1章 第16話N でっきるーかな
「どうしてこうなったのじゃ」
寝室のベッドの上で半透明の体を『J』を百八十度回転させた形状に変化させ、短い方をノーラに、長い方をヒルダに抱きつかれながら呟くナナ。
(ノーラに頼まれて一緒に寝ることになったが、大急ぎでパジャマを作ったおかげで、ノーブラにキャミ一枚という凶器に抱きつかれる危険は回避できたわい。まあこの暑さでは気持ちもわかるがのう、このままでは身動きできんのじゃ)
この場で二人を起こさないように作業をするのも憚られるしと考えた末、転移門を開きっぱなしにしてスライム体の抱き枕分ををベッドに残し、本体とキューを地下実験室へ送るナナ。
「魔力消費が多いが、困るほどではないのじゃ。では始めるとするかのう」
「キューちゃんよ、この3、4、5センチ魔石それぞれのゴーレム化を頼むのじゃ」
―――了
それぞれ首に黒・赤・青の異なる色のスカーフを巻いた三体の人型ぬいぐるみと魔石。ぬいぐるみは簡単な布製で内部に骨格などを仕込んでいないシンプルなもので、内部は綿の変わりに狼の毛を詰めてある。
―――実行完了
「それぞれの魔石に注入された魔素は同量かの」
―――同量です
「魔石に入る総量に対して何%入ったかわかるかのう、わかるなら教えて欲しいのじゃ」
―――可能 3センチ魔石:96.56784416
「待つのじゃー 以後数値に関しては小数点以下三位を四捨五入し二位までの表示で頼むのじゃ」
ナナは用意した羊皮紙にキューから聞いた数値を書き写し、さらにそれぞれの体積を計算する。
「体積は3センチが14.14、4センチが33.51、5センチが65.45じゃな。まずは体積に関連すると仮定して計算してみようかの。それが駄目そうなら次は表面積じゃな」
しばらく数値を見ながら考え込むナナだったが、方程式をうろ覚えで困っていたところにキューの記憶能力を思い出し、何とか数値を導き出す。
「キューちゃん様々じゃのう。次は魔素の内容確認じゃ。ゴーレム同士組手をした際に変動した魔素は無かったかの?」
―――不明魔素10の微増を確認 同時に不明魔素10内部に微細な変動を確認 不明近似魔素10―1 不明近似魔素10―2 の 不明魔素10内での微増確認
ナナは増加時の状況を聞き、拳を使ったときに近似魔素10―1、蹴りを使ったときに10―2が上昇したことを確認する。
「不明魔素10を格闘技術と断定、近似魔素は特に報告不要じゃ。恐らく投げや絞め技を練習しても近似魔素が変動するじゃろうな」
次々とキューから魔素変動時の状況と対象を聞き取り一つずつ不明魔素の名称を決めていくナナ。剣術や槍術や鍛冶等、しばらくの間名称決めに時間を費やすが、二時間ほど経ったあたりで思いついたことがありキューに聞いてみる。
「キューちゃんよ、わしの記憶と参照しつつ不明魔素変動時の状況から魔素名を仮でもよいから決定することは可能かの……?」
―――可能
べちゃっと音を立てて実験室の床に崩れ落ちるナナ。少しすると力なくゆっくりと体勢を立て直し、いつもの涙滴型に戻る。
「と、とりあえずキューちゃん、技能名の確定作業を任せたのじゃ……それにしても、やはりゴーレム作成時に魔石に注入される魔素は認知・運動機能と技能に関する物じゃったな」
ナナはキューを起動させた際にOSを自分と仮定して魔石の従属化をしたことを考え、ゴーレム化するのにOSと最低限のアプリケーションが必要であろうと考えたのだ。ただゴーレムだけではなく自分や人間にも同様に不明な魔素が存在することには驚いたが、それが技能と仮定すると納得できるものであった。
「それにしても……魔力視とは相当レアな技能と聞いとったんじゃがのう、ありふれておるではないか」
ナナは検証結果を次々と羊皮紙にメモ書きし、その中でヒルダが『従属化』と呼んでいた部分に関する記述を読み直すと、呆れたようなしぐさで呟いた。その羊皮紙にメモ書きされた部分には、『体積の二乗が魔石に入る魔素量の上限』と『ゴーレム作成時の従属化術式で注入される魔素量は193、内訳は112が認知機能(記憶/思考/理解/計算/学習/言語/判断)、16が運動機能、64が格闘技能、1が魔力視』と書かれていた。
