4章 第21話An 食事こそ最高の幸せだと思うの
本当にナナったら出鱈目よね、また新しい種族を作っちゃった。
アルトが二十頭連れてゲートをくぐって行ったけど、ブランシェはまだ早朝なのね。
残りの十頭はこの村に置いて飼育させるらしいけど、大丈夫かしら。
といっても、私には関係ないわね。
ところでキューちゃん、この新種族ずいぶん毛が薄いけど寒くないのかしら?
―――問題ありません。またこの種族は異世界における『豚』という生物に酷似。なお豚とは食肉用に品種改良された家畜で――あり、おだてると木に登ります。
へえ、あの短い足で木にも登れるんだ。面白い生き物ね、ありがとうキューちゃん。
ナナがまた出鱈目な魔術、いや魔法で柵を作ってるけど、その中にこの村で飼う予定の豚を入れるのね。
ちょうど一頭だけ木の側にいるから、試してみようかしら。
「ブタちゃん良い子ね、とっても凛々しい顔してるわ。それにかっこいいし男らしい体だし、君はやればできる子よ!」
「のう……アネモイ、そんなにその豚が気に入ったのかのう?」
ブタちゃんを撫でながら褒めまくっていたら、後ろから呆れたようなナナの声が聞こえた。
私何かおかしなことしてるかしら。
「木に登るところが見たくておだててるだけよ?」
「……はぁ……アネモイ。確かにこの動物は豚そっくりじゃがのう、豚もこ奴もいくらおだてても木に登ることはないのじゃ……キューちゃんから聞いたのじゃろうが、『ことわざ』といって実際に登るわけではないのじゃ」
深い溜め息をついたナナが「豚もおだてれば木に登る」ということわざの意味を教えてくれたけど、ナナの声に微妙な哀れみを感じるのは私の気のせいかしら。
「……登らないの?」
「登らん。それとアネモイ、大事な話じゃからよく聞くんじゃ。……その豚はメスじゃ」
「えっ!? 『ドスッ!』ふぎゃっ!」
振り返ってナナの顔を見た瞬間、ブタちゃんに体当りされたわ。
ナナってば吹っ飛んだ私を避けるなんて酷いわ、受け止めてくれてもいいじゃない。
その後は金貨より物々交換の方が助かると言われたナナが、小麦粉とお肉を大量に渡して、代わりにお醤油とかお味噌とか、たくさんの美味しいものと交換していたわ。
でも私はちゃんと見たわよ。ナナってばこっそり大量のお酒を受け取って空間庫にしまったわね。
私もあとで分けてもらおうっと。
夜になり宴会が始まると、やっぱりナナが出鱈目魔法料理で注目を浴びていたわ。
でもナナの作る料理は美味しいし、あまり出鱈目扱いすると貰えなくなっちゃうから言わないでおくわ。
今夜はパン粉をつけて油で揚げたお魚と豚肉、それと海老や魚に野菜なんかを卵をつけて揚げた料理がメインみたいね。
ねえキューちゃん、これなあに?
―――天ぷらという、小麦粉や米粉を食材にまぶし、鶏卵などをつけて油で揚げる料理です。
へえ、サクサクして美味しいわね。うふふ、お酒が進むわー。
もういろいろと生で食べていたあの頃になんて戻れないわ!
「アネモイ、このお刺身っていうのも美味しいよ! お醤油をつけて、姉御が見つけてきた『ワサビ』っていうハーブと一緒に食べると最高だよ!」
「あら、生魚の切り身じゃない。ワサビってこの緑色の奴かしら?」
「そうよ~。生魚は痛みやすいから、毒消し作用のあるワサビと一緒に食べるといいらしいわ~」
生食に戻れないと言ったけど、リオもセレスも美味しそうに食べてるわね。ちょっと気になるじゃない。
毒なんて私には効果ないけど、ワサビは必要かしらキューちゃん?
―――ワサビには食中毒予防の他、美容・健康にも効果のあるハーブです。強い刺激性のある香りと――ほのかな辛味が特徴で、肉料理にも使用される万能ハーブです。
美容と健康に良いならたくさん食べたほうが良いわよね!
少しくらいなら辛くても平気だし!
「このワサビというのは美容と健康にも良いらしいわ。食べてみるわね!」
「あっ! ダメだよアネモイそんなにつけたら!!」
「……んんんーーーーーーー!!!!」
何これ! 鼻痛い!! 息できない!!
「アネモイ……ワサビはお刺身が隠れるくらい塗るものではないのじゃ……ほんの少し、ちょんと付ける程度で良いんじゃぞ?」
「あらあら~、いくら美容に良くても、わたしには真似できないわ~」
先に言ってよ!
ほのかな辛味って言うから、油断したわよ!!
