3章 第41話A 見ているだけでも幸せですね
オーウェンから「これからアイオンを発つ」という連絡を受け、ナナさんに午後から会議と告げてヒデオ達を迎えに行くと、オーウェンがあからさまに嫌そうな顔を向けてきました。僕の何が苦手なんでしょうね。
ナナさんはザイゼンの位置をたまに確認しているようなので、逃げられないよう確実にヒデオと会わせる為にはこうするしか無いのです。
それにしてもヒデオとおよそ二ヶ月ぶりの対面を果たしたナナさんを、いきなり連れ出したオーウェンには正直少し殺意が沸きました。しかし戻ってきたナナさんは、その後普通にヒデオと会話をしているではありませんか。
この顔です。この楽しそうに笑う顔が見たかったのです。
オーウェンが何を話したのか知りませんが、よくやったと言わざるを得ませんね。
たまにオーウェンやジル君の方を見ているのは気になりますが、ヒデオとの会話も弾んでいるようで何よりです。
プリンを食べる前後に何やら挙動不審になり、表情がころころ変わっているナナさんが可愛くて、ずっと眺めていたい気持ちになります。リオ君とセレス君、そしてエリー君達三人も同じ気持ちでしょう、ナナさんをニヤニヤと見ていますね。
エリー君達三人は「早くくっついちゃえばいいのに」と言いますが、正直僕としてはこの中途半端な距離に悩むナナさんを見ているだけでも幸せです。
それに変に口を挟むと頑なになってこじれるかも、というシンディ君の意見もありますからね。
おや? ナナさんの頭上ででろんと垂れていたスライムが張りを取り戻したということは、自分の気持ちに折り合いをつけたか、それとも開き直ったかのどちらかでしょうか。
もっと見ていたいところですが、やるべき事をやらないとナナさんに叱られてしまいますね。
「それでは調査結果を報告しましょう。まずは皇国の現状から」
人数が多いので会議室ではなく、このまま食堂で話してしまいましょう。
ナナさんがいつも浮かべている微笑を消し、真剣な表情へと変わりました。それだけジル君達のことを真剣に考えているのでしょうね。
僕やダグ、そして異界の住人達、そして森人族を見捨てる事無く、なんだかんだ言いながら結局は助けるナナさんですからね、今回もきっとそうなのでしょう。
「頼むのじゃ」
「はい。ジル君、ミーシャ君、ペトラ君には辛い報せですから、心して聞いてください。……傭兵団『風の乙女』は壊滅、生き残りに対して掃討命令が出ています」
三人が信じられない、とでも言いたげに目を見開きました。しかし声を荒げる事も無く、ただその先の言葉を待っている姿勢は、尊敬に値しますね。
「ジル君達が皇国を発って一ヶ月ほど経った頃、『風の乙女』は皇国南西の都市セーナンにて魔物を操って街を襲い、それを自分達で撃退してみせるという自作自演が明るみに出たとされています。その自作自演を暴いたシーウェルトという男は四大貴族の後押しによって、レーネハイトに代わる新たな英雄として活動しています」
「レーネは……レーネハイトは、無事なのかしら?」
「皇国に戻った際に捕獲しようとした兵士と戦闘になったようですが、現在行方不明です」
ジル君は確かレーネハイトと親しい友人でもあったはずですね。落胆する気持ちも当然でしょう。そして恐らく自分達で探しに行こうと言い出すでしょうが、それは許しません。ナナさんが悲しみます。
「それとレーネハイトが敬愛する、ステーシア皇女の婚姻が決まっています。嫁ぎ先は皇国の南にあるローマン帝国で、雪が降り出す前に送り出すそうです。レーネハイトが皇女奪還に動く可能性が高いので、むやみに探し回るよりそれを待ったほうが良いでしょう。レーネハイトの協力者と思われる組織とも接触済みですから、安心して続報を待っていてください。ジル君達はそれまでに、空間障壁を足場にした空中戦闘を身につけてもらいます。ナナさん、構いませんか?」
「うむ。任せるのじゃ。それに行った所で、ミーシャとペトラはお尋ね者じゃ。自由に探し回ることもできぬじゃろう」
今のジル君達なら一般兵士の数百人など軽くあしらえるでしょうが、その程度では不安ですからね。万全を期した状態で送り出して差し上げましょう。それにどうせナナさんのことですから、僕たちも一緒に行くことになるのでしょう。足を引っ張らないレベルに引き上げておけば、きっとナナさんも安心します。
「では次にプロセニア王国について。奴隷狩りをしていた四百人の兵士とそれを率いていた英雄が行方不明になったとして、森人族の集落及びその周辺に調査が入ったようです。当然原因の特定には至っておらず、今後も他の非野人族に対する報復を行う可能性は低いと思われますが、調査は継続いたします」
これも恐らくナナさんが気にしていたことでしょうからね。まだ経過を見なければいけませんが、少しは安心してもらえるでしょう。
