1章 第14話N お人形あそび
「ヒルダよ、ともに従魔強化を成功させ、ノーラを守ろうではないか」
その言葉にヒルダはその紅い瞳から涙を溢れさせ、小さくありがとう、とつぶやく。
「礼を言うのはまだ早いのじゃ。ところで夜が明けるまでまだ時間はありそうじゃが、眠らなくても良いのか? 夜更かしは美容の敵じゃぞ」
つぶやきを聞き逃すこと無く窓から外を眺めながら話すナナを、わしっ!と右手で掴むヒルダ。
「余計なお世話よ! ……それで、戦力を整える考えというのはなに?」
ナナを握り潰さんとばかりに力を込めていた手を離し、話の続きを促す。
「その前にヒルダよ、何ぞ口調が変わっておらぬか?」
ナナは扁平した涙滴型からずんぐりむっくりな身長30センチほどの人の形へと姿を変えて首を傾げている。
「いや、あなたの方こそその姿は何なのよ……こっちが私本来の口調よ。ここに住んで、人が集まって、不死王なんて呼ばれ方されちゃったもんだから、五十年位前からかしら? 少しでも威厳のあるようにって、さっきまでの口調で話すようにしてたのよ。だけどノーラもナナも真似するしで、馬鹿らしくなっちゃった」
それを聞いたナナは、今度は反対側へと首を傾げる。
「いや、五十年て。ヒルダおぬしいったいいくつなのじゃ。どう見ても二十代にしか見えんぞ?」
「あら、ナナは短命種だったのね。長命種や魔人族の特徴についてはどこにも書いてなかったかしら? 私は長命種である魔人族で、百五十年以上生きてるわ」
「なん……じゃと……」
「長命種はね、十歳までは短命種と同じ速度で歳を重ねるわ。でも十歳を超えるととたんに成長速度が落ちるの。野人族・亜人族が短命種で寿命は八十年ほど、森人族・地人族なら三百年、光人族・魔人族なら千年ほど生きるわ。そうね…二百歳の光人族・魔人族と三十歳の短命種を見比べると同じくらいの年齢に見えるわ。魔人族は十歳で幼年期を終えたお祝いをし、百歳で成人として扱われるの」
ナナは人型のまま顎を胸辺りまで落とし、驚愕の様子を体で表現している。
「だからあなたのその姿は何なのよ……それで、そろそろ戦力を整える考えってのを教えてくれる?」
「う、うむ。とりあえず従魔強化というが、わしは従魔についての知識に乏しいのじゃ。まずは従魔について教えてはくれんかのう、話はそれからじゃ。ああ、それと先に欲しい物があるのじゃ。適当な木材と、あれば染料になりそうな植物や素材などあると嬉しいんじゃがのう」
「わかったわ、少し待ってなさい。……この辺に……はい。あとは……」
ヒルダは部屋の奥に転がるガラクタ類の中から棚の破片らしき木切れと、棚から三つの小瓶を取り出しナナの前に並べる。
「染料には適してないかもしれないけど、赤と青の黒のインクならあるわ。これでいい?」
「うむ、十分じゃ。全部貰ってもよいのか?」
ヒルダのご自由に、との言葉を聞いて目の前に並ぶ全てを一気に吸収する。そのナナにはキューからの解析情報がどんどん送られてきている。
「これで良いのじゃ。では従魔の事について教えてくれんかの?」
ナナはキューにいくつか指示を出し、ヒルダに話の続きを促す。しかしヒルダはナナを見つめて目を丸くしている。
「ナ、ナナ? 一体何をしているの?」
ナナのスライム体の中では細かくされた木切れが纏まり何らかの形を整えようとしていたり、小さな白い布切れが現れては色を付けられて消えるという不可解な現象が起きていた。
「ああ、気にせず続けるのじゃ。ヒルダの話が終わったら説明するから待っておれ」
「え、ええ……わかったわ」
不可解な現象から目を離さず不満そうな表情を浮かべるが、ヒルダは渋々といった様子で話し始める。
従魔とは生命魔術で作り出させる魔物で、術者の命令に従って動く。土や木、金属や石で肉体を構成するゴーレム、動物や人間の遺体をそのまま肉体として使うアンデット、魔素で粘液状の肉体を自ら作るスライムの三種類が存在する。
従魔に埋め込む核は初めに魔石の『初期化』を行い、従魔化の術式を書き込むことから始めるが、このとき魔石直径が3センチ未満だと術式が書き込めず術が発動しない。
この後ゴーレムまたはアンデットの作成であれば用意した肉体と核との間に魔力的繋がりをもたせることで、従魔として起動する。この時肉体として使用する素材が良いものほど戦闘力も上がるが、同じ素材なら魔石が大きいほうが有利になる。
