第96話 いざ、改革へ
早朝岩種穂へ帰路に着くルー家の前に現れたベルカンプは、3人を安心させると空元気で見送りをする。
そのまま兵士達を集めたベルカンプは、まずは兵士全員に私財の全てを砦に提供する事を約束させると、続いて住民全ての財産を接収する命令を下した。
抜き打ちで兵士が自宅を訪問し、形見の品以外の一切合財を奪っていく行為に住民達は混乱するのであるが、命の恩人であるベルカンプの命令と聞くと反抗的な目は見せつつも、暴力を以っての抵抗は見せなかった。
全ての住宅から私財の接収を終えた頃には日も第三中天に差し掛かり、これから暮れていく太陽に間に合わせるように住民全員に召集がかかった。
広場に集められた住民達は少々の怒りと多大な不満の感情で前方を凝視するが、その目に小さな少年の姿が映ると、これまでこの少年が成した数々の出来事を思い出し、負の方向に傾いていた感情は一気にフラット近くまで戻るのであった。
「まずは心配させて済まなかった。2日休んだおかげですっかり元気になったよ。もう大丈夫だ」
かりそめの元気を振りかざして演説する少年に、一同は心を痛めながらも話しに聞き入る。
「バロルを失ってはっきりと気づいた事があるんだけど、僕は、体を投げ出して寄りかかれる大木に憧れていたんだと思う」
地球での自分の生活環境を軽く説明したベルカンプは、他人に全てを委ねるという行為に飢えていた事を自白した。
「勿論オットーとソシエ、それから皆の愛情には凄く満足している。けど、地球で得られなかったモノ全てをここで得ようと必死になりすぎてしまったのかもしれない」
ベルカンプはバロルを得る為にバランスを欠いた事を反省し、暫くの間頭を下げ続けた。
「でも、僕の小さな体と心では、皆の人生を一人で背負うには荷が重過ぎるんだよ…………」
戦争のように短時間で選択を迫られる案件とは違い、内政には熟慮する暇がある。
どちらも失敗すればその後の人生で大きく後手を踏む事になるが、熟慮する時間がある方が、失敗の責任は重いと言えるのかもしれない。
住民はベルカンプに何か言葉をかけてやりたいと喉を開くのだが、無知な自分達がベルカンプの苦悩の何を引き受けられるのだろうと思うとその先が出てこず、魚のように口をパクパクとさせた。
「僕は総裁という役職を作り、自身はそこに収まろうと考えていたんだ。でも辞めた。僕は責任を一人で背負うのは辞めた。この谷は全員の責任で作りあげると決めたんだ。……僕は、少しづつ皆に寄りかかろうと思う」
この言葉には住民も反応し、
「主上! なんも出来ないけど、おんぶして走りまわる事ぐらいなら出来るぞ! 是非寄りかかってくれ!」
「主上~。見張りなら任せてくれ! 谷間の住民が安心して仕事が出来るようにしっかりやるからさ!」
「眠くなったら私のとこにおいで~。毎日でも添い寝してあげるわよ~」
コキアの声を聞いたソシエが「添い寝は却下! 却下よ!」と合いの手を入れ、一同の笑いを誘う。
「午前中から形見の品を除き全ての財産を接収し、皆をびっくりさせたと思う。不快に思ってる者も多いと思うが余裕が無いんだ。代わりに、私から住民の全員に渡す物がある。受け取って欲しい」
ベルカンプは住民を一列に並ばせると、紐を通した黄金色の硬貨を首にかけていった。
「わぁ、綺麗~~」
「硬貨なのに真ん中に穴が空いてやがる! すげぇ技術だ」
「完璧な円形だ。黄金色だし売ったらかなりの値打ちがあるぞこれは」
受け取った住民全員が気分を高揚させながら元の位置に戻ると、自分の前が空いたベルカンプがモグラ族を手招きする。
「主上、我等もそれを頂けるのですか?」
シグレ、サミダレが不在の中、フジが代表して発言すると、
「勿論ですよ。我々の団結の証にする為に、是非受け取ってください」
