8 いけにえの村
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「……それで、長居しないほうがいいという理由は……?」
俺は、夕飯をご馳走になったあと、お茶をすすりながら問いかける。すると村長は、
「この村には、あるしきたりがあるのです。 一月に一度、東の洞窟からこの村にやってくる怪物にいけにえを捧げるというものでして、その怪物がやってくる日が、明日なのですよ……」
なるほど、そういうことか……。何も知らせずに間違えて、無関係の旅人を怪物の餌にしないような配慮すると同時に、関係無いから首突っ込むな、という釘さしだろう。じゃあ遠慮なく泊まらせてもらって、明日の朝になったら出よう、などと考えているとバンッという音とともに、
「村長!!」
といい、俺と同じくらいの年だろうか、若者が村長の家へ転がり込んでくる。
「こら亮平、客人の前だぞ!! 少しはわきまえんか!!」
村長は客人の前で恥をかきたくないのか、その若者を叱るが、それにも構わず、その若者は続ける。
「村長!! どうか考え直してください!! どうして俺の婚約者が今回のいけにえなんですか!? もう、籍も入れてあとは結婚式を挙げるだけだったのに.......」
最後には消え入りそうな声で、亮平と呼ばれた若者は言う。 しかし村長は無情にも言う。
「……何度も言っておるだろう。 村の会議で決まったことだ。 今さらお前ごときの一存では変えれんよ」
「…………」
俺は黙って話を聞く。 若者の怒りももっともだろう。 俺だって、自分の婚約者がいけにえにされれば、全力で反対するし、いっそ、婚約者と一緒に高飛びしてしまうかも知れない。
「それは……そうなんですが……」
亮平さんはくちごもる。 すると彼はようやく俺に気づいたのか、俺の方を向いて、
「なぁ!! あんた、旅してるっていうならそこそこ腕も立つんだろ!? 頼むから助けてくれよ!!」
俺の方に土下座して頼み込んでくる。
「……ちょ、ちょっと、いきなりそんなこと言われても……」
そもそも、俺は怪物がどんなくらいの姿でどのくらい強いのか、そういう情報が全くないのだ。 そんな状態で挑んで勝てるのはよっぽど強いやつじゃないと駄目だろう。正直、女性剣士一人倒せない俺が、そんな怪物に勝てるとは到底思えない。
「……亮平、諦めなさい……。そういう運命なんじゃ……」
俺が答えられずにいると、村長が、諭すように言う。すると、
「あっ! いた亮平! なにやってるのよ!」
女性の声が聞こえ、そして、入ってくる。
「いや、愛花……これは……」
亮平さんは、たじろぐように言う。 正直、浮気現場がバレた夫のような姿だった。
「愛花!! 俺は……お前に死んでほしくない。 やっと籍も入れて、結婚寸前だったのに……」
しかし、愛花と呼ばれた女性は言う。
「……それは、残念だけど……。でもしょうがないよ……。だって、いけにえがいないと、村が消えるんだよ!? 私は、生まれ育ったこの村が滅ぶのは見たくないもの!! だから私が──」
と、言い終わる前に、
「ハッ、くだらねぇな」
俺は思わず口を挟んでいた。
「意味わかんねぇ、そんなこと言ってさ、自己犠牲感だして、そして悲劇のヒロイン気取りか? そんなんで、残されたその人はどうすんだよ? 生き残って、悲しみを背負ったまま、生きていかなくちゃならねぇのか?」
俺は、嘲るように言う。そして、絶句している2人をよそに、
「村長、ありがたいですが泊まりの話は無かったってことで、俺は、この村を出ます。……こんな村にいて、万が一自己犠牲精神生まれても困るんで」
そう言って村をあとにする。ただし、進行方向は、東にして、
「さて、異世界最初のミッションは、怪物退治と行きましょうかね?」
そうして、俺は村を出て、怪物の住みかである東の洞窟へと向かった。