃・耐魔術性能が遥かに向上した。
もちろんこれはアネモイの分も作った。
というか作らないと泣かれる。
完成した装備品を一通り渡したあとは、私自身の能力確認だ。
ブレス器官は全て統合し、地水火風の四属性と、ミストブレス・バブルブレスも吐き出せるようにした。
組み合わせたことで高熱の蒸気、触れると爆発的に燃える泡、猛吹雪などが吐けるようになったが、バブルブレスでスライムを吐き出してアネモイを捕まえたりダグを吹き飛ばしたり、弱いスチームブレスでサウナを作ったり料理をしたりと、遊び方面にしか使いみちが思い浮かばなかった。
遊んでるばかりじゃなく、大事なことの確認も忘れていない。
異空間生成魔術。つまり、異界についてだ。
水古竜のテテュスによると「複製した地形等はいくら破壊されようとも現実世界への影響は一切なく、異空間の解除で魔素に戻って消え去る」という。
だが、現在の異界はどうだろう。
異界が生成された時点では、全てコピーだったはずだ。
だが、植物はどうなる。少なくとも異界では植物が育っている。
異空間内で光や水、土や生命の魔素をいじって植物を急成長させ、その状態で異空間を解除してみる。
するともともとそこにあった植物が、異界で成長した植物と融合してぐんぐん成長していった。
どうも異空間で成長時に取り込んだ魔素を、異空間解除時に現実世界へ反映させているらしい。
今度は異空間で花の種を撒いて咲くまで成長させ、異空間を解除してみる。
すると何もなかったはずの地面に、綺麗な花がじわーっと現れた。
これで気づいたけど異空間に消えるのは一瞬でも、解除時に通常空間へ出るまで多少のタイムラグがあるっぽい。
ここ大事。
異空間生成後に誰か来て、解除した瞬間に重なったらどうなるんだろうと思ってたけど、これなら大丈夫そうだ。
でも念の為確認しておこう。
異空間で、岩を一つどかしてその場に花を植えてみる。
花を咲かせて異空間を解除すると、花がじわーっと現れて岩と融合した。
今度は同じようにして、花が完全に実体化する前に岩をどかす。
融合せず、花も無事だった。
やっぱり異界が解除された場合、ティニオンにある都市の多くは木々と融合し、甚大な被害が予測されるなあ。
人や生物はある程度逃げる時間があるだろうけど、植物と建造物はどうにもならない。
やはり近いうちに、アトリオンの世界樹を調べに行かなきゃ。
エリー達三人共が安定気に入った八月半ば、ヒデオ達はアトリオンへと戻っていった。
ちょうどその頃にはプロセニアからの移住も落ち着き、それぞれに仕事を与えて適正な給与の支払いもできた。
正直この件は、アネモイに感謝している。
アネモイの巣にあった宝物、特に宝石類をティニオンやフォルカヌスに売ったおかげで、急激に増えた雇用に対する給与の支払いが上手く回ったらしい。
来月以降は労働力に比例して生産量と売上が増えるから問題ないけど、最初の給与をどうしようかとリューン・イライザの二人が頭を抱えていたもんね。
なお宝物の中には金属を溶かして固めただけの剣や、装飾の施された武具などもあったため、それらは骨董品扱いとして保管し、後ほど博物館でも開こうかという話をアルトとした。
アルトの芸術作品を展示する美術館も、いつか作りたいしね。
そんな中、アルトの部下が駆け込んできてアルトに耳打ちをした。
アルトの眉間にシワが寄り、少し考えた後で私の方へ向き直った。
「ナナさん、皇国で戦った覆面兵士を覚えていますね。彼らの仲間だったという者達が、ナナさんに話したいことがあると言って面会を求めています」
「全身毒まみれじゃった連中じゃな……よいじゃろう、話を聞くのじゃ」
なんとなく威厳ある格好の方がいいと考え、ヴァルキリーに換装し、覆面たちの仲間だったという者達が待つ神殿へと足を運ぶ。
結構な人数がいるらしく、また代表者といえる者も存在しないそうで、全員の意見として私に伝えたいことがあるらしい。
そして神殿で私の姿を見た総勢三十名ほどの集団が、一斉に膝を付き頭を下げた。そこにいたのは地人族・森人族・亜人種獣人族等、プロセニアから移住させてきた者達だ。
「魔王ナナ様。私達の体を治して頂き、誠にありがとうございます!」
『『ありがとうございます!!』』
今のは代表者が号令をしたというより、私に一番近い位置にいた者が号令を出しただけかな。
それならこのまま彼に話してもらおう。
「構わぬ、みな元気そうで何よりじゃ。それとおぬし、代表として説明してくれんかのう?」
「はっ! ……私達キメラ兵は光天教より、このプディング魔王国での諜報活動を命じられておりました。毎日解毒薬を飲まねば生きられない体にされておりましたので、何でも良いから情報を持って来なければ、追加の解毒薬は渡せないと脅されておりまして――」
仮の代表者とした森人族の男によると、彼らは体内に魔物の血肉を取り込む実験を受けた者達で、キメラ兵と呼ばれていたそうだ。
解毒剤を一日飲まないだけで死んでしまうような体にされ、生きるためにどんな命令でもこなしてきたという。
また移住のため徒歩か馬車での移動と思われていたため、ティニオンとの国境の街やティニオン国内の都市に間者が潜んでいて、情報と引き換えに解毒薬を受け取る手はずになっていたそうだ。