まだ何も成していないヒラル一家が恐縮して受け取ると、アハリも続いて首にかけてもらい、嬉しそうにチウとそれぞれ鳴いた。
「カーンの奴隷達、来なさい」
隅っこの方で棒立ちしていた5人の子供は、その言葉に飛び跳ねるぐらいびっくりする。
もしかして自分達にも……なんてそわそわしながらベルカンプの元にやって来ると、ベルカンプは当たり前のように5人の首にも硬貨をぶら下げた。
「先日のシーラの戦いの功績により、本日を以ってカーンに買い取られた奴隷の身分を剥奪する! カーン、5人に名づけを命ずる。これよりこの5人は砦の住民だ。一同よろしく頼む」
「おぅ!」
カーンの掛け声と共に住民からパチパチパチと拍手が起こり、5人が肩を震わせながら地面に涙をこぼした。
「皆、その硬貨を手にとって眺めて欲しい。日本の硬貨で5円玉というのだけれど、ご縁という発音は日本では他人とのつながりや、めぐり合わせという意味を含んでるんだ。この砦の住民の最大の武器は団結力だと僕は思ってるんだけど、いくつかの理由でピッタリだと思ったのでこれを接収した財産の代わりに受け取って下さい。納得いかない者は2年間待って欲しい。納得いかない者には2年後に、五円玉1枚につき金貨10枚で買い取る事をお約束します」
4人家族の住民が顔を見合わせ、家族全員を足すと金貨40枚の価値があり、失った家財の全てを買い戻す価値は十分にある。
この発言を聞き家財を失って不安な住民達の顔に血の気が戻り始めるが、明日からどうやって暮らしていくのかの説明を聞いていない住民達は、まだ不安の全てを払拭出来ていなかった。
「その硬貨の表面を見て欲しい。稲穂と水面と歯車が書かれている。これはこの谷間の未来だ。農業区画には米という稲が一面に棚引き、水場から引いた水路には魚を放流しいつでも水揚げが出来るようにしよう。居住区の一画に工房を作り、知恵を出し合って色々な製品を開発し暮らしに役立てていこう。挫けそうな時はその硬貨を眺めなさい。きっと自分達の未来を描けるはずだ。我らは、この3つの産業を機軸に据える」
住民達はベルカンプの声に耳を傾け、説明された通り表記されている3つの絵に自分の未来を重ね合わせた。
とうとう我慢出来なくなった住民の一人が、
「主上! 俺は、主上の言う通りにしてたらこの暮らしが出来るのですか?」
と、興奮して思わず発言する。
「惜しいが違う。言う通りにするのではない。皆で考え、支えあうのだ。私はそのきっかけを与えるべく、この谷間に知識の種を蒔こうと思う。体を動かすのだけではダメだ。個人で自立しながら、集団で一つの個となるのだ」
発言した男性は少々たじろいだが、気持ちを持ち直し、「俺も考える!」と高々に宣言し、その声に続いて住民達も次々に宣言をした。
「みんな、物語は好きかい? 僕はここの住民一人一人に、物語の主人公になって貰いたいんだ」
これには意図が判りかねる住民達が首をひねり、どういう事だろうと雑音が漏れた。
「主上! 私はベルカンプ様が主人公だと思います。それなのに一人一人が主人公になるとはどういう意味でしょうか?」
赤子を抱えた女性が質問をすると、
「勿論、僕は僕で物語の主人公だ。マチュラに飛ばされ、バロルを失う所まで書き綴っているよ。でも、まだ途中だ。僕の物語はまだ続くんだ。それと同じで皆にも自分の物語があるはずだ。カーンは奴隷の身分からここまで成り上がり、百人斬りの称号に手が届く所まで来ている。その物語はまぎれもなくカーンが主人公であり、僕は脇役だ。皆もそうだろ? 妻を、子供を育み、他人と寄り添い歩んできた人生は間違いなく自分の物語だ。マチュラという視点で見ると我らの物語など些細なものかも知れないが、それでも星の数ほどの外伝があって史実は作られていくんだ。僕らはその一つ一つの物語の主人公になり、未来を綴っていこうではないか。その物語が駄作になるのか傑作になるのかは、主人公である自らの行いで決まるわけだ。私は、住民の一人一人が素晴らしい物語を書き綴る事を願います」
