3章 第58話N もう十年なのじゃ
ステーシア達に、戦争に介入したことがバレてしまった。というかあっさりアルトがバラしてリオが天然の誘導尋問やりやがった。ちくしょう。
「いや、あんだけ派手にやっておいて今更誤魔化しようがねえだろ」
「仕方ないじゃろうがぁ、他所の戦争に首を突っ込んでおいて無関係を通すには、知らぬ存ぜぬでとぼけるしかなかったのじゃぁ」
両手で覆った顔が熱い。しくしく。
「あ、あの……どういう、ことですの?」
ステーシアの困惑した顔も当然だろうなあ。レーネハイトはぽかんと開いた口を閉じなさい。
さて、何と説明すべきか。
「はぁ……。たまたまセーナンの街を見たら戦争中でのう。無視しようとしたのじゃが、皇国兵の鎧を着た男が一般市民に狼藉を働いておったでの、つい蹴り飛ばしに行ってしまったのじゃ」
あとはもう観念して、一部始終を話すことにした。もとい、話させることにした。アルトに。全部見てたんだからまず客観的に事実を伝えろと、笑顔で言い包めた。
「――というわけで、帝国兵は全軍撤退。市街防壁内に残された帝国兵はほとんどが投降し捕虜となっています。手足を撃ち抜かれた覆面達ですが、大半は市民に袋叩きにされて死亡、生き残りは全て捕虜として捕らえられたようです」
「「……」」
ステーシアもレーネハイトも揃ってポカーンと口を開けている。
少ししてようやく再起動を果たしたステーシアが、慌てて深く頭を下げた。
「魔王様、我が民までお救い頂き、重ね重ねお礼を――」
「たまたま成り行きでそうなっただけなのじゃ、気にするでない」
本当に、たまたまなのだ。だから何度もお礼を言われるとむず痒いので、最後まで言わせない。
「さて、ステーシア、レーネハイト。おぬしらは今後どうするのじゃ? これでもまだ帝国へ行くと言うのかのう? わしとしては亡命を勧めるがのう」
「わたくしは……皇女にございます。国を、国民を捨てることは……」
そしてステーシアは、ゆっくりと帝国に送られることになった経緯を語り始めた。正直関わる気はなかったのだが、話を中断する機会を逃してしまい聞かざるをえなくなった。
レーネハイトが皇国を出たあと、帝国やプロセニア王国と繋がりの深い四大貴族を排除するため、国賊である証拠を集めようと派閥を広げていたという。
しかしレーネハイトの傭兵団『風の乙女』が罪を着せられ壊滅、母親が第二子を懐妊した途端に派閥からも裏切られ、四大貴族の主導で停戦及び同盟のための人質として帝国に送られることになったそうだ。
しかも逃げ出さないよう、また帝国で粗相を働かないようにと、足の腱を切った上で馬車に詰め込まれて運ばれ、自分の命一つで戦争が回避できるのならばと諦めていたところに、レーネハイトが現れたという。
それ婚姻じゃないな、むしろ人身売買じゃないかな。
レーネハイトに救われ、危惧していた戦争も始まったと同時に終結したと聞き、自分が今何をすべきか、何が出来るのかわからないと言う。
「話を聞く限りでは、ステーシアが帝国に行って一時的に戦争が回避されたとしても、国が荒れるのは避けられそうになさそうじゃのう」
自分は皇国の文化には興味があるが、それ以外はどうでもいい。ただ戦火によって文化が失われたり、気楽に観光できないほど国が荒れるのはやめて欲しい。
そのときレーネハイトから、キッ! と睨まれた。何か気に障ったのだろうか。
「魔王様、お願いがございます! ……どうか私にも、力を下さいませんでしょうか!!」
「……はい?」
「魔王様がジル・ミーシャ・ペトラに行った施術についてお聞きしました。その経緯についても聞いておりますし、結果については身をもって体験致しました。今の私ではステーシア様を守ることすら満足にできないことを痛感致しました……。どうか私に、守る力をお授け下さい!」
「守る力、のう」
さて、どうしたものか。大事な人を守りたいという想いは応援してやりたいが、身内でもない者にそこまで手を貸すのもどうかと思うし、ドラゴンの骨肉と交換と言っても……あれ、そういえばレーネハイトがドラゴン人間みたいなのに変身してたのすっかり忘れてた。あれは一体何だったんだろう。
「レーネハイトは既に人間離れした力を持っておるではないか。竜のような姿に変化したあれは何じゃ?」
「な!? ……一体いつからご覧になっておられたのですか」
「最初からじゃな。足止めの者達は残念じゃったが、襲撃に参加した者達は全員無事にその場を離れておるぞ」
その時二人の表情が険しくなった。見殺しにしたことや、もっと早く助けに行かなかったことについて何か思うところがあるのだと思うが、わざわざ口にしないだけの分別はあるようだ。
