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英雄とスライム  作者: ソマリ
英雄編
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3章 第64話N 力の正体なのじゃ

 ニースが女装するようになったのは、自分がニースに生命魔術を教え始めた辺りだったらしい。今までは二人きりのときだけ楽しんでいたが、これを機に日常的に女装させると嬉しそうに話すジュリアには、追加でもう一房蜘蛛の毛をむしっておく。


 涙目のジュリアは放っといて、アネモイの話だよ。着替えを終えてごろごろと喉を鳴らす猫を抱き上げ、ご満悦状態のアネモイの行動に違和感があるのだ。


「アネモイにお手洗いの場所を教えていなかったはずじゃが、よくわかったのう」

「あら、そう言えばそうね。でもどうしてかしら、知りたいと思った事が頭に浮かんでくるの」

「なんじゃそれは。それにおぬし、わしが代わりのスライムを作ると言った際に『交渉成立』と言ったがの、交渉する相手もおらん引きこもりドラゴンのくせに、よくそんな難しい言葉を知っておったの」


 最初は全裸で全く恥ずかしがっていなかったのに、スカートを捲り上げて間もなく羞恥心というものを知ったような感じだったし、ようやく抱き上げられた猫にしても、どうして喉を撫でると気持ちいいことを知っているんだ。


「不思議ね? さっきもその、ニース君のを見た時、これは何の為にあるんだろうって考えてたら、突然それを理解しちゃって、体が熱くなったのもどうしてかな? って思った途端に、その、男女の行為の知識とか」

「はいストップ―、思い出させるでない。じゃが不思議じゃのう、言葉や知識が流れ込んでくるのに、その理由がわからないという事かのう」


 頬を軽く染めて熱を帯びた眼差しをこちらに向けるリオとセレスには、即座に拘束できるよう気を張って注意を向けておく。

 その状態のまま、アネモイの件を考える。これも竜の力の一種かと思ったが、本人に自覚がないところを見ると違うような気もする。

 そしてアネモイに抱かれた猫が軽く嫌がる素振りを見せると、アネモイは引き留めようとせずあっさりと離してやった。おかしいな、尻尾をびたんびたんと振っている時は少しイラっとしている時だなんて、相当猫に慣れていないと気付かないぞ。飼っているジュリアでもわかっているかどうか……。

 ん? もしかして。魔力視の出力増加。


「「あ」」


 素早く空中に手刀を振り下ろす。ぷちん。


「ああ! 酷いわナナ、魔力線を切るなんて!」

「酷くあるかああ! アネモイおぬし、わしかの知識を盗み見ておったな!」

「知らないわよ! それに私も今気づいたというか、理解したばかりなのよ!?」

「それはわしが気付いて、わしの知識になったからじゃろうが!!」


 自分とアネモイの間には、リオ達と繋がっているものよりも遥かに太い魔力線が繋がっていた。しかもどうやっているのかわからないが、キューと同じように相手の知識を共有することができるようだ。

 キューにならどれだけ見られても構わないが、アネモイはもちろん他の誰に見られてもいい気分ではない。


「というかどうやって……などと聞いても、無自覚である以上聞いても無駄であろうのう」

「便利そうって思った瞬間に切断するなんて酷いわ」

「やろうと思えばこちらからも、アネモイの記憶からいろんなことを盗み見ることもできるのじゃぞ?」


 自分にはできなくても、恐らくキューなら出来る。

―――可


 やっぱりね。というわけで却下しよう、流石に趣味が悪すぎる。アネモイも少し考えて嫌そうな顔をしたが、諦めきれない様子ですがるような目を向けてきた。


「知識や一般常識だけでも何とかならないかしら? 私レイナから教えてもらったことくらいしか、人間のことなんて知らないのよ」

「うーむ。それならわしではなく、キューちゃんに魔力線を繋いだ方が良さそうじゃの。どうじゃろうキューちゃん、プライベートな情報以外に限定することは可能かのう?」

―――可


 では早速さっき切ったアネモイから伸びる魔力線を引っ張ってキューへと繋ごう。


「キューちゃんって誰かしら? ……あら? へえ、これがキューちゃんね……ありがとうナナ。これでこの世界にある美味しい料理やお酒のことを知ることができるわ!」


 もう一度魔力線を切ろうと手刀を振り上げたら、涙目のアネモイに腕を掴まれて止められた。ちっ、もうしばらくは繋いでおいてやるか。

 それにしてもアネモイに止められた腕は、ピクリとも動かせなかった。流石はドラゴンというべきか、物凄い怪力だな。


「ではアネモイよ、そろそろ竜の力について教えてくれんかの? その身体もどうやって作り出しておるのじゃ?」

「竜の力って言うけど、貴女達が魔素と呼んでいるものと同じものよ? それにこの姿はレイナを真似て、その魔素を実体化させて作ったものよ」

「何じゃと? それも魔素じゃというのか?」


 アネモイによるとそもそも魔素というものは、全て無色透明なのだという。

 無色透明な魔素といえば身体強化術に使っているが、身体強化術はその無色透明な魔素を体内に取り込み、魔力と混ぜて体内を巡らせることで発動する。それがアネモイの魔素の使い方に最も近いものらしい。

