4章 第9話N みんな違ってみんな良いのじゃ
三国会談も無事に終わり三月になると、ヴィシーの后に元気な男の子が誕生した。
ブランシェから派遣した産婆もブルーライト照射魔道具も、しっかり活躍したようで安心したよ。
本来であれば生後半年を越えないと公表されないらしいが、今回は半年以内に命を落とす危険も少なくなったため、大々的に公表し正式に第一位の皇位継承権を与えたそうだ。
これはヴィシーとシアとで話し合った結果だという。
女の子が生まれたらレーネを男装させてシアに婿入りさせて皇位を継ぎ、男の子が生まれたらシアは皇位継承権を返上してレーネと一緒になることになっていたそうだ。
ヴィシーはこれまで傀儡として生かされ、シアに対して父親らしいことがほとんど出来なかったと悔やんでいた。
せめて身の安全だけでもと、当時の英雄であるレーネハイトの祖父に相談し、レーネをシアの近衛につけるだけで精一杯だったという。
まさかそれがシアの望んだ幸せに繋がるとは、人生何があるかわからないものだ。
ということを、赤ん坊を抱いてデレデレの顔をしたヴィシーにしみじみと語られた。
私の後にアネモイも赤ん坊を抱かせてもらい、ヴィシーに負けないほどデレデレの顔をしていた。
三国会談以降、エリー達はたびたびブランシェに遊びに来るようになったのだが、なぜか三人娘全員が密着してくることが多くなり、リオ・セレス・アネモイも含めた六人で、私の腕の取り合いをするようになった。
モテ期到来なのは嬉しいし、女の子の体の柔らかさを感じると幸福感に包まれるのは変わらないのだけれど、いやらしい気分には全くならないんだよね。
しかも困ったことに、シアもブランシェに来るたびにくっついてくるようになった。それを見てレーネも控えめにくっついてくるし、ミーシャにペトラまで参加という、ある意味ヒデオをはるかに超えるハーレム状態である。
私が男のままだったら……悪い気はしないが、やはりハーレムは私のキャラじゃないな。ふふ。
そして私が女性に囲まれた状態なので、ヒデオはたまに寂しそうな顔をしていたのが、少しだけ申し訳なく感じてしまう。
建国式典の調整が進む中、プロセニアの調査結果も少しずつだが情報が入ってきた。
気になる情報は二つ。
まずは光天教神殿から各地に派遣されている司教に対して帰還命令が下り、アトリオンのガッソー司教もプロセニアに戻ってしまったことだ。
孤児院が気になっていたが、信頼できる者に引継ぎされていたと、ヒデオが教えてくれた。
そしてもう一つは、プロセニアとイルム大陸南部において、うんちょーに情報を集積するため放たれたスライムふーすけの分体が、片っ端から破壊されているということだった。
ふーすけは完全に無害であるにも関わらず、である。
皇国で私はさんざんスライムを戦闘に使ったからね。やはりプロセニアだけでなくイルム大陸南部にあるローマン帝国も、私とスライムの繋がりを知った上での行動だろう。
やはり帝国もやましい事があると見て間違い無さそうである。
とはいえ敵対しなければどうでもいいんだけどね。
プロセニアにしても、奴隷として扱っている被差別種族を引き渡してくれさえすれば、残った差別主義者が何をしようと興味はない。
皇国にちょっかいを出した件についても、それは皇国が対処すべき問題であり、私が口を出す問題ではない。
だがヴァンを思わせたあのゴーレムの出所についてと、以前ヴァンを支援していたと思われる光天教については徹底的に調べ、場合によっては叩き潰す必要がある。
この世界で唯一世界中に広まっている宗教があれでは、先が思いやられるな。
そんなことより今日はアネモイとリオと私の三人で、始めてのブランシェ散策を楽しもうと思う。
これまでも何度か出歩こうとしたのだが、そのたびに住民に囲まれ身動きが取れなくなり、泣く泣く諦めていたのだ。
そこで白い頭髪の子供という時点で私だということがバレバレなので、先日試しにフードをかぶって少し出歩いてみた。
すると多少の視線は集めていたが住民が殺到するほどではなく、これなら安心して出歩けそうだと判断し、日を改めて本日のお出かけとなったのだ。
