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襲撃

 家に到着する頃には、日は完全に暮れてしまった。

 外を出歩く人も疎らで、街はすっかり夜のしじまに包まれている。

 いろいろと疲れてしまったクラリスはゆっくりと休みたいという気持ちから、さっさと家に入っていってしまう。しかし、エメトは来た道の方をじっと見つめているばかりで、なかなか彼女の後に続いて入ってこようとしなかった。その様子を訝しんだクラリスが顔だけ家の中から出してそちらを見るも、暗闇のせいで何も見えやしない。明らかにエメトは何かに気づいており、それが彼女にとっては不気味で仕方がなかった。


「何を見てるんです? さっさと入ってくださいよ」


 少々語気を荒げて言う。


「招かれざる客人たちをもてなしたら、ね」


 エメトが、獲物を前にした獣のごとき獰猛な笑みを浮かべ、虚空から大鎌を取り出した。その行動が意味するところは明白。彼にとっての敵性存在が闇の先にいるのだ。しかも、その言い方からするに複数人。耳を澄ませば、確かに人の足音が聞こえ、それは徐々にはっきりと聞こえるようになってくる。


「……殺スベシ」


 静まり返った夜の街に無機質な声が響く。その人間のものとは思えぬ声にクラリスは背中に冷たいものを感じた。


「……『死神』エメト……殺スベシ」


 やがて闇の中から現れたのは、全身を黒い衣服で覆い、顔を仮面で隠した者が三人。

 エメトのことを知っているようで、その目的は彼の命を奪うことらしい。


「まさかこんな人目のつくところで堂々と襲撃してくるとは……クラリス、君は家の中に入っていてくれ。何があっても出てこないように」


 強制力を伴った命令が発せられ、クラリスはその通りにせざるを得なかった。もっとも、そのような命令がなかろうと、あんな見るからに危険そうな者たちの前に出ていくことなんて彼女にしてみれば真っ平御免ではあったが。

 家の戸が閉められたのを確認し、エメトが来訪者たちに向き直った。


「随分と歪められてしまったね。今楽にしてあげよう」


 彼の言葉を皮切りに、戦いの火蓋が切られる。

 先に仕掛けたのは、来訪者もとい襲撃者側だ。二人が詠唱を開始し、残った一人が短剣を構えて瞬く間にエメトへと肉薄する。その勢いで、エメトの頭めがけて短剣を振り下ろした。ひどく大振りで挙動に無駄は多いが、それを補って余りある速度を備えた一撃。それを見切って躱すのは決して容易なことではない。とは言え、エメトにとってはそのくらいお手の物だ。わずかに左へ身をずらすことで回避し、お返しとばかりに鎌を横一文字に振るう。だが、敵もさる者で即座に身を屈めることで死を免れてみせる。

 エメトが追撃に移る前に、後ろ二人の詠唱が完成し、それぞれの魔導陣が展開された。一方の魔導陣から無数の鎖が放たれ、エメトの四肢を絡め取る。もう一方の魔導陣から現出したのは、不自然なまでに白く輝く五本の槍。それらが高速で打ち出され、動きを封じられたエメトの身体に突き刺さった。


「が、はっ……!」


 エメトが苦悶に顔を歪め、吐血する。討伐隊の攻撃をどれだけ受けようと平然としていたあのエメトが、だ。

 その隙を襲撃者は見逃しはしない。左に逃げていた短剣使いが再びエメトに接近し、短剣を心臓部に突き刺した。


「殺ッタ! 殺ッタ!」


「『死神』ヲ殺ッタ!」


 勝利を確信し、襲撃者たちが快哉を叫ぶ。

 だが、彼らは気づいていない――『死神』が笑っている。


「発想は悪くない……けど、相手が悪かった」


 エメトを拘束する鎖がみるみるうちに紫紺に変色していき、やがて砕け散る。刹那、振るわれた鎌が短剣使いの襲撃者を真っ二つに切り裂き絶命させた……悲鳴を上げることすら許さずに。

