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英雄とスライム  作者: ソマリ
幼少期編
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1章 第13話N スライムの恩返し

 とうとうヒルダと面と向かって会話をすることになったナナだったが、まずは変化を解除させてくれと一言ヒルダに断ると、いつもの直径30センチほどのスライム姿に戻る。


「なんじゃ、魔狼の姿でも良かったのに、もったいないのう。戦うと厄介じゃが、おぬしだと思えば意外と可愛らしいと思っとったのに」

「長時間の変化は無理じゃ、魔力消費がばかにならんでの」


 魔狼とは何ぞというと疑問もあったが、詳しくはあとで聞けば良いと流すナナ。残念そうな表情を浮かべるヒルダだったが、ナナの説明を聞き真剣な表情へと変化させる。


「ほう、やはり魔力を理解しておるか。ナナよ……おぬしは一体、何者じゃ?」

「スライムじゃ」

「……」

「……」

「……いや、そうではなくてだな……スライムになる前は何だったのか、と聞いておるのじゃ」

「うむ、それくらい解っておる。ちょっとボケただけじゃ、気にするでない……あ、ごめんなのじゃ潰れてしまうのじゃ話すからやめるのじゃー」


 ヒルダはこめかみに血管の浮き出させながらナナを両手でわしっと握る。潰されまいと必死に形状を維持するナナの懇願を聞くと、そのまま机の上にナナを置き自らも椅子へと深く座り、目線で話を続けるよう促す。


「意外と乱暴じゃのう、ノーラに対する優しい姿しか知らんから意外じゃった……ああ、そういえばヴァンが来た時もなかなか挑発的な態度じゃったの。おっと、わしの話か」


 愚痴をこぼすナナを睨むヒルダの視線に、扁平した涙滴型に形を整え慌てて話を戻す。


「ここでスライムとして目覚める前は、人として二十九年生きておった。不治の病で長いこと床に臥せっておっての、いつ死んでもおかしくない状態じゃった。そして目が覚めたら真っ暗で体も動かん。とうとう死んだかと思っとったら何日もそのままでの、何とか魔力視とやらを使えるようになって自分を見たらスライムじゃった」


 あれには驚いたと笑うナナに対して、ヒルダは驚愕に目を見開いていた。


「魔力視じゃと!? まさか……いや、今はそれどころではないの。……途中からもしや、とも思っとったが、やはり人族であったか……すまぬ、ナナ。わしはどうしてもやらねばならぬ事があって、そのためにおぬしの魂を従魔に降ろしたのじゃ。さぞ驚いたことじゃろう。わしはおぬしに恨まれてもおかしくないことをしたのじゃ」


 ヒルダは魔力視のことを頭から追いやると深く頭を下げ謝罪の言葉を口にするが、ナナはかっかっか、と笑い声を上げあっけらかんとしていた。


「謝ることなど無いぞ、ヒルダよ。むしろわしは感謝しておるのだ。病気で一度は何もかも諦め死を受け入れたが、今はこんなにも元気に動き回れるのじゃ。以前の生ではやりたくてもできなかったたくさんの事が、今のわしなら出来るのじゃ……ありがとう、ヒルダ」


 顔を上げたヒルダの目から一筋の雫が流れ、頬を伝い落ちていった。そして一言よかった、とつぶやくと涙を拭い、ナナとの会話を続ける。


「確かに第二実験からは知的生命体の魂に限定して魔石に定着するようにしとったが、実際に知性のある生命体が魔石に定着し、しかもそれが『元人で、自身の記憶と意識を保ったまま』従魔として動いておるのを目の当たりにするとな……わしは何ということをしてしまったのかと……」

「過ぎたことじゃ。それに以前のわしはヒルダに関係なく死んでおるでの、ヒルダが気に病む必要はないのじゃ。ところで実験と言うが、わしがどうやってここに呼ばれたのかその辺りを聞いても良いかの? おぬしの書いた実験レポートは読んでみたのじゃが難しい単語が多くての、いまいち理解できんかったのじゃ」

