3章 第75話N 恨まれる覚えはあまり無いのじゃ
皇都シェンナに近い平原にて、シアの戦闘開始の号令と共に四人と軍が一斉に動き出した。
最初に戦闘を始めたのは、敵陣左翼に単騎突撃をかけたレーネだ。
敵陣左翼は正面・右翼と同様正面に大盾を構えた者がいるが最も少なく、手練の傭兵も覆面達も陣の最奥に配置されている。隠れているつもりかもしれないが、感覚転移で上空から見ればバレバレだ。
何かの意図や作戦かも知れないが、だとすると少しだけ申し訳ない気もする。
個人の戦闘力が高過ぎるため、多少の作戦や戦術なら力技で押し通すことができるのだ。前の世界にいた頃ならゲームや漫画の中だけの話と笑っていただろうな。
そのレーネは横薙ぎに振るった剣の一撃で、大盾ごと二十人ほどを真っ二つにした。確か閃光斬だっけ。レーネは気に入って使ってるみたいだけど、まさか本来見えない風の刃に光の魔素を乗せ、わざと目立つようにしているとは思わなかったよ。それを知ってつい笑ってしまい、レーネに拗ねられたっけな。
次はペトラだ。魔狼ゴーレムに乗って敵陣右翼へ単騎突撃しているが、飛んでくる矢も魔術も一切避けようとせず、盾をかざしてまっすぐ突っ込んでいる。魔狼もあの程度じゃダメージにならないし、ペトラの盾も全身鎧も傷一つ付かないな。
そのペトラはそのまま突っ込むかと思ったが、左に向きを変えて大盾の目の前を横に移動し始めた。そのまま振るった斧が、大盾ごと二十人近くを吹き飛ばしている。
ペトラはそのまま敵陣前衛をすり潰すように斧を振り回しているが、昔あったブロック崩しのテレビゲームみたいだな。
ミーシャは敵兵が隠れている北の森へ一直線だ。慌てて森から出てきて迎撃しようとしたようだが、大盾持ちが盾ごとミーシャに蹴られてぽんぽんぽんぽんと空へ打ち上げられてる。また両手に一本ずつ持った小剣を振るうと、今度は敵兵の首がぽんぽんぽんぽんと刎ねられ宙を舞っている。
ジルは敵兵が潜む森へ魔狼ゴーレムに乗って向かったが、結構離れた位置で足を止めた。そこから魔素を操っているようで、森の中から幾つも悲鳴が聞こえてきた。
木の魔素操作で広範囲の木の枝や根を操り、錐のようにして鎧の薄い脚や顔、そして股間に突き刺したようだ。
えげつないな……これをジルは勇姿としてオーウェンに見せる気か。
考え直すよう後で言っておこう。
レーネもペトラも相手の攻撃が当たった所でかすり傷にすらならないし、ミーシャにはそもそも攻撃を当てられる者がいなさそうだし、ジルは空間障壁で全て防いでいる。
大半には逃げられるかもしれないが、これで今後レーネ達に敵対することの無意味さを思い知るだろう。
今手心を加えて争いが長引く事になれば、より多くの人が苦しむ事になる。
だから私は、全て納得した上で殲滅命令を出した。
レーネの接敵から三分足らずだが、既に四人合わせて千人近くの兵士を葬っている。
全部私の命令で奪った命だ。貴族の私兵はほぼ全てが犯罪者で、たとえこの戦闘で生き残ったとしても犯罪奴隷として鉱山送りになるか死罪と聞いている。だとしても、あまり良い気分ではない。
「ねえナナ、私ナナがそんな顔するくらいなら、無理に見なくても良いと思うの」
「それでものう、アネモイ。わしは見る責任があるのじゃ」
「わたくしも、しっかりと目に焼き付けますわ。命令を出したのはわたくしなのですから」
設営されたテントの外で仁王立ちする私に、アネモイが後ろから抱きしめようともがいていた。戦争なんてヒルダとノーラに見せるものではないからヴァルキリー姿なので、翼が邪魔で抱きつきにくそうだ。
隣に立つシアは、その姿を見てくすりと笑っている。
本当にこのポンコツは、真面目な雰囲気をぶち壊すのが得意だな。
「後方も会敵しました。逆に待ち伏せして奇襲をかけたようですね」
