4章 第25話Q? 女の恐ろしい一面を見たよ
プロセニア降伏の報せを受けて国に戻ると、プロセニア国内全ての非野人族をプディングへ受け渡すことで終戦とする、というところまで話が詰められており、あとはナナが決裁するだけになっていた。
最初は亜人種・地人族・森人族の奴隷なら受け渡すと言ってきたプロセニアだが、魔人族である使者トロイに対し異常なまでの敵意と悪意を見せる光天教関係者に対し、もう一人の使者である光人族のダイアンが、交渉を完全拒否。
ダイアンは「トロイもプディング魔王国の正式な使者であり、これ以上の侮蔑を繰り返すようであれば交渉の意図無しと判断する」と伝え交渉再開、全ての非野人族受け渡しという完全勝利をもぎ取った。
二人によるとトロイに対する発言の中に、実験動物扱いをする内容が含まれていたため、もしかしたら魔人族がいる可能性があると言う。
また『非野人族』全ての受け渡しに合意したということは、光人族はプロセニアに存在しないと思われるそうだ。
アルトの部下は優秀だなあ。
特にトロイは隠密系の技術が高く、引き続き光天教周辺を探るそうだ。
それに一つ気になる情報もあった。
ガッソー・フォール。ナナやヒデオとも親しい、光天教の司教だ。
彼が光天教の大神殿に向かったのは確認できたが、その一度きりしか姿を見ていないらしい。
ガッソーは間違いなく敵側の組織に属しているはずなんだけど、言動が敵とは思えない。
ぶっちゃけガッソーのせいで、光天教を敵と認識するのが遅れたとも言える。
そして光天教を敵として見ると、彼の行動にいろいろと違和感が出てくる。
トロイの報告によると、ナナの存在について光天教が知ったのは、ナナが皇国でシアを支援した内乱が初めてで間違いないようだ。
女神教はアーティオンで始まった土着信仰と捉えていたようだが、どうもあやふやな情報しか持っていなかったらしい。
ヴァンが最初に滅ぼしたアーティオンの開放、女神教の始まり、そしてヴァンの討伐。
どれもガッソーは詳しく知っていたはずなのに、何一つ光天教へ報告していないことになる。
アルトもこの件は予想していたが、トロイがしっかりと裏を取ったおかげで確定した。
ガッソーは何らかの意図があって、わざと光天教に報告をしていない。
どんな意図かはわからないけど、機会があったら俺も直接話しをしてみたいものだ。
それとヴァンと思しきゴーレムについては、目下捜索中だという。
奴さえ見つけてぶっ潰せば、プロセニアに喧嘩を売る理由の半分は無くなるからね。
頼んだよトロイ。
さらにプロセニアの降伏以前から小さな集落を回って非野人族を移住させていたペトラとミーシャだが、全ての集落を合わせて八千人ほどを連れて帰ってきていた。
各集落の説得には小都市国家群跡でヒデオ達と戦闘になった元奴隷兵が活躍し、彼らは移住者がプディングに着いてからも積極的に面倒を見てくれた。
そしてここからが問題だ。
プロセニアの非野人族奴隷が、一万人を越えていた。
既に移住した者と合わせて、ブランシェの人口が一気に倍近くまで膨れ上がることになる。
宣戦布告以前から仮設住宅の建造は始めていたし、農地も拡大していたのだが、それでも足りずに急ピッチで建造と開梱が進められた。
当面の食料確保のためダグ達四人も狩りに出ることが増え、ナナの「なるべく大きくて生息数の多い個体」というリクエストに答え、雪原にいたサイとマンモスをかけ合わせたような魔物と、孤島の世界樹近くにある島の岩猪が狩ってこられていた。
なおマンモスはブランシェの気候には耐えられないらしく、暑さでどんどん弱るため家畜化は諦めた。
ここって地球で言うフィリピン並みの気候だもんね。
体表を氷で覆う器官を与える事も考えたが、その器官をフル稼働するエネルギーを満たす食事を与えるとなると、コスト面で負担が大きいのだ。
プロセニアの奴隷たちの移住が本格的に始まると、まず住民登録に役所スライムのこーじと、女神教神殿のピーちゃんがフル稼働することになった。
耳や尻尾を切り落とされた亜人種・森人族や、手足などの部位欠損、激しい虐待の跡を残す者も少なくなかったからね。
そしてこの際に見つけた、全身に魔物の細胞が混じり、重度の毒に侵された肉体を持つ者達。