ブランシェの真新しい町並みの大通りを歩きながら周囲に目をやると、住民の種族の雑多さにニヤニヤが止まらない。
大半は魔人族なのだが、光人族・野人族・森人族に亜人種のアラクネや狐獣人、そして三ヶ月ほど前に連れてきたプロセニアの元奴隷である、熊や狼の獣人に地人族も混じっているのが見て取れる。
馴染めたようで安心したよ。
しかし安心したのもつかの間、串焼きやハンバーガー・ホッドドッグに似た軽食の屋台を眺めつつ歩いていると、ブランシェの異様さがよく見えてきた。
一つ目は堂々と闊歩する。小動物達。
というかこれ、間違いなくピーちゃんが作ったものだ。膝くらいまでの大きさの熊とパンダっぽい生き物が、談笑している飼い主らしき人の足元でじゃれ合ってる。
それを高い場所から見下ろす猫に、下から飛び上がってちょっかい出そうとする犬、そしてウサギを抱いて歩くお姉さん。
動物増えまくってるな。
二つ目は、スライムの多さ。しかも私と同じプルプルボディだ。
そういえば以前、プルプルボディのスライムの作り方を聞かれたことがあったな。その人の仕業だろうか、様々な色のスライムがまるでペットのように、抱っこされたり肩や頭に乗せられているのがあちこちに見える。
私と同じ水色はいないが、不思議な光景だよ。
改めてよく見ると、随分ファンシーな街だな。
こうなったらどんどん増えて広まってしまえ、可愛い生き物と可愛い物好きの輪。くすくす。
そうして散策を続けていると、石造りの立派な神殿らしき建物の中から、ピーちゃんの反応を感じた。
おかしいな、火葬場はこんな町中じゃなかったはずなんだけど。人の出入りもかなり多いぞ。
それに、何だろうこの飾ってあるエンブレム。
少し大きめのスライムを抱いた、私に見えるんだけど……。
とりあえず気になったので、変装用にかぶっていたフードを更に深くかぶり、人の波に紛れ建物への侵入に成功した。
しかし何故か人の波から連れ出されて案内され、気がつけば応接室のような場所でお茶を出されていた。
解せぬ。
「ねえナナ、みんながナナを囲まなかったのは、ただの優しさだと思うわ?」
「なんじゃと? わしの完璧な変装がバレバレじゃというのか?」
「姉御、いつものコート着たオレ達と一緒に歩いてるんだから、無駄じゃないかな?」
むー。でもみんなはいつもの格好のまま出歩いても、囲まれること無いって言うじゃないか。
「そうですね、そのような可愛らしいフードが付いた外套を着こなしてらっしゃるのは、ナナ様くらいのものでしょう」
アネモイの言葉に驚いていると、誰かが応接室に入ってきた。聞き覚えのある声に脱力しつつ、手製のウサミミフードを下ろして顔をあげる。そこには想像通りの、しかしそうであってほしくない人物がいた。
「のう……教えてくれんかのう、どうして……ファビアンが、ここにおるのじゃ……。それになんじゃその格好は」
そこには私が、きっと二度と会いに行くことはないだろうと思っていた、アーティオンにいるはずのヒデオの父ファビアンが立っていた。しかもガッソーと同じような、だぼだぼの神官服のようなものを着ているじゃないか。
「ご無沙汰しております、ナナ様。家督は長子モーリスに譲り、現在こちらで女神教の司教を勤めさせて頂いております。そちらのアネモイ様とはご挨拶がまだでしたな、ファビアン・クロードと申します。以後、お見知りおきください」
「まさかとは思うが、ここは……女神教の神殿ではなかろうな?」
「そのまさかにございます。また、私の他にもアーティオンから、多数の住人がこちらへ移住しております」
いつの間に……道理でアトリオンの職人だけじゃ済まないほど、野人族の数が増えてるはずだよ……。
しかもファビアンによるとこの女神教、本部をこのブランシェに移転し、既にプディング・ティニオン・フォルカヌスの三国に広まりつつあるらしい。
そしてピーちゃんは女神教の御神体として、生命の循環と負傷者の治療等を行っているそうだ。
ここまで聞いて理解した。
もう止められない。
そしてもう一つ。
ファビアンがここにいる理由、そしてフォルカヌスにまで女神教が伝わった訳。
「協力者は……アルトじゃな?」
「はい、その通りにございます」