「確かにのう、見えないと何もできぬじゃろうの。それにしてもわしが転生したときの試作魔方陣にはこれらが入っていないんじゃったの。なぜ外したんじゃヒルダ……これさえあれば魔力視に言語と楽できたのではないじゃろうか……まあ今更じゃがのう。そういえばゴーレムは術者と術者の指定した者の命令以外聞かぬと言っておったような。聴覚も無いのにどうやって……ああ、これか」
ナナが今日最初に作ってそのまま放置していたゴーレムを注視したところ、僅かに赤い光が伸びているのが魔力視で見えた。
「聴いておるわけではなく、魔力的繋がりで命令を理解しているということかの。五感は魔力視のみで基本技能は格闘のみ。これでは強化の必要を感じるのも仕方なかろう」
ここで寝室側の抱き枕ナナの視覚情報で夜が明け始めてきたことを知り、3センチ魔石の黒スカーフゴーレムを機能停止させ、4センチ魔石の赤スカーフゴーレムと5センチ魔石の青スカーフゴーレムは実験室内の使われていない容器に入れ、格闘訓練をしておくよう命じる。その他自分が使ったものを綺麗に片付け、二人が目覚めるまでヒルダから借りた本を読んで過ごすことにする。
目が覚めたヒルダとノーラに朝の挨拶をし、さすがに着替えや朝の準備まで見るわけにいかないと考えたナナは一足先に転移で研究室へ戻る。
この日もいつも通り午前はノーラの勉強につきあい、午後はヒルダ・ノーラの希望で人形劇の再公演を行ったりと、のんびりとした日を過ごす。合間にはヒルダから借りた魔術についての本をベースに、ヒルダの所持する魔術技能のランク確認も行っておく。
今夜も一緒に寝るといってナナを離そうとしないノーラによって寝室へ連れて行かれ、二人が着替えを始める寸前に布団へともぐりこみ安堵するナナ。二人が寝静まると、前日と同様に抱き枕型に変形した部分を残し、本体を地下実験室へつなげる。
地下実験室に置かれた容器の一つの中では、ぼろぼろに薄汚れた二体のゴーレムが殴り、蹴り、投げ、押さえ込む等の組手を行っていた。その傍らでヒルダから借りた本の続きを読み、しばらくすると読書を中断しゴーレムに声をかける。
「よーし二体ともそれまでじゃ。しかし二十時間も戦い続けるとさすがにぼろぼろじゃの、よくがんばったのじゃ」
そういって二体をねぎらい優しく撫でると、裏返して背中側の魔石を注視する。
「キューちゃん。二体の格闘技能魔素はいくつ上昇しておる?」
―――0.5の上昇を確認
「うむ、となると四十時間の訓練で1の上昇か。百上げるのにぶっ通しで訓練しても半年近くかかるのはきついのう。となると次は……キューちゃん。技能魔素の操作は可能か?」
―――可能
「きたー! のじゃ! ではこの赤ゴーレムに格闘技能魔素の注入を頼むのじゃ!」
―――不可
べちゃっ
「なん……じゃと……」
―――不可
「聞きなおしたわけじゃないのじゃー。さっき操作可能と言うたではないかー」
力なくつぶれ、床をずーりずーりと這い回りながら当てが外れたと呟くも、何かに気づいてがばっと身を起こし、まだ使っていない魔石を空間庫から取り出す。
「この未使用の4センチ魔石であれば格闘魔素の注入は可能かのう?」
―――可能
「4センチなら容量は1,122じゃったの、基本値が193じゃから余裕じゃ。ゴーレム停止魔術のプロセスは何じゃ?」
―――魔力神経切断術式 及び 術者との接続解除術式 以上
「よし。赤ゴーレム停止後魔石に格闘魔素を500注入。その後このボディと魔力神経とわしへの接続じゃ」
空間庫から新しい人型ぬいぐるみを取り出し、4センチ魔石用ゴーレムとして赤いスカーフを巻き直す。
―――了
「おお! 動くではないか!! 青ゴーレムも停止後魔石を取り出し、そのまま初期化せず新しいボディに接続するのじゃ!」
―――了
「キューちゃん、それぞれの格闘魔素値は?」
―――赤ゴーレム:564.5 青ゴーレム:64.5
「ふふん、最初から高い技能値のゴーレムができたのじゃ。……さあ、すまないがまた組手を頼むぞ」
さっきまで二体のゴーレムが組手をしていた容器に新しいボディと入れ替えた二体を入れ、再度の組手を促す。すると最初は互角に近い様子に見えた二体のゴーレムだったが、見る見るうちに赤スカーフのゴーレムが圧倒するようになっていく。