皇国で出会った覆面と同じ存在だ。
完全に元の体に戻ったことに戸惑っていた彼らだが、俺からアルトに報告を入れたので、当分の間は密かに監視されることになる。
とはいえこのまま一般市民として生きて欲しいなあ。
それと人口が増えるとブランシェの北に広がる農地に住む者も現れ始め、大きな村が出来上がっていった。
ナナはここを農業都市マロンと名付け、漁村だったヴェールも人が増えてきたため港湾都市ヴェールとし、ブランシェを含めた三都市をつなぐ道路の整備も始めた。
この三都市を繋ぐ道路整備は急いだほうが良いという判断で、ナナが一人でやってのけた。
もちろん俺と俺の相棒も手を貸したけど、対外的にはナナ一人の手柄だね。
でもこれ以降は「女神様の手を煩わせるとは何事か、深く感謝し同時に恥を知れ」というアルトとファビアンの煽動により、ナナに作業をさせるのは国民と女神教の恥という風潮が広がった。
ナナは二人の仕業だと勘付いていたが証拠もなく、仕方なく魔王邸でリオ達四人の新しい装備作りに励んでいた。
アトリオンの世界樹にも行きたいようだが、プロセニア問題が一段落してから、じっくりと調べようということになった。
そして俺は、地図製作旅行改め世界樹確認旅行で中断していた、深夜の作業を再開した。
ふふふ、俺のパーフェクトボディ完成までもうすぐだよ。
カワイイはナナが満たしてくれたからね。
代わりに俺はカッコイイを追求するよ!
それにこう言っちゃ何だけど、ナナって弱くなってるからな。
ヴァルキリーは強化されてるけど、問題なのは内面の方だ。
ヴァンを追っていた時の苛烈さは、完全に消えてるもん。
とはいえ今の状態は俺から見ても正常なんだけど、万が一近い実力の相手と殺し合いになったら、今のナナは負ける。
でもそれで良いよ。
優しさも、ナナに任せよう。だってもう一人の自分なんだし。
だからこれからは苛烈さを、俺が引き受けよう。
この世界は地球と違って、戦う力は必要なんだ。
その平和な地球で戦う力を磨いていた俺って、いったい何だろうとか思ったら負けだな。ははは……。
ともあれ俺のパーフェクトボディは全身魔鋼製で、義体というよりもロボットやパワードスーツ的な外見になる予定だ。
あちこちに火器も内蔵しているし、ぶぞーととーごーの二体を余裕で倒せる程度にはなる予定だ。
皇国で襲ってきた人型竜のゴーレム、ヴァンと思われる存在。
奴を倒すには、これくらいしないと。
あとはついでに、普通の人間型義体も作りたいな。
その手の素材は下手に使うとナナに俺の存在がバレちゃうから、気をつけないとね。
そして長い雨季が続く六月、今日もナナは作業部屋にこもって装備品作りに集中していた。
隣ではアネモイがパンツ丸出してひっくり返って昼寝をしている。
この無職引きこもりドラゴンは、ほんといつもどおりだな。
しかし尻尾のせいで少し浮いたお尻のラインが良……おや、誰か来たようだ。
「ナナー。ちょっといいかしら?」
「なんじゃエリー、それにサラとシンディもおるのか。突然来るなど珍しいのう、ちょうどよいからお茶でも飲もうかのう」
「ん。ヒデオもいる」
「ヒデオはダグさんに稽古つけてもらいに行ったかなー。こっちの話が終わったら、一緒にご飯食べたいって言ってたかも!」
鉄臭い部屋が、一気に華やかになったなあ。
でもここでお茶とか正気かお前ら。女の子らしくガーデンとかで優雅に飲めよー。
ナナが声をかけたメイドさんも、ここで? って思ってるよきっと。それでも表情一つ変えずに紅茶と焼菓子持って来る辺り、訓練されてるなあ。
「あら、このクッキー美味しいわね……ナナ、また腕を上げたわね」
「かっかっか、残念じゃがわしが作ったものではないのじゃ。わしはレシピや調理法を数多く知っておるが、本職の料理人が試行錯誤を重ねて作ったものには敵わんよ。みなあっという間に、わしより美味しいものを作れるようになってくれたのじゃ」
「ナナちゃん嬉しそうかも?」
そりゃそうだ、ナナの欲する「文化」の一つだからね。
最近は料理人もいろいろアレンジするようになって、しかもそれがどんどん広がっている。
