第60話 攻略の手口
二人が握手を交わし着席が終わると、その余韻に浸るように一同が静まり返る。
するとこの間を狙ってか、何か言いたそうなソシエがベルカンプの顔をチラチラと何度も見つめ返した。
「どうしたのソシエ、何か言いたそうにしてるけど?」
ベルカンプが背中を押してやると、
「ん? あ、いい? 発言しても? …………あの~バロルさん? 先程、15歳でシーラさんと許嫁になり、その年で戦争が起こったって言いましたよね? ……って事はですよ? 計算するとお年って……」
「その通りだ。年の事など気にしない生き方をしておったので多少の誤差はあるが、確か60をいくつか過ぎた齢である」
「えーーーーーーーーーー!!!」
カーンを除いた全員が声を張り上げ、ソシエもやっぱりとこれまた声をあげる。
「ちょっと待てよ? て事は、シーラも60から15を引くわけだから…………」
「えーーーーーーーーーー!!!」
今度の声はほぼソシエ一人で、同じ女性として信じられないと口に手をあてて叫んでいる。
「信じられない。どうみても30を2つ3つ過ぎたくらいにしか見えなかったのに! ……待てよ? と言う事は私も頑張ればそれくらい若く…………」
ソシエがぶつぶつ自問自答をしている横でベルカンプが、
「60過ぎっていうとオルドと同じ年代か。オルドは年齢通りに見えるけれど、バロルさんはどう見たって15歳は若くみえるよなぁ」
と素直な感想を述べる。
捕虜扱いの為髭も伸び始め頭皮もボサボサなのであるが、綺麗に剃り上げるとさらに若く見えそうな風貌はまだまだ生命力を溜め込んでおり、ムタチオンの恩恵なのかとても年齢だけで本人を言い表せれない佇まいをしている。
「そういえば大戦で責任を取らされた三氏族はその後どうなったんですか?」
ベルカンプが素朴な質問をぶつけてみた。
「死刑を免れたガライ一族の一部は各地にちりじりとなり、名を変え村へ潜んだり未踏の地へ踏み出したりしたと聞く。私のルー家は軍人の一族故かは知らぬが、反撃を恐れてか一族取り潰しには遭わなかった。とても名家とは言えない暮らしではあるが、岩種穂という村で身を寄せ合って暮らしている。あの敗戦で一番の被害にあったのはシルック家で、武器を持たぬ宰相の一族はそれこそ市民階級にすら獲物扱いされ、身包みを剥がされ略奪され散々な目にあったと聞く。遠縁の者がわずかに存命しているらしいが、ガライの街でシーラを見つけたのはまさに奇跡と言って良いだろう」
「0歳で生き別れたのにシーラさんを見つける事が出来たって事は、何か判りやすい印しでもあったのですか?」
「ルー家の悪しき習慣なのであるが、ルー家に嫁ぐ、または嫁ぐ予定の者をルー家の所有物として、親指の爪程の焼印をうなじの部分に付けてしまうのだ。その印しのせいで離縁した女性が次の家に嫁ぎにくい等の弊害はあるのだが、ルー家の所有物に手を付けるという面倒を恐れる男達にはとても良い守り印であるのも、また事実ではある」
「終戦まで2年半でしたっけ? 3歳のシーラにとってはその印が良いお守りになったんでしょうね」
「…………かもしれぬな」
焼印を押された女性は一族と同じ扱いとして身を保障され、焼印を押された者が困難に陥っている場合はただちにその身を助けよと、ルー家の男達はきつく躾けられて育てられる。
バロルは遠い目をしながらそう告白し、乾いた喉に水を流し込んだ。
「や~めた」
今までバロルの一挙手一投足に神経を注いできたカーンが匙を投げ、意識をこちらに戻してくる。
「なに? 疲れちゃった?」
ベルカンプがチャチャを入れると、
「どうせバロルが本気で暴れたらかないっこねぇんだ。そんなモンに神経すり減らすのも馬鹿馬鹿しいし、第一こいつがやってた悪事は全て理由があっての事だ。そんな奴が勝手にとっつかまって今回だけ暴れるわけねぇって気づいちまったよ」
バロルが少しだけ口角を上げてカーンを見つめると、隣にいるオットーを眺める。
「バロル殿、申し訳ないが私はこの手を離さない。貴方に敵うわけないのは百も承知だが、親心として簡便してもらいたい」
「しかと心得た。私にも似たような感情を持った経験がある故、存分になされるがよろしかろう」
オットーが初めてバロルに親しみを持った視線を向け、無言で見つめ返すバロルも優しく目で語りかけた。
「あ、…………あ~……」
無意識に出てしまう幼い声の方向に一同向き直るのだが、ベルカンプはごめんなんでもないと制し、頭を掻きながら机に顔を伏せてしまう。
「こんなに本気で悩んでいるベルを見るのは記憶にないな」
オットーは素直な感想を漏らすが、ソシエを除く全員が推測の域を出ず、様子を伺う為黙ってただベルカンプを見守っている。
ここでお節介になるかもと恐々としながらも、ソシエが助け船を出した。
「バロルさん、薄々感じてるかとお思いでしょうが、ベルは貴方を仲間に引き入れたくて仕方がないようです。貴方がとても義理堅い人物なので、どの方向から口説こうかと必死で頭を巡らせているようですが、恐らくまだバロルさんを口説く手口が見当たらないのでしょう。あ~どうしたらいいんだ~、でこの状態なんだと思います。……ベル、あってる?」
「…………あってる」
一同は一瞬だけドッと沸き、破顔した表情から多少戻したバロルが改まる。
「とても光栄な話しではあるのだが、私はシーラの代理としてここで捕虜になっている。私の処遇は私の使命が終わってからにして頂きたい。……捕虜の宣言に意味があるのかはわからぬが、私はもう二度と不埒な行いはしない。信じてくれると助かるのだが」
それを聞いたオットーがとうとうバロルの腰から手を離し、
「信じましょう。ベルには同じ目線で未来を語る事が出来る人物がおりません。貴方がその役目を担ってくれると嬉しいのですが」
と発言するが、バロルは神妙な顔をして無言を通した。
「バロルさん、残りの捕虜の行動責任もとって頂けますか? 出来るのならもう一回り手縄を緩め、2日に一度の水浴び、食事に一品加える事を約束致します」
「ゴヤの責任は取れるが、雇われの二名の素性を詳しくは知らぬ。いたづらに刑罰を軽くするのはお勧めは出来ない」
「……わかりました。バロルさんのご助言の通りにします」
まるで参謀の助言扱いさせられた事に気づいたバロルが一杯食わされたと少年を見つめると、その少年は嬉しそうに見つめ返し、子供のいたづらに付き合わされたような気持ちになったバロルはやれやれと軽くため息を吐く。
「では今日はこの辺でお開きにしましょう」
ベルカンプが発言し、再度緩く縛られたバロルがカーンとオットーに挟まれて退室する。
「バロルさん、僕は絶対に諦めませんよ」
去り際にベルカンプが投げかけると、バロルはまるで聞こえてないような雰囲気でその小屋を出て行くのであった。