3章 第65話N わしは私なのじゃ
「姉御ースライム浴したいよー」
「かまわんぞ、ほれ」
「「えっ」」
浴槽の外、洗い場に巨大スライムを出してやる。リオとセレスがあっさりと承諾した自分に疑惑の目を向けながらも、しっかりとスライムに飛び込み顔だけ出してぷかぷか漂っていた。
自分も風呂に入ろうと服を脱いでいると、浴室から『どぽん』という音と『がぼげぼぐぼげぼ』という異音が聞こえてきたが、何となく想像できたので放置する。
「ねえナナ、お風呂って危険なのね。私死んじゃうかもってまた思っちゃったわ」
「それはのう、アネモイ。何も考えずに深いところに飛び込むからじゃ。普通の生き物は呼吸しないと死んでしまうのじゃ」
ジュリアに両脇を抱えられ、浴槽の深いところから顔だけ出しているアネモイが涙目で訴えてきたが、水面下にぷかぷか漂う二つの肉の塊が重いせいで沈んだに違いない。
「ところでアネモイよ、おぬしの本当の体はどこにあるのじゃ?」
「貴女みたいに体を入れ替えたりしているわけじゃないわよ? 大半は魔素に変換して圧縮して、この身体の中にしまってあるわ。変身が一番近いかしらね」
便利だなーいいなー魔法面白そうだなー。使えなそうなのが残念だ。
質量保存の法則どこ行ったとか一瞬思ったが、自分だって空間庫に膨大な量のスライム体をしまっているのを思い出したので気にしないことにする。
「姉御ー……何かこのスライム、いつもと違うよー……」
「ナナちゃん、温かいし綺麗になるのは同じだけど~……気持ち良くないわ~? それにナナちゃんが何の反応もしてくれないからつまらいわ~」
「そりゃそうじゃろう、そっちのスライムの感覚はほぼ全て遮断しておるからのう。わしも成長しておるのじゃよ、ふふん」
リオもセレスも前の方が良いと口を揃え、残念そうにスライムから出て自分と一緒に浴槽のお湯へと体を沈めた。本音を言えば自分も前の方が良いのだが、流石に貞操の危機にまで発展してしまっては諦めざるを得ない。
生まれて初めてお湯に体を沈めたアネモイはとても気持ちよさそうだが、その体をずっと支えているジュリアがそろそろ可哀想だ。お湯の中にスライムを忍ばせ、アネモイの体を引っ掴んで浅い所に引き寄せよう。
「ねえナナ、スライムちゃんが優しくないの。いきなり引っ張られたから私、お湯の中の段差にスネをぶつけてしまったわ」
「それはのう、アネモイ。自業自得というのじゃよ。おぬしをずっと支えていたらジュリアが休まらんではないか」
涙目で痛みを訴えるアネモイだが、それでも湯船の中でスライムを抱きかかえてご満悦の様子である。
羨ましそうな目をしたリオとセレス、それとジュリアにも、中に空気を入れた浮きスライムを作って出してやると、抱きかかえて満面の笑みと言うかだらしない顔になっていた。
私のスライムちゃん、と言い出したアネモイからは一度没収したが、そう言えば代わりのスライムを作ってやるのを忘れてた。夜にでも用意してやろう。
「さて、まずはアネモイ。ちょっと確認しておきたいことがあるのじゃ」
「何かしら? 肉なら地の属性竜肉が大好物よ?」
「それは前に聞いたのじゃ。その身体のことじゃよ」
わざわざダグやアルト、ついでにニースにも聞かれない風呂場に移動したのだ。ここなら気兼ねなく聞けるだろう。
「イメージで身体を作ったと言うがのう、一体どうやってそこまで詳細に人の体を知ったのじゃ? 角と尻尾を除けば、どう見ても人族の身体そのものじゃぞ」
「そ、それは、その……レイナの体を、隅々まで観察したから……」
「どうせ観察だけではなかろう。のうアネモイ、レイナにどうやって魔法の力を分け与えたのじゃ?」
茹で上がったように真っ赤になって、あわあわしているアネモイ。これは間違い無いな。
「それとのう、レイナの子供の父親について、一切の記録が残っておらんのじゃ。レイナの子は祖父母にあたる、レイナの両親が育てたらしいがの」
「……多分私の、子です……」
ああ、やっぱり。魔法や今のアネモイの体についてある程度聞いていなければ、女同士で子供が出来るなんて想像もしなかっただろう。
