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英雄とスライム  作者: ソマリ
英雄編
118/231

3章 第54話L 救出

 魔王を倒せと言う任務を受けてしまったことを、後悔しない日は無かった。


 『真の魔王』と敵対してしまい、目的も果たせずに仲間も置いて一人皇国に逃げ戻った。

 そして死ぬ思いで皇国にたどり着いてみれば、傭兵団『風の乙女』全員が犯罪者として追われていた。

 四大貴族の依頼など無視して皇国に居座っていれば、こんなことにはならなかったのではないか。


 何より、ステーシア様のお近くを離れるべきではなかった。

 御后おきさき様のご懐妊が公になると同時に皇女殿下の婚姻が発表されるなど、前代未聞である。

 しかも嫁ぎ先が帝国の、しかも下級貴族だ。

 相手が皇帝の一族であったならば話は別だが、下級貴族相手では政治の道具にすらなれない。

 さぞ心をお痛めになられていることだろう。



「ハイド、馬の速度を落とせ。……ハイド!!」

「……ああ、すまないフェリクス。少し考え事をしていた」

「かまわねえが、馬が限界だ。そろそ休むぞ」


 自分が今はハイドと名を変えて、男装をしていたことを思い出す。どこに監視の目があるかわからない以上、併走しているフェリクスとその後ろで馬を走らせているイサークは、レーネハイトという私の本当の名を呼ぶことは無い。

 先日もフェリクスが率いる傭兵団『深緑の守護者』の新入りが怪しい動きをしていた。恐らく四大貴族のスパイだと思われるため、警戒を解くわけにはいかない。


 イサークが後方の騎馬集団に合図を出して速度を落とし、先行していた斥候の誘導の元、野営地の設営場所へ向かう。

 自分達を含めて五十人に満たない数だが、いずれも屈強な戦士と優秀な魔術師である。



「団長、先行した連中から伝書鳥が届いた。対象は予定通りコンゾを出て南へ。護衛五百、他百だ。それとやはり英雄様が同行してる」

「ちっ、やっぱりあの糞野郎も一緒か。だがあの単純な猪糞野郎がいるんなら動きは読みやすい。足止めの連中には深追いせず、糞野郎が来たら迷わず引くよう伝えろ」


 フェリクス率いる傭兵団『深緑の守護者』は、元々私の傭兵団『風の乙女』に付きまとっていた傭兵団だ。

 私は何度もフェリクスと殺し合い一歩手前の争いを起こしていたが、濡れ衣を着せられた『風の乙女』団員の多くをかくまってくれたのは、他ならぬフェリクス達『深緑の守護者』だ。そして私自身も、彼らに匿われる身となっている。

 そして英雄シーウェルト。私が居なくなった後『風の乙女』に濡れ衣を着せ、四大貴族の後押しで英雄という名声を手に入れた男だ。

 奴には『風の乙女』の団員が何人も捕らえられ、惨たらしい殺され方をしている。出来ることならこの手で殺してやりたい。


「私の乙女達はどうしている?」

「ちっ。その綺麗な面で『私の乙女達』とか言ってんじゃねえよ、殺意が沸くぜ。乙女は全員退路の確保と後方支援だ。怪我が酷い連中ばかりで、前線に出しても足手纏いだからな」

「そうか、ならば足止めに出るのは皆『深緑の守護者』なのだな。すまない、恩に着る」


 六百人もいた『風の乙女』も今では六十人程しか残ってはいない。それも大半が重傷を負っており、まともに動けるのは私ただ一人か。

 せめてジルやペトラたちがいてくれたらと思うが、彼女達五人は私を皇国へ入れるため、プロセニアの国境で囮として残ったっきり音沙汰が無い。


「あの馬鹿強え新入りが使えてりゃ、足止めも楽だったんだろうけどな。流石に信用できない奴はこの作戦に参加させられねえ」

「毎日ほぼ決まった時間に、必ず一人で姿をくらましていたからな。どのような手段かはわからないが、あれは定時連絡をしているようにしか思えないのだ。彼は私が何者か気付いてはいなかったようだが、万が一と言うこともある」

