表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄とスライム  作者: ソマリ
英雄編
136/231

3章 第72話N 皇国決戦準備なのじゃ

 略奪被害者への賠償は、悪徳奴隷商人と横領貴族の私財を没収して賄ったそうだ。特にあくどい手で借金を負わせて奴隷を増やしていた奴隷商はその場で処罰され、奴隷の多くは開放された。

 それとシアとレーネの二人から略奪禁止命令と、今回参加した傭兵団も含めて以後は適正な賃金を支払う事が周知され、悪徳奴隷商の処罰の様子と共に、アルトがカメラゴーレムを使って撮影していた。


 そしてアルトはこの二件の映像の他、略奪する傭兵を殴り飛ばして被害者の治療をする私の姿、コンゾ市街地でぱたぱたぴょんぴょん遊んでいた私のスライム姿、そしてなぜかセーナン防衛時の映像の五点を、各都市に忍ばせた斥候の手によって一般市民に広めていた。


「セーナン防衛時の映像ですが、タカファイターの魔石に記憶として残っていましたので、それを読み取るゴーレムを作って映像化しました。そして映像を保存した魔石を複製し、再生できるモニター魔道具も作りました」

「褒めたい気持ちよりもじゃな、なぜセーナンの件を持ち出したのかという疑問のほうが強いのじゃが」

「ナナさんの勇姿を自慢したいことが一つと、何より市民の味方であることを広く知らしめたいからです」


 何してくれてんのアルト。でもノーマル義体の方はどこにも映っていないという点だけは評価しよう、そっちまで広められたら私が観光で皇国内をうろうろできなくなってしまう。

 それに元々はアネモイを前面に出そうという思惑だったのだが、アネモイはキューを通していろいろと知識を得た結果、私に近い倫理観というか、私が元いた世界の倫理観に染まっている。しかも根は臆病でポンコツと来たら、流石に戦場に立たせたくない。



 その後シアによる演説の映像が追加で広められた。その内容は簡単に言うと、戦争はすぐに終わらせるから反乱や暴動を起こさず信じて待つように、というものだった。

 市民が自ら立ち上がるのは悪いことではないと思うが、この世界においてはそうとは言えない。


 例えば一般人がいくら徒党を組もうとも、私が鍛える前のレーネにすら傷を付けることは難しい。そして今のレーネなら一般人が剣で切ろうと槍で突こうと、急所にでも当たらない限り完全に無傷だ。

 魔素による人体変異の一種だと思うが、強くなればなるほど体内の魔素密度が上昇し肉体の耐久力や防御力のようなものが上がる。相手が同じくらいの魔素密度を持っているか意識を失いでもしない限り、ダメージが通ることはほぼ無い。

 一般人と兵士程度の差ではそれほど問題にならないが、強者や英雄と呼ばれる存在となると一般人にはどうにもできないものとなる。

 勝機があるとすれば、疲弊させて無力化するという戦術しか無いだろう。


 そのため英雄や強者と呼ばれる存在を何人抱えられるか、そしてその英雄・強者を一般兵がどれだけ足止めできるかが、このイルム大陸の戦争の常識らしい。

 そして現在皇国側には強者こそ多数いるが英雄と呼べるほどの者は一人もおらず、それがシアの強気の進軍理由だった。

 まあ私の存在も理由なんだろうね、結構腹黒い感じだし。



 その後コンゾはシアに恭順を示す貴族に任せ、ノワモルからの兵とコンゾの兵士と合わせた約六千人の兵士が、皇都シェンナに向けて進軍を開始した。


 それにしてもノワモルにしてもコンゾにしても、シアに恭順する貴族がいたおかげで、だいぶ楽に話が進んだものだ。もう少し私自身が介入して早めに終わらせようと思っていたけど、この調子なら年内には片がつくな。なるべく早く皇国内の食糧事情の安定と共に未知の食材調査もしよう、料理の幅が広がると良いなーなんて事を、またよだれが垂れそうになっているアネモイと話していた時である。


「ステーシア君から派閥について話を聞いて、仲間になりそうな貴族には斥候を通じて事前に話を通しておきましたからね。それにノワモルにはダグが直接行って話をつけてきています」


 根回し済みだったのか、道理で。いやその前になんでダグが?

