3章 第63話N 立派だったのじゃ
古竜アネモイが魔王邸に訪れた日の朝、魔王邸の食堂には猫達に代わる代わる引っかかれ、涙目になったアネモイの姿があった。
初めて会った時に感じた古竜らしい威厳は欠片もなく、ただの残念なお姉さんにしか見えない。
「ねえナナ、猫達が私をいじめるの」
「それはのう、アネモイ。おぬしが猫を紹介した途端に問答無用で抱き締めたからじゃ。もう少し優しく扱ってやらんか」
「だって……可愛くて、つい歯止めが……」
勝手に猫ズキーが増えたのは良いことだが、まずは手加減を覚えさせないといけないようだ。
今日の朝食は異界時代からのメンバーにニースとアネモイを加えた、総勢十人での食事となった。皇国組の五人は別行動らしく、アネモイと会わせた時の反応が見られないのが残念だ。
座席は今回に限りということで、いつもアルトが座っている右側の近い位置にアネモイが座り、代わりにアルトが離れた位置に座っている。
それとアネモイは手掴みで食べること無く、周りを見ながら同じようにフォークやナイフ、スプーンを器用に使って食事をするようになっていた。よだれも少ししか垂らさなかったため、準備していたリオの出番はタオル一枚分だけで済んだ。このまま手がかからなくなると非常に助かる。
ここでアネモイからレイナとの暮らしや普段の生活について話を聞いたことで、レイナの怪我の半分ほどは、手加減を間違えたアネモイの仕業であることが判明した。
だからこそ最初に力を試し、手加減し損ねても壊れないような相手かどうか確かめてから話をしようと思っていたと言って、その時のことを思い出したのか軽く震えだした。かなり強いトラウマを植え付けてしまったようで、ほんの少し申し訳ない気持ちになる。
しかし猫を抱きしめて引っかかれる程度で済んでいるところを見ると、だいぶ手加減ができているような気がする。あと少し頑張って欲しい。
またアネモイ自身が千年以上の間、戦闘そのものを行ったことがないと言う。今のアネモイと同程度の実力があるだろう相手は他属性の古竜しか知らないし、会ったことも無いそうだ。
「光魔大戦以前より生きておるようじゃが、アネモイは一体何歳なのじゃ?」
「二千から二千五百年の間かしらね。言っておくけどそのナントカ大戦とか知らないわよ? だって私、花を見に行くときしか山から出ないのよ」
「そうか、それは残念じゃのう。しかし花見とは可愛らしい趣味じゃのう、ふふふ。どんな花なのじゃ? アネモイがわざわざ見に行くくらいじゃからの、わしも見てみたいのじゃ」
花見かー、そう言えば桜はこっちの世界にあるんだろうか。ソメイヨシノなんかは突然変異したものを接ぎ木して増やしていたんだっけ。似たようなのがあれば、キューの手を借りて増やせるかもしれない。
皆で桜吹雪の中で酒を飲みたいなー。
「桃色で、とてもいい香りのする綺麗な花よ……でも残念だけど見せられないわ。その木は五百年に一度だけしか花を咲かせないのよ。食事がいらなくなってからその花をニ回見てるけど、その花が最近咲いたのは二十年くらい前かしらね」
「なんと、それは残念じゃのう……」
「それに私の住んでいた大陸でも、その木は二本しかないわ。どっちも私くらい優雅に空を飛べないと、とてもじゃないけど人間ではたどり着けないわね」
四百八十年も先となると、ダグとアルトでギリギリだろうか。
「今度連れて行って貰えぬかの? その木だけでも調べてみたいのじゃ」
明らかに面倒くさそうな顔をしたアネモイに、木を調べて複製や接ぎ木などによって花を咲かせる事ができたなら、花を見ながら皆で酒を飲もうという計画を話すと一瞬にして顔色が変わった。
一転して今すぐに行こうと言いだしたアネモイだが、きっとこいつは花より酒目当てだ。急ぐ理由も無いので今度時間が取れたらと言い聞かせる。
「近いうち、必ずよ! 約束だからね!!」
「わかっておる、約束じゃ。安心せい、わしも春までには一度見に行きたいのじゃ」
レーネの祖先が約束を守れず、アネモイは悲しい思いをしたんだっけな。仕方が無い、なるべく早めに時間を作ろう。と言っても今は急ぎの用事も無さそうだし、場合によっては明日にでも向かっても良いかもしれない。