 エメトは身体に突き刺さっている槍と短剣を無造作に引き抜き、地に放り捨てた。


「光属性が付与された槍、それに呪殺の式を編み込んだ短剣か。良いもの持たされてるね。連携も見事だったし、久しぶりに死を意識したよ」


 他人事のように、それでいて楽しそうに言う。


「でも、その程度じゃ僕は殺せない」


 消えた、と錯覚させるほどの速度で移動し、槍を打ち出した術師との距離を詰める。そして、術師が反応する間もなく、その心臓を右手で貫いた。


「仮にも『死神』を相手取るんだ……武器も人数も戦術も実力も、何もかもが足りちゃいない。不充分にも程がある」


 熾烈な戦いの中にあって、どこまでも余裕の態度を崩さない。

 すぐさま手を引き抜き、残った術師の方に視線を向ける。


「グギャアアッ!」


 仲間が殺られたことで自棄になったのか、奇声を上げながら徒手でエメトに襲い掛かる。もはや襲撃者に策はなく、すでに勝敗は決していた。


「逝くといい。魂の還るべき場所へ」


 『死神』が死を宣告する。振り下ろされた大鎌が戦いに終止符を打った。

 襲撃者たちの死体が闇に溶けるように霧散していく。


「……ふぅ」


 鎌を消失させ、エメトは小さく息を吐いた。

 そんな彼の元へ、屋内から出てきたクラリスが近づいていく。彼女は家の窓を通して、一部始終を見ていた。エメトが化物染みた力を持っていることは身をもって知っている。その彼と『戦い』を演じてみせたあの襲撃者たちはいったい何者なのか、自分もあのような連中に狙われることになるのか、と彼女の不安は尽きることなかった。


「お疲れ様です」


 自分の理解が及ばぬ展開に、何と声を掛けたらよいのかわからずにいたクラリスが選択したのは労いの言葉だった。


「言うほどでもない。大して疲れちゃいないさ」


「その、大丈夫なんですか?」


 槍や短剣で突き刺されて吐血した彼が全く無事であるとも思えず、つい尋ねていた。

 対して、エメトは少しの間ポカンとしていたものの、ややあって声を上げて笑い出した。


「君は優しいね。僕なんかを心配してくれるなんて」


 そう言う彼の表情は意外なほどに穏やかで優しくて。

 妙な気恥ずかしさにクラリスは目を逸らしてしまった。


「心配なんかしていません……どうして私があなたを心配しなくちゃいけないんですか。単純に、ちゃんと攻撃が効いていたのか気になっただけです」


 恨むことはあれど、心配してやる義理などない。あくまでエメトは仇なのだ。逆らえないから反抗しないだけ。自由の身となれば、即座に復讐を果たすべく行動するだろう。

 そんなクラリスの内心を知ってか知らずか、エメトは嬉々として話を始める。


「僕とて不死身というわけじゃない。ただ人より死ににくいだけで、苦手な物だってたくさんある。特にそこの槍に付いているような光属性の魔術は嫌だね……吐き気がする」


 先ほど投げ捨てた光の槍を指差す。

 それは紛れもない事実なのだろう。現に彼はそれを受けて苦悶の表情を浮かべていたのだから。だが、それを以てしても彼を打倒できていないというのも事実であり、とても『死ににくい』の一言で済ませられるような生命力でないことも確かであった。

 ここで、クラリスはある疑問に思い至る。


「つまり、敵はあなたの正体を知っていた?」


「そうなるかな」


 クラリスの言葉は肯定で返される。

 おかしな話だ。エメトは今日この街に来たばかり。その日のうちに彼の存在に気づき、その正体を見抜いて襲撃させるなんていくらなんでも手際が良すぎる。

 疑念は膨らむ一方だ。


「まあ、そのへんの話は中でするとしよう。僕もゆっくりしたいし」


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