 アルト曰く、私の望みを最優先として考えたダグが、アルトに相談して動いたのだという。どうも私がダグを軍の頭に据えた事によって、個人ではなく軍として動く場合の事も考えるようになっているそうだ。

 そしてセーナンに釘付けにされることも、コンゾへ進軍した後ろを突かれる事も無く、且つ戦闘を最低限にして素早く終わらせる事を考えた結果が、単独行動だったらしい。

 何か違う気がするのだが、ダグが考えて出した結論だから止めなかったそうだ。

 確かに私も止められないだろうな。アドバイスを求められたら別だが、自主的な行動は別に禁止してないし、私の望みを最優先に考えた結果と言われたら何も言えない。

 それに一人の死者どころか怪我人も出していないというなら、むしろ褒めるべきだろう。


 しかしダグは私に知られないように動いたようなので、私も知らないふりをしたまま、使用人に混じって厨房で今日の夕食の支度をする。

 今日は下級竜頬肉の赤ワイン煮込み風にしてみた。使用人達に簡単なレシピやアレンジなどについて話しながら、トマト・玉ねぎと幾つかの香草を鍋に加え、時間短縮のため魔素操作で鍋に圧力をかける。

 使用人にそれは無理ですと苦情が入ったので、調理器具作りも考えてはどうだとそそのかしておく。

 料理が食卓に並ぶとアルトは見た瞬間に私が作ったとわかったようで、それが逆に少し怖い。

 ダグの皿には肉を多めに入れてやったので、それが嬉しそうな様子だ。私の手作りだと気付いて無さそうだが、それでいい。むしろそれが普通だ。




 そして十二月二十日、皇都シェンナ近くの平原にて、ステーシア率いる解放軍約六千人が、皇都シェンナ守備軍約四万人と対峙した。


 ジル達三人を除いたプディングのメンバーはシェンナまでの行軍には参加しなかったが、代わりに簡易テントや食料などを運びやすいよう、大量のアイテムバッグを貸し与えた。それによって行軍速度も上がり、さらに私の作った水筒型魔道具とコンロ型魔道具も活躍し、通常なら三十日かかる道のりを二十四日まで短縮した。

 さらに夜間の歩哨ではジル達に与えた魔狼型ゴーレムが活躍し、魔物の排除だけでなく四大貴族側の斥候の捕獲まで行ったそうだ。

 ぱんたろーは返してもらったから、ジル達には二頭の魔狼型ゴーレムがいる。主にジルとペトラが使っているそうで、たまにミーシャが自分の分を作って欲しそうに甘えてきていた。だがブラッシングをしてやると全て忘れて上機嫌で帰っていく辺り、馬鹿ネコっぷりは変わりなかった。



 自陣奥に設置された簡易テントの中で、主要な面子を集めて最終打ち合わせだ。面子は私ら五人とシアやジルら皇国組の五人とアネモイ、それにノワモルとコンゾそれぞれの指揮官と副官、深緑の守護者代表・副代表の計十七人。

 六人ほど私と直接会うのが初めての者がいて、彼らは私の顔を見るなり片膝をついて両手を合わせ、深く頭を下げた。完全に祈られてる。

 アルトがいつ撮影しているかわからないからと最初からヴァルキリーで来ていたのだが、それが裏目に出たのだろうか。


 初対面の六人に神ではないことを伝え、軽く自己紹介しながら頭上のスライムをぱたぱたぴょんぴょんさせる。それでも私を敬う姿勢を崩そうとしないので、ちょっと居心地が悪い。

 八つ当たりにニヤニヤしていたアネモイの角を掴んで振り回しておこう。



「内訳は二万が皇都の守備隊、四大貴族の私兵が各五千です。シェンナ市内に潜ませていた部下からの報告では、皇都守備隊の大半はこちら寄りの意見ですね」

「んじゃ貴族の私兵だけぶっ飛ばせば終わりだな」

「それと四大貴族に雇われている傭兵ですが、全て略奪賛成派です。ステーシア君の演説に賛同した傭兵団はこの戦争に参加していませんので、気にかける必要はありませんね。四大貴族の私兵も、権力をかさ好き放題やってきた連中です。容赦は一切無用と考えます」


