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英雄とスライム  作者: ソマリ
英雄編
144/231

3章 第80話N 第一歩なのじゃ

 ヒデオに告白どころかプロポーズまでされてしまった。嬉しい。嬉しい! 嬉しい!!


 でもヒデオには、エリー達がいるじゃないか。


 私のばか。ヒデオのばか。


 だけどヒデオが私だけを選ぶのではなく、エリー達も一緒だというのなら、それでも良いかなー。

 ちゃんとエリー達に先にプロポーズしたみたいだし……。

 でもなー、そういう関係になったら私きっと嫉妬しちゃうなー……。


 いや、そうじゃないだろ私。そもそも私は本当の事を隠したままだ。

 ちゃんと……言わなきゃ。


 私に求婚してくれた、同郷で同士で同性だったヒデオの目をまっすぐに見て、ゆっくりと……昔の口調と言葉そのままで、話す。


『俺の日本での名前は、島津義之。……男だ』

「え? ……ええ!?」


 もっと早く言うべきだったね、ずるいよね。ごめんねヒデオ。やっぱり驚くよね。オーウェンみたいに「問題ない」って答えられないのが普通だよね。


 ヒデオが何か言おうとしたけど、遮るように遠くで火柱が上がった。例の自爆魔道具かな、何ていうタイミングで火柱が上がるんだろう。もうちょっとちゃんと話したかったな。でも拒絶されたら怖いな。


「……じゃから、わしはヒデオの言葉には答えられぬ。エリー達を大切にするんじゃぞ」

「え、ナナちょっと待ってくれ!」


 ヒデオを置いて、火柱の上がった場所に転移する。私、また逃げちゃったのかな。人間関係、特に恋愛関係となると、途端に逃げ腰になるなあ。

 シアとシアの父にちゃんと話し合えって偉そうに言っておいて、私は何をしてるんだろう。

 いつの間にかリオが抱きつい来てて、悲しそうな顔で私を見てる。本当にリオは、いつだって私のことを心配してくれる。リオだけじゃなく、セレスもアルトも、目の前で火達磨になって転がるダグもそう。


 しっかりしなきゃ。


「うぉおおい! 黙って見てねえで、火を消せ!!」


 本人は平気だろうが、ほっとくと服が全部焼け落ちる。それはちょっと見たくないので、仕方なくスライムで包んで消火ついでに焦げた服も直してやる。


「何をしておるんじゃ赤アフロ」

「アフロってなんだよ、って髪の毛チリチリじゃねえか!」


 私が普通だったら大笑いするくらい面白い頭だったので、しばらくそのままで過ごしてもらうことにした。

 そのアフロ化したダグによると、遠くから監視されてるのに気付いて捕まえに来たら、自害された上に火柱に巻き込まれたんだそうだ。やっぱり例の自爆魔道具だ。


 その後ヒデオの所に戻って軽く事情を説明し、何か言いたそうなヒデオを置いて、ダグ・リオに食事を終えたアネモイと一緒にテミロイに入る。アネモイは竜化前に自身を闇の魔素で覆って服を空間庫にしまい、人化時は闇のカーテン内で服を着るように言っておいたため、自力で人の姿に戻っていた。


 ティニオンの兵士も亜人種等の元奴隷も、ドラゴンの登場や突然の火柱に驚いていたようだが、南門にいたプロセニアの督戦隊を速攻で片付けたペトラとミーシャの説明で、落ち着きを取り戻したそうだ。


 奴隷にされていた人達は応援に駆けつけたニースとジュリアも手伝って、全てブランシェに転送させることにした。ティニオンの兵士がゲートゴーレムをガン見していたし、もう隠すとか無理だよねこれ。

 そういえば転移を阻害する魔道具も回収されたそうだ。道理で感覚転移がうまく働かなかったはずだよ。といっても私の転移はもちろんゲートゴーレムの転移すら防げない代物だけど、一応あとで見ておこうっと。実際感覚転移は防がれちゃったわけだし。


 それと私を見た瞬間に降伏したという魔術士二人だが、覆面の下は目玉をくり抜かれ耳の先を切り落とされた森人族の少女だった。

 目玉をくり抜かれたことで魔力視を会得し、そのせいで良いように使われていたという彼女たちだが、私が纏う魔素量に気付いて気を失いかけて降伏したという。

 命令とは言え多くの同胞を殺してきたため、他の奴隷たちとは一緒に行けないという彼女たちは、ヒデオが変態紳士と呼んでいる兵士に預けることにした。

 この男は必死な顔で彼女らの助命を嘆願してきて、根負けした私は彼女らの目と耳、そして体中にあった傷跡を綺麗に治して変態紳士に全て任せた。ヒデオの「紳士だから」という言葉を信じて。

