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無軌道な単色  作者: こんたくみ
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アスラウエの日々―饗宴―



 アサツキとスクモの誕生日が数日後に迫った或る日、サブラフからの使者がアルカギリ家を訪ねた。サブラフ邸で催される宴への招待であり、アサツキ達の誕生日も祝いたいという旨も申し添えられた。アザミはこれを承諾し、アサツキ達は誕生日に、サブラフ邸を訪れる事となった。


 会場となったサブラフ邸の一室では、サブラフ家の家人から、十人近い街の有力者まで宴を楽しんでいた。料理が次々と運ばれ、音曲が朗々と響き、中庭の噴水はここぞとばかりに仕掛けを発揮する。アザミたちは名目上主賓であるアサツキとスクモ、それから付き人としてナオミとマンナ、あと少数の奴隷を連れていた。


 アザミが幾人かの男達に取り囲まれている間、アサツキはサブラフを探した。マンナの件について、話を付けておきたかったのだ。アサツキはマンナをスクモに付け、他所へ遣った。当然のことスクモは嫌な顔をしたが、そこは強く頼んで了承させた。それから雑務か何かで出ていたのであろうサブラフが部屋に戻るのを見たアサツキは、サブラフへ近付こうとした。しかし、サワルが割って入る。

「アサツキ、誕生日おめでとう」サワルに言われると、アサツキは気色悪く感じた。言った方のサワルも本音ではないらしく、顰め面を浮かべている。

「有り難う。君の父上と話がしたいから、ちょっと退いてもらっていいかな」

「急ぐ事はない。それよりも、この前の拳格闘の授業だ。手加減できなくて悪かった。ずっと謝りたかったんだ」

サワルの表情には侮りがあった。自身への侮辱に一々怒るアサツキではなかったが、この時のサワルには何か嫌なものを感じた。人を貶めようという下卑た腹黒さだ。無知無力故の不義や無礼には仁恕あるアサツキだが、高慢傲慢故の不正には一歩たりとも譲る気は無かった。その芽を感じ取るにサワルの様子は十分過ぎた。それでもその根底には、父親の前で良い格好をしたいというサワルの童心がないでもなかったのだが、それを察知したとてそのために他人を貶めようとする軽慮な愚かさに容赦するアサツキでもない。

「心配するな、お前の拳で大きな怪我するような軟じゃないよ」

「いやいや、倒れただろうが、お前は」

「暑さでね。拳が当たったのにも気にならなかったぐらいだ」

「酔ってるのか? 安い挑発をするような場ではないぞ」

「そっくり言葉を返したい所だけど、僕はむしろお前の挑発を買いたいんだ。勘違いと身の程知らずを教えてやりたい老婆心でね」

「言ったな、貴様……」


 サワルは持っていた杯を放った。カランという高い音に、その場にいた数人が視線を向ける。

「この場の方々が証人になるだろう。暑かったなどという言い訳も今日は出来ないぞ」

「その言葉は君の恥になるよ」

「く、この……」

「おい喧嘩か?」

「若者は血の気が多いな」

「男はそれくらいが……」

二人の様子にやいのやいのと野次が飛ぶ。アサツキはサブラフに目を遣った。やや厳しい顔をしているが、傍観を決めたように見える。しかし視線がちろちろと動くのを見て、アサツキは不穏なものを感じた。


 サワルが顎をしゃくって、中庭を指す。「来い」と言い歩き出す。アサツキはサブラフの動向から目を離す気持ち悪さを覚え乍らサワルに続いた。噴水の前で、サワルは服を脱いだ。

「ご来訪の方々に、ちょっとした余興を楽しんでもらおうではないか」

サワルは音楽を奏でていた奴隷に指示し、曲調の早い音楽へ演奏を変えさせた。見物人達が俄かに盛り上がりを見せる。

「さあ始めるぞ、服が破けるのが嫌なら、先に脱いでおけ」

アサツキは見物人たちへ目を向けた。その中にはアザミとナオミも、心配そうな顔でいた。アサツキは肌を晒すのを嫌った。

「このままでいい。お前相手にはこれでも十分だ」

観客が沸き、サワルの怒りも沸点に達する。

「後悔しろ」


 サワルは両の拳を構えた。アサツキは構えない。サワルがどう出ても、その出鼻を挫く腹積もりのアサツキは、不意に頭へ当たった杯に驚いた。反射的に見物人へ向くと、臥台に腰掛けた見覚えのある男が、にやにやしながら口をぱくぱく動かした。

――お返しだ。

アサツキが、その男の名はカラゲルであると思い出した時、サワルの拳が顔前に近かった。パン、と音が弾ける。咄嗟に顔を背けたものの、直撃は免れなかった。

「油断するな」

サワルが調子付き、連打を仕掛ける。腕で防いで急所への直撃は避けるものの、反撃が出来ないアサツキに、今度は組み付くサワル。体勢を崩してやろうとサワルが力を込めた方向へ、アサツキは重心を動かした。アサツキを引き倒す筈だったサワルは、アサツキに引き回されるような格好になる。サワルの頭が前のめりになった所へ、アサツキの拳が下から上へサワルの顎を打ち抜いた。そのままサワルは床へ沈んだ。


