3章 第67話N 感動できない出会いなのじゃ
ああ、窓から差し込む朝日がまぶしいなあ。このまま太陽に向かって飛んで行こうかな。
思い出したよ。以前身体洗浄用スライムを作ろうとして失敗し、ヒデオに裸を見られたんだった。
その時エリー達も悶えさせ封印したエロスライムが、青スライムだ。
そして空間庫に入れっぱなしだったはずのエロ青スライムが、一体足りない。そして昨日作った青スライムが一体、代わりに空間庫に残っていた。
ああ、朝日がまぶしいなあ。誰に渡したのかわからないけど、使ってなきゃいいなあ。被害出てなきゃいいなあ。……流石に逃げるわけにいかないよなあ、素直に謝るしかないかなぁ。
リオやセレスだったら、お詫びに何を要求されるか怖いなぁ。私が守ってきた貞操もこれまでかもしれない。そうなったら何とかヴァルキリーの方で許してもらおう。ジュリアだったらどうしよう、何かニースと一緒に使えるものでも用意しようか。アネモイは……喜んで使ってそうだから別に良いや。
どうかアネモイの手に渡っていますように!!
朝の訓練に行く前のリオを捕まえ、青スライムを使ったかどうか聞いてみる。
「姉御おはよう! すっごい気持ち良かったよ!! でもいつか、姉御にして欲しいな……」
頬を染めるリオの言動が、物凄く怪しい。だが確信が取れないな、次はセレスだ。
「ナナちゃんおはよ~。え、青スライム? え、ええ、とても暖かかったわ~……」
物凄く目が泳いでいるんだが、どういうことだ。二人とも怪し過ぎて判断できない。
まだ起きてこないポンコツエロドラゴンも確認しておこう。アネモイの部屋に行ってノックをするが反応が無い。
問答無用で扉を開けると、大きな抱き枕に形を変えた青スライムに全身で抱きつき、締め付けるようにし脚を絡ませて眠る全裸のアネモイがいた。
時折「んっ」とか「あっ……」とか寝言が聞こえるし微妙に顔が赤く上気しているが、エロ青スライムには空間魔術をインストールしていないので大きくならない。
そっと扉を閉じ、今見た光景を記憶から抹消する。ごめんアネモイ。
「そうじゃ、わしは見た目で判別できぬが、キューちゃんなら!」
―――旧青スライムは ジュリアに渡しています
ジュリアかああああ!
ということはリオとセレスは一体青スライムで何を……ああ、アネモイと同じように……うん。忘れよう。何もなかった。
ジュリアには正直に謝罪して、交換してこの件を終わりにしよう。
朝の訓練はちょっと考え事があるからと言って、久しぶりにサボってしまった。そして朝食の時間に合わせて魔王邸に訪れた、ジュリアとニースの二人を捕まえて自室へと引っ張り込む。
「ジュリア、申し訳ないのじゃ。昨日渡した青スライムじゃがのう、間違えて昔作った失敗作の方を渡してしまったのじゃ。どうか許してくれんかのう」
正しい方の青スライムを両手に持ち、ジュリアに差し出した体勢で頭も下げる。
目の下に隈ができ疲れきった様子のニースと、ぷるぷるつやつやで上機嫌のジュリア。ひと目で分かる、間違いなく昨夜使ったに違いない。
「わ! ナ、ナナ様!! お顔を上げて下さい!!」
「そ、そうですよ! それに何の不都合もありませんでしたから! むしろあたいはこっちで良いです!」
持ってきてたのね、ジュリア。
両手でしっかりとエロ青スライムを抱きしめるジュリアと、軽く乾いた笑いを浮かべるニースの二人に、エロ青スライムの機能と作ろうとした経緯を話す。そして封印というか空間庫に放り込んで忘れていたのだが、昨日作った青スライムも空間庫に入れたため、渡す際に間違えたのだと再度謝罪する。
そして問題ないから顔を上げてと慌てるニースと対象的に、ジュリアが何か考えている様子。
「ナナ様、でしたら一つお願いが……その失敗作も、あたいに下さい!」
ジュリアのその言葉に、ニースの頬が軽く引き攣ったのが見えた。私が本当に謝るべきは、ニースの方なのかもしれない。
結局ニースもそれでいいと言うので、紛らわしいからエロスライムの色はピンクに変更しておく。さらに青スライムも渡してやると二人は私の謝罪を受け入れ、上機嫌のジュリアは乾いた笑い声を上げるニースの手を引っ張って部屋を後にした。
私も食堂へ行こう。その前に厨房に寄って、ニースに滋養強壮効果の高いドラゴン肉を多めに給仕してやるようお願いしておく。それと使用人にドラゴン肉を干し肉にして、できたらニースにこっそり渡してやるようにともお願いしておく。せめてものお詫びだ。
食堂に入るといつの間にか起き出していたアネモイが、リオ・セレス・ジュリア・ニースと一緒になって、何やらひそひそ話をしていた。
私に気付いたアネモイが近寄ってきて、頬を染めながら小声で青スライムの使い心地を聞かせようとしてきたので、スライムで口とついでに鼻も塞いでしばらく放置しておく。
ジュリアとニースはともかく、何だって三人揃って想定外の使い方をしているんだ。
それにしても……そんなに気持ちよかったのか……
はっ!? 使わないぞ!? 私は絶対にスライムをそんなことに使わないぞ!!
