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英雄とスライム  作者: ソマリ
英雄編
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3章 第38話N ミルクは出さないのじゃ

「ああ……またのう、ヒデオ」


 ヒデオとの初めての通話が終わってしまった。

 もっと話していたかったのだが、危うく「会いたい」の一言が口から出そうになったことを考えれば、これでいいのだと自分を納得させるしかない。


 何もない暗い部屋で一人、小さな膝を両手で抱えて寂しさを紛らわす。クッション代わりに床に敷いたスライムの、柔らかくひんやりとした感触がお尻に伝わってくる。


 それにして結構長い間通話をしていたものだ。ヒデオも長時間の通話をして大丈夫だったのだろうか、通話している間エリー達は一体何をして――


「ぬおおおお……わしはまた何てことをしておるんじゃぁ……」


 エリーもサラもシンディも友達で、その彼氏に横恋慕などあってはいけないことなのだ。

 床に広げたスライム体の上を、頭を抱えてごろごろと転げ回りながら考える。

 自分は相談女か、いやこっちから連絡したわけじゃないしセーフだろうか、そもそもこのタイミングで連絡してくるヒデオが悪い、そのせいで自分はまた――


「うぎゃああああ! やらかしたのじゃあああああああ!!」


 また大泣きしてしまったのだ。ヒデオの前で泣いたのは何度めだ。今回は目の前ではないが、電話――ではない、通信機越しである。

 乙女か? 乙女なのか!? と自問自答しながら熱を持つ顔を両手で押さ、広げたスライムクッションの上をごろごろと転げ回るしかできなかった。


 その時廊下を駆けてくる何者かの足音が聞こえ、我に返ったと同時に部屋の扉が開かれた。


「ナナさん! 今の叫び声は!? え、うわあああ!」

「ノックをせんかああああああ!」


 即座にスライム体の容積を増やし、扉を開けたアルトを押し流す。

 さんざん転げ回ったお陰でスカートが捲れ、パンツが丸出しだ。


 立ち上がってスカートの裾を払い、スライム体を戻してハチを手に部屋を出る。そしてアルト自身が作ったであろう光球の下で、僅かに残念そうな表情を浮かべている顔にハチの銃口を突きつける。


「何か、見えたかのう?」

「え、その、ナナさん?」

「……脳を再構築して、記憶の一部だけを消すことは可能じゃと思うか?」

「……何も、見ていません……」


 その言葉に満足し、アサルトライフル型魔道具『ハチ』の構えを解いて空間庫にしまう。


「それでどうしたんじゃ、騒々しい」

「騒々しい、じゃないですよナナさん……ナナさんの叫び声が聞こえたから、慌てて来てみれば……」

「あ。……うん、すまんアルト。何でもないのじゃ」


 アルトはなかなか帰ってこない自分の身を案じ、ジュリアから話を聞いて迎えに来てくれたそうだ。確かにとっくに夕飯時は過ぎていたが、過保護か。


「わしだって一人になりたい時くらいあるのじゃ。ふんっ」

「すみません、バービーさんの件で悲しんでいるとジュリア君から聞いていたものですから……」

「バービーか……そうじゃな、明日にでもバービーが寂しくないよう、猫を増やそうと思うのじゃが問題無いかのう? ネズミによる被害はまだあるんじゃろ?」


 なぜバービーと猫が関係するのかわかっていないアルトに、バービーの毛を使ってサビ猫を生み出したことを話す。アルトはまたか、という表情を浮かべるが無視し、明日はブランシェ建築予定地や皆の仮住まいでも回ってみようと思いながら、旧魔王邸をあとにした。




 翌朝案内させようと思っていたアルトが不在だったため、たまには良いだろうとダグを伴ってブランシェ予定地を回ることにした。


 まずゲート設置地点に一番近い建築現場を見るが、現場指揮をする者の中に野人族がいるのはどういうことだろう。話を聞いたところ、アトリオンで魔道具屋の店主に声をかけられ、アルトから高待遇で仕事を請け負ってここにいるらしい。

 わっしーでの移動中、アルトが度々姿を消していた理由はこれか。

 その野人族から魔術と職人の建築技術を組み合わせた魔術建築の素晴らしさについて、一通り振るわれた熱弁を右から左へ聞き流し、怪我しないよう無理せず頼むと一言残して場所を変える。


 次に訪れた農地はすでに開梱があらかた終了し、芽の出始めた作物の世話や新たな種を植える作業に勤しんでいた。ここにいた森人族族長のジョシュアによると、森人族は植物に関わることを好む者が多く、来てすぐに広大な農地に心を奪われ、集落にいた者の大半がここで働いているとのことだった。ジル達が助けたアメリーとコリンナ、そしてその両親も農作業を行っており、一通り声をかけて次の場所へ向かう。


 牧場では巨大魔狼のジェヴォーダンとシャストルの様子を見るが、子供が出来る兆候は無いという。猫とジェヴォーダン達に何の違いがあるかと思っていると、実は言語も話せたジェヴォーダンに「交尾するよう命令を頂ければすぐにでも」と言われてしまった。

