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第57話 思てたんと、ちがう2

 ギィと宿屋の扉が開き、ベルカンプが中に入ってくる。

 まだ多少違和感があるのかチョコチョコと歩くベルカンプは宿屋の主人に会釈すると、続いて入ってくるニウロも同じ動作をした。


 粗末な宿屋の中で一番価格の安い大部屋を改良し、壁際にいくつものベッドを並べた部屋のドアがノックされるとベルカンプとニウロが入ってきた。


「リンス、リタ、ご苦労様」


 二人に労いの言葉をかけたベルカンプは背後に控える男の腰に手を回すと、

「この方はニウロ・ブラストーマさん。ピエトロ様の友人で、お医者さんだそうです。しばらく滞在してお手伝いしてくださるそうなので挨拶してください。……ニウロさん、リンスとリタです」


 ベルカンプが双方の説明を終えると、頭を下げながらどうもどうもと握手を交わす。

 それでは早速とばかりにニウロが時計回りに診察を始めだした。


「すまないベルカンプ君。経過観察を記録しておきたいので紙を人数分貰えないだろうか? あいにく持ち合わせが無くてね」


 わかりましたと自宅に戻ろうとするベルカンプを私達が行きますからとリタとリンスが止めるのだが、置き場所を説明するのが面倒だからと二人の制止を振り切って駆け出した本人が帰って来ると、診察は最後の一人のアクタだけになっていた。


「どうです? みんなの状態は」


 そう言いながらベルカンプがニウロの脇にノートを置くと、

「うん、非常に適切な処置をしていて驚いたよ。聞けばリンスさんは開拓民の出身なんだってね。なるほどとは思ったけど、二人とも優秀でちょっと看護婦の域を超えてる感があるね」


 プロに褒められてニウロの背後で破顔する二人。


「さて最後の一人だね。ではこの紙使わせてもらいます。……お名前は? なんだこの紙は!」

「アクタ・コバヤシです」

「え! コバヤシ?」


 アクタの声を挟んで二人は同時に驚嘆の声を上げる。

 きょとんとするアクタにお互い何故驚いたのかどうぞどうぞと声を掛け合い、ではまずは私からとニウロが発声した。


「いや、びっくりした手前もうわかってしまったんだけど、これは異世界の紙だね? なんとなめらかで美しいのだろう。手持ちの羊皮紙を持ってたらこっそりすり替えるのに、残念だ」


 苦笑いするベルカンプにそちらは? とジェスチャーされ、

「いや、僕も対した事ないんですけど、アクタって一族名(クランネーム)はコバヤシっていうの? 僕の住んでた日本で非常に聞きなれている名前だったもんだからつい」


 なんだそんな事かと思ったアクタは、

「確かにマチュラでは珍しい苗字ですが、これでも弟のせいで結構有名な名前なんですよ」

 と、リタに負傷した手を伸ばしゆっくりと包帯を外して貰いながら説明をする。


 何故有名なの? とベルカンプがさらに質問すると、アクタはコバヤシ3兄弟の次男だそうで、長男のヨパンは吟遊詩人になりたいと各地を転々と放浪する自適な生活を送っており、比べて高度な教育を受けさせた親はたまったものではないらしく、たまに顔を見せに帰って来る度にため息と一緒に小言を吐かれているらしい。


 アクタはアクタで自分を試したいと厳しい土地に身を置いたと豪語しているが、後に聞いた話しだとリタと愛の逃避行の末の偶然だったと白状した。


 肝心の三男のウーゾはというとどうやら身体に特徴があるようで、小さい頃から畏怖と尊敬の入り混じる目で見られながら生活していた為であろうか、厚遇で迎えるというクリスエスタの兵役には就かずにどこかの村で傭兵業をして暮らしているとの事だった。


「ムタチオンってご存知ですか?」


「ムタチオン?」


 アクタの問いかけにベルカンプは聞いた事ないなと首を傾げる。


「実は先程主上と入れ替わりで捕虜の見張り番が報告に来たのですが、バロルがムタチオンだったらしいです。主上の言うコトワザの……百聞は一見にしかずですから、後でご自分で確認されてはどうでしょう?」


