3章 第44話N これでいいのじゃ
ジルが思いの他あっさりとオーウェンとくっついてしまい、何だかあれこれ心配していた自分が阿呆らしくなってしまった。
トドメは二人揃っての『外見が好き』発言で、危うく膝から崩れ落ちるところだった。スライムは落ちたけど。
「のうオーウェン。もし女になる前のジルを知っておったら、ジルに惚れたかのう?」
「実際見てみねえと何とも言えねえが、オレの恋愛対象はあくまでも女だからな。男のジルだったら惚れてなかったのは間違いねえけど、俺が知っているのは女のジルだけだ」
確かに仮定の話をしても意味が無いか。
そしてジルはというと、恋愛対象となる相手の基準が、以前の自分よりもたくましい相手、だそうだ。
もう好きにしていればいいんじゃないかな。うん。
それにしてもどうしてヒデオは、祝福の言葉以外一言も発しないのだろうか。自分としてはそっちが気になって仕方が無い。
その夜ヒデオ達がすぐ近くの館に帰り、こちらの館でも皆が寝静まった頃、スライムとして長い時を過ごした研究室に足を踏み入れる。
窓から見上げる空は当時と全く違う星空であったが、少しばかり懐かしい気持ちに浸ってしまう。
この部屋は思い出の部屋でもあるため大きく手を加える予定は無かったが、少しだけ改造し、研究室兼工房として使うことにする。
といっても作業台の増設と、空いている壁面に全員の装備品を置ける棚を設置するだけなので、スライム体でさくっと作りぱぱっと設置する。
「さて、日本刀を作ってやるとは言ったものの、素材を何にするかのう」
現在手持ちの素材で元々の硬度が高い順に見ると、最も硬いものが魔鋼、次いで中級竜の外皮、そして魔鉄、普通の鉄・オーガと中位竜の骨、銀猿と下位竜の骨、グランドタートルの甲羅である。
しかしこれに魔力を通してやると、最も硬くなるのが中位竜の骨、次いで魔鋼、そして銀猿と下位竜の骨、魔鉄、中級竜の外皮となり、他は魔力を通しても硬度は変わらない。
これまで魔鋼を使ったことがほとんど無いのは、金属加工が苦手で魔鉄を使った加工が精一杯だったこと理由である。それに軽くて使い勝手のいい銀猿の骨を大量に入手していることもあり、特に必要性を感じなかったのだ。
ヒルダの魔石を吸収した以降は金属の扱いが大分楽になっていたため、恐らくできるだろうと思い、素材を魔鋼と決め、刀の生成を始める。
するとキューの手を借りて、というよりほぼキューの手によって、魔鋼製の刀が拍子抜けするほどあっさりと作り出されてしまった。
カーン、カーンと鉄を打つ作業などを想像して、工房をすっぽりと覆う遮音結界を張ったのが無駄になってしまった。
「ほんにキューちゃんは優秀じゃのう、ありがとう。いつも助かっておるのじゃ」
こういった事には返事を返さないキューだが、キューがいなければ金属加工なんて一人でできないし、衣服や魔道具作りだって何倍もの時間がかかるだろうし、何より森人族のアメリー・コリンナの二人は、もしかしたら助けられなかったかもしれない。ペトラに至っては間違いなく救えなかっただろう。
生体部品を多く使う義体やゴーレムを何体も作ったりと、自身のスライムを使った構築能力の腕が上がってきたことも理由の一つだが、それ以上にキューのサポートがあってこそ可能になったことも多い。
丸ごと生体のコナンやジェヴォーダン達を作ることや、ジル達三人の改造なんて、自分だけでは不可能である。
改めてキューに感謝の言葉を告げるも、やはり返事が無い。きっと照れているのだろうと勝手に決めつけ、ついでにもう一本の刀と太刀も作り、それぞれに中級竜の骨で作った真っ白な鞘もあつらえる。
ヒデオの身長近くもある長さの太刀は無理だが、自分より少し長い程度の刀であれば鞘走りを使った居合いも可能だろうと、使うかどうかは別だが鞘のほうを硬い素材にしておいた。
