4章 第7話N 三国会談なのじゃ
三国会談の前に親睦会として、軽食を取りながら挨拶をすることにした。
「まずはわしから挨拶をしようかの。プディング魔王国のナナじゃ。幼い見た目をしておるが、この身体はゴーレムでのう。本体は元人間で、スライムなのじゃ。この度は急な提案に答えてくれたこと、感謝するのじゃ」
軽く会釈して頭上のスライムもパタパタと飛ばし、同じく会釈するよう少し前のめりにする。
「身に余るお言葉、恐れ入ります。フォルカヌス神皇国の神皇ヴィシーです。我らはナナ様に救われた身ゆえ、全てナナ様とプディング魔王国の決定に従う所存にございます」
ヴィシーはゼルに対しては軽い目礼で済ませたが、こちらに対しては深く頭を下げてみせた。
一国の主なんだから、程々にしてほしいなあ。ゼルもびっくりしてるじゃないか。
「儂はティニオン王国の国王イゼルバードだ。ナナ殿には二度に渡りティニオンに迫る戦火を食い止めて頂いている。この場を借りて改めて感謝の意を伝えたい」
二度ってヴァンとこないだのプロセニアか。どっちもティニオンの為じゃないんだから、気にしないで欲しいなあ
とりあえずこんな感じで、ヴィシーの私に対する腰の低さにティニオン側の一行が驚いた以外、特に何の問題もなく自己紹介は進んだ。
両国とも宰相や将軍、宮廷魔術師や大臣などそうそうたる顔ぶれではあったが、政治的なことは軽食のあとゆっくりと話すことになっている。
その軽食とはハンバーガーだ。
とはいえ手に持って食べろというのは国の重鎮に失礼なので、お皿に盛ってナイフとフォークで食べる形にしてある。
中身は普通のハンバーグと照り焼きチキンの二つ。醤油が手に入ったから照り焼きができるんだよねー。
パンの柔らかさやマヨネーズにテリヤキソースなど、レシピや材料について様々な質問が飛んできたが、その辺もあとで開示すると言うと納得してくれた。
なお躊躇なく手掴みで食べたのはヒデオとアネモイだけでした。
二人は周りを見渡して慌ててハンバーガーを皿に置いたけど手遅れだよ、全くもう。
ティニオンとフォルカヌスの両陣営がそういった質問を投げかけながら、互いの名産品などの話につながって盛り上がったおかげで、お互いを知る切っ掛けになったと思う。
食後は紅茶とクッキー類の焼き菓子に加えて好きに使うようハチミツも添えて、本番の会談が始まった。
その最初の議題は、ゲートゴーレムの運用について。の、はずだった。
あれえ?
「砂糖は南のジース王国からの輸入に頼りっぱなしで、国民は甘味に飢えているんだ。ミツバチの飼育についても、詳しく知りたいところだな」
「このハチミツは素晴らしい味ですね。栄養も多そうですから、私の子が生まれたら食べさせてやりたいですね……」
「ん? ゼルはオーウェンからどんなミツバチが作っておるか聞いておらんのか? それとヴィシー、子が生まれたら、とはまさか赤子に食わすつもりかの?」
キョトンとする二人だが、ゼルへの説明はオーウェンに任せ、私はヴィシーの方へと向き直る。
「ヴィシーよ、乳幼児にとってハチミツは毒なのじゃ。成長するに従い毒を消化できるようになるのじゃが、生まれて一年未満の乳幼児には与えてはならぬ」
この世界にもポツリヌス菌と同じ物が存在してるんだよね。当然プディングの国民には周知させてある。
「な、なんですと? ……そうでしたか、危うく我が子を危険に晒すところでした……感謝致します。無事に生まれて来たら、祝いに与えようと思っておりましたゆえ……」
「無事に、とは穏やかではないのう。シアから后殿の出産が近いと聞いておるが、体調でも崩しておるのか?」
それならそれで、母体の治療に人を回したり、滋養に良い食材を渡してやることもできる。
「いいえ、体調を崩しているわけではないのですが、何せ出産となると何があるか……」
「ナナ、ちょっと良いか?」
沈んだ顔のヴィシーを見ていたら、ヒデオが声をかけてきた。何だろう?
