3章 第46話N デートとは認めないのじゃ
丸一日中戦闘訓練を行う日々が三日続いた夜、明日はヒデオ達が一度町の外に出るという。
どういうことかと聞くと、アイオンからゲートで移動してきたことを隠すためのアリバイ工作として、一度アトリオンの防壁をくぐって街に入らなければいけないそうだ。
ヒデオとオーウェンによると、ゲートゴーレムは世に出したら戦争を起こしてでも欲しがる者が出てくるから、何としてでも隠せと言う。
国の一つくらいアルトかダグなら一人で勝てそうだが、面倒なので了承の生返事を返しておく。必要になったら隠す気は無い。
それと冒険者ギルドにも顔を出さなければいけないという。何でもティニオン王国に所属するSランク冒険者は、ギルドに所在地を知らせなければいけないのだそうだ。
そう言えば自分達も確かSランクなのだが、所属がティニオンではないという扱いなので問題ないそうだ。ヒデオと国王のゼルが手を回してくれたらしい。
そしてヒデオ達は明日一日休んだあと、明後日から二日間訓練に参加して、旧都市国家群の調査に向かうそうだ。
オーウェンはこっちに残ろうとしていたが、ジルに「友達を助けてあげて」と諭され、予定通りヒデオ達と調査に向かうことになった。
そういうことなので明日は全体で訓練を休みとし、各自自由時間とする。
の、はずだった。
「ナナ、良かったらガッソー司教の孤児院見に行かないか?」
「そう言えばドラゴンの話を聞いて以来顔を合わせていないのじゃ。良いじゃろう」
「それじゃ明日の午後に迎えに来るよ」
うむ、と素っ気無く返事を返して了承したが、皆で街を歩くのが結構楽しみだったので、この時は内心うきうきだった。
しかし当日の朝、アルトがブランシェの様子を見ると言って出かけたのを皮切りに、セレスとリオがニースやジル達に街を案内すると言って出かけ、ダグは気付いたら居なかった。
仕方が無いと猫達と戯れながらのんびりと午前中を過ごし、どうせなら、とヒルダとノーラのくれた白いワンピースに着替え、赤いリボンで髪を一つにまとめておく。
なおワンピースは少しだけ裏地を補強し、透けないように対策済みである。
ヒデオ達と街を歩くのはアイオンでブルーチーズを買った時以来だし、たまには側近抜きで友人と遊ぶ日があっても良いだろう。
そして昼を少し過ぎた頃、ヨーゼフが来客を知らせてきたので外に出ると、そこにはヒデオ一人がぽつんと立っていた。
「エリー達は調査の準備するって買い物行っちゃって、オーウェンは領主のところに……」
……魔道通信機はポーチだったな、ザイゼン経由でエリーを呼び出そう。
『あら、ナナ? ヒデオはそっちに着いたかしら? あたし達買い物あるから、ヒデオのことよろしく頼むわね。夕方にはそっちに顔出すわ、そろそろ人通り多くなるからまたあとでね』
「え、ちょっと待つんじゃエリー!」
通信が切られてしまった。
え。ヒデオと、二人だけ?
待て待て待てそれはやばいこれはなんだデートかデートなのかいや違う何を考えている自分はヒデオのことなんて何とも思ってないわけは無いけどヒデオにはエリーとサラとシンディがいるしそもそもジルみたいに簡単に受け入れてもらえるとは限らないしいきなりそんな好きな人と二人で行動だなんて無理無理絶対無理これは逃げるか逃げたほうがいいのか何て言って逃げる無言で逃げたら不自然だし――
「ナナ?」
「ひゃいっ!」
やばいやばいやばい変な声出たし顔熱いし平常心平常心思い出せー自分がヒデオに対してどうしようとしていたか思い出せーひっひっふー、ひっひっふー、じゃねええその呼吸違うし!