意図がわかり、住民達一人一人に自立の精神が宿り始める。
今まで強者に従うだけの人生だった何人かは、これからの人生を大きく方向転換する事を密かに心に誓った。
「いいか! 二年だ! 二年でこの谷間の土台を作る! 最初の一年は120%働き、次の一年は100%働こう。この二年は共に同じ物を食べ、同じ服を着て、同じ苦しみを共有しよう。私には異世界の品を融通出来るイニシアチブがあるが、この二年に置いては私腹を肥やす事に使わないとここに宣言する。私と同じく、覚悟の決まった者から皆に向かって宣言をしろ!」
心配していた衣食の件を共有するとベルカンプからお墨付きを頂き、安堵と共にベルカンプの宣言に驚く住民達。
異世界通信を個人利用すれば数年で王に匹敵する程の富を得ることも可能なはずであるが、それを私欲に使わないと宣言した異世界の少年に住民達は心から感謝し、それぞれ内なる感情を大地にばら撒いた。
「私は二年間、全ての力を出し切って谷間の発展に尽力する事を誓います!」
「おれは馬鹿だからなにしていいかわかんないけど、とにかくなんでもやる! 不満もいわねぇ!」
「ぼくもお手伝いする! お父さんとお母さんに迷惑かけない!」
ベルカンプより年下かと思うぐらいの少年が母の膝元で宣言し、自分の息子の成長にびっくりした母親が一瞬笑うと、しゃがみ込んで息子を抱えたままさめざめと泣く。
住民達の宣言が終了し、物思いに耽っていたように喧騒が静まるまで待機していたベルカンプは、住民の一人一人を見渡すと吼えた。
「リンス!」
「は、はい!!!」
急に名前を呼ばれて飛び上がったリンスが返事を返す。
「婦人会を結成し、自らは会長の座に就く事を任命する。私は人材探しの為、砦を離れる事も多いかと思う。そこで住民の女、子供の一切をおまえに任せる。農業、工業、水産業、子供でも出来る仕事もあるはずだ。適所で上手く回して暮らしの土台を支えなさい」
「…………はい! 謹んでお受け致します」
一瞬、私なんかには無理です。と口から出掛かったリンスだが、つい先程宣言した言葉を思い出し、決死の覚悟に表情を変えるとベルカンプの要請に応じる。
「念のために言っておくが、本日よりリンスは最高幹部の一人だ。カーンやオットーに気合で遅れをとるなよ!?」
「は、はい!!!」
この言葉を貰い、リンスは素朴な開拓民の殻を破る事を決意した。
「クラリス、ソシエ、リンジー、リタ、コキア」
「はい!」
名前を呼ばれた5人が発声する。
「婦人会の副会長に任命する。コキアは恐らく農業担当だろうけど、手分けしてリンスをよく支えるように」
「任せてよ!」
コキアが待ってましたと元気良く発言すると、残りの4人も「任せてよ!」とそれぞれ真似し、一同の笑いを誘った。
「ヨーガ!」
「はい!」
「工兵『鳶』を結成し、工兵長に任命する! 住民男性と兵士の中から大工仕事に優れた人物を選抜しなさい。平時は砦内の建設、非常時は工兵として従事する事を命じる」
「はっ! 全力を尽くします」
「いいか! 重ねて言うが、この2年はヨーガとリンスの奮闘が鍵だ! 二人とも物怖じせず全力を以って事に当たるように!」
「おう!」
「はい!」
普段が丁寧な言葉のヨーガが荒っぽい返事をし、腹の据わった表情を見てベルカンプは笑みをこぼす。
「アハリ、ヒラルのモグラ族」
「はっ!」
「そなたらの掘削技術に期待している。下水管の埋設、洞窟より珪藻土の採取、農地の掘り起こしや、水路の溝掘りなど、考えるだけでその用途の多さにびっくりするぐらいだ。休む暇もないぐらい忙しいと思うが、是非活躍してもらいたい」