だがまずは、アネモイからいろいろ聞き出そう。
「ところでのうアネモイ。わしはずっと気になっておる事が一つあるのじゃ。その人間のような体は一体どうなっておるのじゃ?」
「あら、体について気になっているのは私も同じよ? ナナがスライムちゃんをくれたら教えてあげるわ」
「スライムはわしの体の一部じゃと言うておろうが。代わりに別のスライムなら作ってやるでのう、それで我慢するんじゃな」
「交渉成立ね! 早速作って頂戴! それとも私の体を見る方が先かしら?」
立ち上がりスカートを捲り上げたアネモイの下半身を、真正面から見てしまった。そう言えば尻尾が邪魔だからパンツはかせてなかったなー。下の毛も髪と同じ緑色だー。細かいところまで人間そっくりだなー。
なんてついまじまじと見ていたら、アネモイが何か顔を赤らめてスカートを降ろしてしまった。
「ちょっとナナ、見過ぎよ! なんか急に恥ずかしくなっちゃったじゃない!」
「姉御酷いよ! オレのは見てくれないのに、アネモイのはしっかり見るなんて!」
「ナナちゃん、アネモイちゃんだけ特別扱いはいけないわよ~?」
「いつも見よう見せようとするおぬしらと違って、アネモイは予想外過ぎて反応できなかっただけじゃ!!」
アネモイにドラゴン時は常に全裸だろうが、何を突然恥ずかしがっているのかとツッコミしかけたが、よくよく考えると自分もスライム時は全裸だ。変な所で仲間を得てしまった気がする。
「全く……ジュリアよ、獣人用の女性下着の開発状況はどうなっておる?」
「あ、はい! ニース君が協力してくれたおかげで完成してます!」
「おお、ではついでに見せてもらおうかのう? アネモイの体の前に、まずは下着じゃ。わしの部屋に行くぞ」
真っ赤になって頭ごと視線を逸しているダグと、何事もなかったように普段と変わらないアルトと、仕事に戻るというリューンとイライザを除いた六人で自室へと移動する。
ジュリアとニースは準備をしてから部屋に来ると言うので四人で部屋に入ると、ぬいぐるみゴーレムの山にアネモイが大はしゃぎを始めた。
……ん? 何か忘れているような思い違いをしているような違和感が、って考えてるうちにアネモイがぬいぐるみゴーレム達に次々と殴られはじめた。何してんだこの残念ドラゴン。
「ねえナナ、柔らかくて可愛いものが私をいじめるの」
「それはのう、アネモイ。おぬしがぬいぐるみ達を問答無用で抱き締めたからじゃ。もう少し優しく扱ってやらんか」
「だって……可愛くて、つい歯止めが……」
しょんぼりとするアネモイに、何か物凄い既視感がある。柔らかいからといってあまり強く抱きしめると中の魔石が壊れると注意すると、アネモイは恐る恐る抱きつき、徐々に力を入れたり抜いたりして加減を覚えようとしていた。
その甲斐あってか、追加で殴られたのは三発だけで済んだようで何よりである。
残念ドラゴンのアネモイはどうも可愛いものが好きなようで、少々不本意ではあるが親近感が増していく。見た目が野性的な印象のある綺麗なお姉さんなだけに、残念感が半端ないのが悔やまれる。
「加減を覚えたから!」とドヤ顔のアネモイが猫の抱っこに再挑戦しているちょうどその時、部屋のドアがノックされた。その音にびっくりしたアネモイが、また猫に引っかかれたが放っておこう。
「お待たせして申し訳ありません、ナナ様!」
そう言って部屋に入ってきたアラクネ族ジュリアの後ろには、フリルのたくさんついた白いカッターシャツを着て、同じくフリルのたくさんついた赤いスカートをはいた狐獣人族ニースが立っていた。
そういえば確かに、準備に随分と時間がかかったな。
ニースの七本にまで増えた尻尾は上向きでゆらゆら揺れているが、スカートがめくれ上がっている様子はない。
「おおニース可愛いのう、よく似合っておるのじゃ」
「あ、ありがとうございます、ナナ様!」
顔を赤らめてもじもじしていたニースだったが、褒めた途端にぱあっと明るい表情で可愛ら良い微笑みを返してくれた。
「どれどれ、もっとよく見せて欲しいのじゃ」