「だって、仕方ないじゃない! 当時はその、子作りの行為について全く知らなかったんだから!」
「うむ、正直でよろしい。というかアネモイは両性具有かのう? もしかして元々雄というか、男だったりするのかのう?」
耳まで真っ赤になった顔を両手で覆うアネモイには、男性を感じさせる仕草は全く見られない。しかし念の為の確認と、単なる興味本位で追い込むことにした。
リオ・セレス・ジュリアの三人も、目を輝かせてアネモイの次の言葉を待っている。
「わ、私達竜種には、厳密に言えば性別は無いわ。その、行為をしなくても、魔法の力で卵は産めるのよ。私は産んだことないけど……雄のアレだって、さっき見たのが初めてよ……」
「あはは、ニース君の凄かったでしょう? あたいも始めてみた時、かなりビビったんだよな」
「ううう、だってぇ……知らなかったのよ……レイナも教えてくれなかったし、気持ちいいって言うから……」
そしてアネモイの自白を根掘り葉掘り聞くことにした。
レイナと初めて会ったとき、レイナは頭部に受けたダメージのせいで一時的に視力を失っていたのだそうだ。そこでアネモイが外見だけ人の形だけ真似て作った体で近付き、治療の方法がわからなかったから体を密着させて魔法の力を送り込んでいたそうだ。
その際に力加減を間違えて、何度かレイナの骨を折ってしまったらしい。骨折はアネモイの力で治せるが神経や視力についてはどうしようもなく、自然に癒えるまで休ませていたという。
そして目が完全に見えるようになるまでの三ヶ月間、睡眠と食事の時を除いたほぼ全ての時間を、互いに全裸で抱き合って過ごしていたそうだ。その時にレイナに求められるまま、魔法の力を送り込みながら行為を重ねていたことを、消え入るような声で教えてくれた。
「今ならわかるけど、レイナは私のことを愛してくれていたわ。ねえナナ、こんな感情を知ることができたのも、貴女のおかげよ。ありがとう」
「どういたしまして、なのじゃ」
そして今のアネモイの身体は、その時に隅々まで見て触れて覚えたレイナの身体がベースになっているのだという。
自分はてっきり生やすことが出来るか、尻尾で……なんて思っていたのだが、普通の女性同士の行為のみだという。普通も何も女性同士という時点で普通ではない気がするが、気にしたら負けだ。
「昨日は見た目だけだったけど、今のアネモイって中身も完全に女の人だよね!」
「ナナにこの姿に合った常識を教えてもらったせいもあるけど、魂が肉体に引っ張られたんじゃないかしら。そういう考え方もあるのよね?」
「そういえば、聞いたことがあるのう。とはいえアネモイが女性について知識を得てから、まだたったの数時間じゃろうが。いくらなんでも早過ぎるじゃろ」
何年も女性の姿になっているならともかく、と言いかけて気付いた。それ自分の事じゃないか。そういえば何となく思い当たることが多い。
特にここ最近男のモノを連続で見てしまっているが、今思えば自分の反応に違和感しかない。
シーウェルトの粗末なモノを見たときは、シーウェルトがしようとした行為そのものに嫌悪を抱き、躊躇無く潰すことができた。
オークの巨大なモノを見たときは、それが自分に向けられることを想像してしまい、壊されてしまうんじゃないかと恐怖した。
ニースの立派なモノを見たときは……やめよう。もう十分わかった。多分これ、女性寄りの目線だ。
そもそも以前は自分の股間にもついていた、親しみもあったはずの見慣れたモノに対して、この反応は完全におかしい。
それにアネモイやジュリアの裸を見ても、あんまりいやらしい気持ちにならないのにも違和感がある。いや嬉しいし幸福感を得られるのは今も変わらないのだが……。
「ねえナナ、そろそろやめないとジュリアが泣いてしまうわ」
「そうじゃのう、アネモイ。何というか無意識じゃったわい、すまんのうジュリア」
「ううう、ひどいよナナ様ぁ」
いつの間にかジュリアの蜘蛛の体から毛をむしっていたようだ。けっ。