テントの中からアルトの声が聞こえてきた。上空を飛ぶタカファイターと二体の魔狼ゴーレムに取り付けたカメラゴーレムの映像を見ていたんだろう。
感覚転移でそちらの様子を見ると、最前線で喜々として敵と切り結ぶ『風の乙女』と『深緑の守護者』の姿が見えた。
深緑の方は強面男性ばかりだが、意外にも副団長を始め後方支援型が多い。特にこの副団長の弓が面白い。風の魔素を上手く操って矢を誘導しているようなので、ちょっとよく見ておくことにする。
そして乙女の方は肉弾戦中心で、深緑の支援を上手く生かして良い立ち回りをしている。
ここの戦闘も早いうちに終わるな。
「一時間もせぬうちに勝敗は決するじゃろう。しかし正面の二万はほんに動かんのう」
「指揮系統が貴族の私兵とは違いますの。それに将軍は優秀な方ですから、単騎で数千の兵を相手取るレーネ達を見れば、兵を無駄死にさせることになると理解していると思いますわ。それにナナ様もおられますし」
「それなら楽なのじゃがの……む?」
レーネの戦場に覆面達が参戦したが、レーネがこの一ヶ月の訓練で会得した閃光斬の進化版を前になす術も無く斬られているようだ。閃光斬で光の刃を発生させると同時に、見えない風の刃を複数発生させる技だ。魔力視持ちでもなければ初見では回避できないだろう。
現に光の刃を回避したはずの覆面が真っ二つになった事実に、周囲の覆面達が戸惑っている。
だがその中に、一人おかしな動きをしている奴がいる。その男は腰に下げた革袋を慌てて開けて赤い草の束を取り出し、それに火を点けると赤い煙がもくもくと立ち上っていった。狼煙とは古典的な連絡手段だが、よく考えればこの文明レベルなら不思議ではないか。
他の戦場でも同じ色の狼煙が上がり始めたし、何かの作戦だろうか。
「ダグ、アルト、リオ、セレス。念の為警戒じゃ」
「おう」「はい」「うん!」「は~い」
敵本陣の奥からも赤い狼煙があがり、それを見た狼煙を上げた男が今度は革袋から水晶玉を取り出した。空間魔術が封じられているようだが、転移の色じゃない。空間庫だろうか。
レーネのところと後ろの方に一人ずつ、他の三箇所には二人ずつ水晶を持ってる男がいる。
そしてその水晶玉をレーネ達の足元近くに投げつけて叩き割ると、同時に水晶球から巨大な何かがあふれ出した。
『GUAAA……』
「何、ドラゴンじゃと!」
水晶玉、そしてドラゴン。覚えがある、キンバリーとか言う奴がヒデオに使った水晶玉だ。
「ペトラ達といえどニ体同時はまだ危険じゃ! 全員散開し各一体を片付けよ!!」
一番危険な後方にはセレスが転移し、上手く障壁を使って味方の兵士をドラゴンの攻撃から守った。よく見ると全部中級ドラゴンの、それもゾンビだ。土と風と火のドラゴンのようだが、ゾンビならしぶといが生きている奴ほど強くはない。
他の場所へ行ったアルト・ダグは一撃で頭を潰し、リオも数発でドラゴン・ゾンビを倒していた。セレスももう倒し終え、周囲を警戒している。
ふう、ちょっとびっくりしたじゃないか。
でもアルトらの攻撃を見たペトラ・ミーシャ・ジルの三人の顔が、かなり引き攣っているのがちょっと笑えたから良しとしよう。
「な、何があったんですの!?」
「貴族軍がドラゴン・ゾンビを呼び出しおったのじゃ。全部で八体おったが、たった今わしの側近が四体倒したでの、残りはレーネ達四人にこのまま任せるのじゃ」
「ド、ドラゴン・ゾンビって……」
四人の中ではジルが一番不安だが、アルトが近くで見守っている。アルトにとっては空間魔術以外の全魔術を教えた弟子のようなものだからね、任せて良さそうだ。
「むしろドラゴン・ゾンビのブレスで貴族軍側の兵士がたくさんやられておるわ。奥の手だったようじゃが、随分と捨て身の攻撃をするもんじゃのう」
他の三人も問題は無さそう……ん? 西の空から、何かがこっちに向かって――っ!?