「なぁに、我らが穴を掘る事など、コルタが大地を走るようなもの。主上には格別の待遇を頂いているので、是非とも恩返しがしとぅございます」
フジが代表して発言すると、全員がチウと同意し、ベルカンプはよろしくお願いしますと頭を下げた。
「オットー!」
「はっ!」
「北門と南門の管理を頼む。前後が3キロ以上あり管理に苦労すると思うが、なんとか知恵を捻って欲しい」
「はっ! ……ですが主上。いずれ石積みの砦壁を作るとの事ですが、それまでの『壁』の変わりは如何いたしましょう?」
「穴を掘ろうと思う。深さ5m、横幅は馬でも飛び越えられぬぐらいの長さの溝を掘り、簡易な橋を架けて谷間の入り口を区別しよう。矢は防げぬが、騎馬で蹂躙される対策にはなるのかと思うのだがどうだろうか?」
「完璧では無いですが、十分に効果は見込めるかと存じます。ではその対策でいくつか考えてみる事に致します」
「頼む」
「はっ!」
「カーン!」
「おう!!!」
「ホウガをおまえに預ける。バロルがおまえを育てたように、見事ホウガを育てて見せよ。平時は門前や谷間を巡回し、往来する商人から町の治安を維持せよ。この谷間の抑止力として責任を果たす事を期待している」
「わかった。任せとけ!」
「ホウガも、それで良いな?」
「はっ、一刻も速く一人前の剣豪になって見せます」
「カミュ!」
「おう!」
「遠距離攻撃の命中率低下は非常時の事を考えるととても不安だ。よってカミュだけは一切の仕事に関わらず、命中率維持の為に鍛錬に励んで欲しい。谷間内の行動の自由の一切を認める」
「つまり、今まで通りで良いってことだな?」
「あぁ。いつもご苦労様。いつ休んでるのかわからないけど、これからも住民の安全を見守ってください。これから山の斜面で仕事する住民が増えると思うから、その辺を重点的に見ていてくれると助かります」
「了解した」
「あ、それと経口補水液はカミュには多めに配給するから、体調管理には気をつけるように」
「本当か! それはありがたい」
普段から影で頑張っているカミュにしっかりと飴を与えるベルカンプに、カミュは表情をほころばせると満足そうに礼を言う。
「大筋はこんなところだ。明日より、戦時体制とする! みんな、覚悟は出来たか!? 絶対に、我らの理想を作りあげるぞ!」
「オオオオオォォォォォーーーーー!」
それぞれが決意と覚悟を固め、天に向かって吼える。
後日談になるのであるが、わずか300人にも満たないこの集団は、恐ろしい程の団結力でこの谷間の発展に貢献するのであった。
「そうそう、忘れてた。2年間激務に次ぐ激務で事件や事故も起きるだろう。道半ばで倒れる者もいるかもしれない。ささやかではあるが、今晩は皆で宴を開こうと思う。強引に家財を接収したお詫びと、これから始まる激務の前払いと思って楽しんでもらいたい」
住民が決意を固めやる気が漲ったところでベルカンプが水を差し、住民のテンションが通常近くまで戻ってしまう。
何か美味しいものでも食べさせてくれるのかなと多少期待したメロゥが、
「主上~! 酒でも飲ませてくれるんすか~!? それなら明日から俺、2割増しで頑張っちゃうんだけど~!?」
酒が無くても全力でやるんだよとファンタに突っ込まれ、そうだったそうだったとおちゃらけたメロゥに一同から笑い声が漏れる。
「焼酎という酒を用意したよ。先行して何人かに試飲させたら好評だったんで、きっと喜んでもらえると思う」
「本当すか!? やったぜ!」
久しぶりの酒だぜと喜ぶメロゥに、カーンもまたあれが飲めるのかと嬉しそうに微笑む。
「しゅじょ~ぅ。僕達には何もないの~?」
酒と聞いて喜ぶ大人達を羨ましそうに見つめる子供の一人がベルカンプに問いかける。