 流石にその命令を口に出すことはできない。照れや恥ずかしさもあるが、命令がなければ子作りもできないのであれば、いくら肉体は完全に生命体と同一であっても、それは生物ではなくゴーレムだ。

 なお牧場には狐獣人族が多かった。養鶏も始めていたが、暫くの間は鶏を増やす事に専念するため卵はしばらく出せないそうだ。散々頭を下げられたが、ストックもあるし一時我慢することで後の喜びが増すこともあるから問題ないと話し、次の場所へ向かう。


 アラクネ族が仮住まいを置いた森では、ジュリアから森人族と狐獣人族への衣類作りが忙しいと聞いた。特に獣人族は尻尾があるため、ミニスカートではめくれ上がって下着が丸見えになり、穴を開けて外に出すようにすると場合によっては生尻が見えてしまうと苦戦しているようだった。

 そのジュリアは『ビーちゃん』と名付けたサビ猫を抱きならが仕事をしており、バービーとの別れは確かに悲しいが、いつまでも悲しんでいたらバービーに怒られると、ビーちゃんを撫でながら優しい笑顔を浮かべていた。

 他のアラクネ族は地上に出る際にバービーとのお別れを済ませており、バービーの毛が使われたビーちゃんを羨ましそうに見ていた。チャーンス。


「のう、猫を増やそうと思うのじゃが、おぬしらで面倒を見られるかのう?」

「ビーちゃんと同じ、バービー前族長の毛を使った猫ですか! 見ます! 全力でお世話します!!」


 アラクネ娘達のあまりの食いつきの激しさに、同行していたダグが驚いて後ずさっていた。自分も少し驚いたほどなので、仕方がないだろう。

 そこにいた希望者二十人にそれぞれ一匹ずつ、サビ猫ミケ猫黒猫茶猫茶虎猫と様々な猫を作って渡してやる。

 自分の子にはわかりやすく首輪をつけるようアドバイスをすると、ジュリアが「みんな仕事そっちのけで猫にかまけそう」とため息をついたが、ビーちゃんを抱いて仕事をするジュリアにそれを言う資格はない。



 アラクネ族の仮住まいを出てゲートゴーレムの設置地点まで戻る道すがら、これまでほとんど言葉を発しなかったダグが悲しそうに呟いた。


「なあ、俺が一緒に回った意味は何だ……?」

「暇そうじゃったから……かのう?」


 がっくりと肩を落とすダグは、こんなことならビリーと模擬戦をやっていればよかったと、ぼそっと呟いた。仕方がない、少し運動をさせてやろう。


 ダグを連れ、異界の旧ヒルダ邸北の森を抜けたところにある平原へとゲートゴーレムを使って転移し、そこにいた水牛の群れの中へ無言でダグを放り込む。


「え? ちょ、ナナてめえええええええ!」

「普通の虎より少し強いくらいじゃ、おぬしならいい運動になるじゃろう。群れ二つくらい倒したら全部吸収して戻るでのう、頼んだのじゃー」


 ダグの勇姿がよく見えるよう、空中に空間障壁の足場を作って特等席で見学する。今日はちゃんとスパッツを履いているから、下から見られても問題はない。しかしガン見したらハチで撃つ。

 空間庫から作り置きのハンバーグとパンを取り出し、葉物野菜と一緒に適当に挟んでハンバーガーにして、むしゃむしゃ食べながらたまーに牛の突進を食らって宙を舞うダグを笑う。


 しかしまあ、ダグは戦っている時が一番生き生きとしている。不敵な笑みを浮かべるその表情に、ここだけを見たら世の女達は放っておかないだろうと、完全に他人事のように観戦する。


 二つ目のハンバーガーを食べ終わる頃にはダグの戦いは終了し、泥だらけのダグをスライム体でさっと包んで綺麗にしてやると、ハンバーガーを手渡し交代で水牛の吸収に向かう。


「おうナナ、この牛共何に使うんだ?」

「肉牛や乳牛に生まれ変わらせようと思ってのう。以前わしが初めて作ったハンバーグを食べたことがあるじゃろ? こやつらの肉じゃ」

「何だってわざわざ生まれ変わらせるんだ?」

「おぬしがふっ飛ばされる事もあるような家畜を、そのまま牧場で飼育できるわけないじゃろう」

「ふーん」


 既に水牛よりもハンバーガーを食べる方に興味が移っているダグ。むしろ何だって興味もないのにわざわざ聞いたんだ。


「それに牛のミルクはプリンの材料でもあるからのう」

「んあ? そういやナナは吸収した奴の能力そのまま使えるんだよな。ミルク出せねーの?」

「……ダグ、いっぺん死んだ方がよいのう。わしが出したミルクを、何に使う気じゃ?」


 一瞬ではあるが自分が義体の胸からミルクを出す姿を想像し、死にたくなった。

 その気分の何分の一かでも味あわせてやらないと気が済まない。

 ハチを取り出し通常弾からレールガンにスイッチを切り替える。この変態には制裁が必要だ。

 スイッチを切り替えたことに気付いたダグが、一目散に走って離れていくがもう遅い。


「待て! 俺が悪かった!! それは洒落にならねえ!!」

「おぬしの言動の方が洒落にならんわ! この変態め!!」


 走り去るダグの大分手前の地面に銃口を向け、引き金を引く。轟音とともに着弾した弾丸が、地面を大きくえぐり大量の土砂を巻き上げてダグを襲う。声にならない悲鳴を上げつつ土砂に押し流され、ダグの姿が見えなくなったことでひとまず満足し、スライム体で牛達の吸収を始める。

