到着
道がしっかりと舗装されてくれば、もうトルカの街は目前。
クロネア王国の最北端にあるということは、そちらの方角の隣国からやって来た者が一番最初に訪れる街ということ。外敵の脅威に備え、トルカは周囲を石造りの外壁で覆われており、街に入るための門にはそこを見張る門番が常駐している。
北に続く街道の先から歩いてくるのは、黒い外套を纏い、目深にフードを被った男と見目麗しい金髪の女性。もちろん、エメトとクラリスの二人組であった。それを確認した門番が二人、慌てて彼らの元へと駆け寄ってくる。
「クラリス、なんで君だけ……いったい何があったんだ?」
「それに、そちらの彼は? 知らない顔だけど」
門番たちは矢継ぎ早にクラリスに尋ねてきた。彼らはクラリスたち総勢五十人に昇る討伐隊の面々と顔馴染みであり、その出立を見届けている。だからこそクラリスが一人だけで帰ってきたことにひどく当惑していた。
「……みんな、殺されました。突然現れた化物の手で」
沈痛な面持ちでクラリスが告げる。その残酷な事実を聞き、門番たちは驚きに言葉を失っていた。
あらかじめ、彼女とエメトは門番に対してどう受け答えするかを示し合わせており、その通りにすることをクラリスは強制されている。そんな事情もあって、仲間の死を悲しんでいることには違いないが、それでも彼女は後ろめたさを感じずにはいられなかった。
「情けないことに私は何もできませんでした……私も後少しで殺されるところでしたが、彼が助けてくれて、仇も討ってくれたんです」
クラリスが視線をエメトへと移す。
「すいません。僕が間に合っていれば、もっと多くの方を救えたはずなのに……」
エメトはいとも申し訳なさそうにそう零した。
示し合わせていたとはいえ、なんとも白々しい。表情には出さないものの、クラリスは呆れてしまっていた。
「謝らないでください。彼らの仇を取ってくれたこと、心より感謝いたします」
ひとまず冷静さを取り戻した門番の片割れが深々と頭を下げる。
エメトとクラリスの話はあまりに突拍子のないものではあるが、顔馴染みであるクラリスがそれを語ったことで、門番二人はそれを疑おうともしない。彼らにしてみれば、クラリスが嘘を吐く必要など皆無ということになるのだから、それは自然なことだった。エメトの狙いもそこにある。もっとも彼の思惑はそれのみに留まりはしないのだが。
「何にせよ、このことは急いで上に報告しないとな……もう疲れ果てているだろうし、今日のところはゆっくり休むといい。君のマスターにも俺たちの方で先に伝えておくよ」
門番の言うマスターとは、クラリスの所属するギルドマスターのことだ。
「はい、お願いします」
断る理由もなく、素直にクラリスは申し出を受け入れた。
ふと彼女は、門番の一方が胡乱気な目でエメトを見ていることに気づく。クラリスの話を信じるにしても、男の風貌は胡散臭いことに変わりはなかった。
「ああ、僕ですか? これは申し遅れました。アレスティア公国エルメリオ魔導騎士団の元筆頭騎士、エメトと申します」
当然、エメトもその視線に気づいており、慇懃な自己紹介と共に胸の内から銀細工を取り出す。門番二人はまたしても言葉を失うことになった。
エルメリオ魔導騎士団と言えば、伝統と格式、そして実力を備えていることから、他国にもその雷名を轟かせている集団だ。その筆頭騎士ともなればアレスティア公国内では『英雄』と称されることもある。
事前の打ち合わせの段階でそんな話は聞いてなかったが、出まかせだろうとクラリスは自己完結させた。
「どうぞお見知り置きを」
徐にフードに手をかけ、エメトは自らの顔を露わにする。
門番たちが魔眼を前に仰天することはない。エメトの魔眼を見ているクラリスにとってそれは信じがたいことだった。
「本当にありがとうございました。トルカはあなたの来訪を歓迎します」
「クラリス、あまり思いつめないようにな」
門番たちの気遣いに対し、エメトとクラリスはそれぞれ軽く会釈を返し、街へと入って行った。夕日によって赤々と薄塗された煉瓦造りの街並に、仕事帰りと思しき人々が散見している。夕食の準備のために買い物に出ている者もちらほらと見かけ、ところどころで値切り交渉の火花が散っているようだった。
家に向かって歩いている途中、クラリスは人気が少なくなったのを見計らって話を切り出した。
「さっきのことなんですけど……あの二人、どうして何も言わなかったんです? エメトさんが何かしたんでしょう?」
今こそ再びフードを被っているが、門番の二人は確かに魔眼を目撃しているはず。だというのに、何の反応もないというのは不自然に過ぎる。
「何かをしたわけじゃない。普段から隠蔽の術式を掛けてあるのさ」
「あれ……でも」
それならばなぜ自分は魔眼を見ることができたのか。という疑問が浮かぶ。
それを口にするより早くエメトが説明をする。
「稀ではあるけど、君みたいに術式が通じない人もいてね。そういう人は感覚が極めて鋭かったり強い魔力を持っていたりするかな」
なるほど、とクラリスは相槌を打つ。
思い当たる節はないが、自分でも気づいていない能力があるのかもしれない。少しだけ嬉しく思わないでもないクラリスであった。
「ところで、何ですか? エルメリオ魔導騎士団の筆頭騎士って……吐くにしてももう少しマシな嘘があったでしょうに。あんな銀細工まで用意して」
悪戯した子供を咎めるような口調でクラリスは言う。
単に小馬鹿にしようという思惑で叩いた憎まれ口。しかし、返ってきた答えは予想外のものであった。
「だって嘘じゃないからね」
その言葉をクラリスが呑み込むには多少の時間を要した。
ややあって、
「ええっ!?」
大げさなくらいに驚いてみせた。
目の前の『死神』がアレスティア公国では『英雄』とされる存在だなんて悪い冗談にも程がある。むしろ冗談であってほしいとすら思えた。
「元だろうと、嘘で筆頭騎士なんか名乗らないって」
クラリスの反応が面白かったのか、当のエメトはけらけらと笑っていた。
「ああ……世の中というのはなんて不条理なんでしょうか……」
「良い勉強だよ。連続する不条理こそ人生さ」
がっくしと肩を落とす彼女に『死神』が人生を語る様は何とも滑稽であった。
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