「姉御!!」
突然飛び込んできたリオが私を突き飛ばし――剣で、斬られた。
「リオ!!」
切り落とされたリオの左腕が視界に入る。何があった。私の後ろに、何者かが転移してきた? そのリオを切った剣を持っている何者かは、ダグより少し大きな人型のドラゴンに見える。
「よくやったリオ! ナナはボーっとしてんじゃねえ!」
直後に飛び込んできたダグが、人形をしたドラゴンを殴り飛ばした。
そうだ、呆けている場合じゃない。リオの治療だ!
「姉御、平気?」
「ああ、わしはリオのおかげで無傷じゃよ。ありがとう、リオ。さあ左腕をこちらに出すのじゃ、今は止血だけして終わったらちゃんと繋げてやるでの」
私を庇うような位置で乱入者を睨みつけるリオの左腕を拾い、切断面に押し当てて治療魔術を使う。痛みに歪んでいたリオの表情が、徐々に和らいでいくのを見て安堵する。
これは気を抜いていた私の失態だ、私の真後ろに転移してきた乱入者に全く気が付かなかった。
私のというか、転移全般に勘が鋭いのであろうリオのおかげで助かった。
何者かは知らないが、よくもやってくれたな。
シアはアネモイが離れた所に引っ張っていってくれていた、よくやったポンコツ
ダグは遅れて到着したアルトとセレスの援護を受けて格闘戦の最中だが、徐々に押されて……って、ダグ達より強いだと!? キュー!
―――敵戦力値計測中、確定値で二十万以上です。
「ぶぞー! とーごー!!」
すぐさま二体のゴーレムを呼び出しダグと交代させる。ダグは全身に切り傷を負い血まみれだが、致命傷はないようで良かった。
アルトの雷撃魔術とセレスの光線魔術がぶぞーととーごーを援護するが、あの乱入者め軽く避けやがった。
それにぶぞーと、ハチを使っていないとはいえとーごーも攻めきれていない。いったい何者だ!?
その時アネモイが短い悲鳴を上げて気を失った。アネモイと乱入者の間に繋がる何本もの魔力線は、一体どういうことなんだ。
意味がわからないが、考えるのは後だ。
手刀で乱入者と繋がる全ての魔力線を切り、キューに命じてアネモイと乱入者に魔力線が繋がらないよう指示を出し、乱入者である人型ドラゴンへと顔を向ける。
「ナ……ナ……!」
「わしを知っておるようじゃが、何者じゃ」
「コロ……ス……!」
会話は無理そうか。それならちょうど良い、正直かなりムカついてるから思い切り叩き潰そう。
「シア、すまぬがアネモイを頼んだのじゃ。リオ、ダグ、助かったのじゃ。すぐに終わらせるでの、下がって休んでおれ」
トンファーを出しミニスライムを十体作り出す。戦闘レベルで動かせるのはこの数が限界だ。
アルト・セレスとぶぞー・とーごーも下がらせ、みんなの護衛を任せる。
さて始めようか、身体強化術、二倍!
