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第58話 ビッツの量刑

「でな、ソシエとアクタに尻を叩かれながら、おもてたんとちがーう、って」


 広場で爆笑が巻き起こり、必死で説明する傷病兵の一人も昨日の顛末を思い出し、周りと一緒に笑い転げる。

 この輪の中で笑っていない者が3名おり、その内の二人はメロゥとファンタであった。


「俺らも! 俺らも主上の面白い話しあるし!」


 対抗心をメラメラと燃やした二人が続いて昨日のコキアとの一件を身振り手振り話すが、内容を聞いていく内に住民の顔がどんどん曇ってくる。


「おまえら主上を盾に使うとか舐めるのもいい加減にしろ!」

「おまえら二人に乗ってくれた主上をソシエに売るとか男として最低だな」


 口々に二人に文句をぶつけながらとうとう周りから蹴りを浴びせかけられ、二人は広場の一角でボロボロにされる。

 住民による二人の修正が終わりスッキリした所で牢屋代わりに使用している小屋の扉が開き、中から縄で縛られた捕虜を先頭にベルカンプ、オットー、カーンが出てきた。


 住民達にも強張った表情のベルカンプを垣間見て、今日は真面目モードなんだなと理解は出来るのであるが、先程の傷病兵の話しを思い出してしまい、どうしても硬い表情を作れずにいた。



 ベルカンプは広場の中心に立つと辺りを見渡し、カルツに手で合図する。

 先程の笑っていない者の最後の一人がカルツであり、燃えるような目をしながらビッツをにらめつけ、そのまま視線を外さずにゆっくりと広場の中心に移動してきた。

 カルツの事情を知る数人を残して皆ぽかんとしており、事態を飲み込むために無言で佇んでいる。


「これより、捕虜であった一人の刑を執行する。執行人はカルツ、量刑は…………死刑である」


 ――――――――! 


 ベルカンプの発した声に住民が驚き、空気が一気に張り詰めた。


 (ほぅ)


 コキアの隣で眺めていたニウロは心の中でそう呟き、無意識に腕を組みなおす。

 昨日南門の門前で、オットー宅で、宿屋の病室の特等席でベルカンプを見ていたニウロはその落差に感情の抑揚を隠せず、足元を踏み慣らしたり手を顔に当てたりして必死に発声を我慢していた。


 住民達も現金なもので、いくら自分達が襲われたといっても今回は死者が一人も出なかった件もあり、身代金と引き換えに釈放しても良いのではという意見もあったぐらいであった。

 それに輪をかけ平和な国から来た6歳の温厚な賢者が量刑を決めるのだから、間の抜けた刑になる可能性すらあると予想していた住民達は、ベルカンプの表情を見て己を恥じ歯を食いしばった。


 ベルカンプは帯剣しているカルツに近寄るとカルツから剣を取り上げ、代わりにリンジーに急造で作らせた皮グローブを手渡すと、え? という顔のカルツの横で口を開く。


「刑の執行方法は撲殺で決めた。これから執行人であるカルツがビッツを殴り殺すまで、皆、目を離さず見ているように」


 これにはたまらず住民の一人である女性が発言し、

「主上! 私達大人は構いませんが、私の子供はまだ2歳です。この子にも見せないといけませんか?」


「…………言葉が足らず済まなかった。私の言っている言葉が理解出来る年齢からで構わない。乳飲み子は後ろ向きに抱いていてもいいが、それ以外は歯を食いしばってでも見ていて欲しい。理由とビッツの罪状は刑を執行しながら話す」


 縄で縛られたままのビッツからカーンとオットーが離れると、ベルカンプはカルツに小さく「待たせたな、いいぞ」と声をかけた。


 カルツは深く息を吐き、その勢いでまた息を吸うと、獣のような雄たけびを上げながらビッツに突進していく。

 全体重を乗せた渾身の一撃がビッツの顔面を襲うが、余りの恐怖にビッツがスウェーで交わし、カルツは思いっきりつんのめる。

 それでも避けたビッツの足を後ろ回し蹴りで刈ると、これは手の自由が利かないビッツがそのまま地面に倒れこんだ。


 その倒れこんだみぞおちに右ストレートを打ち込むと、今度は避けきれなかったビッツがモロに食らい、胃液を空中に撒き散らした。

 その胃液の一部を頬に浴びたカルツが不愉快極まりない態度で肩口で拭うと、ビッツに馬乗りになり顔面に拳の雨を降らせる。


「こんな一方的な死刑、幼子に見せて何がしたいんだおまえは!」


 ベルカンプ指示の為、意味がわからずも顔を歪めながら必死で見ていた女、子供達は、自分の声を代弁してくれる声に意識を奪われる。

 見ると、なんとその声の主はカーンの奴隷の一人である、自称7歳の少年であった。

 ベルカンプはその声の主を一瞥すると、無表情で皆に口を開いた。


「5名の捕虜を縛り広場で披露したあの日、カルツが私の所に飛び込んできたのだ。どうか、捕虜の一人を自らの手で殺させて欲しいと」


 僕より皆の方がカルツと付き合いが長いからわかるだろ? あの人格者で子供好きの彼がそんな願いをする事の異常さをと皆に問うと、確かにそうだと納得した住民らは、ベルカンプの説明とカルツのリンチに興味を注ぎだした。