 家人はサワルへ駆け寄り、アサツキへは拍手が飛ぶ。決闘を見事やり果せたアサツキは改めてサブラフと話をしようとするが、部屋の何処にもサブラフの姿が無い。仕方なしにスクモの許へ。スクモは決闘の見物達の端に立ち、奴隷の運ぶ料理を摘まんでいた。

「最初は兎も角、最後は格好良かったな」

「そんなことより、サブラフを――」アサツキは言葉を途中で切って、スクモの背後を、それから周りを見た。「マンナは?」

「連れてってもいいかと聞かれたから、いいと答えた。ほら、君も食べろ。無花果を切ったものだぞ」

「今はいい。誰に連れてかれたんだ」

「この家の主人だな。さぶらふ」スクモはアサツキに目を合わせず、料理を口へ運ぶ。「何処に行ったんだ?」アサツキの追及へは、咀嚼を理由に答えない。

「おい、食ってる場合じゃないよ」

「うるさいなぁ、今日は私達の誕生日なんだぞ? あいつより私を気にしないか」

「一々拗ねるな。マンナは何処だ」

「知らない」

「サブラフはどっちの方へ行った」間を空けて、如何にも渋々、スクモは指を差した。「あっち」

「どうも」

アサツキはそれだけ言って、スクモの示した方向へ進む。その後ろ姿に、スクモはむくれた。


 通り掛かりの部屋は全て覗いた。すれ違う家人には尋ねた。そうして行き着いたのは、サブラフの寝室だ。アサツキは此処までそうして来たように、何の遠慮も無しに扉を開けた。


 振り向いたサブラフの顔色には多少の驚きがあったが、動揺は無い。自らの行為に自信がある、というより、そもそも疑いを抱いていないのだ。自分への不安や不信が無い。だからどんな状況に陥ったとしても、そこには驚きがあるだけで、心胆を寒からしめたりはしない。対するアサツキは、自己への不信は絶え間ない。だからどんな状況に陥っても、先ずは怒りを静め、動揺を抑え、冷静に努める。そういう習癖のお陰で、辛うじてアサツキは殴り掛からずに済んだ。

「何か用か、シュウネル」

サブラフは体勢も変えずに言った。

「用だと? ええ、用ならありました」

「ならさっさと言え」

「マンナを売る気は毛頭ありません。絶対に」

「気霊院はどうする? 今後も何かと後ろ盾を要するぞ」

「必要ありません。スクモの意志を尊重します。気霊師にはならせない」

「ほぅ……」


 暫しの間、二人は睨み合った。

「相わかった、この話は無かったことにしよう。……お前は行ってよいぞ」

サブラフはアサツキに対し、強い語調でそう言った。アサツキにこのまま立ち去るつもりは無く、噛み付くように言う。

「……マンナ、こっちに来い」

マンナが不安な目でアサツキを見る。

「大丈夫だ、おいで」

マンナはいそいそとベッドから降りる。サブラフはばつが悪そうに唸った。


 マンナの衣服の乱れを直す際、引き裂かれた布に触れて、アサツキの怒気が毒のように血管を這いずる。

「服を裂かれただけ?」

嚇怒を限界まで抑え込んだのを表すような、小さくも赤みを帯びた声量。マンナは無言で頷く。自らの為に発せられる怒りを感じ、怒りそのものに対する恐怖とは別に、安心感を得ていた。


 守るようにマンナの腰へ腕を回し、そのまま連れて部屋を出ようと、扉に手が掛かる。「まあ待て」サブラフが呼び止める。「金貨を幾枚か握らせてやる。その娘は数刻、此処に置け」

この手の侮辱に耐えられるアサツキではなかった。むしろ、この手の侮辱は積極的に炎上させる主義だ。後悔させようとは思わない。ただ制裁する。それ以外は要らないし、それ以外は欲しくもない。マンナからゆっくり、アサツキは離れた。

「マンナは奴隷じゃありません。金で買おうとなさらないで下さい」

「交渉が上手くなったな。具体的な額を提示しろ、その方が早い。その悪知恵に免じて、多少ふっかけてくるくらいは見逃してやる」


 権力による脅迫、財力による傲慢、アサツキにとって、こういう事が最も、敵的(・・)だった。つまり、理不尽が、アサツキの相手取ろうとする「何か」に酷似していた。


 アサツキは慰めるように、優しくマンナと唇を重ねた。その行為は、サブラフを愚弄するものだ。

「貴様……」

忌々し気な様子が、何処かの誰かによく似ていると、アサツキは思った。最早、心中に怒りはなく、ただ決定された事項を遂行しようという決意に似て非なるものがあった。

「先に向こうへ戻ってくれ。服の事は、ナオミにでも言えばいいと思う」

頷き、マンナは部屋を出る。

「どういうつもりだ?」

サブラフの問いに、アサツキは答えなかった。


 それから宴も終わりに近づいた頃、閉宴の辞を告げる催主を探したサワルによって、半死半生のサブラフが見付かる。閉宴の辞は急遽代理が立てられ、サブラフの状態は伏せられた。サブラフ自身の名誉に関わるとして、サブラフ自身が伏せたのだ。この事実はサブラフ身辺の者と、アザミにのみ伝えらえた。




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