「あるよ~。僕はこっちが楽しみなんだけど、フルーツポンチっていう果物の入ったジュースを飲ませてあげる。甘くて美味しいよ~? 頬っぺたが落っこちちゃうよ~?」
果物のジュースと聞き、今度は大人に入れ替わって子供達がギャーと飛び跳ね回る。
酒とフルーツの両方を試飲した事のある何人かがどっちにしようと究極の二択を迫られる横で、良かったわねと飛び跳ねる我が子に変わってありがとうございますとベルカンプに頭を下げる母親達。
「それから、誰か宴までに人数分のパンを焼いて用意しておいて。真ん中を切って、肉が挟める状態で準備しておいてください」
ベルカンプがキョロキョロと一同を見渡すと、ふと自分の役割を思い出したリンスが一歩前に出て、畏まりましたと返事をする。
「主上~! 何食わせてくれるんすか~! 明日からがむしゃらに働くなら、パワーの付く物だとありがたいなぁ」
今度はファンタが発言し、肉食わせてくれるって言っただろとメロゥに突っ込まれ、先程の逆のパターンでまた一同から笑いが巻き起こる。
「二年分の前払いだからね、異世界の兄に奮発してもらったよ。一人に付き、チキンサンドが一枚と、焼き鳥を2本用意出来た」
「ええええええええええええええ!!!!」
側近の全員が大絶叫し、何事かとぽかんとしている連中にベルカンプは、
「チキンっていうのはね、こちらで言う鶏肉の事だよ。みんなに鳥の肉をご馳走してあげる」
それを聞いた住民があまりの衝撃に一瞬我を忘れ、続いて辺りが静まり返ったと思うと、スーっと住民の息を吸う音が聞こえる。
これでもかと思うぐらい肺に息を吸い込んだ住民達は、
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォ!!!!!」
と、鼓膜が痺れるほどの大絶叫でベルカンプのおもてなしに返事を返した。
完全に日が傾き、大人達が水割りを片手に騒ぎながら一列に並んでいる。
先頭の者から順番に焼き上がった焼き鳥を二本貰うと、恐る恐る口に含み、その独特な弾力と味に「うめぇぇぇぇぇ」と腹の底から声を絞り出す。
一方子供達はと言うと、パンからはみ出る程の肉厚チキンサンドを口一杯に頬張り、美味しいねと笑顔で笑いながらベルカンプが製作中のフルーツポンチの大容器の前に集合している。
果物の缶詰をちぎっては投げちぎっては投げと、奮闘しているベルカンプを子供たちが頑張れと必死で応援していると、同じく慣れない作業に奮戦しているメロゥとファンタが目に映った。
「なんだ、酒が飲みたいと言ってたのに、結局こっちを選んだのか」
ベルカンプがなんとなく声を掛けると、
「いやぁ、本当に迷ったんすよ。でもほら、俺らって現金じゃないですかぁ~。あっちは銅貨100枚で買える酒って有力な情報を仕入れちゃったもんだから、既に美味しいと判明してる安全策を選んだってわけなんすよ」
「本当に現金だな!」
交互に説明する二人にベルカンプは思い切り突っ込むと、上策上策と悪びれもせずに答える二人。
そうこうしている内に全ての缶詰を開け終えたメロゥとファンタは、
「完成だー! 子供達に配っていいっすかー?」
とベルカンプに聞くと、
「悔しいけど二人の作戦は成功だ。今回は、仕上げにこれを入れる」
そう言うと、脇に置いていた透明のペットボトルの中身をどぼどぼと大容器に投入した。
「え? それって中身は水じゃなかったんすか?」
せっかくの甘いのが薄まっちゃうよと心配そうに声を掛ける二人に、
「これはね、サイダーっていう炭酸飲料だよ。フルーツポンチにはこれを入れないとね」
と、中身を入れ終わったベルカンプが少々掻き回すと「完成したよー」と子供達に声を掛け、それを聞いた子供達が群がってくる。