 他の奴隷たちはブランシェで食事と休息の後、ピーちゃんに治療してもらうことにした。



 別の場所で監禁されていたという女子供達を連れて戻ったセレスは、私の姿を見つけるなり抱きついて涙を流した。そこでは多くの子供が、やせ細り、餓死していたという。


 この瞬間、私の次の行動は決まった。


 アルトからはプロセニアの奴隷が鉱山と研究施設に集められていることは調べがついていたものの、まさか坑夫としてではなく兵士として集められていたとは思わなかったと謝罪された。

 そこまで予想できるわけが無い、気にしないで欲しいと伝えると、悔しそうにプディングで引き受ける新たな民の誘導に、セレスを伴い戻っていった。


 ヒデオも捕縛した督戦隊の様子を見に行くと言っていなくなり、しばらくして新たな国民の誘導も落ち着いてくると、エリー達三人が私の方へ歩いて来ているのが見えた。


「ねえ、ナナ……」

「エリーではないか。それにサラ、シンディ。三人共無事でよかったのじゃ」

「ええ、ナナのおかげよ。ありがとう」


 そう。そうだ。

 ヒデオのばか。私は狼獣人の命を救ったお礼ではなく、ヒデオを助けたお礼が聞きたかったのだ。なのにいきなり、プ、プロポーズなんかしやがって……。


「いくら魔術を撃たれてもザイゼンが勝手に動かなかったってことに、もっと早く気づくべきだったわ。本当は命の危険でも何でも無かったのね」

「そうじゃな。その辺の兵士なら致命傷じゃが、今のおぬしらならばハチの通常弾が直撃しても、ちょっと痛い程度で済むじゃろうの」

「ええ、ミーシャとペトラから聞いたわ。英雄と呼ばれる人が、どれだけ人間離れしているのか……。ティニオンにはそこまでの実力を持った人なんて、今まで一人も居なかったのよね」

「わしもちゃんと伝えておくべきじゃったのう、すまんかったのじゃ」


 ここで何が起こったのかある程度説明は受けたが、正直なところ私が最初からこの場に居たならば、チェイニーとかいう奴とその仲間はヒデオ一人に任せ、オーウェンは素手で奴隷兵を食い止めさせ、残り三人で空中から督戦隊を一方的に撃って終わりにしただろう。

 途方もない実力差があったにも関わらずそれに気が付かなかったヒデオ達の、そしてヒデオ達がそこまで強くなっていたことをちゃんと伝えていなかった、私の失態だ。


「いい。それよりナナ。どうしてヒデオの求婚を断ったの」

「……もう聞いておったか。耳が早いのう」

「アタシ達、ナナちゃんも一緒だったら嬉しいって思ってたかも」

「そうよ。四人目じゃなく、四人一緒よ? それにナナだって、ヒデオのこと……」


 三人がかりで悲しそうな目を向けないで欲しい。私は三人の笑顔が見たかったはずなのに、どうしてこうなった。

 それに……ヒデオにももう話したんだ。エリー達にも、ちゃんと話して謝らないとね。


「わしは今でこそ女の姿じゃが、この世界に来る前は男だったのじゃ。わしが女が好きというのは、そういう理由じゃ。……今まで隠していて、すまなかったのじゃ……」

「バカ! 今は女だって、自分でも今言ったじゃない! 今後男にはならないって言ったじゃない!!」

「ナナは女の子。私達はそれを、よく知ってる」

「ナナちゃん、謝らないでほしいかな。アタシ達こそ、気付いてあげられなくて申し訳ないかも……」


 三人に抱き締められて、その温もりに包まれて、また私の視界が歪んだ。

 ごめんね、そしてありがとう。でも私はヒデオに拒絶され、私もヒデオを拒絶したんだ。


「ありがとうなのじゃ……でものう、わしは……駄目なのじゃ……」

「ナナのバカ。意気地なし……。だったら悪いけど先にうーんと幸せになって、ナナが羨ましがるような家庭を作ってやるわ! だから……私達が歳をとって死んだあとは……ヒデオのこと、お願いね」