「……ちょっと待つのじゃ」
ふはー。そうだ落ち着け自分。そうだ逃げたら不自然なのだ。エリーがあんな無警戒にヒデオを託すということは、きっと信用してくれているに違いない。平常心平常心。
「ナナ、スライムが……」
「ふはっ!?」
あースライム体だけ逃げてったー。義体を置いて行くとは薄情者ー。ってあれも自分で動かしてるんだった、これほど豪快に無意識で動いたのは初めてだなーあははははー。
ずーりずーりと屋敷へ逃げ込もうとしていたスライム体を意志の力で引き戻し、頭上の定位置に戻す。
そして深呼吸を一つし、目の前で所在なさげに人差し指で頬を掻いている想い人を見る。
今はヒデオへの想いに右往左往している時ではない。そう決めたではないか。
すーっと、顔に集まっていた熱が引いていくのがわかる。これでいい。自分はヒデオと、深い関係になってはいけないのだ。
「来るのが遅いのじゃ、レディを待たせるとは良い身分じゃのう」
「いや、今待たせてるのは明らかにナナの方――」
「言い訳は聞かないのじゃ。では行くとしようかのう、案内任せたのじゃ」
すたすたとヒデオを置いて門へと向かう。後ろから駆け足で近寄ってくるヒデオの足音が聞こえる。
「待ってナナ、リオ達やアルト達は?」
「……みな出かけたのじゃ。今屋敷には猫とマリエルとヨーゼフしかおらん」
「じゃあナナと……二人きり!?」
足を止め振り返り、目に力を入れてヒデオを見る。
「不服かのう?」
「え、いや! 全然そんなこと無いし、むしろ嬉し……いやそうじゃなくて、ナナと二人だけってあんまり機会がなかったから、その、新鮮で」
「ふん。ほれ、きびきび歩かんか」
再度ヒデオを置いていかんとばかりに、門へと足を向ける。しまった、帽子でも作っておくんだった。常に目と頬に力を入れていないと、勝手に緩んでしまう。帽子があれば多少隠せたのに。仮面……は、不自然か。ちっ。
「あれ、今日の服ってナナが異界に帰る前の晩に着てた奴だよな」
再度振り返り、目に力を入れてヒデオを見る。赤い顔でこちらを見るヒデオには、服に気付いてくれた嬉しさも恥ずかしさも、気付かれてたまるものか。
「そうじゃ。……何をガン見しておる、このスケベ。もう透けないように加工済みじゃ! ふん!!」
楽しんじゃ駄目だ喜んじゃ駄目だ。そう、決めたのだから。
「ヒデオ! こっちの屋台の串も美味そうじゃのう! いい匂いなのじゃ!!」
「あー、ほんといい匂いだな。おっちゃん、この串二本くれ」
「のうヒデオ! このスープは不思議な味がするのう!!」
「肉の臭み消すためかな、香りもなかなか独創的だな」
「おお! 屋台で酒も置いておるのか! これはりんご酒かの!」
「おっちゃん、この酒二杯くれ」
「おうおう英雄さんよ、そんな子供に酒なんて……っておい、もしかして白い妖精さんか!? こりゃお代は頂けねえよ、ぜひ飲んでいってくれ!」
屋台のおっちゃんの好意で酒を貰い、店先のカウンターで隣の屋台のおっちゃんがくれた串を食べつつ、ヒデオとりんご酒を飲む。正直味はそれほどでもないが、真っ昼間から屋台で酒を飲むというシチュエーションは大好きだ。
「かっかっか、たまには屋台で食事というのも良いもんじゃのう!」
「いろいろ選べるし安いし楽しいよな。それにしてもナナの機嫌が直ったようで安心したよ」
「ん? 何の事じゃ?」
酒を飲む手を止めてヒデオを見る。最初から機嫌は悪くないのだが何を言っているのだろう。
「いや、俺が二人っきりだって言ったら、ものすごい顔で睨んできたじゃん?」
それは顔が緩まないよう目に力を入れていただけです。あれ。何でそんな顔してたんだっけ。
「おお! 白い妖精さん、今日は英雄さんとデートですかい!」
別の屋台のおっちゃんが声をかけてきた。デート? 何だそれは。自分はただヒデオと食事をしているだけで……あ。
待て自分は一体なにを――
「あっしからも奢らせてくださいよ! こいつは熊肉饅頭っていって、ちいと辛いですが酒と合いますぜ! ささ、どうぞ召し上がってください!」
「ほう、酒に合うとな! ありがたく頂くのじゃ!」
ぶっちゃけ香辛料入れすぎた硬い肉まんという感想だが、確かにこれは酒が進む。
「ははは、ほんとナナは幸せそうに食べるよな」
「かっかっか、美味しく食べぬと食材にも料理人にも失礼なのじゃ! おやじさん、りんご酒をおかわりなのじゃ!!」
「おおう、妖精さんは良いこと言うねえ。こりゃ頑張ってもっと美味しいもの作らないと、食べてくれる妖精さんやお客さんにも失礼だよな! 俺達も頑張らねえと!!」
二杯目のりんご酒を受け取り口へ運ぶ。気がつけば店先のカウンターの周囲に人が集まり、そこかしこで酒盛りが始まっていた。
いくつかの屋台では営業をやめて無料で串焼きやスープを提供し始め、お酒を出してくれた屋台のおっちゃんも代金を取らず、自分も飲み食いしながら酒を注いでいる。
「なんじゃおぬしら、それでは大赤字ではないのかのう?」
「はっはっは、白い妖精さんが来てくれたってだけで良い話の種でさあ、それを考えりゃ一日くらいいいんじゃねえかな?」
「何とも適当じゃのう。じゃが気に入ったのじゃ! また来るでのう、その時はちゃんと代金を受け取って貰えるかの?」