メロゥとファンタが交代で子供達に給仕をすると、ジュースを受け取り口にした子供達の反応がいづれも自分の想像と違うのを変に思ったメロゥが、ちょっとごめんと横入りで自分の容器に注ぐと味見をすべく口に含んでみる。
「うわ! なんだこれ! 水がシュワシュワする!」
舌にピリリとした感触が伝わり思わずびっくりするが、後味が甘く、もう一度軽く口を付けると、今度は慣れたせいかこのシュワシュワが病みつきになってくる。
「主上! なんなんすかこれ!」
「だから炭酸だってば」
美味しそうに果物を食べながらチビチビ炭酸を啜るベルカンプを真似て、子供達も同じ顔で楽しむと、飲み干す頃にはもうこの味の虜になってしまい、もう一杯貰えるのだろうかと真剣に大容器の残量に一喜一憂する。
全員に配り終え、もう一杯貰えると決まった時の子供達の絶叫はチキンサンドを上回り、味覚に『ありがたみ』を加点する大人達とは違って実に素直な歓声であった。
外が騒がしくしているのを羨ましそうに聞いている捕虜の小屋に、お盆を持ったベルカンプが現れる。
「流石に捕虜なんでチキンサンドは用意出来なかったけど、焼き鳥を一本づつ持って来たよ。それとこれを飲んで明日から一緒に頑張ろう」
捕虜に鳥の肉を食わせるなんておまえ良い人過ぎるだろ! とゴヤに突っ込まれ、まぁここまでして裏切られたら容赦無く斬り捨てる為の布石だよとベルカンプに告げられると、一瞬ヒデェと感じた捕虜の感覚も随分緩みきっている。
「はい、ロイにはお酒と、ゴヤは未成年だから果実のジュースね」
焼き鳥の串をそれぞれに握らせた二人に飲み物も進呈すると、早速串に齧り付いたロイが目を輝かせると今度は酒で喉を潤し、「たまんねぇ~~」と喉から絞り上げるようにかすれ声をだすと、今したばかりの行動をリフレインさせる。
それを見ていたゴヤもまずはフルーツポンチに口を付け、刺激のある水にびっくりしつつもその後味の甘さに顔がとろけ、二度三度と啜るともう病みつきになりコップから口が離れない。
7割ほど飲み干しやっと落ち着いたゴヤは、自分には一生縁の無い食べ物と思っていた焼き鳥にとうとう取り掛かり、串から一気に鶏肉を引き千切るとモグモグと奥歯で噛み締めた。
恍惚の表情で噛み締めていたゴヤだったが、その弾力と味が判明する度に表情がどんどん曇っていき、とうとう口を動かすのをやめるとガクンと俯いてしまう。
「なになに? 美味しくなかった?」
あまりの反応の悪さに思わずベルカンプが尋ねると、オレ、これ食った事あるとゴヤがしんみりと答えた。
「試食会からバロルが帰ってきた時、皿からくすねてきたって肉の塊を2つ俺の口に放り込んでくれたんだ。食った事の無い味の肉だったんで、上等なもんだろうとは思ったけどさ。……あいつ、奴隷の俺に何してくれてんだよ」
そう言うと、椅子の上で体育座りをして顔を伏せてしまう。
「本人に言うか迷ってたけどさ、言う事にするよ。バロルは死ぬ瞬間までゴヤの事を気にかけててさ、言葉が発せない程の激痛に耐えてた彼の耳元で、ゴヤの事は安心して、砦のみんなで面倒見るからって宣言したんだ。そうしたら彼は最後の力を振り絞って、僕に微笑みかけたんだよ」
この言葉を聞いたゴヤは途端に面を上げると、残りの鶏肉を串から引き千切り全て口内に収める。
くちゃくちゃと力強い咀嚼音をさせながら、
「ほんとにこの肉はうめぇな。美味過ぎて泣けて来るぐらいだぜ」
と、頬から一筋の涙を流しながらゴヤはその余韻を楽しんだ。
空になったコップをお盆に乗せ部屋から退室しようとするベルカンプに、ゴヤはおいと声をかける。
「明日からおまえの事、主上って呼んでもいいか?」
振り返るベルカンプにゴヤは尋ねると、お好きにどうぞと笑顔のベルカンプは小屋の扉を閉めた。
翌朝、自宅の外でガシャンと金属を積み上げる音が何度かし、五度目の音で無視出来なくなったベルカンプは外に出ると目を丸くする。