従魔は訓練でを重ねることである程度の技術を身に着けるが、小さな魔石で作った従魔の方はすぐに頭打ちになってしまい、一定以上強くなることができない。
これら従魔についての知識をヒルダから一通り教わると、ナナは少し考えて首をかしげる仕草をする。
「研究日誌にも書いてあったが、従魔化の術式とは何じゃ? わしに使われた『試作型魂魄移動魔法陣』には組み込まれておらんようじゃが」
ナナの質問に、少し戸惑うヒルダ。
「う……その部分は全ての従魔作成術式に必要な術式として昔から伝わっている部分で、詳しい内容はわからないのよ。何しろ術式自体を作った人は千年以上前に存在した高名な魔道士と聞いているわ。従魔に言葉を理解させて言語による命令を可能とし従わせるらしいのだけど、詳細な内容は失われているわ。その術式がどうかしたの?」
「……いや、実際に見てみんことには何とも言えんの」
ナナは少し考え込むと、頭部に当たる部分を左右に振って答え、ヒルダの目の前にナナが高さ20センチ程の木製全身鎧人形と女性型木製人形を差し出す。木製全身鎧人形はエントランス等にある鎧と同じ形のものをスケールダウンしたものである。女性型木製人形は白いキャミソールと青いホットパンツを着ており、肘や膝などの関節部が球体によって形成された、球体関節人形のようなものであった。
「ナナ、これは……?」
「ヒルダの話を聞いておる最中に作っておったのがこれじゃ。背中に3センチ魔石が入るくぼみがあるので、この二体をゴーレム化して見せてくれんかの」
「え、ええ……良いけど魔石はこの部屋に置いていないの、地下から取ってくるから少し待ってなさい」
「わかったのじゃー」
席を立つヒルダを見送ると、ナナはキューに任せた別の作業の様子を見る。これまで作り溜めていた真っ白な蜘蛛の糸製人形やその服に、ナナの記憶を読み取ったキューによる色塗り作業は完成していた。ノーラやヒルダのために作ったキャミソールや下着、ぬいぐるみなどの色塗りも完成している。それらを一通り確認して満足したところで、ちょうどヒルダが戻ってきた。
「待たせたわね。では早速始めようかしら」
「ところでナナ。この人形はどうして下着姿なの?」
キャミソールをめくり上げ人形の背中に魔石をはめ込みながら、軽く引き気味の眼差しで問いかけるヒルダ。
「下着じゃないのじゃ。これはキャミソールとホットパンツというれっきとした服なのじゃ。まあキャミソールは確かに下着に近いがの。ほれ、ホットパンツの中にちゃんと下着を履いておるじゃろ」
ぺろん、と球体関節人形の青いホットパンツをずり下げ、白いパンツを確認させるとすぐ元に戻すナナ。
「それにこのような服装でなければ関節の動きが確認できんじゃろ、裸では可愛そうじゃしの。さ、起動するのじゃ」
ヒルダの眼差しを敢えて無視し、術の起動を促す。
(おっと忘れてはならんの。魔力視起動……今後は常に起動したまま、通常視力との併用に慣れるようにせねばの。さて、キューちゃん術の解析を頼んだぞ。どんな術でどんな現象が起こるのか、しっかり見せて貰おうかの)
「始めるわよ。まずはこの木製全身鎧の人形からね」
ヒルダは呪文らしきものを呟き、魔石へと意識を集中させる。ナナは魔力視でその様子を凝視していた。間もなくヒルダから赤い魔素が魔石へ向かって伸びる。
―――不明術式1を確認:魔石内に存在した全魔素の消失を確認
―――不明術式2を確認:魔石内へ不明魔素1の注入を確認
―――不明術式3を確認:魔石内へ不明魔素2の注入を確認
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―――不明術式11を確認:魔石内へ不明魔素10の注入を確認
―――不明術式12を確認:魔石と肉体間に魔力的接続を確認
―――不明術式13を確認:魔石と 個体名:ヒルダ 間に魔力的接続を確認
(不明術式1を魔石の初期化と断定。不明術式12を魔力神経接続術式と断定。不明術式13を術者との接続術式と断定。以後の呼称とするのじゃ。しかし不明な魔素が魔石内へ注入とな? キューちゃんよ、この不明な魔素は魔術の属性魔素とは別物かの?)
―――肯定
(他にこのような不明魔素は存在しておるのか?)
―――肯定
(どこに存在しておる?)