 目の前には私が作った地図が広げられ、そこには敵軍の配置が詳細に記載されていた。

 正面中央に正規軍一万五千と中央後方に本陣約五千に加え、貴族軍が右翼に五千と左翼に三千、私達の後方に二千の別働隊と、南北から挟み撃ちに出来るよう五千ずつの部隊がこちらに向かって移動している。


「マジかよ、この後ろの連中気付かなかったぜ……」

「完全に包囲されていますな。どこから突破しますかな? それとも迎え撃ちますかな?」


 『深緑の守護者』代表は少しばかり顔色が悪いが、対照的にノワモルの司令官は相当強気である。ちらちらダグに視線を送っているのを見て思い出したが、ダグが話をつけに行ったんだったか。


「ナナ様。可能な限り正規軍は叩きたくありません。ナナ様ならこの局面、どのように動かれますか?」


 飛び切りの笑顔を向けてくるシアに、私も笑顔を返す。これは意見を聞くフリして全部私に任せようという振りに違いない。



 コンゾの一件で、シアは自ら被害者に頭を下げに行った。怪我人は私が治療していたし金銭的被害も全て補償するという約束もあり、そこに皇女殿下自らの謝罪である。被害者の全てが謝罪を受け入れてくれた。

 その報告を受けて私はシアとレーネを誘って一緒にお菓子を食べながら、私の考えを正直に打ち明けた。


 私は身内以外にまで救いの手を伸ばすつもりは無い。しかし戦う意志や力を持たない一般人が、戦いに巻き込まれ命を落とすのは見るに耐えない。見なければ知らなかったで済む話だが、見た以上は手を出さずには居られない。ましてや子供を害そうとする外道に対してなら、進んで敵となる。

 そして戦争になれば、兵士の命がたくさん失われるだろう。それどころか、一般人が巻き込まれて命を落とす可能性だってある。

 正直なところ、私はそれが嫌だと思っている。

 同時に自ら大事なものを守るため立ち上がった兵士であれば、それを差し置いて私達だけで全て片付けるのは間違っているとも思う。

 個人の意志をなるべく尊重したいからだ。敵にしても無理矢理従わされているのなら、可能な限り命は奪いたくない。

 もちろん一般市民を巻き込むような戦争はしないし、して欲しくない。


 そしてその場ではシアから、皇女という為政者としての立場について話を聞けた。

 曰く、より多くの命を守るためならば、少数を切り捨てる覚悟を持たなければいけない。

 曰く、自分の決断で、多くの命が失われる覚悟を持たなければいけない。

 曰く、屍の上を進む道であっても、自分の決断でより多くの民を幸福へと導くという信念を持って進まなければいけない。

 曰く、そのためには利用できるものは何だって利用するし、自分の体すら政治の道具に過ぎない。

 だが立場を捨てた一個人としての意見としては私に近いし、今はもうレーネと離れて他の人に抱かれるなんて考えられないとも明かしてくれた。


 皇女失格かもしれませんね、と笑ってレーネと見詰め合うシアを見た時、私はこの二人に力を貸すことを決めた。

 皇国の問題ではなく、レーネとシア個人に対してだ。



「わしならまずはレーネ、ジル、ペトラ、ミーシャの四人だけで、四大貴族各五千の兵を殲滅してもらうかの。次いでノワモルの司令に兵と傭兵を率い、全軍を以って後方の二千を掃討じゃな。この場合正面はわしらが睨んでおこうかの。四大貴族の私兵二万を蹴散らしたあとは、わしらは後方の殲滅を終えたノワモル司令と合流、六千と四人で逆に皇都守備軍を囲み降伏勧告、という流れかのう」