「彼はまだ皇都シェンナで偽皇女の動向を見張っているだろう。とはいえ俺達も、本物を知るハイドがいなければ騙されたままだった」


 婚約についての正式な式典にステーシア様に似た偽物が現れ、国民に手を振ってみせたのだ。

 どんな理由があったとしても、臣民を直に目にする機会をふいにするような方ではない。

 それで気になって調べてみたら、既にステーシア様はシェンナを発った後だったのだ。


「新入りが味方だってんなら、シェンナに残した連中が逃げる時に戦力になる。むしろこっちの心配しろや。護衛五百に糞英雄様だ、それに対して俺達は足止めに約二百と、皇女奪還部隊の俺達が約五十だ」


 倍の兵力差というだけではない。個々人の戦力で兵士を上回るのは皇女奪還の約五十人だけで、足止めの二百人は兵士と互角かそれ以下だろう。


「糞英雄は糞でも力は本物だ、ハイドじゃなきゃ止められねえ。だがこっちもハイドが止められたら、皇女奪還が難しくなる。ハイド、てめえは手筈どおり真っ直ぐに皇女の元へ向かえ。御付の連中も四大貴族と帝国が用意した、皇女とは無縁の奴らだ。構うことはねえぞ」

「皇女殿下が帝国の下級貴族へ輿入れするということは、皇国は属国だと意思表示をするようなものだ。属国に落ちれば今よりもっと貧しくなる。帝国迎合派の四大貴族の思い通りにさせてはいけない」

「ああ。ステーシア様は、必ず取り戻す」






 セーナンまでおよそ十日となる、コンゾとの中間地点にてステーシア様を連れた一行を待ち伏せする。セーナン方面にも敵影は無く、コンゾからも追加で兵は出ていないと報告を受けた。

 ステーシア様とはもう四年近くお会いしていない。最後にお会いした時には十五歳、きっとお美しくなられていることだろう。


「来たぞ、ハイド……足止めが始まったら、兵の大半がセーナン方面へ流れる。それまで耐えろよ」

「ああ、四年耐えたのだ。その前は三年。今更あと数分、耐えられぬものか」


 馬を隠した森の木々の隙間から、開けた街道を進む集団の姿が確認できた。竜車の集団に紛れて最後尾近くを走る、一際派手な馬車。あれにステーシア様が乗っているはずだ。

 森から街道まで、私が全力で駆ければ十秒強と言ったところか。フェリクス達なら五十秒はかかるだろうから、まずは私が切り込み混乱させる。


 息を潜めてじっとその時を待っていると集団の足が止まり、やがて護衛の騎馬隊が動き出した。わざと見つかるように配置していた、待ち伏せしているフリをしている足止め部隊が見つかったのだろう。


「まだ動くんじゃねえぞ……ちっ、猪糞英雄が行ったのは良いが、まだ二百人は残ったか」


 派手な青い鎧を着た男が、先頭を切って馬を走らせて行った。あれがシーウェルトか。今すぐ飛び出して斬り捨てたい衝動に駆られるが、今は耐えなければ。シーウェルトを討ち取ったとしても、五百の兵を相手にしていてはステーシア様をお助けするどころではなくなってしまう。



「……よし、完全に見えなくなったな、全員覆面をつけろ。手筈通り、ハイドが皇女を確保したら全員散り散りに逃げろ。……てめえら簡単に死ぬんじゃねえぞ。イサークが矢を射ったら突っ込むぞ」


 近くでイサークが弓を引き、意識を集中させているのが見える。イサークは矢に魔力を纏わせることで、有効範囲内なら狙った獲物を必ず射抜く事ができる。この距離なら外すことはない。


 イサークの指から矢が離れた瞬間、一気に駆け出して森を抜け、全力で地面を蹴る。イサークの矢がステーシア様の馬車を引く馬の頭部に直撃し、その命を奪った。これで馬車ごと逃げられる恐れも無い。

 瞬く間に最高速度に達した私はその勢いのまま、慌てて剣を抜いた兵士の身体を横薙ぎに両断する。

 一人目が倒れる音とほぼ同時に、イサークの第二射が馬車を引くもう一頭の馬の頭部に直撃する。


「敵襲!!」


 ようやく兵士達の大声が響いたが、反応が遅すぎる。思った以上に練度の低い兵士のようだ。味方の魔術師から放たれた矢や魔術を受けて怯む兵士を十五人ほど斬り捨てたところで、フェリクス達が追いついて乱戦となる。