「ナナは一般的な出産時の事故率って知ってる?」
そうして続いたヒデオの言葉によると、生後半年以内の乳幼児死亡率は四割を越えており、また出産時に母体が亡くなる事も少なくないそうだ。
それを聞いたアルトの目が光った気がした。
「我が国における出産時事故率はおよそ五十組に一人といったところでしょうか」
『『なっ!?』』
両国の重鎮やヒデオたちまで揃って、一斉に声を上げて立ち上がった。特にヴィシーなんて顎が外れそうなくらい口が開いている。
「ナナ様が開発なされたブルーライト照射魔道具によって分娩室や助産婦、母体を清潔に保つことで、産後によく見られた病の発症が激減しています。両国に二基ずつお渡し致しするよう準備させましょう。またナナ様のご意向により、医療関連の技術や知識は可能な限り開示致します。製法についても開示いたしますので、この件は後ほど技術交換に関して話す際に詰めることに致しましょう」
とまあ、初っ端から予定通りに話は進みませんでしたとさ。
しかしこのあとは順調に話が進み、最も時間がかかると思っていたゲートゴーレムについても、およそこちらの希望通りの設置となった。
それは王国と皇国は直通ゲートを作らず、必ず魔王国を経由することである。
そしてゲートを使用した貿易を行う場合には関税をかけることや、非常時の食糧支援に限り免税とすること、身元のはっきりしない者は通行を許可しないこと等が決まった。
ゲートの設置は両国とも首都を希望したため、それを許可することにした。
万が一ゲートを悪用して兵士が送られたらひとたまりもないと脅し、首都から少し離れた別の町にしたほうが良いのではないかと提案したのだが、ゲートの有無に関係なくプディング魔王国が敵になった時点で国が滅ぶのは確定だから、何の問題も無いそうだ。
どういった品目にどれだけの関税がかけられるかは、両国の宰相とアルトが後ほど話し合うということにした。丸投げというなかれ、ゼルもヴィシーも当然という顔をしているからきっと正解なのだ。
あとは研究所の件も話し、両国からも専門家が派遣されることとなった。
知識や技術は基本的に身に着けた者が独占し、秘匿されるものというのがこの世界の常識だ。
そりゃ飯の種なんだから当然だとは思うが、そればかりでは人類の発展は無い。知的財産権も大事だが、基礎となりそうな知識や技術はどんどん広める事にする。
両国からの技術者が開発に成功した物や技術についても、所属する国に対してメリットが大きいようにすることも決められた。
やり過ぎると独自文化が失われる恐れもあるが、アレンジの部分に期待しよう。
それと譲れないこともある。
「食品加工関連についてじゃが、発酵食品に関しての研究も協力を要請したいのじゃ。プディング独自のチーズの開発が上手く行っておらんでのう。それに味噌も醤油も発酵食品じゃからの」
「そういえばナナ様は我が国の調味料にいたくご執心でしたね。あれは皇国の更に東から伝わったものと聞いています」
「チーズか、オーウェンから勧められて口にして以来、王室御用達として定期的に納めさせておる。確か産地はアイオン近郊の小村だったかな?」
ヴィシーとゼルの言葉を聞いて、私が作った地図を広げる。確か皇国の東は山脈と大きな川がある辺りまでしか見てないんだよな。この先かな?
チーズ作りの村は確かこの辺の……あったあった。
『『ガタンッ!』』
「ナ、ナナ殿……その地図は、いったい……」
「なんじゃゼル、これはわしが描いたものじゃ。空から見て描いたからのう、よく出来ておろう?」
ゼルやヴィシーにその側近たちまで、私の描いた地図に釘付けである。
……あ。そういえば昔は地図とか物凄く戦略的価値の高い国家機密レベルの物だと、何かの本で読んだことがあるような……。
ヒデオも片手で顔を覆ってるということは、どうもやらかしたらしい。はははー手遅れだよねー。
やってしまったものは仕方ない。それに私にとっては戦略的な価値などどうでもいいからな。
ところでヴィシーが皇国南にある、アネモイが住んでた山脈近くを見て何か考え込んでいるが何かあったかな。
「……ナナ様、こちらの赤いバツ印は何でしょう?」
「ん? ……ああ、その辺りに山脈を抜ける隠された道があったのじゃが、埋めてきたのでバツ印を描いたのじゃ。どうも帝国がその道を調べておったようなのでのう、ちょっとした悪戯なのじゃ」