―――個体名/ナナ:魔石内 個体名/キュー:魔石内 個体名/ヒルダ:体内 個体名/無し/全身鎧ゴーレム:魔石内
(ヒルダにもある、じゃと? ……いや、今これを考えだすと止まらなくなるのじゃ。後で腰をすえてゆっくりやろうかのう。キューちゃんよ、以後の術式の発動や魔素の変動、それを引き起こす行動についてしばらく記憶してくれんかの)
―――了
「二体目の起動が終わったわよ」
見ると机上に二体の人形が直立不動で立っていた。
「ではその二体に、わしと全く同じ動きをするように命令してくれんかの?」
「いいわよ。今からこのゴーレム二体はナナと同じ動きをするように命令したわ」
「うむ。ではまずこうじゃ」
ずんぐりむっくりではあるが人型をとっているナナは、左・右と真っ直ぐ拳を繰り出す。
「ほれワン・ツー。ワン・ツー。ワン・ツー」
ナナは拳を繰り出す速度を徐々に早め止め、次第にフック・アッパーと足も使いながらボクシングの動きをゴーレムにさせる。
「次は蹴りじゃ。ワン・ツー。ワン・ツー。ワン・ツー。どうじゃ、明らかに二体で動きの差が出ておるじゃろ」
左足一本で立ち、右足を上げて中段・上段と連続で回し蹴りを繰り出す。これも次第に速度を上げて行き、前蹴り・下段蹴りと空手のような動きをゴーレムにさせる。二体のゴーレムはナナの動きを真似ようとしていたが、木製全身鎧ゴーレムは速度を上げると全くついて行けなくなり、しかも蹴りの途中でバランスを崩し倒れてしまった。球体関節ゴーレムは見事にバランスを取り、全体的に見ても明らかに動きが鋭くスムーズだった。
「二体に組手……格闘の訓練をさせてくれんかの」
破壊せず組み伏せるようにとヒルダの指示で始まった組手は、一行的な結果で五戦目を終えた。球体関節ゴーレムは力こそ互角ではあったが速度・バランス他全てにおいて全身鎧ゴーレムを凌駕しており、五戦とも危なげなく勝利を収めていた。
「直接この目で見ても信じられないわ……この球体関節人形? これをちゃんとした素材とサイズで作ったら、私の使役しているフルプレートゴーレムをすぐに凌駕できるわね」
「まあそういうことじゃ。これで『戦力を整える考えがある』と言った事については得心がいったじゃろ? それに改良の余地はまだまだあるから安心せい。ノーラが十歳になるまでまだ三年半もあるのじゃ、間違いなく間に合うわい。……じゃからヒルダ、おぬしは二~三日しっかり休んでノーラと遊んで体と心の疲れを癒すべきじゃ」
ずんぐりむっくりな人型のまま腕を組み、机上からヒルダに顔を向けるナナ。
「いやよ、こんな面白そうなものを見せておいて休めっていうの?」
「そうじゃ。そもそもノーラがなぜ一人で森に入ったのか聞いておらぬか?」
その言葉ではっとした表情をしたあと、下を向き口をつぐむヒルダ。
「聞いておるようじゃの。そのあとは目覚めないわしの面倒も見て、疲れも溜まっておろう。おぬしが休んでおる間はわしに任せよ。いろいろ準備はしておくからの、覚悟しておくのじゃ」
そう言うと胸をそらし、かっかっかと笑い声を上げるナナ。それを見てヒルダは苦笑交じりの笑顔を浮かべる。
「わかったわよ……でも今日と明日だけよ、休むのは。明後日からは再開するわよ」
「うむ、それで良いじゃろ。ではゴーレムの停止術式も一度見せてくれんかの?」
ヒルダは快諾し、二体のゴーレムに停止術式を次々かけてゆく。
「ゴーレムは内部の魔石だけを動力として動いておるのか? 長期間使っておると止まったりせんのか?」
「術者との繋がりを持たせる術式が起動時に組み込まれているはずよ。起動している間は魔石だけでなく術者の魔力で動いているの。むしろ術者の魔力がないと、すぐに活動できなくなってしまうわ。ゴーレムは魔石を取り出すか破壊しない限り、完全に活動を止めることはないの。だからゴーレムを止めるための一番の手段は術者を殺すことね。術者が死ねば数分で全てのゴーレムが停止してしまうわ」
「物騒な話じゃの。狼の時にゴーレムを使ってわしらに話しかけたのはどういう原理じゃ? あのあとゴーレムは完全に止まってしまったようじゃが」
「憑依術という、ゴーレムに精神を移す術式があるの。その状態で戦うことも出来るし魔術も使えるのだけれど、魔術は核となる魔石の魔力分しか使えないから、あの時ゴーレムが止まったのは魔力枯渇よ。数日もすれば復帰できるわ」
「ほうほう、勉強になるわい。あとはそうじゃな、木切れや不要な金属類や素材として使えそうなものを用意してくれんかの。それと――」
(自分でも見ておったから多分できるとは思うが念のためじゃ。キューちゃん、ゴーレム作成及び停止魔術の再現は可能かの?)
―――可能
「羊皮紙を数枚と、適当なサイズの魔石もいくつか用意して貰えんかの? わしもゴーレムを作りたいのじゃ」
「ナナあなたゴーレムの作成魔術を使えて…いや、あなたのことだから、できるから言っているのよね。いいわ、この部屋の奥にあるガラクタ類は好きに使ってちょうだい。魔石は3センチ級が十個と4センチ級五個と5センチ級が三個でいいかしら?」
「うむ、十分じゃ。ではそろそろ夜も明けるでの、今日はこれくらいにしておくのじゃ。ノーラも起きたようじゃしのう」
ナナが机上にある水晶を見ながら言い終わるより先に、ぱたぱたぱたと廊下を走る音が聞こえ、間もなく扉が勢い良く開かれた。
「ナナ!!」
現れたのは紅い瞳に大粒の涙を浮かべた、寝間着姿のノーラであった。




