3章 第39話N なーぜーじゃー
産まれた仔猫たちの目も開き、おぼつかない足取りで室内を歩き回るようになった頃、皇国三人組の訓練は順調に進み、気がつけば三人で下位竜に勝てる程度には強くなっていた。少しやりすぎたかもしれない。
ただニースに関しては性格的にも戦闘向きではなく、四本目の尻尾も出て魔力は増えてはいるのだが、ジュリアのような裏方に回った方が良いのかもしれない。
そしてアルト・ダグ・リオ・セレスの四人も久しぶりに集中的な鍛錬を重ね、ついでに自分も短時間ではあるが、ヴァルキリーに換装して戦闘訓練を行った。
ヴァルキリーを見た時のジルやニース達の反応はそれぞれで、特にペトラが微妙に悔しそうな表情をしていたのが印象的であった。多分身長的な問題だろう。
それにしても魔素や魔力とは一体なんなのだろう。外にあれば魔術の元になり、体内に入れば魔力や習得する技能の元になったりと、正直理解できない。
大量の魔素や魔力を身体に入れて訓練をすると技能の上昇度合いが早くなることも、現象については理解していても原理については理解不能である。
もしかしたら魔素とは変異を促すものなのではないだろうか。
外にあれば意志に従って火や風を起こし、内に入れば生命体を強化する。
魔素の濃い地域では人も魔物も強くなり、魔素の薄い地域ではどちらも弱いことが判明していることからも、生物の変異を促す事は明らかだと思う。
しかしティニオン王国は世界樹周辺の上空を除いて全体的に魔素が薄いのだが、プロセニアの魔素が濃い理由がよくわからない。旧都市国家郡地方も、瘴気を吸収し終えたとたんに魔素の濃度が低下していった。
世界樹が最も魔素を放出しているはずなのに、世界樹都市アトリオン周辺も魔素が薄めである。
平和な地域では魔素が薄いのだろうか。
「どうしたんですかぁ、ナナ様。難しい顔をしていますわねぇ」
「魔素や魔力とは一体何なのか、考えておった。わしが以前生きておった世界には無い物じゃからのう……いや、あったのかもしれんが、存在は確認されておらん」
「それを突き詰めますとぉ、世界樹とは何か、に行き着くようですわねぇ。皇国でも研究している人がいたみたいですけどぉ、皆さんそこで行き詰まっていたらしいですわぁ」
「ふうむ……まあよい、別に調べなければいけない理由も無いのじゃ。そのうち機会があったら調べてみようかのう」
考えても答えの出ないことは後回しである。そんなことより目の前の問題だ。
「ペトラ、ミーシャ、ニースよ。ちょっとこっちに来るのじゃ。ジルもそこで待っておれ」
元気な返事のペトラを筆頭に、嬉しそうな顔で集まってくる三人に、空間庫から取り出した装備品を一人ずつ手渡していく。
ペトラにはグランドタートルの甲羅を表面に貼り付けた塔盾と竜の骨製の長柄斧、ミーシャには竜の牙製の小剣を二本、ニースにはフレスベルグの羽根で飾り付けた竜の骨製短杖、ジルにはニースに渡した短杖を太く長くして芯に魔鉄を入れた長杖である。
「わあ! ナナ様ありがとう!! すごくキレイで格好いいね!」
「白くて綺麗な刃にゃ、切れ味凄そうにゃ。にゃにゃ様ありがとうございますにゃ!」
「綺麗な羽ですね。それに軽くてとても持ちやすいです、ナナ様ありがとうございます!」
「ほんと白くて綺麗な杖ねぇ、重さもちょうど良いわぁ。ありがとうございます、ナナ様」
嬉しそうな四人の顔を見て、昨夜徹夜で作ってよかったと口元が緩む。そもそも寝なくても良い体だし、仔猫と遊びながら作ったのだがそれは秘密である。
更に今回は、盾と全身鎧で自分自身の軽さをカバーした重戦士という戦闘スタイルのペトラのため、初めてゴーレム以外に着せる防具を作ってみた。
魔鉄製の芯で重量をキープし、外側は竜骨で覆い魔銀で飾り付け、内側には側近用のコートと同じ温度調節の魔法陣を付与した全身鎧と、モヒカンのような飾りを銀猿の毛で作って取り付けたオープンフェイスのヘルメットを空間庫から取り出し、ペトラに見せる。
「ナナ様……ボクのためにこんな素晴らしいものまで……」
喜びを通り越して感激のあまりか、涙をぽろぽろ零しながら抱きついてきたペトラを受け止め、自分の小さな胸に当たるペトラの大きな胸の感触を堪能する。
やがて泣き止んだペトラは、早速鎧を身に着けてその着心地を感じ満面の笑みを浮かべてはしゃいでいた。
リオもダグも鎧不要派なので、ちょっと嬉しい。
また四人には銀猿の毛で作った側近用のコートも渡しておく。これにはニースが一番喜んでいた。
なお武器も鎧も白い部分は竜骨製であることを告げると、全員目と口を大きく開いて言葉も出ないほど喜んでくれた。皆少し顔が青く、ペトラに至っては軽く震えているのは気のせいだろう、くすくす。