ナナはそのきっかけが作れただけで満足してるもんね。
「んん……いい匂い……」
「ん。ピンクのアネモイが起きた」
「んー……ピンクって何がぁ……あっ!」
ガバッと起き上がってスカートを直したけど手遅れだよ、ピンクパンツのアネモイ。
直してくれてもいいじゃないとナナに文句を言ってるが、俺以外みんな女なんだし気にしなくてもいいだろ。
「アネモイはクッキーでも食べて大人しくしておれ。それで話というのは何じゃ?」
そのナナの問いかけに、ほんの少しバツが悪そうな顔を浮かべるエリー達三人。いや、サラはいつもどおり無表情か。
「その、ね。ヒデオの義体なんだけど、どうなのかなーって……」
「ん? まだレイアスが起きるのは先じゃろ……あ」
ん? ……あー、そうだねヒデオは子作りするとレイアスの子にもなるからって悩んでたな。
じゃあ義体早めに作って渡してやれば、その義体の方で子作りできるってか。
若いねえ、元気だねえ、青春だねえ。ちっ。
「そ、そうじゃな……では、ヒデオのサイズを確認して、作ってやらんとのう。しかしその、詳細までキューちゃんに測ってもらうのものう……」
「ん。サイズはもう知ってる。これくらい」
そう言ってサラが「あーん」と口を大きく開こうとして、エリーに叩かれ顔を赤らめたシンディに顎を押さえられもがいてた。
「……」
「「「……」」」
「のう、一つ確認じゃ。最後まで、できたのかのう?」
エリーとシンディは控えめに頷き、サラはブンブンと首を縦に振っている。
ヒデオ……悩んでたんじゃなかったのかよ……。
「く、くくっ……かっかっか! そうか、三人共おめでとうなのじゃ!」
数秒の無言のあと、ナナが突然笑いだした。
正直この辺の感情については、俺と分離して女になったナナの感情だから、よくわからない。
だが嫉妬せず心から喜んでいる、エリー達を祝福しているのはわかるよ。
良かったね、ナナ。
(ねえキューちゃん、これ何の話をしているの?)
―――エリー・サラ・シンディの三名が、ヒデオと夫婦の営みを行った報告をマスター・ナナに行い、マスター・ナナが喜んいます。
ああもう、アネモイ察しろよ。いい気分が台無しじゃないか。
(キューちゃん、夫婦の営みってなあに?)
――性行為です。子供を作る行為であり、同時に快楽や愛情表現を目的として行われる事もあります。行為の詳細な内容は、男性の生殖器を――――
相棒の回答に割り込み、ちょっと悪戯。人様に聞かせられないくらい詳細に説明したった。くすくす。
前にアネモイがニースのブツを見た時には、キューちゃんが軽く流して説明しただけだったからね。
完全にセクハラだけど、アネモイの反応が可愛くてつい。
馬鹿な子ほど可愛いって言うよね。
「な、何真っ赤になっておるんじゃ、アネモイ……」
「ひっ! だ、だって……キューちゃんに、夫婦の営みって何かなーって聞いたら……その……」
「……最近わしはのう、アネモイはキューちゃんに遊ばれておるような気がするんじゃが……」
おっとやばい、程々にしないとナナにバレるかも。
でもナナの中にいる間は、アネモイいじりが一番の楽しみだからやめないけどね。
「ともあれ、とうとう本当に夫婦じゃの。どうやってヒデオを落としたんじゃ?」
「それがね……ナナのおかげなのよ。だから、そのお礼も言いたくて」
「何のことじゃ?」
エリーの話によると、ナナを見習って『恥じらう』という事を徹底的に意識したそうだ。
ナナにあって自分たちにないものを求めて、ナナを観察していた時期があったらしい。
そして結婚後初めて一緒に寝ることになる日までは下着すら見せないように注意し、その日わざとノーブラで胸元の開いた服を着て、胸をチラ見せしたそうだ。
そしてヒデオが一人で処理しようとしたのを邪魔し、最後はベッドで「生きる力が欲しい」と呟いて仕留めたらしい。
ナナがきゃーきゃー言いながら興味深げに続きを聞いているのも衝撃の光景だが、エリーの策士っぷりの衝撃がでかいよ……。
エリーと関係を結んだらサラともシンディともしないわけにいかず、それ以来それぞれ週二日はヒデオと致しているそうだ。
うん。三人が二日で計六日。この世界、一週間が六日だよ。
ヒデオは毎日じゃねえか!
