4章 第16話N 歴史を知りたくなってきたのじゃ
「帝国ができたのはわたくしの住むフォルカヌスより古く、光魔大戦で光人族の国として魔人族排斥を訴えたのがローマン帝国ですわ」
「なんと……今も光人族が治めておるのか?」
「今の皇帝は野人族ですわね。光人族もいるらしいですが、詳しい情報はありませんの……申し訳ありません」
島の世界樹へと行き先を定め海上を飛行中、皇国のシアに通信を繋ぎ帝国について話を聞いてみたが、歴史についてはほとんど伝わっていないらしかった。
「かまわぬ。他に何か知っておることは無いかのう?」
「そうですわね……あとはかの有名なグレゴリー・ノーマンが、人類発祥の地を守るという名目で興した都市が、今の帝都ということくらいしか……」
「人類発祥、じゃと?」
顔を上げてアルトを見ると、アルトも知らなかったようでぽかんと口を開けていた。
それにグレゴリー・ノーマンって確か、生命魔術の生みの親だったよね。
「ええ、人類発祥については伝承しか残っておりませんが、光人・魔人・森人・地人・野人・亜人の全てが、現在の帝国領で生まれたと言われておりますわ。ですがグレゴリーが都市を作るまでは、その辺りは人族の住めない土地だったらしいですわね」
「それはいつ頃の話なんじゃ?」
「申し訳ありません、光魔大戦より数百年以上昔としか……」
これ以上詳しい話は知らないというシアに礼を言って通信を切る。
そして顔を上げたら、ドヤ顔のアネモイと目が合った。
「千五百年ほど前に南の世界樹へ行った時には、既に帝都の位置に都市があったわ!」
「おお、ムカつく顔じゃがでかしたのじゃアネモイ。その頃の話を覚えておるかのう?」
「そうね、初めて人を見たのは二千年くらい前だけど……今よりも人族はずっと強かった気がするわ。それと南の世界樹に行く何百年か前かしらね、私の住んでいた山周辺の魔素がどんどん薄くなっていったのを覚えているわ」
もっと早く言えポンコツ。でも今聞いた話が事実なら、世界樹には人の手は加えられていない。
しかしグレゴリーや当時の人類は、現在帝都がある辺りが特別な場所だと知っていたのだろう。
恐らく人の住めない土地だった理由は、魔素の濃さと魔物の強さ。
それをどうにかする手段があって、都市を作った?
「魔素濃度を減らす手段ですか。ナナさんの作った魔道具や、ヒルダさんが作った瘴気集積装置のようなものでしょうね」
「確かにそれなら可能じゃろうのう。しかしいずれにせよ、確証は無いのじゃ。帝国にしても今の所目に見える危険は思い当たらぬしのう、ひとまず目前の問題を解決しておくのじゃ」
「島の世界樹の、魔素湧出量の確認ですね」
そうだ。まずは見てみないことには、いくら考えても埒が明かない。
わっしーに乗り込み南南東の海上へと飛び立ち、島の世界樹へと向かう事にする。
半日も飛べば見渡す限りの大海原。普段ならこの景色を楽しむところだが、あれこれ考えだすときりがない。
二千年以上前に人類発祥。もしかしたらアネモイも同じ頃に生まれているかもしれない。
二千年前から千五百年前の間に、グレゴリーが現在帝都のある場所に都市を造った。
千年前に帝国が主導して光魔大戦が起こり、異界を作ったことでアトリオン世界樹の機能が低下した。
不可解な点はまだあるが、いくつか想像できる事がある。
二つの大陸にまたがって生息域を広げた人類の、言語と文字。
二千年前までは一箇所にしか住んでいなかったとしたら、国も地域も違うのに同じ言葉と文字を使用している事に説明はつく。
だが人類が生まれてからわずか数百年で、言語はまだしも文字などという文化的なものが生まれるだろうか。
それに当時の人類は、今より強かったという。
おそらく魔素の影響だろうが、もしかして知能も高かったのだろうか。
等と前方に見えてきた島の世界樹を眺めながらあれこれと考え事をしていたのだから、突然私の顔の前にヌッと出てきた何かを、反射的に掴んでしまっても仕方がないことだと思う。
またそれを振り回したとしても、不可抗力なのだ。
「ね、ねえ、ねえええええナナああああああ、お願い、お願いだからツノは、ツノはやめてええええええ!」
「やかましいわアネモイ、いきなり何なのじゃ驚かせおってからに!」
「かい、りゅうが、いたのおおおおおおお!」
「何じゃと?」
角をつかんでブンブン振り回しているせいか、何を言ってるのかよくわからない。
その時背中にゾクッとしてものを感じて、アネモイを放り投げて外を見る。
原因はすぐにわかった。
巨大な青いドラゴンらしき生き物が、海上から鎌首をもたげこちらを向いて口を開けており、その口からはこっちに向けて伸びる光る粒子の道が――
「ブレスが来る、緊急転移じゃ!!」
大急ぎで視線の先ギリギリに見える世界樹のある島付近へと、わっしーごと転移させる。
そして転移の浮遊感が落ち着くと同時に後方から『ゴウッ!!』という轟音が届き、見るとわっしーを丸ごと飲み込めるだけの水の塊が天高く昇っていった。