「ナナもヒデオも不老。だから任せる」

「ナナちゃんごめんね、アタシだけあと二百年くらい生きちゃうかも? だからその気になったら、一緒に居てくれたら嬉しいかな!」


 そう、だった。永遠の命、か。その頃には、ヒデオも気が変わって、元男の私を受け入れる気になるだろうか。


 そうだと、いいな。


「ふふふ……ではわしが結婚したくなるような、幸せな家庭を見せてくれぬかの? 遅くなってしもうたが、三人共ヒデオからの求婚おめでとうなのじゃ」


 それからしばらくの間四人で抱き合い、嬉しいのか悲しいのか寂しいのかわからないような顔で、全員が涙を流していた。



 だがふと気がつくとリオの隣に立つ、緑色の髪で角の生えたポンコツが号泣していた。

 お前は関係ないだろう、アネモイ。


「あー……紹介が遅れてすまないのじゃ。エリー、サラ、シンディ、この変顔で号泣しているのがアネモイじゃ。ドラゴンの姿はさっきちらっと見えたじゃろ、風の古竜でわしの友達なのじゃ」

「うわあああん、ナナは、私が幸せに、するわ、うわああ『ゴスッ』フゴッ!? 『ガンッ』ハガッ!?」


 どさくさに紛れて何を言い出すこのポンコツ。でもまあ……悪い気はしないかな、ありがとうアネモイ。


「ね、ねえナナ? 今アネモイさんのお腹、本気で殴らなかった……? それにリオまで……」

「大丈夫じゃ、悶絶しておるがこやつ単純な戦闘力で言えばわし以上じゃからの」

「姉御は渡さないもんね!」


 リオ、ドヤ顔で何を言っているんだ。アネモイに引っ張られないでくれ、頼むから。


 その後は普通にアネモイを紹介して笑いあって過ごしたが、私が元男だと知ったポンコツの、密着具合が異常なのはどういうことだ。

 リオも前以上に、獲物を狙う目をしていやがるし……。




 亜人種や森人族・地人族を全てゲートゴーレムで移動し終えたアルト達やアフロのダグ達と合流し、ヒデオとも合流した。

 そう言えばもう午後の鐘が鳴る頃じゃないか。みんな昼食は食べてないし、私達も夕食を食べていない。そういうことなので、ここに来る前に作ったおにぎりと味噌汁と肉じゃがをみんなに振る舞った。

 ジュリアとニースも合流したため私も含めて十六人での食事だが、全然足りないので皇国に戻って取ってこようとしたら、そっちは全てアルト達やアネモイやジル達の八人と料理人の手によって、綺麗に平らげられているという。

 よってその八人を除外し、私とヒデオ達とジュリア・ニースの八人での食事に切り替えた。これなら足りる。


「水麦だよな、これ。臭くねえし、すげえ甘みがあるじゃねえか。それにスープも独特の甘さがあるな」

「これがヒデオとナナのいた世界の料理なのね。芋とお野菜に、優しい味が染み込んでるわね……」

「料理も美味しいけど、なぜニースは女装してるの」


 料理の話題が中心だったが、他は男の娘になったニースの話で盛り上がった。今度はちゃんと、全員で食事したいな。悲しそうな顔のアネモイを見てそう思ったけど、よく考えたらこのポンコツさっきも中級竜一等丸ごと食ってるじゃないか。どんだけ食う気なんだ。




「ナナ。少し話したいんだけど、良いか?」

「……構わんぞ」


 食後、ヒデオに声をかけられてみんなの輪から離れ、人影のないところまで歩いた。

 私がダグの所に転移してからずっと、何か言いたそうにこっちを見ていたもんね。良いよ。ちゃんと、話そう。


「ナナ、俺はナナが好きだ。過去がどうとか関係ない。そりゃ確かにちょっと驚いたけど、いきなり日本語だった方に驚いたんだよ」

「ありがとうなのじゃ、ヒデオ。……じゃがのう、わしもおぬしも、向こうの世界で培ってきた常識があろう。わしだって以前、ダグとオーウェンが急接近しておるのを見て、正直なところ軽く引いたくらいじゃからの。かっかっか」


 本当に、思い詰めた顔をしているなあ。でも、乾いた笑い声を出した私も、似たような顔なんだろうな。

 それに私の過去を聞いて言葉に詰まったのは、拒絶じゃなくて日本語だったからなの?