「確かに文字の読み書きは一部の者にしかできぬからのう。では少し長くなるから上に行かぬか? これまでの研究日誌は……これじゃ」


 ヒルダはそう言うと机の引き出しから大量の羊皮紙を出して抱え込もうとする。


「待て待て、それくらいわしが運んでやろう。ぽいっ」


 ヒルダを静止したナナは羊皮紙を受け取ると次々と空間庫へ放り込んでゆく。


「な! ……いや、そう言えばおぬし転移魔術も使っておったのう。空間庫を使えるのも当然じゃな、それも魔力視の恩恵かの? ならこの水晶も一緒に持っていってくれぬかの?」


 そう言って机の端に置かれた水晶柱を指差すヒルダ。


「容易い御用じゃが、これは何じゃ? 前はこのようなもの、ここには無かったはずじゃな」


 ヒルダはその言葉にニコッと笑顔を浮かべ、水晶柱に軽く触れる。


「これは遠視の水晶という魔導具での。こうすると……ほれ。対になった水晶が置かれてある場所の様子を映し出すのじゃ」


 ヒルダが触れた水晶には寝室らしき映像が映し出され、そこに置かれたベッドの上でノーラがすやすやと眠っているのが見えた。


「……怪我一つ無さそうで安心したのじゃ。しかしヒルダよ、再度聞くが……おぬしいつから見ておった?」


 魔力視でその魔道具を見ると、寝室に向かう細い紫の線が見える。視力を手に入れてからというもの日常では魔力視を発動しない癖がついていたことを悔やむが後の祭りである。


「魔狼の姿で立ち上がろうとして後ろ足がぐにゃっと潰れ、ひっくり返って後頭部を床に叩きつけてのたうち回るところからじゃな」


 一番見られたくないところから見られていたことを知り、いやああああと叫びながら机上を転げ回るナナであった。




「ではまず、そうじゃな……この研究を始めることになったそもそもの発端から話すとしよう」


 ナナはヒルダに運ばれケージのあるいつもの部屋に場所を移し、ノーラが起きた時のため遠視の水晶を設置すると話を始める。


「わしは争いが好きではなくての、魔人族の中でも珍しい部類に入るのじゃ。この辺りは闇の魔素も薄く周辺には槍さえあれば簡単に対処できるフォレストタートルがいる程度で凶悪な魔物もおらんでの、ここに館を建てて地下に瘴気を薄める装置を設置し、一人のんびり暮らしておったのじゃ。しかし少しするとわし同様に争いを好まぬ魔人族が集まって来おっての、いつしか集落ができてしまった。わしはそやつらを守るため仕方なく、得意であった生命魔術でゴーレムやアンデットを使役し戦う事が増えてしまっての。そうしてわしは不死王と呼ばれ、魔導王・拳王と並ぶ異界三大魔王の一人と噂されるようになったのじゃ。そうすると名声を得ようと闘いを挑むものが出てきての……わし自身はそれほど強いわけではなく、ゴーレムやアンデットも所詮数頼みの寄せ集めじゃ。一度に百体使役しようとも、一握りの強者と呼ばれるような存在には手も足も出ん。三大魔王などと呼ばれてはいたが、拳王などわしの姿を見るなり「弱すぎて戦う価値がない」と踵を返したくらいじゃからの」


 ヒルダはその美しい顔に悲しさと悔しさを浮かべ言葉を続ける。


「そしてわしはとある強者に戦いを挑まれ、負けて殺されそうになった。その時わしを助けたのがヴァンじゃった。そしてヴァンから取引を持ちかけられたのじゃ。ヴァンは自分の血を引く子供が欲しい。わしはゴーレムでは太刀打ちできない相手と戦える戦力が欲しい。そしてわしらは合意の上で、子供を作ったのじゃ。ヴァンは子供が十歳になるまでわしやこの集落に敵意や悪意を向ける強者の排除をし、十歳まで成長したことを確認したらよそへ行く。その際は子が望むなら連れて行く、と言っておった。……最初は子供になど興味は無かったのじゃ……十年経ったら連れて行こうが構わぬと……十年の平穏を体で買っただけのつもりじゃった。しかし生まれてきたノーラを見て、とても、とても愛おしく感じてしまったのじゃ。そして絶対にヴァンに連れて行かせてたまるか、ノーラが十歳になるまでに何としてでもノーラを守れる力を手に入れなければならぬと思い、わしは本腰を入れて従魔強化の研究を始めるようになったのじゃよ。その実験の一年目で、おぬしが生まれた、というわけじゃ」


