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英雄とスライム  作者: ソマリ
幼少期編
17/231

1章 第17話H 日誌その3

『研究日誌』


エルメンヒルデ

「従魔強化第四案」

 全実験の中止とする


「従魔強化第五案」

 ナナの助言に従い、ゴーレムの強化を中心に行うこととする。



 昨夜はノーラがどうしてもというのでナナを寝室に引き入れ一緒に眠ることになったのだが、弾力があってひんやりとするナナの体は抱き心地がよく、危うく寝過ごすところだった。ナナによると寝ている間にノーラと取り合いになっていたらしく、ナナが体を大きくして二人で抱きついても取り合いにならないよう『抱き枕』というものになって調整してくれたらしい。

 更にナナは私とノーラにスパイダーシルク製の『パジャマ』という就寝用の衣服を作ってくれたのだが、これがまた恐ろしく着心地がいい。下着も同様であり、ノーラと二人で何枚かリクエストしてしまった。今日一日休めば明日はようやくナナがいろいろ話してくれる日だ。待ち遠しいが、今日はノーラとゆっくり過ごす時間を楽しもう。


 昨夜もノーラとナナと一緒に眠ったのだが、今朝起きたらナナがいなかった。探したところ地下実験室でのびているナナを発見。つまみ食いをした罰が当たったとの事だが、一体何を食べたのだ。ナナがいない、と朝からノーラが騒ぎ大変だったのだと叱ると、心配かけたことを謝罪された。

 なお、ナナは二日とも夜通しで実験や確認等をしていたらしい。いったいどうやって、とか寝ていないのか、とか聞いたところ耳を疑う話を聞くことになった。ナナは転移門を開きっぱなしにして地下実験室に本体側を出して実験し、寝室側に見えていたナナは核の無いスライム体だけだったとか、実は睡眠も食事も必須ではなく食事は自己強化の手段である等、自分の知る常識が音を立てて崩れ行く音が聞こえるようだ。

 のびているナナが起きる前に見た、ナナの書いた羊皮紙に書いてあったことが事実であれば、もしかしたらナナは生命魔術と空間魔術を確立させた、グレゴリー・ノーマンを超える魔術師になるのではないだろうか。


 家事全般を任せているメティにナナを改めて紹介し、ナナの出入りを自由にしておくため、館内の警備従魔にナナを覚えさせる。目が覚めたナナを連れて館内を案内した際、最初ノーラが自身に触れるのをためらった理由を知ることとなり、しばらく凹んでいた。

 研究室・実験室・瘴気浄化室の三箇所は貴重な物が多いため中に入るのを禁止しているが、それ以外の館内全域を掃除して回っているのは私の従魔スライムなのだ。床や壁、天井を這い回って隅々まで掃除をしたり、洗濯をしたりする家事手伝いを主にこなしている。

 ナナは意外にも私やノーラに連れられたときと緊急時以外で実験室と研究室から出た事が無いそうで、掃除スライムを見るのも初めてだったらしい。汚くないと説明して触らせたことを教えると、形も保てないほど凹みだしたのでこれくらいで許してやろうと思う。



「それで、今朝は一体なぜ倒れていたのかしら?」


 午後の地下研究室。青いドレス風の服に身を包んだヒルダは仁王立ち状態で、右足の下にいるぷよぷよした物体に話しかけていた。


「ヒルダよ、下着が丸見えなのじゃ。はしたないのじゃ。じゃからその足をどけるのじゃ」


 足の下から這い出そうともがくナナだったが、更に強く踏まれてぐええと悲鳴を上げている。


「あら、これあなたがくれた下着よ? これほんと良いわね、ありがとう。それで、質問に答えてくれるかしら?」


 スカートをめくって白い下着を露にするヒルダだが、すぐに戻してナナを踏む力を強める。


「ぐええ。いやのう、実は魔石を二つばかり貰って……食ったのじゃ」

「ナナあなたつまみ食いって……魔石を食べたの!?」


 目を大きく開くヒルダは、驚きのあまり更に強くナナを踏んでしまう。そして悲鳴の声を上げるナナに短く謝ると体勢を立て直すが踏むことはやめない。


「うむ、一つはわしの技能で旧魔石に融合させたところ上手く行ったのじゃが、もう一つをわし自身に融合させようとしたら全身に激痛が走っての。痛みには慣れておるが、あれはもうごめんなのじゃ」

「あら、痛みに慣れているから今も踏まれて喜んでいるのかしら?」

「喜んでおらんし力を込めるでない。地球では幼い時から全身に痛みが不定期に訪れる、原因不明の病にかかっとったのじゃ。その痛みや病気に負けぬようにと格闘技を習うようになったでのう、それで痛みに慣れておるだけじゃ」

