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英雄とスライム  作者: ソマリ
世界樹編
152/231

4章 第5話H 悪気はないんだ

 ナナの手助けのおかげでプロセニアとの戦いが終わり、俺達はブランシェ経由で王都アイオンに戻ってきた。

 オーウェンが通信魔道具である程度報告はしてあったのだが、直接報告する必要もあったため二人だけで登城し、謁見の間で臣下の礼を取る。

 一応俺も貴族だし、ちゃんとしないとな。


 それにしても陛下だけじゃなく宰相に将軍、オーウェンの兄二人といった重鎮が勢揃いする中、さっきから一方的に話をしている宰相の話が長く、だんだん苛々してきた。


「捕虜の扱いについてもう一度確認するぞ。奴隷共の処置はどうしたのだ」

「奴隷兵は全て助力頂いた魔王ナナ様に引渡しました」

「無償で引き渡したというのか! 貴様、わが国の兵士にも犠牲者が出ているのだぞ!!」

「二千人を超える奴隷達を、たった百三十人の兵士でどうしろと? 食料も無いのですよ?」


 さっきからこの話を何度繰り返すんだか。だが「何とかできたはずだ」としか言わなかった宰相が、とうとう地雷を踏み抜いた。


「その魔王と名乗る者の持つ転移魔道具を奪えば良いだけであろう! そうすれば全ての奴隷を我が国に連れて帰れたはずだ!! 貴様等はその転移門を開くゴーレムという物が、どれだけの価値があるのかわかっているのか!!」

「十分に理解しているつもりです。そのゴーレムさえあれば、一瞬にしてこの王宮内に数千数万の兵を運ぶことも可能になりますね。都市間の行き来も便利になるでしょう」

「それがわかっていて、なぜ放置した! プロセニアなどどうでもいい、魔王ナナこそが我が国どころか世界にとっての脅威であるぞ!!」


 ナナとアルトの予想通りだな。あれだけの魔道具、どんなことをしてでも奪おうとする者が出てくることは想定内だ。

 顔だけでなく禿げ上がった頭まで真っ赤にした宰相を無視して、顔を上げイゼルバード陛下を見る。

 周りから無礼だの何だの怒声が聞こえてくるけどどうでもいい。


 陛下はいつもどおり堂々とした表情でこちらを見ているが、この状況何となく覚えがある。

 ナナと陛下が初めて会った時、陛下はナナを見定めるように、座ったまま挨拶をして様子を見ていたっけな。

 何となくだけど、今も様子を見ているような感じがする。


 確か陛下だけじゃなく宰相にも、オーウェンがいろいろ報告してあるはず……ああ、そういうことが。


「魔王ナナは温和かつ友好的です。しかしその側近が、魔王に対しての無礼を許すとは思わないでください。魔王ナナのみならず、単独で我らごとこの国を滅ぼせる側近が少なくとも四人いること、そして魔王ナナはエンシェントドラゴンと友誼を結んでいることを、ご承知おきください」


 俺の言葉に謁見の間が静まり返る。ナナたちの力を完全に見誤ってたんだろうな。

 ナナの事を知らない人にとっては、今さっき宰相が言ったような意見も出て当然ってことか。


「……しかし魔王が引き取った奴隷たちのせいで、我が国の兵が亡くなっているのだ。こちらに断りもなく戦果を横取りとは、許される行為ではない」

「宰相、てめえ勘違いしてんじゃねえぞ。戦争を吹っかけてきたのはプロセニアだ。それにプロセニアの正規兵はこっちで確保してんだ、何の問題があんだ? それに戦果っつうのは奴隷たちの事か? 物扱いするってえのか? ああ?」


 オーウェン切れたか。俺が言うのも何だけど、本当に交渉事に向いてないなあ。

 そのオーウェンを止めようとしたとき、陛下が深く息を吐いた。


「奴隷兵たちはナナ殿が人道的な理由から引き取ったのだ。それでよいではないか」

「……はっ」

「レイアスにオーウェン、宰相の言動は国の利益と安全を最優先に考えてのことだ。今はまだプディング魔王国と魔王ナナについては未知のものであるため、こういった反応も当然であるとして矛を収めよ」


 やっと一段落付いたか。ナナのことを知らなそうな重鎮たちも、これである程度理解してくれたのかな。


「ではプロセニアによる侵略行為に関しての報告は以上となります。次いで魔王ナナより要請のあった、ティニオン王国とプディング魔王国・フォルカヌス神皇国の三国会談について報告致します」