ていうこの感情も、軽い嫉妬なんだろうか。それとも羨ましいのだろうか。何にせよ自覚できるだけマシだけど、ちょっと落ち着こうか。
ふう。
何というか、女の子として生きる覚悟はとっくに出来ていたんだけど、改めて自分――『私』の中に女を感じると、少しびっくりするな。
でもまあ良いや、この変化も……楽しもう。ヒルダとノーラの体なのだし、二人に心も近付いていけると考えれば、悪い気はしない。
「それに知識を得たのは確かに数時間前だけど、この姿を取るようになってからはもう五百年なのよ? レイナが人間の町に戻ってからも、レイナとの事を思い出しては度々この姿になって、一人で……」
アネモイの顔が真っ赤に染まっていく。人の姿になって一人でって、そういうことか。話しながらそれが何なのか、キューから知識を得たんだな。ちょっと可愛らしいが、可哀相だから助け舟を出してやるか。
「料理とかに挑戦して、失敗したと言うところかの。アネモイの話はだいたいわかったのじゃ、次はジュリアじゃな。しかしニースとそんな関係になっておるとはのう、びっくりしたのじゃ」
「あはは、ごめんなさいナナ様。なんか、なかなか言い出すタイミングが無くて、へへ」
この後はそのままジュリアから、ニースとの関係を根掘り葉掘り聞いてみた。話の九割はのろけだったけど、私も含めて全員が顔を赤く染めてきゃいきゃいと騒ぎながら、ニースがいかにケモノでケダモノだったのかや、人型に近い種族と違って前からしかできないとか、人様にはお聞かせできないトークで盛り上がった。ちなみにアラクネ族の大事なところは、蜘蛛の体との境目辺り、人と同じ場所にあるのだという。
私にとっても人からそういう行為についての体験談を聞くのは初めてなので、止め所がわからずしっかりと聞いてしまった。
その後リオとセレスが再度アネモイの話へ戻し、レイナとどうやって致していたのか根掘り葉掘り聞いていた。だが嫌な予感がしているため、浴槽内には見えないようにスライムを潜ませておく。
「ねえナナ、どうして私達はスライムちゃんで拘束されているのかしら」
「それはのう、アネモイ。おぬしがリオとセレスと結託し、実践しようとわしに襲い掛かってきたからじゃよ」
「姉御ぉ……」
「ナナちゃ~ん……」
首に巻きつけた浮きスライムで頭だけを浴槽から出している、手足を拘束されて切なそうな顔をした三人とは目を合わせないようにしよう。
浴槽から出て洗い場にジュリアを呼んで体を洗ってやる。ついでにかなり毟り取っていた蜘蛛の体の毛も、ほんのちょっと申し訳ないので再生しておく。
ジュリアは蜘蛛の体のほとんどに人の手は届かず、蜘蛛の足がかろうじて届くがなかなか全てを洗うのは大変だというので、洗い場に出しっぱなしだったスライムで包んで綺麗にしてやる。
私もジュリアに背中を流してもらったが、人に背中を流してもらうのは久しぶりだ。
リオとセレスに背中を向けるのは性的な意味で危険が伴うし、ミーシャもペトラも両方いけるタイプらしく、揉まれたり押し付けられたりしたため浴槽に沈めたことがある。完全に性的な趣向がノーマルで、安心して背中を向けられるのがジルだけというのも、何かおかしな話である。
「ねえナナ、頭がくらくらしてボーっとしてきたのだけれどこれは何かしら」
「それはのう、アネモイ。熱い湯に長時間入っていると頭に血がのぼり、気持ち悪くなるのじゃよ」
気付いたらリオもセレスものぼせて目を回していた。放置しすぎたようだ、すまない。
三人ともスライムを操作して浴槽から担ぎ出し、冷たくしたスライム体をベッド代わりに敷いて冷やしてやる。
仕方が無いのでスライム体を使って三人の体を綺麗に洗ってやり、程よく冷めたところで風呂を上がることにする。
着替え場ではパンツというものをはくことが出来ない体型なのに、人様のパンツを開発し続ける悲しさについて、私達の下着姿を見ながらジュリアが愚痴をこぼしていた。
しかし今は可愛いパンツを作ればニース君がはいてくれるんだ、と嬉しそうに言いやがったので、また胴体の毛をむしってしまった。
けっ。