 たまに相槌を打つだけで、真剣な様子で話を聞くナナ。ヒルダはそこまで話すと一息つき、机上に羊皮紙を並べ始める。


「それで、これがおぬしを生むことになった実験の研究日誌じゃ。おぬしは初回の実験で生まれたイレギュラーでの……」



 レポートの文字を指でなぞりながら説明するヒルダに、ナナは時折質問をしつつ読み進めるが、一通り読み終えたところで机上にべちゃっと潰れずーりずーりと這い回る。


「十五日目の時点で既に違和感を持たれていた、じゃと……知っておるスライムのイメージが強すぎて、無意識にその姿になっておったか……」


 その言葉を聞き首を傾げるヒルダ。


「ナナの住んでおったところには似たようなスライムがおるのか? そう言えば先程『人として人として二十九年生きておった』と言うておったが、おぬし以前はどこに住んでおったのじゃ? 地上界なのか? 種族は何じゃ?」

「あー。それなんじゃがの」


 矢継ぎ早に質問を飛ばすヒルダに、ナナは話しても良さそうな部分と話すべきではない部分を頭のなかで整理し、話し始める。


「おそらく別世界じゃ。わしの住んでおった世界は地球といっての、そこには魔法も魔獣も存在せんし、スライムなぞ空想上の存在じゃ」


 ナナの言葉の意味を理解できず、首を傾げて固まっているヒルダ。


「わしが居た地球という世界では、人というものは肌の色や体格などが多少違うだけの同一種族じゃ。魔人族という種族はおらんかったの。もちろん異界など聞いたことも無いし、人類が認識しておる世界は一つだけじゃ。……理解が追いつかんようじゃの」


 ポカーンとするヒルダだったが、少し考えると恐る恐る口を開く。


「地上界の、野人族、かの?」

「いや、そもそもその野人族も知らぬ。言っておくがわしが不勉強なわけではないぞ。わかりやすいところでいうと、ヒルダよ。この世界は、一年は何日ある?」

「三百六十日じゃ、ひと月が三十日の十二ヶ月じゃな」

「わかりやすくてええのう。わしのいた世界の一年は三百六十五日じゃ。僅かな違いでも十年百年もすれば大きな違いになろう。以前より雨季の訪れが年々遅くなるといったことは無いじゃろ? そういった知識と照らし合わせた上で、わしはここが別世界と判断しておるのじゃ。そして魔法が存在しない代わりに技術が発達しておるのが、わしのいた世界じゃ」


 ナナが話す内容を何度も反芻するヒルダ。


「ナナは……その世界で何をして生計を立てておったのじゃ?」

「ただの一般人じゃよ。じゃからいくら技術が発達しておる世界から来たとは言え、何もかも再現できるわけでもないしする気もないぞ?」


 ヒルダは少し長く考え込み、意を決したように口を開いた。


「いまいち異世界とやらを理解できんが、これまで話さんかった理由と、わしの真似をするような口調については、合点がいったわ。わしとノーラの会話で言葉を覚えたのじゃな。それにしても別世界とは……なぜ、そこまで話してくれる気になったのじゃ? 人であった事を明かすだけで十分じゃったのではないかの? 未知の知識、技術を知っておるというだけで、わしがおぬしを捕えて無理矢理聞き出そうとするかもしれんとは思わんかったのか?」


 鋭い目つきでナナを見るヒルダだが、ナナはひとしきり笑うとヒルダに優しく語りかける。


「研究の目的を聞いた時に決めたのじゃ。ノーラの為に強くなろうというおぬしに、出来る限り協力すると。それにどうやらわしは、おぬしに二度も命を救われておる。一度目はスライムとして生まれ変わらせてくれて、二度目は狼にやられたわしを『試作型魂魄移動魔法陣』とやらで救ってくれたのじゃ。受けた恩は返さねばなるまい? ……ヒルダ、改めて礼を言わせてくれ。命を救ってくれてありがとう。……それにヴァンなんぞにノーラを連れて行かせる気はないし、ヴァンなど居なくても十分な戦力を整える考えもある。ヒルダよ、ともに従魔強化を成功させ、ノーラを守ろうではないか」

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