4章 第20話N 好き嫌いがあるからこそ珍味なのじゃ
モイスというこの村の、様々な食材の加工場を見せて欲しいという願いは叶えさせてもらえなかったが、代わりにプディングとの技術交流で話が決まった。
あとで研究所の方に顔を出して、いろいろ自分の目で確認すればいいか。
「よろしければご試食などいかがでしょうか! 干物などすぐに炙って参りますので、少々お待ちください!!」
「おお、ありがたいのじゃ。それと調理じゃがここでしてもよいかのう?」
「えっ?」
戸惑った顔の村長には悪いが、ダグやリオがもう我慢出来ないという顔をしているので、さくっとやってしまおうかな。
干した魚やイカ、米糠や塩漬けにされた魚を空間障壁の網に乗せ、下から火の魔素で炙る。
応接室に匂いがついたら悪いので、窓を開け風の魔素を操って煙と匂いを全て外に出す。
焼けるまでの間に空間庫から、炊きたてでしまってある白米と、こんぶで出汁をとった具の入っていない味噌汁を出す。
味噌汁に乾燥わかめとプディング産の貝を投入し火の魔素で温める。
白米は空間障壁でおにぎり型に二十個同時に形を整え、塩を振って海苔で巻き、これを魔素で作った陶器風の皿に並べる。
焼き上がった魚やイカは一口サイズで切り、これも陶器風の皿に並べていく。
近くに小皿も用意し、醤油を入れて並べる。
木の魔素を集めて十人分の箸とお椀を作ってテーブルに並べ、烏賊の塩辛風のものや何かの魚卵や卵巣らしき漬物、野菜の漬物などを皿に並べる。
最後にそれぞれのお椀に味噌汁を注いで完成である。
そしてテーブルの横に渡しと同じくらいの大きさのスライムを出し、両手を突っ込んで綺麗にさせる。
「さあ、みなも手洗い代わりといっては何じゃが、スライムに手を入れてから食べるのじゃぞ。ではいただこうかの!」
「おう。いただきます」
「「「「いただきます」」」」
ややフライング気味のダグに続いて残る四人もいただきますを口にし、スライムに殺到して手を突っ込んで綺麗にすると、早速おにぎりをむんずと掴んで口にした。
「この黒い海藻は海苔、でしたか。鼻に抜ける磯の香りが素晴らしいですね」
「おにぎりは一人二個じゃからのー」
「おっ? 何だこの魚、ずいぶんしょっぺぇな」
「それは塩漬けじゃ、更に醤油をつけたらしょっぱくて当然じゃろうが」
こうしてわいわいと話しながらおにぎりを一つ食べ終わった頃、完全に硬直している人が四人ほどいることに気がついた。
すまない忘れていたよ。
「おにぎりと味噌汁は村長たちの分もあるのじゃ、一緒に食べようではないか」
「ねえナナ、前にも言ったと思うけど、あなたの調理風景は一般人にとって信じがたい超常現象なのよ? いい加減自覚したほうが良いと思うの」
「そうは言うがのう、アネモイ。おぬしは一般の調理風景など知らんであろうが。またキューちゃんの入れ知恵じゃな」
私に声をかけられて我に返った村長夫婦と、箱を運んできた若いイルカ系亜人の二人が、呆然としながら「調理……あれが調理だって……?」とつぶやきながら頭を横に降っている。
このままだと立ち直るまで少しかかりそうだから、こっちから話題を振ってみよう。
「のう村長よ、見たところ魚ばかりのようじゃが、おぬしら肉はちゃんと食べておるのか?」
「そっ、それは……お恥ずかしい話、肉類は中々口にできません……。見ての通りこの村の殆どは水棲亜人で占められており、陸上での狩りは苦手にございますゆえ……」
「この辺りの陸地には、どんな生き物が住んでおるのじゃ? そしてどんな動物を食べておる?」
村長達の話では鹿に猪、馬や熊の類も多くいるようで、主に狩って食べるのは猪だそうだ。
それも巨大な牙を持ち岩のように硬い体表を持つ、岩猪という動物らしい。
「よーしでは試食の礼じゃ、わしらでその岩猪を――」
「ナナは留守番な。アネモイ見張り頼むぜ」
「姉御、行ってくるね!」
とっくに食べ終わっていた四人が、さっそうと部屋を飛び出し村長宅を出ていった。
窓から四人が魔狼ゴーレムに乗って、山に向かって空を走っていくのが見える。
置いていかれた。くすん。最近扱いが酷くないかな、もう。
村長達はまた固まってしまったので、アネモイと二人で魚卵や烏賊などの内臓の塩漬けをアテに、モイス産の酒をちびちびと飲んで待つことにする。
ダグ達四人は、内臓の塩漬けにはほぼ手を付けていなかったからたくさん残ってるからね、ちょうど良いや。
「ねえ村長さん、もっとお酒はないのかしら? きっと今出ていった四人とも、大量の肉を確保して戻ってくると思うの。そのお肉と交換ということでどう?」
「おぬしが狩るわけでも無いのに、何を勝手に交渉しておるんじゃポンコツ。それはそうと村長達も食わぬか、冷めてしまうのじゃ」
「え、あ、はい……このスライムに、手を入れれば良いんですね?」
恐る恐るスライムに手を入れた四人は、抜いた後自分の手を見て驚きの声を上げていた。爪の間の汚れが取れたとか、細かい傷が治ってるとか、手に潤いが戻ったとか聞こえてくるが、キューちゃんのサービスだろう。