 う、うん。という生返事のベルカンプを除く全員が え! と声を上げ、何故そんな奴が一介の盗賊なんかやってるんだと囁きあう。

 明日は盗賊の一人の刑を執行しなければならない事を思い出し数瞬沈むベルカンプであったが、包帯が外れたアクタの患部を診察するブラストーマの声にふらっと顔を上げた。


「ベルカンプ君、先程から不思議に思ってたんだけどアクタの傷口を見て確信したよ。異世界の薬を使用してるね? 本来なら皆もっと患部が化膿していて当然なのだが想定の2割程度しか膿んでない。私にも異世界の消毒液を見せてもらえないかい?」


「あ、すいませんでした。そちらにあります」


 ベルカンプがリタに目配せすると、意を汲んだリタが部屋の隅の家具の中から救急箱を持って戻ってくる。

 そのままブラストーマが肘掛けに使っていた小さな机に救急箱を置くと、パカっと蓋を開けて見せた。


「……おぉ…………お~~……」


 小さなため息の後に関心するような声を出したニウロは、目を輝かせながら中に入っている品を入れたり出したりして楽しんでいる。


「消毒液なんですけど、そこの頭が水色の…………そうそれ、マキリンと言います」


 ニウロは言われた品を手に取ると蓋を開け、匂いを嗅いだりして興味を示している。


「この匂いは確かに消毒液だね。匂いが軽いのに効果がこんなに違うのか。ちょっと使用してみても構わないかい?」


「勿論です。持ち逃げは困りますけど、この砦内で適切に使用してもらうのはニウロさんの判断に委ねます」


「本当か!? 気前がいいな! ……では早速!」


 そういうと自分の靴を脱ぎ捨て、長距離を歩いてきて潰したマメの部分にためらいも無くマキリンをかけてみる。

 ベルカンプとアクタはアクタの患部に使うんじゃねーのかよと無言でずっこけるが、くぅ~染みると笑顔で悶絶するニウロを見て思わず顔をほころばせた。


 ふとニウロの足指が目に入ったベルカンプが救急箱を漁ると、

「ニウロさん、この薬を指の間に塗ってみませんか? もしかするとその水虫に効果があるかもしれません」


 悶絶が終わったニウロがほぉ~とベルカンプの持ったチューブ入りの軟膏に興味を示すが、部屋内にいる全員がほぉ~と同時に声を漏らした。


 ん? と思ったベルカンプが、

「では! 今からドクターベルカンプを開業します。水虫の治療を受けたい者は挙手!」


 すぐさま部屋の男子全員が手を挙げ、続いて、二人で顔を見合わせたリタとリンスも恥ずかしそうに小さく手を挙げた。


 それでは全員裸足になり水桶で足を洗いなさいと命令口調で言うと、

「アクタ、結局ムナで左手を直さない事にしたんだって?」


 右手一本で器用に足の指を洗っているアクタに声をかけた。


「はい。当初は勿論ムナで直そうと思ってたんですが、主要な三指が残ってますし、傷口も貼り付けた皮膚のくっつき具合も非常に調子が良いので、なんかムナを使うのが急に勿体無くなってしまいまして」


 戦時にベルカンプの胸で泣いたアクタは完全にベルカンプに心酔しており、それ以来完全に目上の人間として応対していた。


 そう、それなら良かったと微笑んだベルカンプはニウロに向き直ると、

「ニウロさん。アクタの手なんですが二指切断後、すぐに異世界の止血剤で血を止め、取れた二指の皮を剥ぎ取って切断面に縫い合わせたんですけど、その対応であってましたか?」