「あら、なかなか勇ましいのね。道理で狼にも怯まないはずよ。ところでその原因不明の病気って、魔力過多症ではないのかしら? 魔人族では一般的な症状なんだけど……ああ、それ以前にナナのいた世界には魔力が存在しないのだったわね」

「ヒルダよ、その話詳しく聞かせてくれんかの」


 足の下ではあるが真剣に話を聞く様子のナナ。症状や対処法などを一通り聞くと力が抜けたのかべちゃ、とスライム体の弾力を無くし、ヒルダがバランスを取るため慌てていた。


「ナナ! いきなり力を抜いたら危ないじゃない、あなたの核を踏み砕くところだったわよ」

「あー、それダミーじゃ。割れても大丈夫じゃから安心せい。ところでわし、魔法の無い地球で魔力過多症だったらしいのだがどういうことじゃろう」

「魔術が無いとしたら、確かに魔力過多症を治す手段が無いわね。……魔力が高かったから、こちらの世界に来られたのかしらね。それでダミーってどういうこと?」

「ダミーとは擬態能力で魔石に見せるため、スライム体の見た目だけいじった部分じゃ。本物は表面を鏡のように擬態したスライム体で覆って見えにくいようにしておる。魔力過多症はもう過ぎた話じゃが、そのおかげでこちらに来られたというのなら、感謝でもしておこうかと思えるのう」


 ナナはそういうと体内に二つあった魔石を四つ、六つと増やしてみせる。


「またそれも随分とでたらめな能力よね……そうだ、ちょっと待ってくれる?」


 ヒルダはナナの上から足を離すと棚へ向かい、真っ白な皿のような楕円形のものを手に戻り、再度ナナを踏みつける。


「なぜ踏み直すのじゃ」

「ちゃんと待ってたのね、偉いわ。それでこれ、こう見えて仮面なのよ。……本物はそこね」


 楕円形の皿を顔につけると、ナナのダミー魔石をものともせず本物の場所を言い当てるヒルダ。その仮面はよく見ると、目鼻を示す紋様のようなものが描かれていた。


「ほう? 面白そうな物を持っておるな」

「あげるわ、これ」


 そう言って足元に皿にしか見えない仮面を放るヒルダ。


「うおおいいきなり何をするんじゃ落としたらどうするんじゃ」

「それに魔力を通してみて。やり方はわかる?」


 ヒルダの簡単な説明を聞き実践を視たものの、魔素ではなく魔力を直接動かすのは初めてであったため四苦八苦しながら何とか会得するナナ。


「……む? むうううう」


 そして起動させた仮面越しにヒルダを見たナナは、おかしな声を上げて唸っていた。仮面越しの視界は真っ暗で、ヒルダの胸の辺りに輝く光球が見えているだけだったのだ。そして自分の姿を確認すると、本物の魔石がある辺りにナナとキューの魔石だけが輝いて見えていた。


「魔石『だけ』を見る魔導具かの? ただ、ヒルダの胸にも見えるんじゃが、それは何じゃ」

「魔石よ。魔石を持つのは魔物だけじゃないわ、魔人族と光人族、稀に他の人族でも魔石持ちが生まれることがあるわ。さっき話した魔力過多症の原因でもあるわね、この魔石の成長が追いつかないと魔力が暴走すると言われているのよ。あとその仮面ね、本当は魔石『も』視えるように作りたかったんだけど失敗作で魔石『しか』見えないの。でもあなたなら魔力視があるから関係ないでしょ、何かに使えるかもしれないからとっときなさい」

「そういうことなら遠慮なく貰うのじゃー」


 ナナは仮面を掲げたりスライム体に乗せたりと上機嫌にしているのだが、ヒルダに踏まれたままである。


「他にはどんなことができるのかしら?」

「教える前にそろそろ足をどけてもらえんかのう……」

「……百八十四よ。私の年齢」

「……なん……じゃと……?」

―――百八十四です


(いやキューちゃんに聞いたわけじゃないのじゃなぜ出たし)

「年齢詐称疑惑が、なんですって?」


 さらに踏む力を強めるヒルダに、ごめんなのじゃーすまなかったのじゃーと謝り続けるナナであった。




「いやもうその能力でたらめってレベルじゃないわよ」

「適性次第で習得速度が数倍になる場合もあるのじゃな、ヒルダがその若さでこれほど高い技術を身につけたのも納得じゃわい」


 ナナはヒルダに擬態能力の複製・再構築と旧魔石であるキューちゃんの存在を、ヒルダはナナに魔術適性による技能習得速度について、お互いにかいつまんで話していた。ナナは機嫌を直すどころかよくなったヒルダにせがまれ、擬態能力を使った直刀や蜘蛛糸の生成と、吸収した木材を使って体内での木材の加工も見せ、完成した木彫りの熊をヒルダに渡すとそれを持ったまま考え込み始めた。


