3章 第81話K 道は今更変えられねえ
皇国を抜けるのに少し手間取ったが、何とかプロセニアに入ることは出来た。
帝国を出る時は瞳色偽装魔術使わなきゃ騒ぎになるのが、相変わらず面倒くせえぜ。
で、だ。アプロニアまで来たのはいい。
「こりゃどういうことだ? 説明しろコラ」
光天教の司祭に連れられて案内された先は、瓦礫の山だった。何の冗談だ?
へし折ってやるつもりでその司祭の首を左手で掴んで吊し上げ、力を入れようとしたが……ちっ。命拾いしたな。
ポケットの中に入れた右手は出しておこう。あの柔らかい布切れに触れていると、毒気が抜かれちまう。
「ゲホッ、ゲホッ……も、申し訳ありません、キンバリー様。試作型ゴーレムが勝手に動き出し、施設を破壊して逃走したのです……」
「ああ? 勝手にってどういうことだ」
「そ、それが施設の生き残りからの報告によると、ゴーレムは核となる魔石は搭載していなかったものの、多数の魔石を搭載した実験機だったそうです。ですが起動もさせていないのに、なぜ暴走したのかまでは……」
確かここでやってるのは英雄や強者の記憶を封じ込めた魔石を使うことで、最初から高い技術を持ったゴーレムを作るってえ研究だったな。
「てめえじゃ埒が明かねえ。その生き残り連れて来い」
又聞きじゃまどろっこしい、さっさと呼んで来いってんだよ。
それにしても、この瓦礫の山……綺麗に切断された跡もあるが、それよりこの焦げ跡や穴の空き方、光魔術か?
ゴーレムが魔術使うなんて、ヴァンが使ってた憑依魔術でしか見たことねえぜ。
じゃあ誰かがゴーレムに憑依したのか? いや、起動もさせず核も搭載してねえっつったな、それは無いか。
手ぶらで帝国に帰ったら、またゲオルギウスのジジイがうるせえからな。調べるだけ調べておくか、クソッ。
生き残りの研究員が息を切らせて走ってきて自己紹介してきたが、名前なんか興味ねえんだよ。さっさと話しやがれ糞が。
要点だけ話させるため、俺様が知ってる範囲の研究内容をざっと話して聞かせる。さあ続きを話せ。
「今回は複数の魔石を入れることで、より高い技術を持つゴーレムの研究を行っていたのだ」
「複数の魔石だと?」
「ちょうど皇国の『風の乙女』という傭兵達の魔石が多数手に入ったので、いい機会だと思い試験を行っていた。魔石はこれまでの試験で最も良い成績を出した7センチ級をはじめ、帝国から提供された5センチ級と傭兵達からの魔石五個を搭載している」
そいつの話によると高性能ゴーレムは問題なく完成し、次の段階として複数魔石を搭載する実験をしていたらしい。それも何度か木製ゴーレムで試験を行ったが何の問題もなく、今回は帝国に提出する成果物である高性能ゴーレムに載せ、最終試験を行う直前での暴走だったという。
暴走の原因は、そいつにもわからねえと来た。しかも研究過程を記した物も全容を理解してる者も、全部燃え尽きて瓦礫の下だと。クソ使えねえ奴らだぜ。
……あ? 待てよ?