 そしてアネモイの魔素の使い方とは、魔素を『属性色に染める』のではなく『自分の魔力に染める』ものだという。


 ちょっとこれ大事な話かもしれない。ここでアネモイの話を中断させ、食堂に場所を移してアルトとダグも呼ぶことにする。女だけじゃなきゃいけないあれこれは済んだし、皆で聞いた方が良さそうだ。


 アルトとダグ、そしてスカート姿のニースも食堂に集まってアネモイの話を聞く。

 なおニースは最初こそ恥ずかしかったが、今は好んで女性用の服を着ているという。下着も込みで。今はそれどころではないのに、聞いてしまったことを軽く後悔した。




 アネモイが話してくれた魔素というものは、あらゆる自然現象につきまとっているようなものだという。燃えているものに近付けば橙色に染まり、大地に落ちれば黄色に、待機中に漂えば緑色に、水に沈めば水色に変化するという。

 自然においては魔素が環境を変えることはなく、環境が変わると魔素の集まり方が変わるのだそうだ。

 当然自然でなく人為的に操作することも可能だという。


 そして人間が自然八属性としている地水火風木金光闇にしても、人間がわかりやすいように勝手に決めたもので、魔術を使うにしてもずいぶんと面倒な手間を踏んでいるわね、と指摘された。

 試しにアネモイに手本を見せてもらうと、手の上に火や氷や旋風を出して見せてくれたが、火は燃えてから橙色の魔素が集まり、氷は出現してから白っぽい水色の魔素が、旋風も後から緑色の魔素が集まってきていた。


「貴方達人間は、魔素を『集めて』『染めて』から現象を起こしているわよね? 私達は常に魔力で染めた魔素を纏っているから、それを直接使って現象を起こしているのよ。そうね、ナナの知識から言葉を借りるなら、貴方達が使うものは『魔術』で、私が使うものは『魔法』とでも言うべきかしら?」


 魔術と魔法の違いか、何となくイメージできるが今まで考えたこともなかった。


「魔法を人間でも行使できるようにした技術が、魔術というものだと思って貰えれば良いわ。でも劣化版というわけでもないのよ? 魔道具にするには魔法のままでは多分どうにもできないようね。魔法はイメージするだけでさっきのように簡単に風や火を起こせるし、肉体も作り出したり変化させたりすることが出来るわ。でもより正確なイメージが必要だし、イメージを魔道具化させるような手段なんて私には思いつかないわ」


 そう言ってアネモイは腕の一部に鱗を生やしたり、口から鋭い牙を覗かせたり、髪の色を変えたりと、自身の体の変化も見せてくれた。

 何となく理解出来てきた気がするので、早速実践してみよう。

 キュー、アネモイの記憶と接続。魔法を使うための『魔素を魔力で染める方法』を確認し実行せよ。

―――了 確認終了 実行します


 百聞は一見にしかず、案ずるより生むが易しだ。さて……ぬお、魔力がどんどん減って……やばい、キュー中止、だ。

―――了


「って、ちょっとナナ何やってんのよ! 魔力が駄々漏れじゃない!!」

「はあ、はあ……ちょっとその、魔素を魔力で染めるというものをやってみようと思ったのじゃがのう、ここまで魔力を持って行かれるとは思わんかったわい」


 危なかった、魔力枯渇寸前だ。キュー、周囲の魔素を吸収して魔力回復をお願い。

―――了


「貴女ね、説明は最後まで聞くものよ? 魔素を魔力で染めるためには、自分の魔力を使って周囲の魔素を支配下に置く必要があるの。だから最初は大量に魔力を使うし、その維持にも魔力を消費し続けるのよ? 貴女の魔力量も多いとは思うけど、とてもじゃないけど足りないわね」

「なんと、ではレーネハイトは一体どうやって竜の力、魔法による肉体強化や変身を使っておるのじゃ?」

「それは私がレイナに魔法の力を分けてあげたからよ。その力が子孫であるレーネハイトに受け継がれたようね。私が生きている限り維持に必要な魔力は私が出しているし、それに……レイナが死んだら分けてあげた力が解放されて、私のところに戻るはずだから……まだ生きていると思っていたのよ」


