4章 第3話N 女の子の憧れなのじゃ
うんちょーを預けたアルトに詰め寄って設置場所を聞き出し、そこに乗り込んで説明文の改変を直接行う。
他のヒデオの装備品についての説明も似たようなことが書かれていたので、徹底的に削除した。
ふう。取り乱してしまったようだ。
しかし食堂に戻ると、ヒデオを除くほぼ全員のにやけ顔で出迎えられてしまった。そのヒデオは顔を赤くしたまま、エリーとサラに両側から突っつかれている。
「おかえりナナ。今更いいじゃない別に、みんな知ってるんだし」
「そういう問題ではないのじゃぁ……」
「とりあえずナナ、ハチをしまうべき」
おっとそうだった、さっきアルトに詰め寄ったときに出したままだった。
「でもナナちゃん、ヒデオの鎧だけじゃなくアタシたちの装備も似たような説明だよ?」
「エリー達はまだマシだろうが、オレのなんて『熊専用鎧。胸部装甲内に埋められた魔鋼は、熊に何かあれば仲間が悲しむから仕方なく入れてある』だぜ……」
「オーウェンのは別として、ナナがどんな想いであたし達の装備を作ってたのか、よくわかったわ」
ヒデオを突くのをやめたエリー達とシンディが立ち上がり、三人がかりで私を抱きしめた。柔らかいやら恥ずかしいやらで、私はされるがままだ。
「ありがとう、ナナ。あたし達の、大事な友達」
「ナナちゃん、大好きかも!」
「ナナ、大好き。でも鑑定結果が変えられてる。残念」
「ワタシも同じ気持ちよぉ、ナナ様?」
ジルも加わり、というか後ろから抱き着いてきたジルの大きな胸が、私の頭の上にたぷんと乗った。スライムとはまた違う感触で、柔らかいけどちょっと重い。
うんちょーには今後、事実のみの鑑定結果を出すようにさせた。エリー達の装備にどんな説明文がついていたのかもう見ることは出来ないが、見たらきっと恥ずかしさに悶え死ぬ。
てゆーかいつからこんな設定になってたの? くすん。
「鑑定……かんてい? あ、もしかしてうんちょーって関「ヒデオそれ以上は駄目なのじゃ」」
ヒデオめ赤い顔で何を考えているのかと思ったら、余計なことに気付きやがって。ちっ。
「こーじは住民登録用、つまり役所ってことか。はは、だいぶナナの名付けルールが解ってきたよ」
「ふん、余計なことばかり気付きおって。そんな事よりヒデオはもっと考えなければいけないことがあるじゃろうが」
キョトンとした顔でこっちを見て、首をかしげるヒデオ。全く、もう。
「エリーとサラとシンディにプロポーズしたのじゃろうが。結婚式はいつあげるのじゃ?」
「それか……こっちの世界じゃ結婚式っていっても、お披露目のパーティーを開く程度なんだ」
「なんじゃ、三人のウェディングドレス姿を楽しみにしとったのにのう」
エリーはメリハリのある体だからマーメイドライン、サラは小柄で可愛らしいからプリンセスライン、シンディは足が長いからベルラインが似合いそうだなーって思ってたのに。残念。
「ナナのいた世界での結婚式ってヒデオから少しだけ聞いてるけど、ウェディングドレスっていうのは聞いてないわね」
「妻となる女性が着る、真っ白なドレスのことじゃ。白には純潔や無垢といった意味があってのう、それに『貴方の色に染まります』という意味もあるそうじゃ」
「あらぁ、素敵ねぇ……それに真っ白な生地なんてプディングではありふれてますけどぉ、皇国ではかなり上位の貴族しか持てない贅沢品ですわよぉ」
ジルの言葉にティニオンでもそうだと言って頷くエリー達三人。うっとりとした顔をしているのはいいけど、ジルも含めて四人とも私に抱きついたままということを忘れてはいないだろうか。
それにしても……うーん。
うーーーん。
……ま、いっか。
「お披露目パーティーとは別に、ここで式を上げればよいじゃろ」
エリー達三人とヒデオの顔が、驚きに染まった。そりゃそうだろうとは思うが驚きすぎだろう。
「結婚式も一つの文化じゃから、この世界で発祥したものは保護したいとは思っておるが……プディング式ということにすれば良いじゃろ。国はたくさんあるのじゃ。それに、のう……ずっと先の話じゃが、わしも……その……ウェディングドレスを、着たいと思っておるのじゃ……」
「「「「きゃーーー!!」」」」
私を囲む四人のテンションが振り切れちゃったよ! 四人で飛び跳ねるもんだから、私の足が床に着いてないよ!? てゆーか顔熱いよ、キューちゃんもう少し温度下げてお願い!!