「……ねえ、ナナあなた魔石を融合したって言ったわよね。もしかしてクズ魔石を纏めて一つに融合できたりしないかしら? 簡単な魔導具の動力源にする以外、3センチ未満のものって使い道があまり無いのよ」

「おお、面白そうじゃな。やってみるのじゃ」


 ヒルダが棚から1~2センチの魔石を十個ほど出してきて、再度ナナを踏み直す。


「なぜ踏み直すのじゃ」

「ちゃんと待ってたのね、偉いわ。さっきもそうだけどあなた避けないってことはやっぱり踏まれたいのね。はい、これ魔石よ」

「わしを変態であると断じるでない。どれどれ……キューちゃん頼むのじゃ」


―――完了 魔石直径3.15センチに融合


「でっきたー、のじゃ。ほれ3センチ越えたのじゃ、これでゴーレムの核に使えるじゃろ」

「すごいわね、これでボディさえ増やせばゴーレムの量産も……あら? ……だめね、この魔石はこのままでは使えないわ」

「なんじゃと? どういう事じゃ?」


 ヒルダは別の小さな魔石を持ってきて、ナナに渡す。


「これに魔力を通してみて……そう。抵抗なく流れるのがわかるでしょ? それと、魔石が『生きている』ような感覚、わかるかしら?」

「う……うむ、確かに何かしらの反応? みたいなものがあるの」

「今度はナナが融合させた方の魔石に魔力を流して。違いがわかるでしょ?」

「これは……魔力が通るどころか霧散していくような感じじゃの。それに何の反応も無いのじゃ。何故じゃ?」

「理由は私にはわからないわよ。ただ、その状態の魔石は『死んだ魔石』と言われるわ。内部の魔力を限界を越えて使用した際にそうなるわね」

「そうか、これはすまん事をしたのう、魔石を無駄にしてしまったのじゃ」


 軽く凹むナナに対し、ヒルダはふふん、と胸を張ってドヤ顔をして口を開く。


「死んだ魔石は普通二度と使えないと言われているのだけれど、長い時間をかけて大量の魔素を流し続けることで復活するわ。私が作った瘴気集積装置で魔素を流し続けてやれば、そのうち使えるようになるわ。装置はこの地下の最奥の扉の向こうよ。今度装置に案内してあげるわ」


 その後クズ魔石を大量に融合し、7センチ級を一つ作り上げると上機嫌で魔石を抱えるヒルダの姿が見られた。


「5センチを超えるとなかなか手にはいらないのよ、6センチ級ですら十数年に一度かしらね。この7センチ級が何年後に使えるようになるか楽しみだわ」

「そうか、喜んでもらえたようで何よりじゃ。さて……本題に入るとしようか。ヒルダよ、ゴーレムの訓練などができる広い場所はあるかの? そこにヒルダの従魔で強い者二体と、未使用のゴーレムボディを二体ほど用意してくれんかの?」

「建物の裏に練兵場があるわ。そこへ行きましょう」



 練兵場で行われたのは、一方的な蹂躙であった。ナナの用意した剣術ランク7のゴーレムと槍術ランク7のゴーレムに対し、ヒルダのゴーレムは始めのうちこそ互角以上に戦っていたものの、僅かな間にその差をひっくり返され、あっという間に手も足も出なくなってしまう。

 それもそのはず、キューによるとヒルダのゴーレムは剣術がランク6にようやく届いた程度しかないのだ。ナナの用意したゴーレムが接続された肉体に慣れ、ある程度の経験さえ学習してしまえば遅れをとる余地など微塵も無いのだ。


「ナナのメモを読んだときまさかと思ったけど、実際に目にするともう疑う余地は無いわね……それにしてもたったの二晩でここまでのゴーレムができるだなんて、私が今までやってきた何年もの研究は何だったのかしらね……」


 その言葉を聴いたナナは、いつものずんぐりむっくりな30センチほどの人型の姿になって首を傾げる。


「何をゆうておるか。そもそもヒルダがゴーレム強化など思いついて実験をせなんだら、わしがこの世界に来ることは無かったのじゃぞ。それにまだまだやることはあるのじゃ。魔石に注入できる技能魔素には限りがあるでの、適切なバランス調整とボディの改良も必要じゃ。あとヒルダから貰った金属を少し食べてみたのじゃが、ほとんどがわしの知らない金属じゃった。しかもどうやらわしは金属の加工が苦手らしく、何度か挑戦しておるのじゃがうまく形を整えられん。じゃから素材の見極めと加工・調整は、ヒルダ。おぬしがやるのじゃぞ? わしだけでは完成させられんでのう、二人でやるのじゃ」

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