「いやっほう! 成功なのじゃ!!」
この後技能魔素の注入をスキルのインストール、消去をスキルのアンインストールと呼び、これまで視た剣術や槍術も一通り試し問題の無い事を確認する。更に魔石内にある魔力量と技能魔素量の相関やヒルダから聞いた技能ランクを元に、最低限どれだけの技能魔素を注入すればどれくらいの強さになるのかも導き出していた。そして5センチ魔石に剣術ランク7相当をインストールしたものと槍術ランク7相当をインストールしたものを用意すると、この二日で判明したことや可能になったことをまっさらな羊皮紙にまとめて記載しておく。
「さて、そろそろ夜が明けるのう。最後に……キューちゃん、以前おぬしの魔石を吸収した魔石を使って修復したことがあったのう。そこでこの3センチ魔石を吸収じゃ。そしてキューちゃんの核に追加して変化を教えてくれんか」
―――了 魔石直径:5.06センチから5.39センチに増加 魔力量上限:1357から1639へ増加 技能値上限:4601から6719へ増加
「おお、技能値上限の上昇が激しいのう。では次じゃ。この3センチ魔石を吸収しわしの核へ追加じゃ!」
―――了 魔石直径:6.02センチから6.26センチに増加 魔力量上限……
「うぎゃああああああ!」
しかしナナはキューからの報告を聞き終わる前に全身を走る激痛を感じて床をのた打ち回り、寝室へ繋いだままの転移門の維持ができなくなり、解除されると同時に床にのびて意識を失ってしまうのであった。
ナナメモ
ランクについて 物理技能/魔術技能
ランク1:入門者、初級知識を得ただけ / 魔力に属性の力を加える
ランク2:初心者、訓練を始めたばかり / 属性魔力の操作
ランク3:初級者、訓練を終えた新兵 / 初級魔法、属性色に染めた僅かな魔力と魔素の操作
ランク4:一人前、正規兵 / 属性魔力・属性魔素の大まかな操作技術、初級融合技術
ランク5:中級者、部隊指揮官級 / 中級魔法、属性色に染めた魔力と魔素の操作
ランク6:上級者、軍司令官 / 上級魔法、属性色に染めた大量の魔力と魔素の操作
ランク7:最上級者、国内に名が知れ渡る技量 / 属性魔力の融合効率化
ランク8:英雄級、世に名前が知れ渡る技量 / 最上級魔法の行使。属性色に染めた膨大な魔力と魔素の操作
特殊技能のランクは複雑なため割愛
ゴーレム強化研究について
・ゴーレム化魔術内『従魔化』の実態は『認知機能(記憶/思考/理解/計算/学習/言語/判断)各ランク3、運動機能ランク3、格闘技能ランク4、魔力視ランク1』である。
・非稼働中の魔力神経を接続していない魔石には、任意の技能魔素を注入することが可能。
・ゴーレム化魔術の『魔石の初期化』を行わずにそのまま肉体へ魔力神経を接続することで、魔石に書き込んだ技能を使用できるゴーレムの作成が可能である。
・技能魔素を注入した魔石を使用するためには通常のゴーレム化術式ではなく、魔力神経接続と術者との接続のみを実行する術式が必要である。
・魔術技能魔素に加えて魔力視ランク5をインストールすればゴーレムも魔術の行使が可能。ただし技能魔素を注入し過ぎると魔力が確保できなくなり魔力行使に支障を来すため注意が必要。
・魔力量上限=魔石体積×20、技能魔素上限=魔石体積の二乗、技能値はランク3で16、ランク4で64、ランク5で256と前ランクの四倍。ランク8で16,384。
・技能値の上限は人類や他の生物については不明、現在は上限の存在またはその可能性を確認をできず。
・5センチ魔石ならランク7物理技能を一つか、十分な魔力を確保した上でランク6魔術二つのインストールが可能。
・ナナにはインストール出来ませんでした。
・キューの補助が無いと技能魔素が判別できないため、キューを停止させてインストールすることも出来ませんでした。
・通常の訓練では技能値を1上げるのに四十時間必要。ヒルダは生命魔術の技能値が18,000以上あったが一日八時間修練しても二百五十年必要、ヒルダ年齢詐称の疑いあり。
・3センチの魔石を二つ頂きます。