今は六月に入ったばかりで、ヒデオ達の結婚式が四月末。
丸一ヶ月、その状態か……ヒデオ、少し羨ましいと思ったが、前言撤回。
死ぬなよ……。
「ナナ、羨ましいなら今からでも遅くないのよ?」
「ふふん、羨ましくなんてないのじゃー。初々しい時期はエリー達が分け合い、堪能するがよいのじゃ。ふふ……わしは、おぬしらがもう十分という頃に、独り占めさせてもらうからの。かっかっか」
「ん。それはそれでムカつく」
かなり先の話だけどね。
「でもナナ……ヒデオを落とすためだけの言葉じゃないのよ。本当に、いつ何があるかわからないと思うとね……」
「そんなことは、絶対にさせぬ。わしがこの身に変えても、おぬしら三人とヒデオは必ず守るのじゃ。じゃが命に変えても、とは言わぬぞ? この身は交換可能じゃからのう、特にヴァルキリーならいくら壊れても構わぬ」
冗談になってないよナナ、シンディしか笑ってないじゃないか。
その後はあーだこーだとわいわいきゃいきゃい女子トークの始まりだ。
気をつけろ、ヒデオ。
お前の好みも弱点も、全て共有されているぞ!
一通り話が終わると、ナナは大量のスライム体を出してその中に俺、というかキューちゃんの魔石を入れた。
「その、流石にサイズまでわしが聞くのはどうかと思うでのう、キューちゃんに伝えて欲しいのじゃ。キューちゃん、その情報を元に今のヒデオと同サイズの義体を作ってくれんかの」
―――承知しました
うわあ……知りたくねー。
って、あれ?
チャンスじゃないかな?
「ではわしは一足先に食堂に行っておるでの、キューちゃんあとは任せたのじゃ」
作業部屋から出るナナを見送り、スライム体だけでヒデオのおおよその形を作る。
そのスライム人体の男の部分を粘土のように捏ねる三人と、それをじーっと見るアネモイに気づかれないよう、こそっと竜骨製の骨格を『二つ』作る。
一つはヒデオの新しい体として、みんなから見えるように肉付けしていく。そしてもう一つはみんなに気づかれないよう影に隠し、組み立てを後回しにして一纏めにしておく。
アネモイが一歩引いた位置から真っ赤な顔で見てるのが邪魔……って何でアネモイいるんだよ、ナナと一緒に出て行ったんじゃないのかよ。
エリー達がサイズ合わせをするスライム人体で薄っすらと顔を作り、アネモイの目をじーっと見る。
こっちに気付いたアネモイの視線が、スライム人体の顔と下半身を行ったり来たりしている。
好奇心は猫どころか古竜をも殺しかねないよ? くすくす。 ……ふんっ!
「ひっ!」
「きゃっ……もう、びっくりするじゃない。キューちゃん、これじゃ大きすぎるわ。もう少し小さくして頂戴」
「ん。これくらい。あー」
アネモイはびっくりして目を逸らし、両手で顔を覆っている。
ふふふ、今がチャンス。
隠している方の骨格に上位竜の筋肉をどんどんかぶせていき、他にも人体に必要な器官をあれこれ作って分けておく。
そうして一人分には十分な量が確保できたところで、空間庫へしまっておく。
これで俺の日常用義体の分が確保できた。
エリー達がヒデオを落としてくれたおかげだよ、ありがとう。
残すはエリー達の希望通りにヒデオの義体を仕上げるだけだ。
ちゃんと何回も出来るよう、大事なその器官は強化しておいてやるからさ。
頑張れよ、ヒデオ。