しかし少しすると意を決したように、レーネハイトが口を開いた。
「……あの力は、私の生まれたグリニール家に伝わる力です。祖父は『竜の力』と言っており、皇国南の風竜山脈に住むドラゴンの上位種から力を頂いたと伝え聞いております」
レーネハイトによると何百年だか前の先祖から伝わっている力で、日常的に他者よりも優れた筋力や耐久力を発揮し、そのおかげでグリニール家は英雄を何人も排出している家系なのだという。
しかしそのグリニール家もレーネハイトが罪を着せられて断絶し、傭兵として生きることになったと悔しさをにじませていた。
聞いたことのない力で、アルトに聞いても知らないという。ドラゴンとのハーフじゃなかったけど、不思議な経緯で力を手にしたものだ。
それにドラゴンの上位種か。確か会話も出来るんだよな、ちょっと興味が沸いてきた。
「のうレーネハイトよ、ちょっとばかりその力をわしに調べさせてもらえんかのう?」
「は、はい! お願いします!!」
玉座から降りてレーネハイトのところへ向かうが、どうしてこの人は立ち上がって上着のボタンを外し始めたんだろう。
「ぬお、レーネ待つのじゃ! アルト、ダグ! 回れ右!!」
「はい!」「はっ」「お? おう」
三者三様の返事を聞きながらレーネハイトに駆け寄り、シャツを捲り上げかけた状態で固まるレーネハイトの手をぴたーんと叩いて離させる。アルト達からは下乳までしか見えていなかっただろうが、背の低い義体からは双丘の先端まではっきりと見えていた。
ツンと張ったなかなかいい形だとか、ほんの一瞬だけ思ってしまったのは内緒。あと慌てたのでつい名前を略してしまった。ていうかマリエルからブラジャーを受け取っていないのかこの人。
「脱がんでもいいのじゃ、異性の前でみだりに肌を露出するでない。……まさかおぬしまで、心は生まれつき男だとか言うのではなかろうのう?」
「いいえ、私は身も心も女です。ただ騎士たる者、裸を見られたくらいで戦えなくなるようでは主たるステーシア様をお守りできないと、幼少時から鍛えております」
何その露出狂一歩手前の鍛錬、ちょっと参加したい。見る側限定で。
「じゃが恋愛対象は女なのじゃろう?」
「え、ええ、それは……はい……」
何だただの同性愛者か。頬を染めてちらちらと視線を交わすレーネハイトとステーシアは放っておいて、とりあえずステーシアには服を着させてアルトらにもう良いと声をかけ、その左手をスライム体で包み込む。
体表・爪・肉・骨の一部を麻痺毒を使いながら吸収して再構築、キューからの報告に耳を傾ける。
それはほぼ竜のものと言っていいほどに、酷似した代物であった。
実際にレーネハイトが『自分だけの力』と言っているものを使っているところを見せて貰うことにする。
タカファイターのモニター越しでは、魔力視による確認が出来ないのだ。
レーネハイトはこの力を使う際、強い竜に変化するようイメージすることで体表に鱗を出したり、爪や牙を硬く伸ばしたりできると言い、実際に見せてくれた。顔は牙や鱗が出て瞳孔が縦長になる以外ほとんど変わらない、凛々しい美人のままだった。
それとこの力を用いて髪の色まで変えられるらしく、皇国に多い金髪に変化させているという。
その力は緑色系統の魔素であることは間違いないのだが、魔素と魔力が混じったというか溶け込んだというか、表現しがたい謎の魔素だった。魔力と同様にレーネハイトの体内を巡っているのが視えるが、キューも見た事が無い力だった。これが竜の力というものだろうか。
欠点としては髪の色を変える程度ならともかく、硬い牙や鱗を出したり筋力を更に増加させたりすると、あっという間に力が枯渇するのだそうだ。
「燃費が悪いのう。ならばその竜の力以外を、まず鍛えてみるがよいのじゃ。肉体の潜在能力は高いのじゃが、おぬしが使いこなせてないだけじゃからの。まずは身体に魔力を通す訓練をして、あとはしばらくわしのゴーレム達とアーティオンで訓練でもしておれ、それだけでも十分鍛えられるのじゃ」
竜の力については、今はこれ以上調べられないな。流石にジルのように一度レーネハイトの体を分解吸収するわけにもいかないし、それをする理由もない。
そろそろレーネハイトとステーシアの話も終わりだな。
さて、ここからが自分にとっては本題だ。
「ジル、おぬしの目的は達成ということで良いかの? ちょっと皇国の食文化に興味があるでのう、案内を頼みたいのじゃが」
豆類が主食とアルトが言っていた。ということは大豆か類似したものがあるかもしれない、大豆があるということはもしかしたらその先も!