「オーウェンとジルの話だって、そりゃ驚いたさ。でも、それだけだ。俺はナナの、男だった時代のことを知らない。今のナナしか知らないんだ。だから何も――」

「無理をせんでよい。それにの……わしも、怖いのじゃ」


 ヒデオの言葉を遮った。ああ、そっか。口に出て、やっと気付いたよ。


 私も、怖いんだ。


「わしも、ヒデオのことは……大切に、思っておる。じゃがわしと結婚して、どうする? わしを抱くか? わしは男に抱かれるのか? 正直、想像もできんのじゃ。この小さな身体では、尚更にの」


 ヒデオが、私を拒絶したんじゃない。私が――拒絶しているんだ。


「それでもわしを求めてくれると言うのなら……時間を、くれぬか? わしが……ヒデオと、そういう関係になってもよいと、思えるようになるまで……」

「……ああ。いくらでも、待つよ。それに俺達……寿命は無いんだろ?」

「ふふ……そうじゃの。わしらは悠久の時を生きるのじゃ。それにわしは……やっぱり自分だけを愛してくれる男の方がよい。じゃから今は……エリー達を存分に幸せにしてやって欲しいのじゃ」

「ああ、そのつもりだ。でも……」


 真剣な顔の、ヒデオに抱き寄せられた。私は抵抗もせず体を預け、顔を上げてヒデオの顔を見る。その顔が徐々に近付いてきて……私は、目を閉じた。

 体が、熱い。その熱を忘れてしまうような暖かさと心地よさを、唇に感じた。そこから伝わる暖かさが全身に伝わり、心地よい熱と浮遊感に包まれる。

 ほんの数秒で唇の感触は無くなったけど……唇を合わせるだけの、私のこの世界で初めての……口づけ。


「予約、だからな? 愛してるよ、ナナ」

「……受け付けたのじゃ。じゃがその……今は……返事はできぬ……いつかちゃんと言うでの、それまで……待っておれ……ふふふ」


 ヒデオの真っ赤な顔を見て、つい笑ってしまったら、ヒデオもまた私の顔を見て笑いだした、確かに顔どころか全身が熱いけど、キューちゃんやりすぎじゃないかな。

 さっきは心地よい熱って思ったけど、少し冷静になったらめちゃくちゃ熱いよこれ!? どうしたのキューちゃん?


 って……キューちゃんの返事が無いことが気になるが、それ以上の問題に気付いた。物陰から聞こえるいくつもの鼻をすする音と、こちらに向けられた視線。え。まさか。

 見るのが怖いが、頑張ってゆっくりと顔を向けると……勢揃い、だと。


「よくやったわヒデオ! あとはナナの気持ち次第ね!!」

「ちぇっ、姉御取られちゃった。でもアネモイじゃなくて、ヒデオが相手でよかった!」

「ヒデオ、いい仕事をしてくれましたね。おかげでナナさんの素晴らしい表情を見ることができました」


 いったい、いつから……

―――最初からです。


「うぎゃああああああ!! おぬしら覗きとはいい度胸じゃ!!」



 ハチを手に全員を追い回し、片っ端からスライム体で捕獲してやる。兵士たちが何事かとこちらを見ていたが、流れ弾にあたるから下がっていなさい。


 その後エリーを始めとしたアネモイを除く全員の供述により、私がヒデオを好きだということも、ヒデオが私を好きだということも、相当前から全てバレバレだったということが判明した。

 そして私達をくっつけるためにいろいろと裏工作をしていたこと、例えばオーウェンとジルがくっついた際は、アルト主導でエリー達と連絡を取り合い転移させてきたことなどを聞いた。


「ね、ねえナナ? 私はその件に無関係だと思うの!」

「それはのう、アネモイ。一蓮托生、連帯責任というやつじゃ。ていうか……本当に、何をしておるんじゃおぬしらは……」


 両手と両膝を地面について項垂れる私の隣では、ヒデオが膝を抱えて座り込み死んだ目をしていた。


「はぁ……もうよい」


 こうしていても始まらない。あとで酒を飲んで忘れよう。ふらつく足に力を入れて立ち上がり、スライムに捕獲されて顔だけ出ている一同を見渡す。


「オーウェン、ジル。ティニオン王国とフォルカヌス神皇国に通達じゃ。年が明けたらプディング魔王国は正式に名乗りを上げるでの、調整はアルトに任せるのじゃ」


 スライムから顔だけを出した状態の三人の返事を聞き、更に言葉を続ける。


「そしてプディング魔王国は建国の名乗りと同時に、プロセニア王国に対し宣戦布告。全ての亜人種・森人族・地人族の救助と、もし差別を好まないプロセニア国民がおったら、亡命を勧めるのじゃ。異論は無いの?」


 ヴァンを思い出させた人型竜の手がかりも、きっとプロセニアにある。徹底的に調べて、叩き潰してやる。

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