「うぎゃああああ! 何をしておるのじゃあの男は!!」
もうやだ。王様扱いは仕方ないから受け入れられたけど、いくら何でも神様扱いは痛い。
自分を神格化する王様なんて痛すぎる。
でももうこの女神教は手遅れだ、止めようとしても止まる気がしない。
無理やりなら止められるかも知れないが、下手にそれをすると地下に潜りかねない。
悪魔信仰とか邪教の類みたいでそれも嫌だ。
それならせめて、何とか私のダメージを軽減させる手はないかな……。
「ねえナナ、それだけ皆がナナを敬っているということなのよ、良いじゃない。私なんて悪い伝承しか残ってないんだから」
アネモイは引きこもってたせいで、暴れてた上級竜こそが古竜だと思われてたものね。
……はっ。そうか、アネモイだ。
「のうファビアン……一つだけ、わしの願いを聞き入れてもらえんかのう」
「はっ。信仰を捨てること以外でしたら何なりと!」
「……わしの知る神というものはのう、あらゆるものに宿っておるのじゃ。太陽の神、月の神、大地の神、海の神など様々じゃ。ここにおるアネモイの名はわしが付けたのじゃが、アネモイというのも遠い異世界で崇められておる風の神の名じゃ」
真剣に私の話を聞いてるファビアンの目を見て、更に続ける。
「他にも戦いの神、平和の神、豊穣の神、愛の神など様々おっての。それでファビアンへの頼みというのは、わしだけを女神教の信仰対象とするのは考え直して欲しいのじゃ」
アネモイの名付け理由を思い出しての完全な思いつきだが、ちょうどいい気がしてきた。
排他的な思想に陥りやすい一神教の危険性と、様々な考え方に対する多神教の寛容さをファビアンに説き、女神教を多神教へと誘導する。
私を女神扱いしたアルトも道連れにしてやる。
もしかしたらリオやアネモイも神の一柱として数えられることになるかもしれないけど、全部アルトが悪いのだよ。くっくっく。
こうして女神教は新たに作られた『神道』の中の一つという扱いに生まれ変わることになり、ファビアンは神道の大司教と女神教の司教を兼任することになりましたとさ。
他の神様の話作りも、全部ファビアンに丸投げしちゃった。
こうして神話が人の手で作られていくんだね。
そしてウサミミフードを被り神殿を出ると、今更ながらに気付いたことがある。
どうも視線をあまり感じないと思っていたら……住民の皆さん、離れた場所から私を見つけるなり頭を下げて祈りを捧げていたよ……。
居心地悪いなあ、くすん。
魔王邸に戻ってからは建国式典の準備や打ち合わせに皆忙しそうだ。
アルトですら表情に疲れが見えるので、レールガンぶっ放すのは許してやろう。
ティニオンとフォルカヌスから派遣されてきた文官達も忙しく走り回っているが、手伝えないのがちょっと心苦しい。
以前少し手伝ったら、アルトから「ナナさんが近くにいるだけで皆、緊張して作業効率が落ちるのでやめてください」と叱られたのだ。
しかし彼らの頑張りのおかげでニースの魔道具販売計画や、ジュリアの服飾事業拡大の目処も立ったらしい。
どちらも建国式典の目玉として、魔道具の展示会とファッションショーが開催されることも決まった。
ファッションショーは私の提案だが、ドレス類は少なく普段着を多く出品させ、あらゆる種族を網羅するように頼んである。
輸出入する品目については贅沢品の部類は高価に、日用品レベルの物と救命に関わる物は安価に設定し、貿易が行われることも順調に決まったようだ。
また、こちらから既に農業魔術と建築魔術の指導員がティニオンとフォルカヌス両国に渡り、替わりに来た漁師のおかげで海沿いに作られた集落も急発展しているらしく、ブランシェで魚介類の流通量が増えたそうだ。
その漁師町をヴェールと命名し、プディング魔王国の二つ目の都市として、建国式典で発表することにした。
なお建国式典は終始ヴァルキリーで進行する事にしたが、翼のある私のためだけに、ジュリアが背中が丸空きのタイトなワンピースを作っていた。
それを着てファッションショーに出てほしいと言われたが、全力で拒否させてもらった。
お尻の割れ目の上ギリギリ見えてるじゃん……アウトだよジュリア……。