「うふふ、素晴らしい案ですわ、ナナ様。わたくしもその案に賛成ですわ」


 本陣に四人を転移させれば一発で終わりだが、貴族の私兵という肩書きの外道は今きっちり叩いておかないと、後々面倒な事になるだろうからね。

 しかしこの案に一番驚いているのは、指名を受けたレーネ達四人だ。


「何を驚いておる。ダグとアルトはもちろんリオとセレスだって、正面の二万くらい一人で片付けられるのじゃぞ。たった五千程度一人でやれんでどうする」


 誇張ではない。まあちょっと疲れるだろうが、それだけだ。

 しかも機動力に難のあるペトラと攻撃力に難のあるジルには、魔狼ゴーレムがついている。問題はないだろう。


「そういえばエスタニアに現れた偽魔王は、単独で人口二万規模の都市を滅ぼしたという噂がありましたな」

「事実じゃよ。じゃがアルトもダグも元より奴より実力は上じゃし、リオとセレスも今では奴を越えておるわ」


 ノワモルの司令官め、嫌な奴の事を思い出させやがって。比較対象に出すのも嫌だけど、これで理解しただろう。レーネなんか「私はそんな相手に挑もうとしていたのか」と呟き頬を引き攣らせている。訓練でリオからもセレスからも一本も取れなかったからね。

 通信魔道具もレーネたちに渡したし、準備はこれで良し。羨ましそうに視線を向けてきたアネモイには、通信魔道具の中身が入っていないただの木箱を渡しておいた。ふふふ。


「敵陣左翼は三千と数が少ないが、手練が多いし覆面達がおるのう。どうじゃレーネ、おぬしが行ってみるかの?」

「はっ! ぜひお任せ下さい!」

「ならば敵陣右翼はペトラじゃな。万が一正面の二万が動いても、ペトラなら大丈夫じゃ」

「任せて下さい! ボク頑張ります!!」


 レーネは片膝を付いて気合十分に、ペトラは大きく斧を掲げて元気に返事を返してきた。緊張は無さそうだ。


「北側は一番遠いようじゃからの、ミーシャに任せるのじゃ」

「にゃにゃ様、あたしにも魔狼ゴーレム貸して欲しいにゃ」

「頑張るのじゃぞ」

「……わかりましたにゃ……頑張って走るにゃー……」


 訴えを無視して笑顔を向けるとがっくりと肩を落として返事を返してきたが、そもそもミーシャは魔狼ゴーレムよりも早く走れるじゃないか。


「南側はジルに任せたいが……ジルは戦いは好きではなかろう。リオかセレスと替わるかの?」

「ワタシが生まれた国の問題ですものぉ、せめて最後までやり遂げますわぁ。それにアルト様がワタシの勇姿を映像に収めて下さるそうなので、オーウェンが戻ったら一緒に見ようと思いますわぁ」


 頬を染めてくねくねとまあ、幸せそうでいいねえ。それにしてもそろそろ向こうも調査が終わる頃だろうか。

 最近エリーたちとも連絡取ってないなぁ、ザイゼンの場所は……まだ小都市国家群に居たのか、確かここは旧テミロイだったかな。でもアトリオンに一番近いところだしもうすぐ帰って来そうだ……ってこの場所、私がヴァンを倒した辺りじゃないか。嫌な感じだなあ。


 とりあえず気を取り直し、後方の二千はノワモルの軍司令に全軍を託して任せる事を話しておく。私は集団戦闘に関しては完全に素人だからね、経験のある軍人にお任せするよ。

 本陣には私と四人の側近にシアとアネモイの七人と、護衛の兵士が五人残るだけだ。といっても護衛とは名ばかりで、基本はシアの側仕えみたいなものだ。

 ここまで本陣を丸裸にする総司令官は前代未聞だとノワモルの司令と副司令には笑われたが、どこか嬉しそうな感じの笑いだったので嫌な気分ではないかな。


 って普通に指示を出しちゃったけど、この後ちゃんとシアが全く同じ命令を出していた。アルトのカメラゴーレムがちゃんとそれを撮ってるけど、みんなカメラを意識し過ぎじゃないかな。


「場合によっては父上……神皇陛下の拘束も許可いたしますわ。目的は四大貴族軍殲滅と四大貴族の拘束です。これ以上四大貴族の好きにさせてはなりません! 皆さん、わたくしにどうか力を貸してくださいませ!!」

『『はっ!』』


 ノリノリのシアを映すカメラの映像は、各都市に潜んだアルトの部下が配信しているそうだ。それに皇都に入り込んだアルトの部下は市民の安全最優先で動いてくれるそうだし、上空からはタカファイターが監視しているし、多分私達の出番は無いだろう。


 無いよね?


 そして雪が舞い始めた皇都シェンナに近い平原にて、シアの戦闘開始の号令と共に四人と軍が一斉に動き出した。


 フォルカヌス神皇国開放戦の、始まりである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