 ナナの目的は自分達が安全に暮らせる場所が欲しいというのが大前提で、できれば隣のティニオンとも仲良くしたいというものだ。

 要求としては人材不足なので文官が余っていたら貸して欲しいというくらいで、ここまでの話ではティニオンとフォルカヌスにメリットは無い。

 そういったことを説明し終わると、陛下は特に考える間もなく宰相へと視線を動かした。


「宰相。儂は魔王ナナの興すプディング魔王国と同盟を結びたいと考えておる。異論はないな?」

「はっ。しかしまずは、その魔王の人となりを確かめねばなりませんな。それとその側近たちにも、危険な存在がいないか見ておく必要があると存じます。魔王ナナは以前に偽魔王を討ち取った存在と聞いていますが、他の魔人族がどのような考えなのかわかりかねますからな」


 隣でオーウェンがまた食ってかかろうとしているのを止め、ティニオンの現状を思い出す。

 ヴァンがやらかしたことで魔人族に対するイメージはマイナスに振り切れてて、真の魔王が偽魔王を討伐したという話を広めたけれど、一般的には魔人族同士の争いに巻き込まれたって印象が強いんだよな。


 宰相が言っているのが、大多数の意見ってことか。

 そうそうすんなりとは行かないかもしれないな。




 なんて思ってたけど、考え過ぎだったかも。

 謁見後に案内された会議室では、さっき謁見の間にいた面々のうち上位の人達が集まっていた。

 陛下に王子に宰相将軍大臣その他、そうそうたる顔ぶれである。


 その場ではナナの国と外交が始まったあとの事を仮定した、技術交換や輸出入についての話し合いがされていた。

 特にナナの国からもたらされるであろう魔術や技術等の利点があまりにも大きく、実際のところはナナの国が発足するのを今か今かと待ちかねていたそうだ。


「おい……宰相?」

「オーウェン様、先程は大変失礼しました。公の場ゆえ事情を知らぬ者も多く、ナナ殿に敵対する愚かさを知って貰う必要がありましたのでな」

「あ、ああ、こっちこそ怒鳴ってしまい、申し訳ない。つーかどうなってんだ?」


 事態の変化についていけないオーウェンに、俺が思ったことを話す。すると陛下も宰相も頷いていたので、やはり他の貴族達に釘を差しつつ、俺達に事情を深く知らない者からはどう見られているのかを教えたかったのだろう。


 とりあえず三国会談についての最大の問題は、誰が陛下に同行するかという一点に絞られた。

 流石に希望者全員で行くのはまずいよなぁ……。

 特に鑑定魔術や農業魔術等を聞いた宮廷魔術師と農政大臣なんか、会談関係なく連れて行って欲しいと言い出してるし。


 会議を途中で抜けてナナに連絡を取ると、三国会談の同行者は五人程度で頼むということだった。まだ迎賓館ができてないし、あまり大勢来られても対処できないかもしれないそうだ。


 そこからは会議という名の、椅子取りゲームに発展してしまったよ……。




「大変だったようね。紅茶でいいかしら?」

「ああ、悪いなカーリー」

「何を言っているのかしら? 私は動けないからご自分でおいれなさいな」


 オーウェンを首都アイオンに残してアトリオンに戻ってきた俺達は、家で一息つく間もなく冒険者ギルドを訪れた。

 そこでギルド長のカーリーに面会を求めると、あっという間に連れ去ったサラを膝の上に乗せて座り込んでしまった。


 サラも嫌がっていないし、放っておこう。紅茶はエリーがいれてくれた。


 俺はこれまでの報告をざっと済ませると、早速本題に入ることにした。


「カーリー。ナナの国に国家の枠組みを超えた冒険者ギルドの本部を作りたい。協力してくれないか?」

「あら。詳しく話してくださらない?」


 鑑定魔術や解析魔術を使った冒険者の鑑定とランク付け、非常時における国家の枠を越えた協力体制、そしてナナが提供してくれるギルド間の連絡を容易にする通信魔道具など、一通り話し終えるとカーリーの口元がニヤリと上がった。


「その初代ギルド長にわたくしを推薦してくださるのかしら? ……この国の爵位を捨てるだけの価値はありそうね……ふふふ……よろしくてよ。今すぐにとは参りませんが、準備が済み次第お願いするわ!」