「縫合箇所は少し雑でしたけど、十分な処置だと思いますよ。後は適時針で穴を開け、膿とうっ血した血を揉み出しながら様子を見ましょう。これからは私にお任せください」


 なので、これらの薬の効用を全て教えてくださいねとニウロにウインクされ、破顔しながらベルカンプは頷いた。




 骨折でベッドを動けない連中を先に済ませたベルカンプは残りを自分の前に一列に並ばせる。


「次の患者さん、どうぞ」


 おずおずとベルカンプの前に座ったリタに、小さなドクターは声をかける。


「お名前は?」


「リタ・キッドマンです」


「今日はどうました~?」


「あの~……足の指に違和感がありまして……」


「そうですか。では早速診察してみましょう。患部を見せてください~」


「…………はい」


 多少恥ずかしそうにつま先を台に乗せるリタ。

 子供のお医者さんごっこが始まり、皆列を崩しニヤニヤしながら二人のやりとりを覗き込む。


「フムフム、なるほど。大丈夫ですよ奥さん。これくらいならこの薬を塗ればきっと良くなります」


「本当ですか? 良かった! でも私まだ結婚していません」


 ではとリタの足の指に軟膏を塗りこむベルカンプ。

 子供のやらわかい指で適切に治療されるのは思った以上に気持ちが良いらしく、さらに母性をくすぐられたリタはほんわりしている。


「奥さん、旦那さんは今日はお仕事で?」


 治療されながらお医者さんごっこが続き、呆けていたリタが現実に戻ってくる。


「まだ結婚していませんが、フィアンセは大怪我をしてまして現在入院しております」


「そうなんですか、大変ですね。……となると困ったなぁ。稼ぎ頭が不在の中、果たして奥さんに治療代が払えるかどうか……」


「え!? ……そんなにお高い薬なのですか?」


「まぁ、取り寄せ先が異世界なものでね。塗ってしまった以上返して頂くのは不可能だし、旦那さんに無理してでも返してもらうしかないか」


「そ、そんな困ります! ……旦那は現在とても働ける状態じゃありません。私で、私に出来る事ならなんでもしますから!!!」


 奥様設定を完全に受け入れたリタとベルカンプのお子様医療ドラマは終盤を迎え、後ろの特等席で楽しんでいるギャラリー達が水を差さないようにと必死で口を押さえ我慢している。


「奥さんがそう言うんじゃ僕も協力しないわけにはいかないね。奥さん、覚悟は出来てるんだね?」


 不敵な笑みを浮かべるベルカンプにリタは、

「……はい。…………ですが、後生ですから、旦那には内緒でお願いします」


 うっすら涙を浮かべるリタにベルカンプは、

「フッフッフ。僕は鬼でも悪魔でもないんでね、奥さんとの約束は守りますよ。さぁ……でははじめ……まし…………」


 ノリノリで恍惚の表情を浮かべていたベルカンプがふと視線を上げると、リタの後ろにアクタの視線が目に入り、なんとその後ろにはいつの間にか様子を見に来ていたソシエが仁王立ちしている。


 ソシエの鬼の形相は予想の範疇であったのだが、命の恩人で多大な尊敬の眼差しで自分を見つめてくれていたアクタの表情がゆっくりと無になり、そして軽蔑と怒りの混じった表情に変わるの見てベルカンプは戦慄した。


 何も言われてないリタが展開を先読み妄想してブラウスのボタンを外しにかかると、後ろからソシエがタックルしながら通り過ぎる。

 その衝撃で我に返るリタの前で、椅子に座ったソシエは膝の上にベルカンプをうつぶせに寝かるときつくアームロックした。


「ソシエ! 治療! 治療中だから! かぁ~ちゃん堪忍!」


「誰がかぁ~ちゃんだ! この色ボケクソガキがっ!」


 そう言うとベルカンプの尻をパシーンを叩く。


 先程に続いてまたか~と覚悟を決めたベルカンプだったのだが、自宅よりも二倍のスピードで叩かれる尻に違和感を感じ、不思議に思い体を捻って背後を見てみた。


「この鬼!」

「この悪魔!」

「この鬼!」

「この悪魔!」


 ソシエのリズムに割って入っていたのはなんとアクタで、リタを寝取られたようなもやもやした感情をベルカンプの尻に必死に叩き込んでいた。


 ベッドに寝てる連中すら転げ落ちるかと思うぐらい腹を抱えて転げまわる室内で


「おもてたんと、ちがーーーーーーーーう!」


 と爆笑をさらにかっさらうのだが、ベルカンプは一人、明日の事を思い一瞬だけ表情を落とすのであった。

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