「プロセニアの英雄が行方不明だと? 嬢ちゃんが何かしたのか?」
「ジル達が助けようとしていた子供というのが森人族での。襲っておったのがそのプロセニアの英雄じゃ。奴らは子供を殺しおったでのう、皆殺しにして喰ろうてやったわい」
憂いをたたえたナナさんの表情も素敵ですが、人を喰ったなどとヒデオの前では言いたくないでしょうに、オーウェンめ余計な事を。
「それなら死んで当然だな」
「俺もその場にいたら、キレて皆殺しにしてただろうな」
「……ふん、ヒデオはまだ人を殺したことが無かろうに……」
ヒデオのフォローが上手いかどうかは別として、ナナさんがいつもの優しい笑みをたたえていますね。二人だけで通じる何かがあるのでしょうか。羨ましいですがそれ以上に微笑ましいです。
「報告については以上です」
さて、あとはおのおの雑談の時間ですね。ナナさんの様子でも見て楽しむとしましょう。
「ところで今更だけどよぉ、オレ達が聞いて良い内容だったのか?」
「駄目ならアルトが熊の存在を許すわけが無いのじゃ」
「存在から否定かよ!」
オーウェンが恐る恐るこっちを見るので笑顔を返すと、汚い顔がさらに歪みました。目が穢れてしまいました、ナナさんを見て癒しましょう。
「そうじゃニースよ、あまり戦いは好きじゃないようじゃのう? いや、責めておるのではない。せっかく高い魔力があるのじゃ、魔道具でも作ってみぬか?」
「魔道具、ですか?」
「うむ。魔力が高いほうが、魔道具も作りやすいからのう。それに魔力だけで言えば、もう一本尻尾が増えればアルトを越えるのじゃ」
それは聞き捨てなりませんね。とはいえ専属の魔道具職人も少なく、技量はあっても魔力量の問題で、一日に作れる数が限られていますからね。需要に供給が追いついていないのです。
「基礎については僕が教えましょう。魔力視を使った応用技術については、ナナさんが教えてあげてくれませんか?」
「わかったのじゃー。ニース、アルトについてよく学ぶのじゃぞ」
「ナナ様から直接……はい! 僕、頑張ります!」
ニース君もナナさんとできるだけ一緒に過ごしたいのでしょうね。でも心配をかけるのはいけません、ジュリアと共に後方勤務です。
「アルトさん、レーネのことまで調べてくれてぇ、本当にありがとうございますぅ」
「ありがとなのにゃ」
「ありがとう!」
「全部ナナさんの指示ですから、感謝はナナさんへ。三人とも既にナナさんにとっては身内同然です。そしてナナさんは、身内の友人を簡単に見捨てたりしません。あ、僕がばらしたことは内緒に」
ナナさんに聞かれないよう、細心の注意を払います。この三人はガッソー司教から教わった言葉で言うと、ナナさんの『信奉者』です。そういう意味では僕にとっても仲間ですからね。それにナナさんの信奉者を増やす手は、多いほうが良いですし。
それにしてもガッソー司教からは、有意義な話をたくさん聞くことができました。
小都市国家群の上空を移動中、ファビアンからの紹介状を持って訪問した際に、プディング魔王国の国教として女神教を広めることを相談して本当に良かったです。
ガッソー司教に改宗してもらいブランシェに来てもらうよう誘ったのですが、光天教でやらなければいけないことがあると断られてしまったのが、残念でなりません。
あれだけの決意を秘めた目を見せられては、引くしかありませんでしたね。
ただ、おかしな賭けを持ちかけられた事については今思っても不可解です。生涯をかけてどちらがより多くの信仰を捧げられるか、なんて、寿命の問題で僕が勝つに決まっているじゃないですか。しかも景品に全く魅力を感じませんでしたし。
仕方がありませんのでファビアンに移住話を持ちかけたところ、こちらは二つ返事で快諾してくれましたので良しとしましょう。都市建設が落ち着いた頃を見計らって迎えに行くとします。
クーリオンの領主による黒髪差別が収まったためそれほど多い人数ではありませんが、クーリオンにもしっかりと女神教が根付いたそうですから、こちらも良しとしましょう。
さて、あとプディング魔王国でナナさんに決めてもらわなければいけないのは、国旗と貨幣のデザインですね。
ナナさんを眺めながら、ナナさんにぴったりなデザインをいくつか考えておくとしましょう。
「アルト! ダグ! ヒデオ達を鍛えたいのじゃが相手してやってくれんかのう? ヒデオ達五人とジル達三人にリオとセレスの十人対アルト・ダグの二人じゃ!」
「喜んでお相手しましょう。あとダグはちゃんと手加減するんですよ?」
「うっせーよ。でも楽しそうじゃねえか、お前と組むのだけは癪だがな」
「ダグとまるっきり同じ意見というのが嫌な気分になりますね」
筋肉で考えるダグと同意見というのが残念で、深いため息が出ます。
「ふふふ、喧嘩するほど仲が良いとはよく言ったものじゃ」
ナナさんその勘違いだけはやめて下さいお願いします。




