遠い日
ボクは丘の上に住んでいる。丘の上には住宅が密集していた。
夏の暑い日だった。
ボクは道の真ん中に立っていた。
夏の太陽に熱せられた空気は渦巻いて淀んでいた。
ボクは、こういう夏の抵抗感のある羊水に浸っているような空気が好きだ。
その時、ボクはある感覚に襲われた。
「人がいない!誰もいない!」
人家からは人の気配は感じられない。ただ蝉の声だけが、けたたましく響いていた。
不安に駆られたボクは人を探しに丘を下って歩き出した。
多くの人家はあるが、人の姿も声も感じられなかった。
道を下って行く途中、田んぼがあった。その中を覗くと、牛ガエルが腹を上にして死んでいた。傍らにあった棒で、その腹を突ついてみた。すると、腹は裂け、紫の液体が勢いよく飛び出した。液体は田んぼの水をほとんど紫に染めた。
気分が悪くなったボクはその場から走って逃げた。
さらに下って行くと、聞き覚えのある音が聞こえてきた。車の走る音である。
ボクはその日常に安堵した。
少し走ると、大通りに出た。見慣れた大通りだ。多くの車が走り、歩道には人々が歩いていた。ボクは自分の感覚が現実に引き戻されて行くのを感じた。
ボクは安心して引き返えそうとした。
ふと足元を見ると、蟻の行列がカマキリの頭だけを運んでいた。