ヴィシーと興味深そうにこちらを見ていたシア達皇国の面々に、アネモイと会う直前にあったことを話して聞かせることにした。
といっても帝国で集落を焼かれ、皇国に亡命しようと抜け道を進んでいた難民を見つけて保護、追跡していた帝国の斥候を間違った道へと誘導して放置しただけだが。
しかしそれを聞いたシアとレーネの顔がひきつっていた。
「あの、ナナ様に報告していなかったのですが、四大貴族の屋敷から出てきた資料の中に、風竜山脈を抜けて帝国から兵を侵攻させる計画もあったそうなのです。調査の結果山脈を抜けた形跡が無かったため、帝国との繋がりの一つとしか伝えておりませんでしたが……」
「そうじゃったか。正しい抜け道を塞いだのち、ドラゴンたちの巣に誘導してやったでのう。恐らく驚いて逃げ帰ったのじゃろう」
「……まさか軍隊で侵攻してドラゴンの巣に飛び込んだとか……無いよな、はは……は……」
ヒデオの余計な一言で、沈黙が訪れた。いやあまともな斥候ならちゃんと調べるでしょ、無い無い。
とりあえず両国共にそれぞれの領土の地図は複写して渡すことにし、発酵食品研究についての協力も取りつけた。
更に友好の証として、以前ゼルに渡したのと同型の通信魔道具を皇国に、更に両国には瘴気除去装置をレンタルすることになった。周辺の瘴気を減らすだけではなく、魔道具の動力として使いきった魔石を再生できる瘴気除去装置は便利なのだよ。
そしてあらかた話が終わったところで、ゼルが口を開いた。
「ミツバチの魔物を飼い慣らす手段も、教えてもらえるのだろうか?」
「キラービーの亜種じゃが、女王蜂は言葉が通じるのじゃ。構わんのじゃが魔物であることに忌避感は無いのかの?」
「何を今更。それにナナ殿も正体はスライムだと言ったではないか、分類するならば魔物側だ。言葉が通じるのであれば、友好関係を築く事が不可能ではないという証であろう」
にやりと笑うゼルだけでなく他の側近たちも深く頷いている。
「ふふふ。では女王蜂と交渉せねばならんの。もしくは異界からまた希望する蜂の群れを連れてきておくわい」
私を見て魔物への忌避感が薄れたのもあるだろうが、恐らくハチミツの魅力が忌避感に勝ったのだろうな。
甘い物は人を虜にするからね、ふふふふ。
ここまででティニオンとフォルカヌス両国の重鎮も互いに親睦を深めており、会談は概ね成功したようで一安心だ。
さーて最後に爆弾投下だー。
「ところで四月にプディング魔王国の建国式典を開く予定なのじゃ。そこでわしはプロセニア王国に対し、宣戦を布告する。彼の国で被差別種族である亜人種・森人族・地人族の引き渡し要請が主目的じゃが、調べたいこともあるでのう」
「儂としてもプロセニアには先日の侵攻によって受けた被害について、思うところがある。可能な限り協力することを約束しよう」
「こちらは皇国を食い物にしていた貴族の後ろ盾に、プロセニアがいることは調べがついております。フォルカヌス皇国全国民及びこのヴィシー・フォルカヌス、ナナ様に従うことをお約束致します」
お、おおう。ヴィシーは何というかもう……手遅れのような気がするな。
そういえばヒデオのこの世界のお父さん、ファビアンもこんな感じで人の話を聞かない人だったな……。
とりあえず問題無さそうなので、ここで一旦終了として休憩を挟む。
休憩後はそれぞれが別行動になる予定だ。
まずアルト・リューン・イライザ・ジュリアは、両国の宰相や大臣等がゲートの通行料や関税、貿易品目について話し合う事になっている。
ニースは宮廷魔術師にプディングで開発した鑑定魔術・解析魔術と毒発見に特化した限定的鑑定魔術等の指導と魔道具の説明、ダグとセレスとペトラは将軍を連れて練兵所の見学だそうだ。
そして私は両国の王家と、政治的話に加われない面々でのお茶会だ。
ティニオンからはゼルとヒデオ達五人。フォルカヌスからはヴィシーとシアとレーネ。プティングからは私とアネモイ・リオ・ジル・ミーシャだ。
早速だけどここで爆弾そのにー。
「建国式典ではのう、婚姻する者達への祝福も行おうと思っておる。さて、あとは自分達で話すのじゃな」
そう言ったあとヒデオとエリー・サラ・シンディを見て、オーウェン、ジル、シア、レーネの順に視線を動かす。
オーウェンが小さな声で「ちょ、ここでかよ……」と呟いていたが、今日までに報告していない方が悪いのだよ。くすくす。