 カーリーの返事を聞いて満足する傍ら……ちょっとだけティニオンに申し訳ない気がしてきた。

 有能な人材をヘッドハンティングして引き抜きかけてるようなもんだよな、これ……。


 申し訳ないとは思いつつも、ゆくゆくはティニオンのためにもなるんだからと納得することにする。



 さて、と。アトリオンではもう一つ用事を済まさなければいけない。

 ナナがプロセニアと光天教に対して宣戦布告を出すのは決定事項だ。

 だがその前に、俺は会わなければいけない人がいる。


 光天教アトリオン支部の司教、ガッソー・フォール。


 ナナから聞いた話では、光天教がろくでもない組織らしいというのはわかった。だが俺は、ガッソーが悪い人にはどうしても思えないんだ。


 それに孤児院の件もある。

 どうすればいいのかわからない。わからないけど……とにかく話をしようと思った。

 だから今日は、それを確かめに孤児院に来た。


「おお! レイアス君ではありませぬか! 今日は千客万来ですぞ! ささ、こちらへ」


 そして応接間に入った瞬間、盛大にコケた。


「な、な、な……何でここにいるんだ、父さん! それに……アルト!!」

「誰かと思えばレイアスではないか」

「騒がしいですねえ。それと今子供たちと遊んでいますが、セレス君もいますよ」


 ここに来るまでいろいろ考えてたこと全部ぶっ飛んだじゃないか!

 つーかなんで、俺の父であるファビアンとアルトが一緒にいる!?


「何ですかその間抜けな顔は。仕方がありませんね、簡単に説明しましょう。僕は孤児院の引き継ぎを提案しに来たのですよ。今後光天教が窮地に立たされるのはわかりきっていますし、そうなるとナナさんの初デートという思い出のあるこの孤児院にも、何らかの害が及ぶ可能性がありますからね」

「そして私は孤児院の引き継ぎに、アルト殿に連れられてきたのだ。それとアルト殿から聞いたが結婚するそうだな。おめでとう」

「あ、ああ。ありがとう父さん。報告が遅くなって申し訳ありません。……ってアルト今なんつった!?」


 光天教が窮地にって、ちょっと待てアルトどこまで話したんだ?


「いやはや、ちょうどここを含め王都アイオンとクーリオンの司祭にも、プロセニアの本殿から帰還命令が下りましてな。そこでアルト殿から、皇国で起こった事件を聞きましてな。帰還命令が下った理由も納得ですぞ! 孤児院もどうしようか悩んでおったので、助かりましたぞ!」


 いつもと変わらずニコニコしているガッソーの顔を見て、完全に力が抜けた。


 アルトと父さんによると以前からガッソーに対して、女神教に改宗するよう口説いていたそうだ。そして今回もフラれてしまい、やむを得ず孤児院の引き継ぎだけに留めたのだという。


 そして今知った、驚愕の事実。


 父さん、いつの間にかブランシェに移住してたよ……。母さんまで……。


 しかも今は、ナナを崇める女神教の最高司祭って……何してんだよマジで。

 この孤児院の子供たちも近いうちブランシェに移住させて、仕事や勉強の面倒を見るんだそうだ。


 そんなことをぼけーっと聞いていたら、だらしがないと父さんに叱られてしまった。

 久々に合うというのに、相変わらず厳しい人だ。でもなんつーか……ちょっと嬉しいかな。レイアスの父親だけど、やっぱ俺にとっても父親なんだよな。

 そういやいつの間にか自然と『父さん』って認識してたな。


 嬉しさと恥ずかしさを抑えて黙って三人の話を聞いていると、どうやら孤児院の引き継ぎについての話はほとんど終わっていたようで、父さんとガッソーが握手をして話を終えた。


「さて、レイアス君、ファビアン殿、アルト殿。わたくしとの賭けは忘れておりませんな? わたくしはまだまだ負けませぬぞ! 万が一わたくしが負けるような事があれば――」

「神殿の書庫の奥から二番目の棚にある、光人族の功績と力が記された資料、だろ? だからいらないってば……」


 ガッソーから何度も同じような賭けを持ちかけられたから、賞品の場所まで完璧に覚えちゃったよ。



 そのあと妙にお肌ツヤツヤで生気に溢れたセレスと合流して孤児院を出ると、アルトに小声で呼び止められた。


「ガッソーを敵と仮定した場合、これまで光天教が女神教とナナさんの存在を知らなかったのは不自然です。光天教の裏の顔についてはとぼけられましたので、何か知っているのは間違い無さそうですが、少なくとも敵では無いと判断しました。それと――」


 アルトの声が更に小さく、そして低くなった。


「今あったことと女神教については、ナナさんにはご内密に。少なくとも皇国にもう少し広まらないと、ナナさんに見つかり次第止められてしまいますからね。僕は女神教を広め、ナナさんをもっと多くの人に知って貰いたいのです」


 アルトによると現在ナナはブランシェで外に出た瞬間に、多数の住民に囲まれてしまい自由に出歩けない状態らしい。見つかっても問題のない段階まで女神教が広まったら、住民に対して「ナナが皆の暮らしぶりを見に行けなくて悲しんでいる」と伝え、ナナが自由に歩けるようにする予定という。


「……協力が無理でも、沈黙は守って頂けますね?」


 アルトだけでなくセレスさんも父さんも、笑顔で俺の方を見ていた。


 俺はただ、頷くことしかできなかったよ……。

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