ジュリアに促されて後ろを向いたニースのお尻はスカートで覆われているが、そのスカートに空いた大きな穴からもふもふの尻尾とともに、可愛らしいお尻の一部がこんにちわしていた。
「うーむ、ジュリアよ。スカートに穴を開けて尻尾を出すのはよいが、隙間からお尻が見えてしまっておるではないか」
「はい! そこで、これの出番なんです!」
ふふん、とドヤ顔のジュリアがアイテムバッグであるポーチから出したものは、布をくしゃくしゃにして輪にしたもの、というか大きなシュシュだなこれ。
その大きなシュシュを二本尻尾に通してスカートの内側と外側に止めることで、穴の隙間から中を覗けないようにしたのだという。
「おー、よくできておるのう。ジュリア、よくやったのじゃ! これで獣人系の亜人種もいろんな服を選べるのう!」
「はい! それでスカートの上部はこうなっています!」
ジュリアがニースの尻尾を横にどかすと、スカートの穴の上はリボンやフリルで隠されたボタンで止められているのが見えた。ジュリアがそれを外すと、ニースのスカートがすとんと落ちて、可愛らしくて小さな白の下着に包まれた可愛いお尻が丸出しになった。
「下着も似た作りなんです。ボタンで止めるタイプと、今ニース君がはいている紐で止めるタイプの、二種類を作ってみました!」
そのパンツにも尻尾の穴が空いていて、こっちは上部の紐で止められているようだ。変則的な紐パン?
でもこれならアネモイも問題なくはけそうだ。
しかし、可愛い! と嬉しげな声を上げながらニースのお尻をまじまじと見ていたアネモイだったが、そのまま嬉しそうにニースの前に回ると、一点を見つめたまま固まった。
さらにリオとセレスもニースの姿を見ながら前方に回ると、同じように一点を見つめて固まった。何だそこに何があるんだ。
「あれ? ニース君だめじゃないか。さっきあたいがたっぷりしてあげたのに、もうこんなにしちゃって……」
「だってぇ……ナナ様やリオさんセレスさんに、アネモイさんにまでこんなに見られたら、僕もう……」
……ん? あれ。ニース、君? 僕? あれれ? 待て何か大事なことを忘れていないか自分。三人の視線はニースのお尻のちょうど反対側、股間に釘付けで――
「ひっ!」
恐る恐るニースの横へ移動し、三人の視線の先にあるものを確認する。してしまった。
そうだった。何で普通に受け入れたんた自分。ニースは……男、じゃないか。
多くは語るまい。ただ、可愛い顔に似合わず、小さな下着を突き破らんばかりのとても凶悪なモノをお持ちで……。
ジュリアによるとズボンの改良のためニースに手伝ってもらった際に、いつも猫のビーちゃんを撫でる要領でついついニースの尻尾をモフってしまい、完全に発情したニースとそういう関係になってしまったという事だった。
ニースは自分にモフられている際も実は発情しっぱなしで、気持ちよかったけど押し倒す勇気は無かったとのこと。
自分は知らぬ間に貞操の危機だったらしい。というか生殺しの苦しさはわからないでもない、ニースごめん。
あ。二人が準備に時間がかかった理由って……やめよう突っ込むな間違いなく地雷だ特にリオとセレスの目がやばい。
「いや、それよりも何故ニースは女装しておるのじゃ!?」
「それはあたいの趣味です!!」
「ジュリアああああああ!?」
確かにニースは男の娘とか似合いそうだと思ったけどさ、思っただけで自重したのにまさかの伏兵だよ!
その後は流石にニース自ら自重して退室し、アネモイの下着と色んな服のフィッティングを行おうとしたが、その前にアネモイはそそくさとお手洗いへと旅立った。
ジュリアの作った普通の新作下着もたくさん用意されていたが、自分もそうだがリオもセレスもこの場で着替えようとはせず、戻ったアネモイと入れ替わりにまず自分が、そしてリオ、セレスと順番に、その手に新作下着を隠し持ってお手洗いへと走った。
全員きっと同じ理由だが、誰も何も言わない。藪蛇になるため自分も何も言わない。考えない。
だが微妙に優越感に浸っているようにも見えるジュリアには、八つ当たり気味に蜘蛛の胴体の毛を一房むしっておく。けっ。