『ドゴッ!』
一瞬で間合いを詰め右拳を人型竜の顔面に叩き込み、すぐさま左トンファーを回転させ伸ばし人型竜の右顔面に叩きつける。
前蹴りを放とうとすると人型竜が軽く後ろに下がったため、その退路を塞ぐように空間障壁を展開する。
しかし人型竜は逆にその障壁を足場として利用し、左肩を前に出して体当たりを仕掛けてきた。
「魔力視持ちとはの!」
目に見えない障壁を足場にするなど、魔力視が無ければ不可能だ。
体の正面にクロスしたトンファーで体当たりを受けるがそのせいで僅かに間合いが開いてしまい、人型竜は右手の剣を上段から下段、中段と凄まじい速度で振るった。
上段と中段はトンファーで受けきったが、下段は回避しきれず膝下を浅く斬りつけられてしまった。骨にも僅かに達しているが、義体なのでダメージはほぼ無いに等しいけど……まさか、な。
今の剣筋を、私は見たことがある。
「ナ……ナ……。ナ、ナ! シネ!!」
「ちいっ!」
考えている場合ではない。再度振るわれた剣をトンファーで受け流し、間合いを詰めて膝を踏み砕くため低く前蹴りを放つ。それを跳ねて避けた人型竜に、上空で待機させていたミニスライムの光線魔術が殺到する。
だが人型竜は空中を自在に飛行してそれを回避しただけでなく、不規則に跳ぶミニスライムを次々と剣で両断していった。
「飛べるじゃと!?」
私のように空間障壁の足場で跳ぶのではなく、正真正銘の飛行だ。西の空から近付いてきていた気配は、やはりこいつだったか。
そしてキューによると人型竜の持つ剣は竜骨製だが、私の作ったものよりもかなり質が悪いな。
斬られたミニスライムを再度十体になるよう補充し、空を飛ぶ人型竜目掛けてこちらも飛び上がる。
空中で全方位から放たれるミニスライムの光線に合わせ、障壁を足場に人型竜の回りを飛び回り、トンファーによる打撃とブーツ『蹴皇』による蹴撃を仕掛ける。
身体能力が落ちる気配がないな、身体強化術無しでこの戦闘力か。厄介な。
その間にもミニスライムは次々と斬られているが、むしろ狙い通りだ。
魔素をたっぷり内部に詰め込んだミニスライムを人型竜の目の前に跳ばして弾けさせ、魔素を振りまいて魔力視に対する目眩ましを行う。
「はあああっ!」
人型竜の上方から、土の魔素を大量に纏わせて巨大な拳と化した右拳を叩きつける。人型竜の対応が遅い、魔力視はなかなか高いランクで使えるようだが視力が弱いようだな。
人型竜は剣で私の拳を防ごうとしたが、それこそ狙い通りだ。人型竜の剣が砕けたバリンッという音に続いて、金属のような硬い外皮にぶち当たった感触が右拳に伝わってきた。
『ドゴオオオォン!!』
そのまま拳を振り抜き人型竜を地面へと叩きつけると、地面には隕石でも落ちたような大きなクレーターが出来上がった。
スライム達を斬られるままにただ犠牲にしていたわけではない。斬られるたびに僅かずつ剣の吸収を行い、強度を弱めてやったのだ。
武器性能はともかく、この人型竜の剣技はちょっとやばい。だが武器さえ破壊してしまえばこっちのもの。そう思ってたが、異変に気づいてその場から飛び退いた。
『ギュイイイィン!』
その時人型竜が埋まった土煙が立ち込めるクレーターから、極太の光線が私目掛けて撃ち出された。
予兆を魔力視で感じていたから回避できたが、今のはちょっとやばい。多分カメタンクの主砲に近い威力があるぞ。
風を吹かせて土煙を払うと、そこには大きく開けた口をこちらに向ける、ほぼ無傷の人型竜が立っていた。
第二ラウンドの幕開けだ。