ヴァルキリーに換装して刀を鞘から抜いてみるが、居合いをするにはほんの少しばかり長かった。ヒデオに近い身長のぶぞーに持たせてみたらちょうど良かったので、あとは本人に持たせて握りや重心などを調整すれば良い。
あとはヒデオの鎧でも作ってやろうと思うが、今のサイズがわからないため保留にする。修理のため預かった装備品は手元にあるのだが、どうせならぴったりのものを作ってやりたい。
ついでにオーウェンのも作ってやろう、あの熊に何かあったらジルが悲しむ。そんな事を考えながら、預かった全員の装備を修復して棚に収めていく。
作業が全部終わったので無駄に張った遮音結界を解除すると、部屋の外から「シャー!」という猫が威嚇する声が聞こえてきた。扉を開けて確認すると、壁を這うお掃除黒スライムに威嚇していた。
建物全体を密かに掃除しているこの黒スライムだが、何故かちゃんと掃除されているにも関わらず、最近あまり見かけなくなっていたのだ。しかしよく見ると、隠密系の技能が上昇しているのがわかった。猫達に見つかるたびに掃除の邪魔をされるのがわずらわしいのか、自己進化を遂げているようだ。道理で見かけないはずである。
「これコナン、スライムをいじめたらダメなのじゃ。黒スライムよすまんのう、いつもありがとうなのじゃ」
威嚇していたコナンを抱き上げて叱り、黒スライムを見るとぷるん、と返事をするように体を揺らしたのち、すすっっと壁を登って視界の外へ消えていった。自分と違って働き者のスライムである。
コナンを床に降ろし一通り撫で、一人静かに屋敷の外に出ると、夏の夜の空気を胸いっぱいに吸い込む。
異界は四季の変化が薄かったが、地上にはしっかりと夏があり冬がある。
とは言え大陸のど真ん中近くにあるためか湿度は低く、蒸し暑いような感じはない。
魔力視を発動させた眼で空を見上げると、世界樹から放出された魔素が遙か上空を漂い、周辺へと散って行っているのがよく見える。
それが星々と相まってイルミネーションのように光り輝き、いつまでも眺めていたい感覚にとらわれる。
そう言えば元々は、こうして綺麗なものをあちこちに見に行きたいと思っていたのではないだろうか。
ヒルダとノーラの瞳に多くの物を見せるため、旅に出ようと思っていたのではないか。
それがいつしか自分の国を持って腰を落ち着けてしまっているのだから、人生ままならないものである。
とはいえ仲間達と過ごす時間と、プディングの住人たちの笑顔は何物にも替え難く、これも悪くないと思い始めている。
特に今日、オーウェンのプロポーズを受け入れたジルの涙混じりの笑顔と、満足げで優しい笑みを浮かべるオーウェンを見たせいか、自分が見たい世界とは何かを改めて考えさせられた。
自分はヒデオを愛している。
これはもう、認めざるを得ない。
しかしきっとエリーも、ヒデオからプロポーズされたらジルと同じ笑顔を浮かべるだろう。
サラもシンディもきっとそうだ。
そしてきっと、ヒデオもオーウェンと同じような優しい笑みを浮かべるのだろう。
自分はその笑顔を見たい。
自分がこの世界に来て、初めての対等な友人である五人の幸せが見たい。
腹は決まった。
ヒデオに受け入れられないかもしれない自分を受け入れよう。
ヒデオに受け入れられたとしても、受け入れてはいけない自分を受け入れよう。
確かに自分自身も幸せになりたい。
しかし親しい誰かの幸せな顔を見るというのも、自分にとっては大きな幸せだ。
自分はヒデオを愛している。
でもそれと同じくらい、エリー・サラ・シンディの三人が大事だ。
やるべきことは決まっている。
まずはプディング魔王国の発足と発展、そしてレーネハイト探しだ。
今はヒデオへの想いに右往左往している時ではない。
飲み友達であるオーウェンと、自分と同類であるジルの幸せを守るためなら、皇国とやらを敵に回しても構わない。
そして二人が暮らすかもしれないブランシェも、暮らしやすい都市にしよう。
独自の文化を発展させたいから、都市丸ごと近代化する気はないけどね。
方向性としては、これで良い……よね?