ドラゴンの口から放たれたブレスだ。あれはもう単純に質量弾と言っていい代物だ、障壁を張ってもそれごと吹き飛ばされそうだな。
それに下からは迷彩魔術で見えないようにしてあるのに、あっさりと見破られた。アネモイも感覚だけを転移させていた私の存在を見破っていたし、並の相手では無さそうだ。
「よーしちょっくらぶっ飛ばしてくるぜ!」
「ダメじゃ! 相手をよく見ぬか!!」
ダグを引き止め、島にある森林へとわっしーの鼻先を向けて速度を上げさせる。
改めてキューちゃんに戦力値を確認させるが、アネモイには届かないまでも、あれは上位竜より遥かに強い存在だ。
戦力値五十万超の相手など、いくらなんでも一人でやらせるわけにいかない。
それに人型竜のゴーレムの時もそうだったが、不明な技能魔素が多くて正確な戦力値が計れていないらしい。
追ってくるようならみんなを安全なところに退避させ、私がヴァルキリーで出るのが最善だろう。
私の剣幕に驚いたダグが改めて水面に顔を出すドラゴンを見て、その強さに気付いたのかギリッと歯を強く噛み締め、忌々しそうにドラゴンを睨みつけた。
だがそれも一瞬のことで、大きく息を吐くと不敵な笑みを向けてきた。
「あいつは、俺に……いや、俺達にやらせろ」
「ダメじゃ」
「俺達とあいつにどんだけ差があるか知らねえが、アネモイと初めて会ったときほどの絶望感はねえ。あれぐらいの相手ぶっ飛ばせねえと……また皇国で出てきた奴みてえなのが出ても、任せろなんて言えねえだろ。ナナの敵は、俺が……俺達が、ぶっ飛ばす」
皇国で出てきた奴というのは、人型竜のゴーレムか。確かに奴よりは弱いし、ダグ一人で戦うのではないというのなら、勝ち目はあるかもしれない。
「……やはりダメじゃ。許可は出来ぬ。海中で戦う術はなかろう?」
「ちっ、水の中か……何とかならねえか、アルト」
「呼吸だけなら何とかなりますが、思うように動けなくて一方的にやられますね」
水棲生物に水中で戦いを挑もうなんて無茶過ぎる。
こっちへ向かってなかなかの速度で迫るドラゴンは、姿形はだいたい風の上位竜に似ているが、翼がなく手足がウミガメのわっしーみたいなヒレになっているのが見える。
水中でも十分な機動力がありそうだな。
「世界樹のある島に、ちょうどよい砂浜があるのじゃ。奴も追ってきておるようじゃのう、そこで迎え討つのというのなら……許可するのじゃ」
「……くくっ、そうこなっくちゃなあ! 行くぜ、アルト! リオ! セレス!」
「う、うんっ!」「え、ええ!」
リオとセレスは少しばかり緊張気味にダグに返事を返し、アルトだけはやれやれと言いたげに首を振っている。
「ドラゴンがどこまで上陸してくるかわかりませんし、上陸してきても下は砂地です。いずれにせよ僕たちは空中戦になりますから、落ちないでくださいねダグ」
「けっ、てめえこそ調子に乗って俺を巻き込む魔術撃つんじゃねえぞ?」
ダグの怒気と鋭い視線を、どこ吹く風と受け流すアルト。
喧嘩するほど仲が良いって言うよね。それにしてもあのダグが自分から、仲間と一緒に戦う選択をするとは驚きだよ。
「アネモイはわしといっしょに留守番じゃ。それと……ぶぞー! わしらに寄ってくる魔物を全て狩れ! とーごー! ハチ解禁、完全武装でわしらの護衛に着け!」
「「ハッ!」」
「は、はいっ!」
空間庫から呼び出したぶぞー・とーごーと並んで、何故かアネモイが元気よく返事をした。
「……何でアネモイまで返事をしておるんじゃ」
「……つい……」
「真面目な空気がぶち壊しじゃろうが……」
でもアネモイのポンコツっぷりを見たリオとセレスが少し笑ったように見えた。偶然とはいえ二人の緊張を解いたことだけは褒めてやろう。
「やはりこの世界樹も、とんでもない量の魔素を放出しておるの。じゃが陸地にはぶぞーに太刀打ちできる者はおらぬようじゃし、こちらは心配せず存分に戦って来るがよい」
わっしーを浜に近い高台の森の手前に降ろし、一旦空間庫へしまう。
もしかしたらわっしーを食料として見ているかもしれないから、隠しておかないと狙われそうだからね。
「んじゃ、行ってくるぜ!」
「無理はするでないぞ!」
浜へと向かう四人が乗る、魔狼ゴーレムの腹にはひっそりとミニスライムを張り付かせてある。
ひっそりと海中に潜ませ、万が一の場合はすぐに援護できるようにするつもりだ。
それととーごーが構えるハチは弾丸をレールガンにセットしてあり、銃口はいつでもドラゴンに向けられるよう待機させる。
アネモイの情報では相手は海竜、水の上位竜だそうだ。結構長生きしているらしいが、古竜にはまだ程遠いという。
それでも数値だけを見れば、ダグ達と互角かそれ以上の戦力値だ。備えを怠ってダグたちに万が一があってはいけない。
森からは早速魔物と交戦し始めたぶぞーの気配がするが、討ち漏らすことはないだろう。
さて、四人の本気戦闘を見せてもらおうじゃないか。