 12年前、ノーラン・カルツは新進気鋭の商人であった。


 とある村落で生を受けたカルツは自分の可能性を信じ、成人して間もなくガライで一旗あげようとわずかな持参金でその土地に転がり込んだ。


 女神と悪魔が交互に微笑みかけるその街でカルツは女神に微笑みかけられ、あれよあれよとわずか3年で出店から店舗を持つにまで成り上がる。


 美しい嫁と出会い一男を(もう)け、その順風満帆な暮らしはとどまる事を知らないかのように思えたある日、とうとうカルツに悪魔が微笑みかけた。


 その日もいつものように馬車に荷物を積み込み、笑顔で見送る二人を背にガライの門に到着すると、この土地が初めてだと言う商人に話しかけられた。


 ガライの出門の時間になるまで退屈凌ぎに丁度良いと世間話しをしていると、この土地に転がり込んだばかりの自分を思い出してしまい、その商人に自分を重ね合わせるかのように面倒を見るようになってしまったのであった。


 それ以来その商人は度々自宅兼店舗を訪ねるようになり、家族の皆とも面識が出来て数ヶ月経ったある日、狙い済ましたように交易時の途中で一人になるわずかな行路で野盗に襲われてしまう。


 カルツは待ち伏せの手際の良さに疑惑を抱きつつ、大胆に荷物の一切を諦め一目散に逃げたお陰で、なんとか軽症だけでその場から逃げ延びる事に成功する。

 数日かけて身一つでガライに到着すると自宅はもぬけの殻となっており、私財どころか家族すら自宅から綺麗さっぱり消えていた。


 隣家に事情を聞くべく助けを求めると、ある男が家族にカルツが交易時に事故に遭い、瀕死の重症であると報告に来たと証言を受ける。

 心配した家族がとりあえずの金品だけを持ってその男の手引きで自宅から出るのを見たと説明を受けると、カルツは数ヶ月前にガライの門前で意気投合し、懇意にしていた男の(はかりごと)と察するのであった。





「そしてその男こそ、カルツの目の前で殴られている人物である」


 ベルカンプの説明に皆は一定の理解を示し、先程から殴られ続けている盗賊に緩い殺意の目を向けはじめる。

 しかしベルカンプがまだ説明していない話しの続きが気になり、意識をベルカンプにチラチラ移していると、やがてベルカンプが重い口を開き始めた。


「…………それからカルツは自宅を売り払うとすぐ二人を探す旅に出たそうだ。妻はある村落の豪農の第4夫人として売られ、後に嫉妬に狂った正妻に毒を盛られ亡くなったのを確認したそうだ。息子は奴隷として採掘現場で骨と皮だけになっている所を救出したが、既に手遅れで数日後に看病も虚しく息を引き取ったらしい。二人を売り飛ばした男の風体は、いずれもそこにいるビッツと酷似するとの事だった」


「なんて事を…………」


 コキアが思わず呟くと同時に、子を持つ親達の殺意が膨れ上がる。


「それでも、それでも幼い子供に見せ付ける理由にはなっていない!」


 カルツのリンチを応援するかのように膨れ上がった殺意は発言した奴隷少年の言葉で霧散し、意識はまたその少年と対応に追われるであろうベルカンプに注がれていく。

 ベルカンプはゆっくりとその少年の方に向くと、二呼吸ほど溜めて口を開いた。


「おそらく、君の言っている事は正しいよ」


 一度目の発言は許したが、二度も指導者であるベルカンプに口答えしたのが自分の奴隷とあって、カーンは首根っこを押さえつけてやろうと移動している最中にこの発言を聞き、ピタっとその歩みを止めた。


「僕が住んでた異世界、日本ではこんな暴挙は絶対に許されない事なんだ。幼い子供に死刑の見学を強要するなど、その国の王が辞任に追い込まれるぐらいの大きな出来事なんだよ」


「……なら…………なんで……」


 自分の感情を乗せて叫んだ内容に賛同された事を驚いた奴隷の少年は、それでもなんとか声を出した。


「捕虜の扱い全てにカタがついたら、宣言通り僕はこの土地の改革を始めるつもりだ。開拓民の暮らしの辛さ、厳しさは体験した者でしか表現出来ないとは思うけど、この谷間の荒地全てを人の住める土地に変えねばならないと想像すると、クリスエスタでぬくぬく育ってきた僕でもその困難ぐらいは想像出来るんだ。皆が僕の要求に納得出来ず、不平不満が噴出し、事故も多発し誰かが命を落とすなんて事も容易に想像出来る。数日前から僕は3枚目を演じてた感はあるけども、こういう一面も持ち合わせていると言う事も忘れないでいて欲しいんだ。仲間を裏切る者、悪意を以って騙す者には私は容赦はしない。例え、私より年が幼い者でもだ」