アネモイに変な事を教えている件もそうだが、最近キューちゃんが独自に動く事が増えてきた気がするな。
ま、害はないし、いざとなったらキューちゃんの専用ボディでも作って、本格的に自由にしてもらおう。
人工知能に自我が目覚めるとか、日本にいた頃に映画で見たなー。
ちょっとワクワクするよ。
「し、しかし女神様……ご自分で調理、なさるのですね。それに箸の使い方も、とてもお上手で……」
「じゃから女神じゃないと言うておろうに。手洗いのために出したスライム、あれがわしの本体じゃ。わしはただのスライムなんじゃよ」
「ねえナナ、ただのスライムは多種族を集めた国の王様になったりしないし、古竜より強かったり、神様扱いされたりなんてしないと思うの」
アネモイをジト目で見ようとしたら、ちょうど蜂の子をつまんで口に入れるところだった。
気に入ったようだが、烏賊の内臓の塩漬けをアテに酒を飲んでいる私には、よく食えるな等と言う資格は無い。無いが……なんかムカつく。
その後は村長たちから話を聞きながら、若いイルカ亜人が追加で持ってきてくれた酒を飲みつつ、色んな話を聞くことが出来た。
泳ぐのが上手な巨大カピパラに船を引かせ、川を遡って皇国の都市グリューと交易していること、魔物は強いがカピパラもイルカ系亜人も中々の強さを持っていること、隣の集落の亜人種は川の水に入ると呼吸できなくなることなどを聞いた。
さらに様々な魚卵と内臓の塩漬けは保存食として優れているが、皇国では全く売れず、このモイスの村で消費しているだけだという。
蜂の子も同様に人気がなく、私達がそれぞれを美味そうに食べているのを見ているだけで、救われた気分になるとまで言い出した。
「麦は栽培しておらぬのか?」
「一時期は作っていたのですが、島の土地は広くなく、皇国のような広大な麦畑が作れませんでした。代わりに水が豊富でしたので、水麦……女神様がお米と呼ぶ穀物を作る水田を広げております。いくつか近似種も発見しているのですが、まだ本格的な栽培までは至っておりません」
「その辺りも我が国の研究所で話してみるとよい。むしろわしからも頼むのじゃ」
もち米に近い品種が発見できれば、和菓子作りもはかどるぞー!
小豆の事を聞いたら栽培はしていないが自生しているらしいので、それも栽培するかプディングの研究所に持っていくよう頼んでおく。
あんこだ、あんこが出来るぞ!
おっはぎーだっいふっくおっしるっこどーらやきーっ。
おっとニヤニヤしすぎたか、四人の視線が痛い。
アネモイは酒に集中していて気付いていないか、しかしそろそろ止めないと泣き出すな。
初めて会ったときの泣き上戸な絡み酒は忘れていないぞ。
そう思ってアネモイのツノに手を伸ばした時、外から悲鳴やら驚きやらが聞こえ騒がしくなってきた。
みんなが帰ってきたんだろうな。
「帰ったぜ。これくらいで足りるか?」
「あっねごー! おみやげだよー!!」
「岩猪を十頭狩ってきました。それとリオくんが持っている魔物ですが、襲われたので倒しました。あと岩猪を三十頭ほど生け捕りにしてきました」
「ナナちゃんヌルヌルするの~、取ってえ~~……」
セレスの悲痛な声が聞こえてきたので何事かと目を向けると、全身粘液まみれでドロドロだ。
原因はリオが持ち上げている4メートルくらいの巻き貝、カタツムリの魔物だろうか。当然持ち上げているリオもドロドロである。
洗い流すのも大変そうに見えるし、高さ2メートル位の涙滴型スライム体を出して置いておく。
「スライムを出しておくから、リオとセレスは適当に飛び込んでおれ。みなお疲れ様と言いたいところじゃが……そんなに生け捕りにしてどうする気じゃ。プディングに連れてゆくつもりかのう?」
「はい。一体をふーすけに食べさせ鑑定したところ、とても上質な肉らしいです。牙と硬い体表をどうにかすれば、飼育可能ではないかと思い連れてきました」
岩みたいに硬い体表だから、岩猪なのね。だけど体長2メートル越えてるんだけど。牙がなくても突進されるだけでかなり痛そうだなあ。
生け捕りの三十頭は太い蔦の網に囚われて暴れているが、これはアルトが作ったんだろうか。
「とりあえず調べてみるかのう。オスとメスを一頭ずつ寄越してくれんかの」
吸収しキューちゃんに解析をお願いしてみると、体表を固くする器官が見つかった。これと牙と無くせば戦力値はかなり低くなりそうだ。
早速生け捕りの三十頭をスライムで包み、硬質体表生成器官と牙を無くしてやると薄い毛の生えた皮しか残らず、桃色の肌が丸見えだけど問題ないよね。
ついでにリオが持ってきたカタツムリを吸収したら、変なブレス器官が見つかった。
「粘液をシャボン玉状にして吐き出す、バブルブレスかのう? しかも弱い麻痺毒が混じっておる。ふうむ、大きくすれば粘液の代わりにわしのミニスライムを吐き出すこともできそうじゃの」
「えへへー、ネバネバの泡を吐き出したの見て、面白そうだから持ってきちゃった」
問題は遊び以外で使いみちは思い浮かばない事くらいだろうか。
あと嬉しそうな顔をしているがリオにセレス、麻痺毒は平気なのか。
それと二人共、いい加減私のスライムから出てきなさい。