ところがプロセニアの王都を離れて間もなくゲートで転移させられ、真っ先にこの神殿で体を完全に治してもらって解毒薬が不要になり、仕事まで紹介してもらって普通に給金を貰い、最近やっと自分達の置かれた状況が良い方向に変化したことに頭が追いついたらしい。
その結果みんなで話し合い、私に全て打ち明けることにしたそうだ。
「それは大変じゃったのう……。じゃがわしも、おぬしらの仲間であるキメラ兵という者達をたくさん殺しておる。それでもわしを信じてくれるのかのう?」
「皇国での一件でしたら、みな聞き及んでおります。彼らの多くは力に溺れ、野人族を殺せると聞き自ら志願した者達です。……境遇に絶望し、誰でも良いから恨みをぶつけたいという者もおりましたが、どうか気に病みませぬようお願い致します」
「……まだ野人族に対する、恨みはあるかのう?」
森人族の男は一瞬怒りとも悲しみとも取れるような微妙な表情をしたあと、深く呼吸をして私の目を正面から見つめてきた。
「正直、今すぐに完全に捨て去ることはできません。ですが……元の体に戻ることが出来、この国で普通に『人』として生きるうちに、恨みも憎しみも、徐々に薄れていくように感じてはおります」
「うむ、それでよい。ゆっくりと心と体を癒やし、人らしい幸せを見つけて生きて欲しいのじゃ」
「はっ! ……ありがとう、ございます……」
森人族の男の目から、一筋の涙が頬をつたって床に落ちた。
非道な人体実験か。
人を人とも思わない非道な相手なら、こっちも非道になっていいかな。
思い返せば私だって、ヴァンの手下に人体実験したことあるし。
「それで、本題なのですが……二つあります。一つ目は、我々が収容されていた研究所の隣りに、ゴーレムの研究所がありました。ナナ様が皇国で人に近い姿のドラゴン型ゴーレムと戦われたと噂にお聞きしましたが、おそらくそのゴーレム研究所で作られたものと思われます」
詳しく聞きたかったが、性能試験で動かしているところを何人かが見たことがあるだけだと言う。
外見の情報をすり合わせると、皇国で戦った人型竜のゴーレムで間違い無さそうだ。
ヴァンかもしれない、あのゴーレムだ。
やはりプロセニアだったか。
しかしこれ以上の情報は望めそうになかったので、次の話を聞くことにする。
「二つ目は、プロセニアの光天教神殿本殿に連れて行かれたまま、戻って来ていない仲間が何人もいるのです。彼らは一人もこの国に来ていません。もしかしたらまだ囚われているのかと思うと……」
「アルト!」
「はい。現在トロイが潜伏し調査中です。ちょうど、と言っては何ですが……ガッソー司教も、光天教の本殿を訪問後に行方不明となっています。光天教の本殿を重点的に調査するよう、指示を出しておきます」
ガッソー司教か。そういえばあの人も光天教だった。ガッソーと光天教の悪事が結びつかなくて意識から外れていたが、あの人も敵対組織の人間だ。
……あれ、そうするとおかしいな。光天教が私に関する情報を何も持っていないということは、ガッソーは何も報告していないということだ。
ガッソーは光天教に属しているだけで、悪事に加担していない?
もしくは……意図的に報告していなかった?
「のう、アルト。ガッソーについて、アルトの考えを聞かせて欲しいのじゃ」
「はい。恐らくガッソー司教は、光天教上層部に敵対の意思があると思われます。ナナさんのことも、僕のことも、この国のことも、何一つとして報告していないようですね」
「光天教と敵対の意思、のう……プロセニアにあった孤児院跡に、ガッソーが向かった形跡はどうじゃ?」
「プロセニアに戻ったあと、真っ直ぐに光天教本殿へ向かったようです」
仕事をほっぽりだして孤児院に入り浸るガッソーが、真っ直ぐ神殿にねえ。
もしかして、既にプロセニアの孤児院が潰されていたことを知っていた?
それなら敵対の理由も……いや、それだけでは弱いかな。
まったく、私どころかヒデオにも話さずに何をしようとしているのやら。
何かあったらここで引き取った孤児院のみんなが悲しむし、私との賭けだって成立しなくなってしまうじゃないか。
……ん?
…………賭け?
「アルト。ガッソーとの賭けを覚えておるか」
「はい。生涯をかけてどちらがより多くの信仰を捧げられるか、ですね。寿命の問題で勝負にならない内容で……おや? 僕はナナさんにガッソー司教との賭けについて、話していましたっけ?」
「……やはり、アルトとも賭けをしておったか。わしとも賭けをしておってのう、どちらがより多くの子供達を救えるか、という内容じゃ。ヒデオにも似たような賭けを持ちかけておる。いずれも勝敗の判定があやふやで、かつガッソーにとって不利な駆けの内容じゃ。そして賞品は――」
「「神殿の書庫の奥から二番目の棚にある資料」」
私とアルトの声がハモった。
そう、確か「光人族の功績の数々とその力を記された資料」と言っていた。
私とヒデオだけなら、おふざけで済ましていただろう。
だがアルトにまで賭けを持ちかけていたのなら、話は別だ。
「どうやらガッソー司教は、僕達にその資料をどうしても読んで欲しいようですね。アトリオンの光天教神殿は未だ健在です。……確かめに行きましょうか?」
「ガッソーが意味もなくわしら三人を相手に、下らぬ資料を賭けの対象にするとは思えぬ。ゆくぞ!」
元キメラ兵だった者達に、あとは任せて平和に暮らせと言葉をかけ、神殿をあとにする。
行き先はアトリオン。
光天教神殿にある、書庫だ。