「ねえナナ、私昨日お風呂で『生物は呼吸しないと死んじゃう』って聞いたわ。ナナは私を殺す気なのね」
「それはのう、アネモイ。余計なことを言おうとした口だけを塞ごうとしたのじゃが、勢い余って『間違って』鼻も塞いだだけなのじゃ」
ようやくスライムを引き剥がして涙目で訴えてきたアネモイに、満面の笑みを向けて嘘をつく。また変なことを言おうとしたら同じことをするぞ、という私の意図は正しく伝わったようで、アネモイは大人しく引き下がり食堂の席に着いた。
一部始終を見ていた他の四人も、引き攣った頬を一筋の汗が伝ったのが見えた。
そして小声で「あたい達がどう使ったのか、言わなくて良かった」とか「オレもピンクスライム欲しかったな」とか「わたしはスライムもいいけどやっぱり今のナナちゃんが良いわ~」とか聞こえてきたので、咳払いをすると揃って背筋を伸ばして口をつぐんだ。よろしい。
アネモイを窒息させようとしたスライムを義体頭上に戻し、私も席に着く。遅れて来たアルトとダグが食堂に漂う異様な雰囲気に気付いたようだが、私の笑顔を見て触れてはいけないと理解したらしく無言で席に着いた。
今日はまずイライザの案内で、風竜山脈で会った難民の所に顔を出す。グループの指導者に実は遺体を持ってきたことを打ち明け、綺麗に修復して冷凍し棺桶に入れた遺体を見せると、膝から崩れ落ちて号泣された。
本当なら持ち帰りたかったが移動の妨げになるし、火葬したかったが煙は魔物を呼ぶし、それに運べる手段があると言われても血の匂いが魔物を呼び寄せるだろうから、迷惑はかけられないと諦めたという。
最初から空間庫だと言えば良かった、すまない。
自分の知る地域では、遺体は放っておくとアンデットとして蘇る可能性があるため火葬するのが常識だ。彼らの風習でも火葬するのが一般的だと言うので、あとはイライザと相談して弔うよう話しその場をあとにする。
さて次は皇国だな。セーナンに顔を出そうかと思っていたら、ステーシアの方から訪ねてきた。レーネハイトも同行しているしちょうどいい。
昼食の時間も近いし、謁見の間(仮)は面倒だからと断固拒否して食堂で会う。紅茶とクッキーを用意してもらい、食べながら落ち着いて話すとしよう。
「うわああああああああああああん、レイナ、レイナあああああ」
なんて思っていたが一瞬にして食堂に響いたアネモイの号泣に、落ち着いて話すどころじゃなくなってしまった。しかもレーネハイトを抱きしめる両腕の力加減を間違っているのか、どんどんレーネハイトの顔色が土気色に変わっていく。あ、今ボキッって聞こえた。
「やめんかアネモイ、レーネハイトが死んでしまうわっ!」
ヴァルキリーに換装してアネモイを力ずくで引き剥がすと、隣でオロオロしていたステーシアが泣きながら、崩れ落ちそうになったレーネハイトを抱きとめていた。
ポンコツでもドラゴンなので、ノーマル義体の力では太刀打ちできない。何でこんなことにわざわざヴァルキリーを使わなければいけないのか、本当に困ったものだ。
頭上のスライムでレーネハイトを治療しながらアネモイにチョークスリーパーをかけていると、ステーシアとレーネハイトの二人がぽかんとした顔で私達を見ていた。
「ああ、そう言えばこの姿では初めましてじゃったな。わしの正体はスライムであることは以前話した通りじゃが、これもわしの義体という入れ物じゃ。これはヴァルキリーとゆうての、主に戦闘用なのじゃよ」
