4章 第19話N 虫だけは許して欲しいのじゃ
「わんどはりゅうさ村ば流さいで、なんつがしで逃げねばまいねって、こごさ着いたんだ。頼むはんで早よごごがらいんでけろ。そのでったら亀も、りゅうだば餌さしか見えねべさ。狙われだらたまったもんでねし、もう見づかってらば、わんどはまだ村ば捨て、どっかさ逃げねばね」
私達は旅をしていて、ここは味噌や醤油の発祥の地と聞いたので立ち寄ったのだと話したら、亀亜人は微妙に意味のわからない言葉を早口でまくしたてた。
笑顔で亀亜人に手のひらを向け、待つように伝えて回れ右をする。
「……全員、集合じゃ」
六人で円陣を組んで話し合い、聞き取れた単語から前後を予測し何とか翻訳を試みる。
多分、だが……
『私達は竜に村を流され、◯◯◯◯逃げなければと、ここへ着いたのだ。頼むから早くここから◯◯◯◯』
『その◯◯亀も、海竜は餌にしか見えないでしょう。狙われたらたまったものではないし、もう見つかって◯◯◯◯私達はまた村を捨て、どこかに逃げなければ◯◯◯◯』
多分これであっていると思うが自信がない。というかあちこちどうしても訳せない。
「ナナさん提案です。彼らが皇国と交易していたのなら、言葉が通じる人がいるはずです。この島にあるもう一つの村へ行ってみませんか?」
「そうじゃな……こちらの言葉も微妙に伝わっておらぬし、見当違いな通訳をしても困るしのう」
深い溜め息が溢れる。残念だがまた機会はあるだろうし、ひとまず移動するとしよう。
亀亜人に「海竜は倒した」と伝え、疑いの眼差しを背に受けながらわっしーを空中に浮かせ、中に乗り込む。
疑いの眼差しから一転、驚愕の表情に変わった水棲亜人達の視線を受けつつ、北西へと向かう。
今度は言葉が通じるといいなー。
島と大陸の間の海峡沿いに移動し、昼過ぎにはもう一つの村が見えてきた。よく見るとそこは村としては規模が大きめで、港となかなか大きな船まである。
遠くには大陸から流れる大河を遡る船と、その船を引く巨大な……カピパラ? の姿が見える。
今回もさっきの水棲亜人達の村同様、手前でわっしーを着水させ泳いで近付く。
また水棲亜人らしき者達に囲まれたが、今度はほぼ人にそっくりだった。
ふんどし一丁なのは一緒だったけど。
「そごで止まれ! なたじは何者だ!」
「皇国の方から来た旅人じゃ、皇国の言葉を話せる者はおるかのう?」
やっぱり隣の村と同じ言葉だったよ。
私達を囲む者達のリーダーらしい人が、銛をこっちに向けたまま泳いで近付いてきたけど、会話が大変そうだなあ。
「わがりにぐいがもしんねえばって、すごしは話せる。そのでげえ亀はなんだ」
確かにわかりにくいが、亀亜人のおじいちゃんよりマシか。それにゆっくり話してくれてるおかげで、何とか意味が通じる。
「これはわしらの移動用のゴーレムじゃ。これに乗って、空を飛んできたのじゃ」
そう言ってわっしーを少しばかり水面から浮かせると、私達を囲む全員がぽかーんと口を開けて呆けてしまった。
「皇国で見た調味料がここで作られたと聞いての、興味があって立ち寄っただけじゃ。迷惑なら立ち去るが、良かったら村に入れてもらえんかのう?」
「……そ、そごで、待ってでけろ」
水棲亜人達のリーダーは海中に潜ると海岸に顔を向け、ぶくぶくと空気を吐き出した。
そしてまた水面に顔を出すと、責任者を呼びに行かせたと言う。
水中で会話とは器用なものだ。
微かにきゅいっきゅいっと聞こえたけど超音波かな? イルカ亜人かな?