「おい、7センチ級の魔石だと? そのサイズは確か――」
「キンバリー様が回収したヴァンの魔石だ。修復が終わったので早速使用し、今日まで何度も起動していたが問題は無かった。……まさか暴走の原因はヴァンの魔石だと?」
「……何とも言えねえな。んで司祭、そのゴーレムの足取りは掴んでんのか?」
いくら何でもありえねえ。砕かれた魔石を修復するのに何年もかかったはずだ。それに魔石に自我が宿るなんて、まるであの……けっ、馬鹿馬鹿しい。やっぱありえねえ。
「ゴーレムは東に向かって逃走したそうです。皇国との国境エルロニア上空を、東に飛行しているのを見た者がいるという報告があります。皇国は皇女が起こした反乱軍が皇都に迫り、戦争の真っ最中のため情報が入ってきにくい状況です。とはいえ四大貴族にはキメラ兵だけでなく腐竜玉も貸し与えていますから、間もなく鎮圧されるでしょう。そうすればゴーレム情報も入って来やすいかと」
主要都市の光天教神殿には通信魔道具が設置されてるが、必要な魔力が多すぎて頻繁には使えねえ。仕方ねえな、しばらく待つか。
ん、何やら騒がしいな。
「司祭様、キンバリー様、至急会議室へ! 皇国の密偵より通信です! 皇国は反乱の鎮圧に失敗!! キメラ兵及びドラゴン・ゾンビは全滅、また暴走したゴーレムも皇国にて確認、反乱軍と戦闘し敗北したとの事です!」
「そんな馬鹿な! あのゴーレムは生きたドラゴンよりはるかに強いんだぞ!?」
「キメラ兵だけでなく、ドラゴン・ゾンビ十体も、全滅したというのですか? ありえません!!」
駆けてきた伝令の言葉に、研究員も司祭も顔を青くしてやがる。ゴーレムの強さもキメラ兵の強さも知らねえが、ドラゴン・ゾンビ十体を倒せるだけの兵力ってだけでとんでもねえ話だな。
「また、反乱軍にエンシェントドラゴンが協力していたという情報もあります! それとゴーレムを撃退したのは魔神ナナだと――うわあ!」
ナナ……だと!? いやそれより……何だおい。伝令が見ている方向……俺様の後ろから、ものすげえ圧がかかってんだが、何だ? 一体何がいる?
まるで首筋に刃を当てられるみてえだ。いつでも剣を抜けるようにしながら、後ろにいる奴を刺激しないようゆっくりと振り返る。
片腕の……黒い、魔物か? 全身ボロボロで、鎧なのか皮なのかわかんねえがあちこち剥がれ、残ってるのも解けたようにグズグズじゃねえか。
だが、べらぼうに強え。上級竜に追いかけられた時より、やべえ感じがする。
「ひっ! ゴ、ゴーレムが!」
「ホウ、オマエハ、キンバリージャアナイカ。ヤハリコイツラハ、オマエノナカマダッタノカ」
ゴーレムだと? これがか? それに、俺の名前を……まさか!
「あんた本当に……ヴァンなのか?」
「そ、そんな馬鹿な! 魔石の持ち主の人格が再現されるなんて、ありえない!」
「コノカラダハトテモイイナ。ダガコレデモ、タリナカッタ。モットツヨイカラダヲ、ヨウイシロ」
司祭も研究員も、腰を抜かしてやがる。だが無理もねえな、俺様ですら少しでも逆らった殺される、そんな気配がビリビリ伝わってくるぜ。
「ヴァンあんた、自分がどうなっているのか、わかっているのか?」
「ワタシノカラダニハイッテイル、マセキガオシエテクレタ。イマノワタシノカラダハ、ゴーレムダ。ツマリ、ヨリツヨイカラダニコウカンデキル。ソレト、マセキダ。モットツヨイモノノ、マセキヲヨウイシロ」
魔石が教えてくれた? まさか他の魔石に封じられた記憶を読んでるってのか?
「コノカラダデハ、トドカナカッタ。イマノチシキデハ、タリナカッタ。ダガモットツヨイカラダト、タタカイノチシキガアレバ、ワタシハ『ナナ』ニ、カテル! フハハハハ!」
なん、だと……今ナナって、言ったか? それにヴァンを撃退したのもナナって言ったよな?
まさか、あん時の女神様の、ナナなのか?
一体ヴァンとナナに、何の関係があるってんだ。
ヴァンの狙い、か。畜生。力が……欲しいぜ……。
ナナから貰った布切れを握る手が、少し震えてやがる。いつの間に握ってたんだ。
それになんで震えていやがる。俺様がヴァンにビビッてる、だと?
そんなわけねえな、死ぬのが怖いなんて今も思っちゃいねえ。それより……今俺様は、何のために力を欲した?