自己紹介を終えるとちょうどアネモイがタップしてきたので、チョークスリーパーを解いてやる。って、そんなことまでキューの記憶から教わっているのかこのポンコツ。
「ねえナナ、人間って首を絞められても息ができなくなるのね、やっぱりナナは私を殺す気なのね」
「それはのう、アネモイ。おぬしがレーネハイトを殺そうとしたから引き剥がそうとして、『間違って』絞めてしまったのじゃ」
首をさすりながら涙目で訴えるアネモイに、満面の笑みを向けて嘘をつく。何かこんな会話今朝もしたな。
「あ、あの……魔王様、なのですか? 治療頂きありがとうございます」
「そうかしこまるでない、レーネハイトよ。しかし名前が長いのじゃ、わしもレーネと呼んでよいかの? それとステーシアも今後シアと呼んでよいかの? それと二人共わしのことはナナと呼んで欲しいのじゃ。かしこまった話し方も魔王様呼ばわりも、公式の場だけで十分なのじゃ」
二人共恐縮していたが、許可は得たので今後愛称で呼ぼう。
「それで、ナナ様……そちらの、角の生えた女性はどなたですの? レーネのお知り合いかしら?」
「いいえステーシア様、アネモイさんという名前には聞き覚えがありません。それとレイナというのは初代様の母上の名ですが……?」
「これはアネモイという名じゃが、つい先日わしが名付けをしたばかりじゃ、知らんのも当然じゃ。風竜山脈の古竜は知っておるの? これが、それじゃ」
「「え?」」
二人の視線を受けて恥ずかしそうに笑うポンコツの、尻尾を引っ張って席につかせる。またレーネに抱きつかれたら面倒だし、シアが警戒しまくっている。
全員が席につき使用人の手で紅茶が行き渡ったところで、改めてレーネとシアにアネモイを紹介する。私がアネモイに会いに行ったらついて来てしまったことと、レーネの祖先であるレイナとアネモイの関係、そしてレーネが初代と呼ぶ男性が、実はレイナとこのアネモイとの子供であることを話して聞かせる。
「つまり、私の……祖先? あれ、でもレイナは初代の母で……え?」
「ああ、貴女レイナにそっくりだわ……細身で格好良くて、凛々しくて……」
「ん? アネモイの人間の体はレイナを元にしたのではなかったかのう?」
レーネは中性的で男装が似合う細身の体で、アネモイは野性的な顔立ちだが肉感のある女性らしい体つきなのだ。
「参考にはしたけど、体型はレイナの好みに合わせたのよ。特に始めの頃はレイナって目が見えていなかったから、胸とお尻には特にこだわったわ!」
「そんなカミングアウトいらんわああ!」
むふん、と胸を張ったアネモイにスライムを投げつけ、そのまま口をふさいで黙らせておく。聞いた私も悪かったが、こいつに喋らせると脱線しまくって戻ってこれなくなりそうだ。
「竜の力でレイナを妊娠させたそうじゃ。こやつの言っておることは恐らく真実じゃろうのう。レーネの体の中には、昔アネモイがレイナに注いだという竜の力が確かに宿っておる。いろいろ聞きたいことや話したいこともあるじゃろうが、今度ゆっくり話すがよい」
つまり今は黙れという意図を察したのか、アネモイが口を塞いだスライムを引き剥がそうとするのを諦めた。察する能力は無駄に高いなこのポンコツ。
「今はまず、おぬしらの話を聞こうかの?」