「ナナ様、誠に申し訳ないのですけどぉ、もう少しだけお時間を頂けないでしょうかぁ? 一人だけ、どうしても倒さなければいけない者がおりましてぇ……」
「待ってくれ、ジル。奴は私がこの手で殺す。団長として、奴の蛮行を許すわけにはいかない!」
出鼻をくじかれた。
ともあれジルは見たことの無いほど悪い顔してるし、レーネハイトは怒りで顔が歪んでるし、どこの誰だか知らないがご愁傷様です。
「あいつが皆に酷いことしてたって知ってたら、絶対逃さなかったのに!」
「蹴り飛ばすんじゃにゃくて、首を落としておけば良かったにゃ」
ペトラにミーシャまで怒り心頭である。跡形も残らないだろうな、そいつ。
「ナナ様、ワタシの仲間達を陥れ辱めたシーウェルトを見つけ次第、すぐに倒して戻ってまいりますわぁ。それまでお待ち頂けないでしょうか?」
キリッ! とした顔でこちらを見つめるジルに許可を出そうと思ったその時、後ろからアルトの「おや?」という声が聞こえてきた。
「シーウェルトでしたら既に魔王様の手によって討ち取られていますよ?」
「「「「へ?」」」」
「ん? シーウェルトとは誰じゃ?」
ジル達とレーネハイトの息の合った間抜け声を聞きながら思い出そうと努力してみるが、どんなに頑張っても記憶にございません。
「シーウェルトとは覆面達のリーダーで、青い鎧を着ていた人ですよ」
「あ! セーナンでお尻丸出して死んだ奴だ!」
「んんん? わしが蹴り飛ばした奴は、普通の皇国兵士の鎧を着……」
そう言えば青い鎧の残骸が、覆面たちの死体と一緒に落ちていたのでまとめて吸収した記憶がある。
あー、あれがそうだったのか。同一人物だと気づかなかったというか、興味がなかったから鎧の色でしか覚えていなかった。
それはそうとレーネハイトやジル達の、ぽかんとした顔でこっちを見る視線が痛い。
そーっと視線を逸らしたその先にリオがいた。
そのリオは、シーウェルトが年端もいかない少女に狼藉を働こうとしていたこと、股間をむき出しにして少女に見せつけた所で自分が後ろから股間を蹴り上げたこと、立ち上がったドラゴン二頭分くらいの高さまで打ち上げられたシーウェルトが、頭から地面に落下して下半身丸出しで死んだことを嬉しそうに語った。だからなぜそんなに嬉しそうなのだ。というか説明をさせるためにリオを見たのではなく、偶々なのだが。
そしてダグとアルトは少しばかり顔が青ざめている。自分でやっておいてなんだが、リオの話を聞いただけで今は何もぶら下がるものの無い股間が、ヒュンッと縮み上がったような錯覚に囚われる。二人とも恐らく同じ気分なのだろう。
「……それで、お尻丸出しで、死んだと……は、ははは……」
「ほ、ほほほ……あの下衆にはふさわしい死に方ですわねぇ」
「ボクもソコ、蹴り飛ばしたかったな!」
「あたしは切り落としたかったにゃ。でもにゃにゃ様から頂いた剣が汚れるのは嫌にゃ」
苦笑いを浮かべながらそれぞれ顔を見合わせたジル達三人が、レーネハイトから聞いた話としてシーウェルトの事を教えてくれた。
『風の乙女』が魔物を操っていると言う濡れ衣を着せ、ジル達の仲間を最も多く殺した仇だったという。そして光天教の推薦で四大貴族に会い、その後ろ盾を得て皇国内では英雄と持て囃され、裏では相当な非道を行っていたそうだ。非道については口を濁していたが、セーナンでの行動を見れば予想はつく。
「光天教や四大貴族と繋がっておいて、戦争では帝国に加担するとはのう。どんな思惑が動いておるのやら」
関わりたくないけど無理だろうな。というかもう関わってると思って諦めた方が良いかもしれない。
そんな事を考えながら漏れそうになったため息を抑えていたら、ジル達が目の前に来て並んで膝をついた。
「ナナ様。私の仲間達の無念を晴らして下さり、ありがとうございました」