……どうしろってんだよ……。
俺様がプロセニアについて五日目、ようやくジジイどもに連絡できるようになったから、通信設備のある光天教教団総本山に行くことになった。
相変わらず糞みてぇな連中ばっかりだぜ。人の顔見る度にいちいち拝みやがって。
ジジイ共が自分達を正当化することを宣伝するために作らせた組織が、よくもまあここまででかくなったもんだ。
それにしてもこの地下室へ行くのも久しぶりだぜ。前は……もう四年近く前になるか。レイアスに負けて世界樹開放計画の失敗を報告したときだ。そして……あの時ヴァンを殺したのが、ナナだったとはな。
そのヴァンは今、生き残った施設の研究員を従わせて体の修復中だ。
こっちは今のうちに、ジジイ共に報告しねえとな。ちょうど会議の日ってのが、運が悪いとしか思えねえが仕方ねえ。
ああ糞、相変わらずクソ長え階段だ。
『皇国の光天教から忌々しい魔神ナナについての報告が届いている。皇女に加担して皇国の内乱を収めただけでなく、セーナンでシーウェルトとキメラ兵を全滅させたのも、ドラゴンを呼び出したのも、紅い目の魔神ナナだ』
『暴走したゴーレムが魔神ナナと戦闘になったという報告も受けているが、命令を聞かないと言うのはどういうことだ。全てのゴーレムには従属化魔術が施されているのではなかったのか?』
「ゴーレム化魔術そのものにまだ不明な点が多く、また調査することも出来ないため原因不明です」
大体の説明は司祭が済ませたので楽でいいが、そろそろ参加しねえとな。糞面倒くせえ。
「暴走したゴーレムにはヴァンの意識がある。俺様のことも覚えていたし、間違いねえ」
『何だと!? 魔石に魂でも宿ったというのか!」
「ああ、あのお方と同じだ。それだけじゃねえ、一緒にゴーレムに積んであった他の魔石から記憶を読み取っているらしい。そっちから前に送った魔石の記憶から空間魔術を覚えただけじゃなく、賢人会の事もバレてるぜ」
ジジイ共からの反応がねえが、絶句してるんだろうな。
『……できれば研究対象としたいところだが、危険過ぎるな。せめてこれまでのゴーレムについての実験データだけでも、主様への貢物とするか……』
「け、研究についてもご報告が……そのゴーレム、ヴァンの暴走時に研究記録が全て焼失してしまい、現在研究内容について最も詳細に把握しているのが、実験対象とされていたヴァンなのです……」
ああ、それが一番の問題なんだよ。おかげで騙して機能停止もさせられねえ。
『……仕方が無い、キメラ研究についてはどうなっている』
「そ、そちらは問題なく、鎮静剤投与の必要が無く見た目も変わらないキメラ化施術が完成しております。実験・研究データも無事にございます」
『ではそれだけでもキンバリーに持たせろ。キンバリー、前のようにヴァンを上手くおだててこちらに連れてこい。いくら強くとも、我々賢人会の前では無力であろう』
……ジジイ共、ヴァンがどんなもんか知らずにいい気なもんだ。いいだろう、糞同士潰し合いやがれ。
ん? なんかぼそぼそ聞こえるのは何だ?
『な、何だと! ば、バカな!!』
『どうしたアデル、今のは何の報告だ!』
さっきのぼそぼそ聞こえてたのは緊急の伝令がアデルに耳打ちしてた音か。
『は、反乱軍より先に、風竜山脈の抜け道を使って皇都を強襲させる予定だった、強襲部隊五千が……ドラゴンの住処に踏み込み、潰走していたことが、か、確認されたと……』
『何……まさかそれも、魔神ナナの仕業ではないだろうな!』
『あ、ありえん! ぬ、抜け道は冬前に、山岳民を尾行して、み、見つけたものだ!!』
ん? 冬前ってえと、ちょうど俺様が女神ナナに助けられた頃じゃねえか、きっと女神が何かしたな。くくっ、やべえ笑い声が漏れそうだぜ。
おっと、また右手に布切れ握っちまってた。
(キンバリー様、司祭様。緊急の伝令です)
「ああ? おう話せ」
誰か誰か部屋に入ってきたと思ったらこっちもかよ。
(はっ……鉱山から西に進軍した英雄チェイニー一行と奴隷兵部隊が全滅したらしいとの報告が……監視していた密偵も全滅、全ての自害用魔道具が起動したようです)
「な、なんですって! チェイニー達は最新のキメラ化施術を施してあるのですよ!? レイアスがいくら強いと言っても、そんなはずは!!」
『何だ! 何があった!!』
うっせえなジジイ。しかし、ここでレイアスか。……ん?
ヴァンを殺したのが女神ナナだったってことは……あの野郎と女神ナナに、もしかしたら何か繋がりがあるってことじゃねえか?
それに帝国の計画を片っ端から潰しているのが女神ナナってことは……俺様は、女神の……敵、か。
女神の言う幸せってやつを考えるようになったとたん、これか。畜生。
もう一度女神に会いてぇと思ってたけどよ、取り消すぜ。
誰かに従うだけのみっともねえ姿なんざ、見せたくねぇからな……。