皆が口々によろしくお願いしますと言いながら、盃をこちらに掲げてきた。気の良い人達だ。ふふふ。
結局三杯目のりんご酒を飲んだ辺りで、ヒデオが満腹そうな顔をしていたので頃合いとしてお開きにする。
「ご馳走様なのじゃ! また来るでのう、皆飲み過ぎて体を壊すでないぞ!」
「俺達ぁ妖精さんほど酒が強くねぇから、あんまり飲みませんぜ!」
「ははは、ちげぇねえ!」
自分は一定以上酔わないようキューに頼んであるだけで、実は魔石に直接かければ一滴の酒で泥酔するのだが、それは酒に強い弱いの区別で言ったらどっちなんだろう。
とりあえず今度は皆で来よう。
そんな事を考えながら、ヒデオと二人並んで孤児院へと向かう。
道すがら自分の存在に気づいて色んな人が笑顔で手を振ったり、深々と礼をする者がいたりしたが、以前のように大量の人々に囲まれるようなことにはならなかった。
ヒデオによると、商人たちによって『白い妖精の行動を妨げてはいけない』というルールが設けられ、商人以外にもお願いという形で周知されているそうだ。
それと『白い妖精に手を出すとドルツ伯爵の二の舞いになる』という噂も流れているらしい。
ドルツを追い込んだのは自分ではないのだが、動きやすいのだから文句は言うまい。
「ふっふっふーん、ふっふっふーん」
「ははっ、この調子で行くと色んな場所にナナのファンができそうだな。つーかナナんとこの国民も、どっちかって言うとファンみたいな人多かったよな」
「良いではないか、わしは偉そうにふんぞり返るより、こうして一緒に楽しむ方が好きじゃからの!」
そもそも王の威厳なんてこの義体では無理だし、ヴァルキリーでも怪しいものだ。偉そうにするのはアルトやダグ、リューンに任せればいい。
「ところで孤児院の経営はうまく行っておるのかのう? 何やらドルツが使い込みをしておったようじゃが」
「ああ、問題ないよ。始めの頃は俺も支援したけど、今じゃ子供達だけで商売を……あ、やべ……」
「ん? 何か問題かの?」
「い、いや!? 何でもない!!」
そうは言うものの、孤児院の場所に近付くに連れてヒデオの顔が引き攣り、何か困ったような顔をしだした。それが何なのかわからないまま、教会っぽい外観の建物が見えてきた。
建物そのものは新しいものではないが、ここ数年内に補修されたであろう部分がそこかしこに見える。
その建物の前につくと、前庭で遊んでいた子供達が一斉にヒデオへと視線を向けた。
「あ! レイアスだ!!」
ヒデオに気づいた子供達が一斉に駆け寄ってきて、瞬く間にヒデオは子供達に囲まれてしまった。そこにいた年長者のような子供の一人はヒデオに挨拶をすると、踵を返して建物へと走っていった。
「司教ー、レイアスが来たよー!!」
どうやらここが孤児院らしい。
ヒデオを囲む子供達は、口々に「お話を聞かせて」とか「剣を教えて」とか「読み書きできるようになった」とか「サラはどこ」とか「この娘だれ」とか「ヒデオで遊ぼう」とか言いながら、まるでお祭り騒ぎである。
……待て最後の何だ。
「みんな元気だな! でもごめんな、兄ちゃんガッソー司教に用があって来たんだ。この人はナナって言って、兄ちゃんの大切な……親友なんだ。こう見えてもお前らより年上だからなー、失礼なこと言うんじゃないぞー?」
「ふふ。子供は元気なのが一番じゃ。わしの名はナナじゃ。皆よろしくの!」
大切な、の後に少し言い淀んだので、ちょっとドキッとしてしてしまったじゃないか。ヒデオのばか。
でも子供達の「ナナおねえちゃんよろしく」とか「白くて可愛い」とか「年上とか嘘だー」とか「サラのほうが可愛いもん」とか「一緒にヒデオやろー」とか一斉に話し出したのを聞き、笑みが溢れる。
……最後の二つについては、あとでヒデオを追求しよう。
そう決意した時、建物から作業着のような薄汚れた服を着た壮年男性が顔を出した。
「おお、レイアス君にナナ殿! ようこそいらっしゃいました!! 大したおもてなしもできませんが、ささ、どうぞこちらへ」
どこのおっさんかと思ったらガッソー司教だった。
ガッソーは年長の子供に飲み物を頼むと、応接間に案内してくれた。その格好は何だと聞くと、建物の修繕などは殆ど自分達でやっているらしい。
「お金に困っているわけではないのですぞ。大工仕事に興味を持った子供達と一緒にやることで、将来職を得る手助けになりますからな!」
子供の将来を考えているのか、ちゃんとした人だな。
「それに多くの子供達は木工細工に慣れていおりますからな、ヒデオの生産も――」
「ちょっと待った司教! そんなことより今日はむごっ!?」
スライムの攻撃! 猿ぐつわと手枷足枷に変身し、ヒデオを拘束した!!
「むぐご!? むぐー!!」
「な、スライムですと!?」
「このスライムはわしの一部じゃ、気にするでないガッソー。そんな事より、さっきも子供達からヒデオで遊ぼうだのヒデオやろうだの聞いておってな、気になっておったのじゃ。それでヒデオの生産とは何のことかのう?」
椅子から落ちて床に転がったヒデオの顔が、徐々に赤くなっていった。面白そうな話だー、にやにや。