「…………なるほど」


 一同が黙る中、ニウロがとうとう我慢出来ず言葉が口から漏れた。

 その呟きはとても小さく、コキアにしか聞こえなかったのだが、誰も反論してこないのでベルカンプは話を続ける。


「それともう一つ、温厚で人格者のカルツが相手の顔面の輪郭が無くなっても殴るのをやめない程の深い恨みを知って欲しかった。他人から物を盗む、奪う事で冨を得るのはもしかしたら甘美なのかもしれない。しかし、奪う物の大きさによっては、その者の最後はこういう結末になるという覚悟が必要だという事も知りなさい。幼子(おさなご)には非常に劇薬だが、それでも悪事の成れの果てというのはこういう事だと体験して欲しかった」


 それ故、こういう指示に至ったと奴隷少年に再度向き直ると、奴隷少年は反論した事を照れ隠すように不満げに一つ頷いた。




 鼻が潰れ、ヒュー、ヒュー、と口だけでなんとか息をしているビッツの上で、肩だけで息をしながら怒りをぶつけているカルツ。


 激情にかられて殴り続けた為、数分で息が上がっているカルツにベルカンプは近づくと、

「カルツ。刃物での死刑だと一瞬で終わってしまい、カルツの無念を晴らせられないのではないかと思い撲殺に変更させてもらった。少しは恨みを晴らせられたであろうか?」


 カルツはベルカンプの問いかけには一切答えず、フラフラになりながらも、ナップの体の全てに拳を打ち続ける。


 ベルカンプは無言でカルツの剣を目の前に置くと、

「だが、もう終わりにしよう。最後の一撃でカルツの恨みの全てを乗せ、終わりにしよう」


 フゥフゥと肩で息をするカルツはベルカンプのその言葉には耳を傾け、疲労で震える両腕でなんとか剣を鞘から取り出すと、ビッツの腕を縛っている縄をぶった切る。


 両腕の拘束が解けたビッツは、ぼろぼろの指で体の箇所をゆっくりまさぐり、自分の怪我の具合を計っているようであった。


 やがてその指の動きが止まると、ごぼっと口から血と息を吐きながら、

「ずばながった…………ごろじでぐれ…………」

 と、なんとか聞き取れる声で懇願した。


 これにはたまらずカルツの表情が苦痛で歪み、

「抵抗してきたら迷わず両断出来たものを……最後の最後で詫びるとはどこまでも卑劣な…………」


 膝立ちでビッツの喉元に剣先を突きつけているカルツが苦痛で硬直していると


「カルツ、思いを果たせ!」


 カルツの友人の一人が、住民の輪の中から野次を飛ばす。


 その声が口火となり、

「カルツ! やれ!」

「仇を討て! 怯むな!」

「おじちゃん、頑張れ!」


 住民の合唱が始まり、その勢いに乗じてカルツは意を決したように一息入れると、剣の切っ先をビッツの喉元に埋め込んだ。

 住民の騒音が収まるのと同時にカルツは剣を抜くとさらに心臓と腹に一撃づつ剣を埋め込み、やがてビッツの呼吸音がゆっくりと停止した。


 カランと剣を投げ捨て、呆けて空中を見つめるカルツには生気が感じられず、全てやりきって抜け殻のようであった。

 ベルカンプは一瞬だけソシエを見ると膝立ちのまま呆けているカルツに近づく。

 ソシエはその視線になんとなく呼ばれている意思を感じ、二人の下に歩みよると、ベルカンプはカルツの顔を後ろから羽交い絞めにし、カルツの首と頬を優しく両手で絡め取った。


 ベルカンプはカルツの左耳に口を近づけると、

「ありがとう、父さん。…………仇を討ってくれて、嬉しかったよ」


 その言葉で体中に電流が走ったカルツの表情には生気が戻り、意を汲んだソシエがカルツの背中に手を添えると右耳に、

「ありがとうあなた。…………これで安らかに眠れるわ」


 続いて耳打ちをする。


 カッと目を見開いたカルツの瞳には涙が溢れ、とうとう嗚咽を我慢出来なくなったカルツは土下座のように大地に頭を垂れると、

「ジョ……ジョシュ、エイミー…………す、すまなかった。許してくれ、ゆるしてくれぇ…………」

 

 搾り出すように声を出すと残った感情の全てを吐き出した。



 人目もはばからずに住民の輪の中心で大号泣するカルツの背中に、ベルカンプとソシエは長い間付き添い、釣られてもらい泣きしているコキアの横で、

「ベルカンプ…………予想以上の傑物だ…………」


 ニウロ・ブラストーマはひっそりと呟いた。

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