「「ありがとうございました!」」
そんなつもりは一切無かったので、感謝されても気恥ずかしいな。むしろ仇を奪ってしまって申し訳ない。
「そして我ら三名、改めてプディング魔王国と魔王ナナ様に忠誠を捧げ、身命を賭して尽くすことをここに誓います!」
「誓います!」「誓いますにゃ!」
「その忠誠、たしかに受け取ったのじゃ。じゃがガチガチの上下関係は苦手なのじゃ、これからも変わらず接してくれると嬉しいのう」
そう言って笑顔を向けると、三人共顔を上げて笑顔で返事を返してくれた。
その後は三人が仕事の合間などに皇国へ赴き、隠れ住む元『風の乙女』メンバーを保護する事の許可と、プティング魔王国への亡命許可を出したり、皇国を案内することを約束させたり、「我が国(傭兵団)の有能な人材が」と嘆くステーシアとレーネハイトに笑って誤魔化したりして、お開きとした。
最後に「玉座の意味が……」と嘆く、身内で唯一人魔王様と呼んでいたアルトには、正直すまんかったと軽く謝っておく。
話を終え、しばらく一人にするよう皆に伝えて自室に一人戻る。
早いものだ。あれからもう、十年だ。
一番いい酒と、一番美味しい果実水も用意した。菓子もある。さて、行ってくるか。
転移の軽い浮遊感が消えると、視界には絶景としか表現できない世界が広がった。遠く北の方角に流れる大きな河が、太陽の光を反射してキラキラと輝いている。前と同じ、変わらない綺麗な景色だ。
世界樹の頂上。ここに来るのはヴァンを倒した直後以来だな。
流石に天辺に置くのは不安定だからほんの少し下、南東のブランシェを向く形で、木の幹に扉付きの小さな祠というか仏壇を設置する。
遺体や遺骨は全て自分と共にあるから意味は無いのかもしれないが、それでもお墓や仏壇を設置するとしたらこの場所が一番良い。
その中に小さな盃をと菓子を二組お供えし、自分の分の盃も出して深呼吸をする。
「……ヒルダ、ノーラ。おぬしらが亡くなって、今日でちょうど十年じゃ。ヒルダ、おぬしとこうやって酒を酌み交わしたかったのう。ノーラは二十歳おめでとうなのじゃ。じゃが魔人族としてはまだ酒を飲むには早いからのう、果実水で我慢して欲しいのじゃ」
お供えした盃に酒と果実水を注ぎ、自分の盃にも酒を注ぐ。
「いつもおぬしらとは義体として一緒におるが、たまにはこうして語るのもよいじゃろう?」
改めてこれまでの十年の事を報告し、これから皆ともっと楽しむ事を約束する。頬を撫でる風が涙の跡に当たる冷たさも気にせず、日が落ちるまで延々と語り続けた。
「――ふふふ、このレーネハイトとステーシアと言いジルと言い、皇国には性的に倒錯したものが多いのかのう? わしも人様のことを言えぬがの、かっかっか。……ではヒルダ、ノーラ。また来るでのう。ずっと一緒におるがの、かっかっか」
祠の扉を締め、空間魔術でしっかりと固定する。
「ブランシェを、プディング魔王国を見守ってくれんかの。では、またの」
魔王邸の自室に戻ると、リオとセレスが待ち構えていた。勝手に人の部屋に入るとはけしからんな。小言の一つでも言おうと思ったが、二人は揃ってハンカチを出して、自分の頬を優しく拭いてくれた。
「姉御、今度はオレ達も連れて行って欲しいな……」
「ナナちゃん、アルトさんもダグさんも、ヒルダさんとノーラさんに挨拶したいから、次は必ず連れて行くようにって言っていましたよ~? 特にダグさんは少し怒ってました~」
「……気付いておったのか。そうじゃな……今度行くときは、必ず一緒に行くのじゃ……」
ああ、嬉しいなあ。自分以外にも、ヒルダとノーラの存在を覚えていて、会いたいって言ってくれる人がいるんだ。
また涙が、止まらなくなるじゃないか……。
自分を抱きしめてくれている二人の温もりが、心の底まで暖かくしてくれる。
私の大好きな、私の家族の温もりだ。