それからリーダーは他の者達同様わっしーに興味津々らしく、全員でわっしーの周りをぐるぐる泳いで観察していた。潜って下から見ている者までいる。
そのうちリーダーが何かを思い出したように顔を上げ、慌てた様子でこちらを見た。
「きゃ、客人! 西の海がら来たべ!? こんなでげえ亀、ドラゴンさ見づがってだら大変だべ! すぐにこっがら移動してけれ!」
「ドラゴンというのは青い鱗で、手足がこのわっしーみたいなヒレになっておる奴じゃろ? 一体は昨日倒しておるが、他にもおるのかのう?」
「……え?」
スライムでミニチュア海竜を作って見せ、おおよその大きさを説明してやると、リーダーは完全に絶句して固まってしまった。
倒したのは後ろの四人だと告げて振り返ると、ダグが偉そうに腕を組んでふんぞり返っていた。
相変わらず癪に障るドヤ顔だ。
リーダーによると二十年ほど前に突然現れた海竜によって、隣の島にあった村が襲われて半分以上が食われたそうだ。
そこから逃げ延びた者が隣の集落に移り住み、水棲亜人だけの村を作って隠れ住んでいるらしい。
この辺りまで来ることはなかったようだが、私達が西から来たので警戒したと言う。
「あれ、んでも皇国がらって言ってだべ? なしてぎゃぐの方がら来たんだべ?」
ぐるっと遠回りして来たからだと説明したら、意味がわからないという顔をされてしまった。
説明が面倒だなあと思ったちょうどその時、リーダーが何かに気付いたような素振りを見せて、海中へと頭を沈めた。
そして浮上してきたリーダーは、村への立ち入りが許可された事と、村の責任者が会いたいと言っている事を伝えてくれた。
リーダーに案内されて浜から陸に上がり、わっしーを空間庫にしまうと、リーダーを始め私達を囲んでいた水棲亜人達が残念そうな顔をした。
もっと見たかったようだが、あまりぺたぺた触られるのもちょっと嫌だしな。
それとここに暮らす水棲亜人達は鰓呼吸も出来る隣村の者と違い、全員が肺呼吸をする種族だという。
彼らは背びれもあるし足にもヒレのようなものがついてるし、何より水中で会話をする辺り、やはりイルカやクジラに近い種族なのかな。
遠くからこっちの様子を伺っている人達の中に女子供もいるけど、全員普通に足がある。人魚っぽいのはいないようで、ちょっと残念。
でもみんな服は和風の着物っぽい、羽織って前で合わせて帯で止めるスタイルだ。
靴はビーチサンダルのような形で草履にそっくりだが、何かの革製に見える。
服も靴もすぐに脱げるような、いつでも海に入れますという感じだね。
それにしても田舎の漁村っぽい感じだなー。
辺りを見渡すと海辺にある建物は船小屋や作業場所らしく、少し離れた高台に結構な数の建物があるのが見えた。
全て木造で、石や土で作られた建物は一軒も見当たらない。
そうして村の様子を見ていたら、中年の野人族らしき男が走って来て、私の姿を見るなり膝をついて頭を下げた。
「遠い所をようこそいらっしゃいました、女神ナナ様」
「ふおっ? な、なんでわしの名を、というか女神じゃと!?」
何これ。
「皇国の都市グリューの新領主から、ナナ様のお話は伺っております。また、海竜を討伐なさったとお聞きしております。ナナ様には何とお礼を申し上げればよいか……」
話を聞くとこの男は村長で、元々は皇国の下級貴族の生まれだそうだ。
しかしこのモイスという村と、皇国の都市グリューとの交易に興味を持ち、ここに移り住んで交易を拡大させ、気がつけば村長という地位に押し上げられたらしい。
また去年の暮れから一ヶ月ほど前まで皇国にいたおかげで私の事も知っており、また各地の領主や重要な役割を担う貴族には、私の今の姿も周知されていることも教えてくれた。
特にグリューの新領主からは、私が味噌や醤油に興味を持っているから行くかもしれないと聞かされ、失礼のないようにときつく言われていたそうだ。
「海竜は襲われたから撃退しただけじゃからの、礼を言われるような事ではないのじゃ。ところで味噌や醤油を作っておるのは間違いないのじゃな? 見学させてほしいのじゃがのう」