 群がる兵士を斬り捨て、蹴り飛ばす。近くの竜者からはステーシア様付きの侍従達が我先にと逃げ惑っており、兵士の邪魔をしている。好機だ。

 だがステーシア様の馬車までもう少しというところで、逃げ惑う竜車や侍従達に混じって一つの影が飛び出してきた。


「何だと!?」


 その影も一撃で切り捨てる。そのつもりで剣を振るったはずだったが、難なく受け止められただけでなく、思わぬ反撃を受けて足を止めてしまう。

 自分自身が人間離れした膂力を持つことを自覚しているが、その私の剣を受けただけでなく反撃までする者がただの侍従であるわけがない。

 しかし私と同様に覆面をしているこの者を、詮索している暇はない。


「はああっ! 閃光斬!!」


 剣に光の魔力を通し、全力で横薙ぎに振るう。受け止めようとした敵覆面を剣ごと両断し、私の剣から放たれた白銀色の光の刃が、奥にいた三人の兵士も巻き添えに切り裂いた。


「私は『白銀』のレーネハイト! 皇女殿下をないがしろにする国賊共め! 死にたい者からかかってこい!!」


 覆面を取り、顔を露わにする。ここまで来れば正体を隠す必要はない。

 しかし臓物をぶちまけた覆面男の悪臭を直に感じ、ほんの少し後悔する。


「レーネハイト!? そこにいるのですか!?」


 馬車から響く美しい声。間違いない、この麗しい声はステーシア様だ。


「はっ! レーネハイトはここに!! すぐに参りますゆえ、少々お待ち下さい!!」


 怯えの表情を見せる兵士の合間から、先ほどと同じ服面のニセ侍従が機会をうかがっているのが見える。

 それを閃光斬で兵士ごと切り捨てると、別の方向から更に二人のニセ侍従が飛びかかってきた。

 おかしい。私ほどではないが、このニセ侍従達の動きも人間離れしている。地人族のペトラより力強く、虎獣人族のミーシャよりも動きが素早い。

 これほどの猛者が複数いるなど、聞いたこともない。


「だがそれでも私の敵ではない!」


 いくら素早くても私の光の剣技ほどではない。ニセ侍従達を真っ二つに切り捨て、腐臭にも似た悪臭を放つ臓物を踏みつけながら、辺りを見回して他にニセ侍従が近くにいないことを確認する。遠巻きに見ていた兵士は一睨みすると逃げ出し、フェリクス達も兵士を蹴散らしてこちらへ向かっているのが見えた。


「ステーシア様!!」


 周囲の護衛や竜車が逃亡したせいで、ぽつんと取り残された馬車へと駆け寄る。そこでありえないものが視界に入った。


「外から、鍵をかけているだと!?」


 どういうことだ。これが皇女殿下に対するまともな扱いであるはずがない。怒りのままに錠前を引きちぎり、力任せに馬車のドアを開く。


「ステーシア様! レーネハイト、只今参りました!」

「ああ、レーネハイト……本当に、レーネハイトなのですね……」

「ステーシア様……しばらく見ない間に、とてもお綺麗になられて……」


 馬車の中を這って来たステーシア様が、両手を伸ばして抱きついてきた。こうして抱きしめるのは七年ぶりであり、喜びに叫び声を上げそうになるが、ぐっと堪える。

 それよりステーシア様は何故、馬車の床を張っていた?


「レーネハイトは髪を切ったのね。その髪型もとても凛々しくて、似合っていますわよ。……最後にお会い出来てとても嬉しかったわ。これでもう、思い残すことはありません」


 ステーシア様は涙が溢れそうな瞳を、真っ直ぐにこちらに向けた。


「わたくしを置いて行きなさい」

「お断りします」

「……わたくしが帝国に嫁がなければ、帝国は皇国に対し宣戦を布告します。わたくしの命一つで戦争が回避できるのですよ。それにもう……わたくしは逃げるどころか、歩くこともできないのです」


 ステーシア様は悲しい顔をこちらに向けた後、足全体を覆うスカートをたくし上げ、細く美しい御御足を露わにした。

 何だこの細い足首に似合わない惨たらしい傷跡は。四大貴族、絶対にこの手で殺す!