 そう言えば最初レーネハイトの祖先が亡くなった話をした時、信じていなかったような素振りだった。子孫がいると聞いて納得したような様子だったのは、そういう理由があったのか。

 だがこれで疑問が生じてしまったが、これは今聞くべきでは無いな。後で風呂に入った時にでも聞くとしよう。それを確認してからでないと、アネモイの竜の力――魔法の力を自分にも欲しいだなんて、自分の口からは絶対に言えない。


「では僕達人族が、魔法の力を自力で会得する事は不可能ということでしょうか」

「今のところはそうね、ナナが貴方達の中で一番高い魔力を持っているんでしょう? そのナナが無理だったし、他の方法も思いつかないわ」

「じゃあアネモイ、俺にも竜の力を分けて貰えねえか? そうすりゃ俺でもその魔法って力で強くなれるんだろ?」


 アネモイの顔が徐々に赤く染まり、挙動不審になっていく。ああ、やっぱり予想通りかもしれない。


「そ、それは、その、ちょっと都合が悪いというか、何というか……」

「何だよ、何か条件とかあるのか? あるんなら可能な限り叶えてやるよ。酒か? それとも飯か?」


 アネモイにぐいっと顔を近づけるダグを、そろそろ止めた方がいいだろうと思ったけれども遅かった。


「……バカっ! 変態!」

『ゴキッ!』


 ビンタで出る音じゃないなこれ。錐揉み回転で飛んでいくダグを見ながら、いい薬になっただろうと放っておくことにする。あのアネモイの反応を見て、多少なりとも察するようになって欲しいものである。

 声も上げられずに吹き飛んだダグは、命に別状は無いようだ。人の形をとっていてもアネモイが本気で殴ったらダグといえど即死できるはずだから、正しく手加減できているようで安心した。


「竜の力、魔法の力については大体わかったのじゃ、礼を言うぞアネモイ。ところで風呂に入ってみぬか? それにジュリア、こんな時間じゃがたまには一緒に入らんか?」

「お風呂! 入ってみたいわ!!」

「ナナ様、お誘いは嬉しいんですけど、あたいの大きさじゃ一緒にというわけには……」

「大丈夫じゃジュリア、わしに任せよ」


 アルトとニースにダグの治療と片づけを頼み、ビンタした事実を忘れたように目を輝かせるアネモイと、申し訳無さそうに俯くジュリアを無理矢理引き連れて風呂へと向かう。その後ろからは誘わなくてもリオとセレスの二人が当然のようについて来た。



「少し待っておれ、改造するでの」


 浴槽は魔王邸の使用人達が掃除したあと、まだ湯が張られていない状態だったのでちょうど良かった。

 魔素を操作して浴槽の底三分の一ほどの範囲を深く掘り下げ、浅いところとの間に階段をつける。階段は綺麗に角を取って、滑り止めにザラザラした岩を埋め込む。深いところはヴァルキリーでも頭が出ない深さで、アラクネでも蜘蛛の足を畳めば十分肩まで湯に浸かれる深さである。

 そこへこれもまた魔素を操作して、どばどばどばと湯を注ぎ込む。

 一仕事終えた、さあ風呂だ! 昨夜はアネモイのところに野宿だったし、ゆっくり浸かりたいなーと思いながら振り返ったら、アネモイがぽかーんとした顔で浴槽を見つめていた。お風呂に感動したのだろうか。


「ねえナナ、貴女が使っているそれはもう、魔法の域に達してると思うの」

「そうは言うがのう、アネモイ。確かに素早くやってはおるが、魔素を集めて染めるという手間を踏んでいることには変わらないのじゃ」


 お風呂じゃなくて自分が使った魔素操作に驚いていたのか。


「魔素を支配下に置かなくてもこんなに素早く動かせるなんて、思いもしなかったわ。やっぱりいくら知っていても、直接見ないとわからないこともあるわね」


 このお風呂にしてもそうね、と微笑むとあっという間に全裸になったアネモイが、胸についた二つの大きな肉の塊をぶるんぶるんと揺らしながら、浴槽へと小走りで向かっていった。

 だが直前で気付いて律儀にかけ湯をしたところを見ると、キューは正しく一般常識を教えているようで何よりである。


 ジュリアも嬉しそうに服を脱ぎ、自分と一緒に風呂に入るのが初めてだと喜んでいた。

 自分もいつもは聞けないような話が聞けそうで、ちょっと楽しみだったりする。


 男に聞かせたくない話をするには、一番適した場所だよね。

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