「お、お待ち下さい、作業場は匂いもきつく、その真っ白なお召し物も汚れてしまいます! とてもではありませんが、女神様御一行をお連れするような場所ではありません!!」
「何じゃそんな事、いちいち気にせぬわい。食べ物や調味料などが作られる工程など、大抵そんなもんじゃ。それに女神様はやめてくれんかのう……わしはそんな高貴な存在ではないのじゃ」
それでも渋る村長は、ひとまず立ち話も何だからと言って私達を連れ、村で一番大きな建物である村長宅へと案内した。
その道中で、気になるものがいくつも目に入る。
「おお? もしかしてあれは塩田かのう?」
「海藻を干しておるのか、昆布に海苔まであるではないか!」
「あれは魚の干物じゃな? おお、イカもあるではないか!」
さすが漁村、海の幸てんこ盛りだわー。酒の肴たくさんだわー。
そんな私のはしゃぎっぷりに、村長がびっくりしたような顔を向けていたけど、そんなん無視無視。
「あの煙の出ておる小屋は、燻製でも作っておるのかのう?」
「え、ええ……そのとおりでございます。それに干した海産物についてもお詳しいようで、驚きました」
「わしの国でも勧めておるからのう、他にはどんなものを作っておるのじゃ?」
「はっ。魚や貝、魚卵の塩漬けや、その……内臓の塩漬け等もございますが……」
後半とても言い難そうに教えてくれた村長だが、何でだろう。
そんなことより塩辛みたいなものがあるのか、酒のつまみに良いんだよねー。
「ほほう、一通り食べてみたいのう。もちろん代金は支払うのじゃ!」
「ええと、その……かなり独特な味のものばかりですが……それに内臓ですが、本当に頂かれますか?」
「もちろんじゃ! それと酒も造っておったら見せて……いや、飲ませて欲しいのう」
ぽかーんと私を見ていた村長の顔が、徐々に笑顔へと変わっていく。変な事を言った自覚はないのだが、何かしたかな。
「女神様、こちらの屋敷でお待ち下さい。このモイスで作られている品々、全てお見せ致します!!」
話しながら歩いていたら、いつの間にか村長宅の目の前だった。村長はそこで家から出てきた女性に案内を任せると、遠巻きにこっちを見ていた人のところへ全力で走っていった。
そして自己紹介してくれたイルカ系亜人の女声は、村長の奥さんだった。
野人族とイルカ亜人の夫婦かー、いいねえ幸せそうだねえ。
広い応接間のようなところに通され、村長の奥さんが出してくれたお茶を飲みつつ村長を待つ。
応接間にあるのはソファーやテーブルなど、普通にティニオンやフォルカヌスと似たような調度品ばかりで、ちょっとだけがっかりした。
しかし村長が若いイルカ系亜人を二人連れて、汗だくで応接間に飛び込んでくると、落ちかけていた気分が一気に高まった。
二人が抱えた木箱から漂ってきた、磯の香りのせいだ。
「女神様! これがモイス自慢の品にございます!!」
テーブルに置かれた木箱の中身を見て、私は決断した。
「誰かわしの国に来て、加工技術などを教える気は無いかのう? もちろん行き来は簡単にするし、おぬしらの求める技術も提供するのじゃ!」
何を言っているんだこの人はと言いたそうな村長に、アルトがやれやれと言いたげな顔で近付き説明を始めた。
ありがとうアルト。いつもどおり丸投げして、私は木箱の中をもう一度覗き込む。
木箱のうち二つには味噌・塩・醤油・酒に、魚やイカの干したものと燻製にしたもの、海苔やワカメや昆布らしき海藻とそれを干したもの、そして米・大豆・イモ類に、米糠や塩漬けにされた野菜と魚と貝、塩漬けのイカの内臓等がぎっしりと並んでいた。
残る一つの木箱には、稲藁で編まれたらしき靴や手袋に帽子やゴザ、そして色とりどりの貝殻のアクセサリーが並んでいる。
特に目を奪われてしまったのは貝殻の加工品だ。
エメラルドグリーンの貝殻、光を反射して虹のように色を変える貝殻、それらをネックレスやブレスレッドに加工したり、そのまま飾っても良いような巨大なものまであった。
「あら、綺麗ねこれ。私の住処にも似たような……宝石っていうのかしら。たくさんあったけど、それに劣らない美しさね」