「お断りします」


 抵抗するステーシア様を抱きかかえて馬車から連れ出す。ステーシア様をこんな目にあわせた皇国の者達がどうなろうと、もう知ったことではない。


「撤収!!」


 こちらの姿を確認したフェリクスの叫び声に合わせ、『深緑の守護者』が一斉に引いていく。


「駄目です、レーネハイト! わたくしの命令が聞けないのですか!!」

「はい、聞けません。私はステーシア様を誘拐するためにここに来たのですから」


 皇国はこんなにも細くて軽い身体に、いったいどれだけの重荷を背負わせるつもりなのか。

 全力で森へと駆け、先に撤退したフェリクス達を追い抜き、馬の隠し場所へと向かう。


 ステーシア様にフード付きの外套を着せて横向きに馬へ座らせ、抱きかかえるようにして私も馬にまたがる。


「ハイド、いやレーネハイト! 行け!!」

「ああ! フェリクス、ありがとう! 恩に着る!!」


 フェリクス達も次々と馬にまたがり、予定通り散り散りに馬を走らせて行く。その中には私と似た格好の者が五人、ステーシア様に見立てた荷物に外套をかぶせ、それぞれが別々の都市へ向けて走り去っていく姿も見えた。


「レーネハイト、いけません! わたくしはもう――」

「ステーシア様、しっかりと掴まっていて下さい」


 彼らが囮だということは、ステーシア様もお気付きだろう。だがお優しいステーシア様のことだ、このような作戦お許しになるわけがない。失礼を承知でステーシア様のお言葉を中断させ、馬を走らせる。


 目的地は風竜山脈にある、隠れ家の一つだ。そこは『風の乙女』の団員しか知らない。

 ひとまずそこへ身を隠し、これからの事を考えよう。




 小一時間ほど馬を走らせ続けると、馬に疲れが見え始めた。これだけ離れれば十分か。


「ステーシア様、そろそろ午前の鐘が鳴る頃です。だいぶ距離を稼ぎましたので一旦休憩を取りましょう」


 馬の足を緩め、休憩できそうな場所を探す。もう少し進むと森が途切れるので、目立つ平原に出る前に一休みするべきだ。


「レーネハイト……あなたが居なくなってから、四大貴族に負けぬよう必死にやってきたのですが……母上のご懐妊と同時に派閥の者達に掌を返され、対抗する手段を全て失いました。もはやわたくしには皇女という肩書き以外に何もありません。今からでも遅くはありません、わたくしを帝国へ連れていきなさい」

「お断りします」


 ステーシア様の目は濁り、諦めと絶望しか見えていないように感じる。


「わたくしが行かなければ、戦争になるのですよ!」

「こんな国なんか滅んでしまえば良い!! 私にはステーシア様が生きておられることの方が大事です!!」


 ステーシア様をお守りするためなら、皇国の全てを敵に回しても構わない。

 腕の中にあるステーシア様を抱く力を、ほんの少し強くする。その身体は細く、私がもう少し力を入れたら折れてしまいそうだ。


「ステーシア様の近衛としてお会いして以来、ステーシア様はまるで私を実の姉のように慕ってくださいました。私もステーシア様の事を、その、お慕いして……」


 妹のように、と言ったら失礼ではないだろうか。そもそも私がステーシア様に対して抱いている想いは敬愛や親愛などではなく、もっと単純な愛――


『キィン!』


 後方からの飛来音にとっさに反応し、右腰の小剣で弾く。誰が、何故、こちらにダガーを投げた。確認のため馬の足を止めて振り返ると、ありえない者の存在が視界に入った。


「ハハッ! 良いところを邪魔するよ!」

「馬鹿な……貴様、いったい何故ここにいる! シーウェルト!!」


 そこには悪趣味で派手な青い鎧を身に着けた男が、下卑た笑いをこちらに向けて立っていた。

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