ついでにアルトを呼びつけ、普通の扉一枚分のゲートを開く中型ゲートゴーレムを十体渡しておく。これなら一般的な室内でも展開できるため、アルト配下の斥候にちょうど良いはずだ。
その時アルトの魔導通信機が着信を告げ、アルトはそそくさと離れて小声で通話を始めた。
それを見て先日通話したヒデオの事を思い出し、ザイゼンの位置を確認するとまだアイオンだった。移動を始めたらすぐにこちらもブランシェに移動するか、もしくは他の国にでも逃げなければ。
また大泣きしてしまった気恥ずかしさもあり、顔を合わせづらい。
そんな事を考えていると、ジル達皇国の三人組が近付いてきて、目の前で膝をついて頭を下げた。
「ナナ様。このような武装を頂き、感謝の言葉もございません……。ですがやはり、どうしても親友であるレーネハイトのことが気がかりで……一度皇国に戻ることをお許し頂けないでしょうか。ご好意に甘えるばかりで申し訳ありませんが、必ず戻りますから、この装備は一旦――」
「返品は受け付けぬのじゃー。それに丸腰で行く気か? 戻ってきたは良いが、また手足が無くなってましたーでは面倒じゃ。持ってゆけ」
装備を受け取れないと言い出す気がしたので、丁寧なジルの言葉にかぶせて発言を潰す。せっかく作ったのに、必要な場面で使ってもらえないのは悲しいものなのだ。
「ナナさん、それにジル君。皇国に放った斥候から、皇国の現状について報告を受けています。会議室で話しませんか?」
「おお、先程の通信かのう?」
「準備がありますので、午後からでもよろしいでしょうか?」
曖昧な笑みを浮かべるアルトの様子に何か嫌なものを感じるが、ひとまず了承の返事を返して怪訝そうな顔のジル達に向き直る。
「皇国には既にゲートを繋いでおるでのう、帰ろうと思えばすぐに帰れるのじゃ。じゃが、ひとまずは現状を把握してからでも遅くはなかろう?」
ジルは精神的に仲間だし、ペトラは地人族の血を引くサラに似ているし、ミーシャはバカ猫だし、放っておくことはできない。一緒に飯を食って一緒に風呂に入った以上、既に三人共仲間なのだから。
慣れないウインクをして笑顔を向けると、三人が跪いたまま頭を下げた。ぽたぽたと落ちる雫には触れないまま、その場を後にして上機嫌のまま食堂へ向かう。
昼までまだ時間があり、手も空いていたため久々に厨房へ向かい、昼食の支度をするマリエルの隣で食後のデザート作りに取り掛かる。
卵は鶏を増やしている最中なので少ないが、牛乳が定期的に手に入るようになり、そしてエリーから貰った砂糖がある。とうとうこの砂糖を使う時が来たのだ!
卵と牛乳を泡立て器でかき混ぜ、少量の蜂蜜を加えてプリン液を作る。そういや蜜蜂に会いに行ってないや、今度行こう。砂糖をお湯で溶き、煮詰めて黒いカラメルソースを作る。そうだジース王国で砂糖とコーヒーを手に入れなければ。
小さな容器にプリン液とカラメルソースを少量注ぎ、カラメルが底に沈んだ頃を見計らい、お湯を少量注いだ平らな鍋に小さな容器を並べて蓋をし弱火にかける。
「ぷっりんーぷっりんー、ぷっりんぷりーん」
程よく火が通ったことを確認して魔術で氷の箱を作り出し、中に鍋から出した小さな容器を並べて冷やしておく。
「でーきたーのじゃー」
昼食後には食べごろだろう。空間庫に隠し持つ分も含めてたくさん作ったので、これでしばらく楽しめる。
今作り方を見せたことでマリエルもカラメルソースの作り方を学んだ。今後砂糖を入手すれば、マリエルが作ってくれる。
「ふっふっふーん、ふっふっふーん、ふっふ……ふ?」
鼻歌を歌いながら上機嫌で厨房を出て、食堂に一歩踏み込んだ瞬間に鼻歌と足が止まる。視界に飛び込んできた存在が、思考を完全に停止させた。
「なんで……ヒデオがここにおるのじゃ……」
そこには所在なさ気な笑みを浮かべたヒデオと、満面の笑みをたたえたエリー達三人娘、そして何かを気にしてそわそわしている熊男という、銀猿のマントを付けた五人が、銀猿のコートを着た八人の側近とともに食堂の椅子に座っていたのだった。
「よ、よう……ナナ。お邪魔してるよ」
この声と頼りなさ気な感じは間違いなくヒデオ本人だ。おかしい、ザイゼンは間違いなく一時間前までアイオンにいたはず。それなのに今もエリーの背にくっついている。どういうことだ。逃げ場を求めて頭上のスライムは頭の後ろに隠れるが、義体の逃げ場がない。
なんでだ。
「僕が連れてきました。アイオンにいる斥候に用事があったので会いに行ったのですが、ちょうどアトリオンに戻るヒデオ達を見かけたので、一緒にゲートで戻ってきました」
アールートーのーしーわーざーかーーー。
余計なことを、とは言えないが、どうしてくれよう。
そしてこの状態、どうしよう。