「そういえばアネモイの住処にある宝の山、ほっぽっといたままじゃったの。というか今更じゃが帰る気はあるのかのう?」
「無いわ!」
私と一緒に三つ目の箱を覗き込んでいたアネモイの、食い気味の返事を聞いてため息が漏れた。仕方ないなあ、もう。
「確かゲートゴーレムを一体置きっぱなしじゃったの。ブランシェにアネモイの専用宝物庫でも作って、そこに保管でもしておこうかのう」
「あら、全部ナナにあげるわ。むかーし上位竜や中位竜が持ってきた貢物だけど、なんとなく置いてただけだから」
「貢物じゃと?」
この引きこもりに貢物ってどんな連中だろう。
「ええ、二千年くらい前かしら、人族から守って欲しいって。興味はないから無視してたんだけど、たまに山の周りを飛ぶだけで竜達が感謝して、また貢物を持って来るという繰り返しだったのよ。その子たちが人族にやられちゃってからは、今度は竜にそっくりの人族が、一時期貢物を持ってきていたわ」
「竜そっくりの、人族じゃと?」
「ええと……今思えば、亜人種かしらね? 数十年くらいしか来なかったから、すっかり忘れていたわ」
また大事な話を小出しにしやがって。
しかも詳しく聞いたら千五百年以上前の話で、気がつけば竜亜人は姿を消していたらしい。
「とはいえわし個人でお宝を貰っても使いみちがないからのう、確認が済んだら全て国庫に入れてもよいかの?」
「ええ、構わないわ!」
「ナナさん村長への交渉終わりました。プディングとのゲート開通及び技術交流の許可は問題ありません。また皇国への物流についてはこのあと宰相と話しますが、プディング経由で関税をかける方面で詰めようと思います」
相変わらず仕事が早い。それに関税なしとか皇国へのゲートとか作っちゃったりすると、今運輸に関わってる人達の仕事がなくなっちゃうからね。
「それとアネモイさんの洞窟から宝物を運び出すよう、部下に連絡いたします。アネモイさんありがとうございます、財源が一気に潤います」
「聞いておったのか、では選別も任せるのじゃ。珍しいものだけ目を通しておけばよかろう」
「はい。お任せ下さい」
村長と交渉しながらこっちの話も聞いているとか、たまにアルトが怖くなるけど気にしない方が良さそうだ。
「姉御、お腹空いたよー」
「こんな美味そうなもん見せられたせいで、余計腹減ってきたじゃねえか」
「綺麗な貝殻も気になるけど~、この白い芋虫みたいのは何かしら~」
セレスの問いには応えたくない。できればそれらは気付かないままでいたかった。
「おお、お目が高い! それは蜂の子というこの村一の高級食材で、今の時期は特に中々捕れないものなのです!」
「蜂の子ですか……ってナナさん、どうしたのですか? さっきから蜂の子や隣の……虫でしょうか、一切見ようとしていませんが」
「……昆虫食は苦手なのじゃ……大事な栄養源であろうことは理解できるし、スライムでなら普通に食べられるのじゃが、それを口に入れることだけはどうにものう……」
それを聞いたアネモイがニヤニヤしながら、蜂の子を一つ摘んだ。
同時に私は空間庫からハチを取り出し、右手に持つ。
嬉しそうな顔でこちらを振り返ったアネモイが、ハチを見て固まったのを確認して笑顔を返す。
「急に固まってどうしたんじゃ、アネモイ」
「……ねえナナ、どうしてハチを持っているのかしら?」
「それはのう、アネモイ。どっかの馬鹿がわしに蜂の子を突きつけようとする気配を感じてのう、そうなったらお礼にハチの銃口でも突きつけようと思って準備しておったのじゃ」
アネモイの視線が私とハチと蜂の子の間を彷徨い、最終的にアネモイは目を閉じて、蜂の子を自分の口に放り込んだ。
「ううう……でもこれ、クリーミーで意外と美味しいわよ……」
らしいね。食べたことはないけど、何かで読んだことはあるから知ってる。
恐らくこの村の人にとっては貴重なタンパク源なのだろうけど、申し訳ないのだが昆虫食だけは許して欲しい。
この先どうしても食べなければいけない自体になったら、私の代わりにアネモイに全部食べさせよう。