 全ての牛達を吸収し終えて立ち込める土煙が収まりつつある頃、ようやくダグが土砂の中から這い出してきた。せっかく綺麗にしてやったのにまた泥だらけである。


「ダグ? もう一度聞くが、わしの体から出たものをどうする気じゃ?」

「悪かった……もう言わねえ……」

「考えるのも禁止じゃ。まったく、おぬしはもう少し考えて話すとよいのじゃ」


 流石にスライム体で一度吸収したものを、他人が直接口にする物として出す気は無い。将来食べるかもしれない家畜を作る辺りが、自分ではボーダーラインだと思っている。




 泥だらけのままのダグに、こんこんとデリカシーを説きながら牧場へと戻り、ジェヴォーダン達を任せている畜産関係の責任者を再度訪ねる。


「ナナ様、何か忘れ物ですか?」


 泥だらけのダグに引き気味の責任者に今度は牛を任せたいと言うと、目を輝かせながら任せて下さいと胸を張った。どうも巨大な鳥は繁殖が難しく、需要に供給が全く追い付いていないらしい。


「ナナさん、ここにいたんですね。……この泥団子は一体なんですか?」

「ただの制裁じゃ、放っておくのじゃ。じゃがちょうどよいところに来たのう」


 合流したアルトに、ジェヴォーダンとシャストルに子供ができなかった理由について、自分の予想を話して聞かせることにする。と言ってもおおよその予想は付いているため、あくまでもただの確認である。アルトなら矛盾点があれば、指摘と改善提案までしてくれるはずである。



 ジェヴォーダン達が命令がなければ子作りもできないというのは、恐らく魔石にインストールした認知機能の問題だと考える。

 認知機能とは「記憶・思考・理解・計算・学習・言語・判断」の七つで、自分が作るゴーレムには通常この全てをそれなりに高いレベルでインストールしてある。


 しかし猫に限っては虎の認知機能そのままに加え、認知機能に類するものと思われる魔素も丸ごとコピーし、インストールしてある。


 恐らくこの『類するもの』が曲者である。


 認知機能についてはまだ不明な点も多く、その魔素の中に自発的に活動するための何かが含まれているのかもしれないが、それはキューを以てしても明確に判別することができていない。

 そしてこの認知機能に類するものと判別した魔素が、睡眠欲・食欲・性欲といった欲望に関するものではないかと仮定した。


 気まぐれでなければ猫じゃないという考えから、キューに「認知機能は虎そのまま」という指示を出していたのだが、結果的にそれが功を奏したようである。


 肉体はほぼ生命体と同一でも、恐らく『魂』か『欲望』に類する物が無ければゴーレムはゴーレムでしか無いということなのだろう。



 顎に手を当てながら、自分の仮設を一通り聞いて考え込むアルトを見る。こうして真面目な顔で考え込む知的な表情に、ここだけを見たら世の女達は放っておかないだろうと、完全に他人事のように観察する。


 ダグとアルトという二人のイケメンと比べ、ヒデオはどうだろうか。確かに顔は格好いいが、正直ダグやアルトと比べると少しばかり見劣りする。では何故自分はヒデオに惹かれたのか。

 同郷だから? それは興味を惹きはしたが、恋愛感情には至らない。

 弱いところを見せ合ったから? 今思えばそれ以前に惹かれていたからこれも違う。

 自分と同じだから? 魂の込められた魔石と、偽りの身体。自分が知る限り、ただ一人の同類。しかしこれも弱い。

 では何故――


「ナナさん? 聞いてますか?」

「ひゃいっ!?」


 待て待て自分はまた何を考えていた!? そう思った瞬間、急激に顔に熱が上がっていくのを自覚した。慌ててアルトから顔を背け、深呼吸して顔の火照りを冷ます。


「ナナさん……どうして僕を見てそんなに顔を赤く……もしかして」

「それは無いのじゃ」


 バッサリと切る。その勘違いはいけない。


 改めてアルトが言った内容を聞き直し、概ね問題ないだろうと言うことで二頭の牡牛と八頭の雌牛を作る。まずは試験的に育ててみて問題ないようであれば増やすことにし、畜産の責任者に預けて家路につく。


 牛達は戦闘力を削ぎ乳の出を良くし、認知機能は水牛のものをほぼそのままインストールした。


 これでお菓子のレパートリーも増えるし、未だ試験段階のチーズも研究が進むだろう。


 そういえばアイオン近郊に、ブルーチーズを作っている村があったはず。


 また行きたいところが増えてしまった。あー忙しい。

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