「そういうことでしたら、僕から一つ提案があります。いっそのこと、建国式典に組み込んでしまってはどうですか?」
「おお、それもよいかもしれんのう」
「「「「きゃーーー!!」」」」
そろそろ降ろして欲しいなあ。
「では後ほどで構いませんので、ナナさんのいた世界での結婚式について詳しく教えて下さい」
「いっそのこと、ジルとオーウェンも一緒に合同でも面白いかもしれんのー」
「「「「きゃーーー!!」」」」
てゆーかこんだけ上下に揺さぶられたら、生身なら戻しちゃってるからね!?
その日の夜。私の部屋のドアをノックする音がした。
「ヒデオ、このような幼い少女に夜這いとは感心せんぞ?」
「ちげえよ! 一つ聞きたいことがあるんだけど、入っていいか?」
「く、くくく……かっかっか、入ってよいぞ、ヒデオ」
「ははは、ありがとう。入るよ」
ドアを開けてこっちを見たヒデオの顔が、笑顔のまま強張った。ふふふ。
「……初めてナナと会った日の夜と、全く同じやり取りとはね。懐かしいな。でもあの時と違うのは、ナナは明るい部屋にいて、俺にハチの銃口を向けていることくらいかな」
「ふふふ、当たり前じゃろうが。か弱き乙女の一人部屋を訪ねるのじゃ、それくらいの覚悟はあろう? かっかっか」
「いや、そういうので来たんじゃないから……」
本当に、懐かしいやり取りだ。思えばあの時既に私は、ヒデオを意識していたのではないだろうか。
同じ世界から来た、たった一人の同胞。
そしてヒルダとノーラを失ってから、初めて弱音を吐いた相手。
まさか男性に対して、こんな気持を抱くことになるとはね。
どちらからともなく自然にひとしきり笑った後、『か弱き乙女』をスルーしたヒデオを撃ちたい衝動に駆られたが、身の危険はないと信じてハチをしまう。
「魔道具作りなんだけどさ、宝石を魔道具化する手段って無いかな?」
「普通にやるなら難しいのう、わしなら内部に魔法陣を埋め込むこともできるがの。例えばプロセニアの者が持っておった水晶玉じゃが、あれは表面の一部に魔法陣が書き込まれておった。じゃが宝石にそれをやると、輝きが失われてもったいないのじゃ」
「だよなー。実はさ、その……エリー達に渡す指輪の宝石に、何か防御系の術式でも乗せられないかなー、と思って」
指輪ってあれか。結婚指輪か。
エリー達に渡す物だしな、喜んで協力しようじゃないか。ふふ。
「宝石の台座側に術式を書き込めばよいじゃろ。それを宝石に込めた魔素で増幅してやるというのはどうじゃ?」
「あ、そっか。宝石に魔素を込めるのは、魔力視でやるんだよな?」
「うむ、それで合っておるぞ。それにしても、よくわしのところに相談しに来てくれたのう。普通なら他の女に渡す物の相談なんぞしにくいと思うんじゃがの」
告白して間もないというのに、その相手に他の女へのプレゼントについて相談するなんて、普通は気が引けると思うんだけどな。
私としては嬉しいけどね、なんたってヒデオにもエリー達にも幸せになってもらわないといけない。
それにウェディングドレスだって、ジュリアと協力して私が作るつもりだし!
「ああ、それがなあ。俺もナナに聞くのはどうかと思って、実はここ来る前にアルトのとこに相談に行ったんだよ。そしたら『ヒデオは馬鹿ですか。ナナさんに聞くべきです』って追い出されたんだ」
「ふふ、アルトには礼を言わねばの。少なくともわしは嬉しいと思っておるぞ? おぬしに頼られて嫌な気分になどなるものか。それにわしは、本当に心からヒデオとエリー・サラ・シンディの結婚を喜んでおる。大事な友達じゃからの」
今はまだ私は、ヒデオの全てを受け入れることが出来ない。
でも気持ちが通じ合っていることだけはわかった。だからこそ、安心して待っていられる。応援することが、そして喜ぶことができる。
礼を言うヒデオの笑顔に対しても、前ほど動揺はしていないと思う。前はなんか恥ずかしくて、逃げ出したくて、でももっと一緒にいたくて、という気持ちが強かった。
今はもう、大丈夫。大事な友達の幸せが叶うことがわかったし、将来は私もきっと幸せになれるのだと信じられる。
完成したら一度指輪を見せると約束して部屋を出るヒデオに対しても、落ち着いた気持ちで見送ることができた。
ほんのちょっとの寂しさと、たくさんの嬉しい気持ち。
私はこの世界で家族と言える存在もでき、愛する人もできた。
そしてまだ先の話だが、ウェディングドレスを着ることもできるのだ。
幸せ、だなぁ。
翌朝ジルに連れられてティニオンへと戻るゲートをくぐるヒデオ達を見送り、アルトから三国会談と建国式典について話を聞いていたら、想定外の襲撃を受けた。
襲撃者はリューン・イライザ、ニース・ジュリアに加え、シア・レーネの三組のカップルだ。
その結果五組の合同結婚式と、八着のウェディングドレス制作が決定した。
……やっぱりちょっとだけ羨ましいかも。