セレスは私の涙を拭いてくれるのは嬉しいけれど、あなたも食べなさいよ!!
「うわあああああん!!」
でも慣れてきたら美味しいじゃない!!
ナナが村の広場に出したわっしーの中で一晩休むことになったので、いつもどおりナナがくれた青スライムを抱いて横になった。
無意識に足の間に挟みたくなるのだけれど、ダグとアルトがいるから気をつけないといけないわね。
目が覚めると、ナナがアルトの作業机でなにかしてるわ。
「早起きね、ナナ。何を見てるのかしら?」
「アネモイはいつも通り起きるのは一番最後じゃの。今は上空に感覚を飛ばし、空から地図を作っておる最中じゃ。次の世界樹はここからほぼ真南じゃが、直進するとでかい火山の真上を通るでのう、迂回すべきかと考えとった」
他の四人は外で訓練中みたいね。あれ以上強くなってどうするつもりかしら、セレス以外は二千年前に見た人類より強いのに。
それにしても次の世界樹へ行くのに火山の上……え。
「迂回よ、ナナ。その火山に近寄っちゃだめ」
「ほう? そこには何がおる」
「火の古竜よ。言っておくけど私みたいに話が通じると思わないでね、見るもの全て壊さないと気が済まないってくらいの狂った竜よ」
多分休眠してると思うけど、万が一起きてたら間違いなく戦闘になるし私よりずっと強い。
そんな相手、ナナに合わせるわけにいかない。
「南の世界樹を見に行くときは、火山を大きく迂回して水古竜の住処近くを飛ぶの。火古竜に見つかったら本気で危ないもの」
「水古竜は平気なのじゃな?」
「ええ、水古竜も私と同じ引きこもりだし、良い竜よ。古竜じゃない火竜なら南の世界樹周辺にも居るみたいだから、どうしても見たければそっちに行きましょう」
ナナは少し悩んだみたいだけど、何とか私の言う通り火山は避けると言ってくれたので安心したわ。
そこに訓練が終わって四人が戻ってきたけれど、セレスがずいぶん嬉しそうにしてるし、しかもいつもより生傷が少ないわね。
もしかしてと思ってナナを見たら、海竜とセレスが適応したらしく、骨や筋肉を海竜のものと入れ替えたって教えてくれたわ。
また人間離れした人が増えたのね。
村を発つ際にはアルトがゲートゴーレムを一体設置し、ゲートから出てきた部下に村長との話し合いを丸投げしてた。
アルトも仕事の投げっぷりがナナに似てきたわね。
またのんびりとした空の旅が始まったけど、ナナが出発早々火古竜のところに感覚転移させようとしてたからびっくりしちゃったわ。
周辺の魔素が乱れているおかげで見られなかったらしいけど、気付かれて起こしたらどうするのよ、もう。
南の世界樹までは大陸の海沿いに二日ちょっとかかるけれど、ナナの空間庫に料理はたっぷり入っているし、たまに地上に降りてバーベキューとかいうものを食べたりと、本当に楽しい旅ね。
でも南の世界樹手前にある山脈に近寄ると、火の上位竜が襲いかかってきたわ。
この子も中々強いけど、海竜同様に無謀ね。そんなに古竜になりたいのかしら。
やっぱり私だけじゃなくナナ達のことも餌としか見ていないようで、ダグ達四人に倒されていたわ。
ここでは海竜戦で活躍できなかったセレスが張り切っちゃって、最後は回転する氷の刃で火竜の首を切り落として決着がついてたわ。
他にも中位竜に率いられた下位竜の群れを、ダグが任せろって言って一人で戦ってたわね。
またアフロとかいう頭になって戻ってきたダグを見て、みんなで笑っちゃったわよ。
世界樹近くに降りて留守番していると、密林の中にあった世界樹を見て帰ってきたナナが、難しい顔で「もう一本の世界樹があるかもしれない地点に向かう」と言い出した。
ここから真っ直ぐ西ね。
でも少し北西に水の古竜が住む洞窟があるって言ったら、寄り道するって言い出しちゃった。
私も会うのはいつ以来かしらね。
「あの小さな島がそうかのう?」
「ええ、岩場に海中へつながる洞窟があって、水古竜はそこで寝てるはずよ」
「着水させるのは危険じゃろうのう、島に直接降りるとしようかの」
水古竜の島は密林の世界樹から北西、ちょうどブランシェに真っ直ぐ向かう途中だったわ。
でもその島に着陸した瞬間にふわっとした浮遊感を感じて、気がつけば太陽が消えていた。
同時にナナがヴァルキリーに換装し、ダグ達四人も戦闘態勢に入った。
「馬鹿な! これは異界と同じではないか!!」
そうね、水古竜が作った戦闘空間よ。
あ。そう言えばナナに言ってなかったっけ。
ま、いっか。