恐らく住民や兵士達の家財と思われる品々が山積みにされており、その量は昨日接収した総量の3倍を優に超えていた。
今しがた家財を置きに来た住民がベルカンプを見つけると、済まなそうに頭を下げながら退散し、続いて家族で荷車を引いて角を曲がってきた住民がベルカンプと鉢合わせして飛び上がる。
「ハッハッハ。まぁ人の事ぁ言えねぇが、みんな現金な奴らばっかだよな」
山積みの家財の見張りをしていたカーンが、説明と宴が先だったらこうはなってねぇけどなと付け加えて発言する。
「まぁそうだよね、説明もせずにいきなり財産の接収は下策だったなぁ」
荷車で現れた住民に、正直に差し出しに来てくれてありがとうと頭を下げると、てっきり怒られるとビクビクしていた住民が胸を撫で下ろし、皆に倣って家財の全てを山に加えていく。
「兵士達の給金は昨日の通りだけどよ、住民達も結構溜め込んでやがるんだな。硬貨はこの袋にまとめてあるぞ」
どれどれと袋の中を覗き込むと、大量の銅貨と銀貨が入っており、数枚ではあるが金色の硬貨も目に映る。
「凄いもんだねぇ。みんなのお金をまとめ上げて商売したら、それだけでもなんとかなりそうな額になるよねこれ」
ここで何を売るんだよのカーンの突っ込みに、あ、そっかと納得したベルカンプは、実はお金よりこっちの方が嬉しいかもと数々の鉄製品に目を輝かせた。
朝食を終えた住民の全てが広場に集まり、リンスが中心となって大まかな仕事を割り振っていく。
ヨーガに選抜された鳶の連中が資材にするべく砦壁の解体の準備を始め、モグラ族は二人一組となって色々な箇所に割り振られている。
ベルカンプは残りの兵士達と西の斜面に集まっており、オットーに目配せするといよいよかとオットーは声を張り上げた。
「これから、狭山の山頂部を除く斜面の山狩りを行う! 今までは砦の外であったが、これからは33ウェスタに渡るこの斜面も我らの庭となる。カヅラ等有害な生物の討ち漏らしが無い様、気を抜かずに事に掛かるように! 皆の者、準備は良いか!」
「オオォ!」
「それでは、かかれぇぇぇい!!!」
カーンが先頭となって急斜面を駆け上り、音を慣らしながら北へと追い込んでいく。
早速音に追い立てられた小動物が茂みから飛び出すと、一人の兵士の剣にかかりその兵士はそれを掲え上げた。
「主上~~! 早速晩飯の食材が手に入りました~~!」
ドッと沸く連中の輪の中で、斜面の下から拍手で応えるベルカンプは、続いて拳を天に振りかざした。
後のマチュラ史にこういう記述がある。
近代においてもまだ男女格差の大きいこの世界で、躍進した女性を挙げるならばリンス・ドラメンティを置いて他に無いであろう。
幼少期の活動こそ不明であるが、貧しい開拓民の娘として生まれた彼女はホウガ・ドラメンティと結婚し一女を儲ける。
クリスエスタの一兵卒であったホウガ・ドラメンティは左遷されるオットー・ウッドアンダーに付き従い、後のベルトラップ砦へ共に赴任する事となるのであるが、そこで有名な『シーラの戦い』に最前線で奮闘したリンス・ドラメンティは、エイタ・ベルカンプに能力を見出されるとその才能を一気に開花させていった。
何も無かった貧しい砦をマチュラ一の要所に作り上げたベルカンプの内側を見事に支え続けたリンス・ドラメンティは益々その信任を厚くし、ベルトラップ公国建国の際にはわずか10年にして宰相の座にまで登りつめた。
ホウガ・ドラメンティ、クラリス・ドラメンティと共にベルトラップ公国の重責を担ったドラメンティ家は、ベルトラップ公国に於いて代わりの利かない名家中の名家と言えるであろう。
~~第二部~~ 完
読破お疲れ様でした。
なんとかかんとか、第二部完成まで放り出す事無く書き終わる事が出来ました。
もし読破した方の中で何か感じた事がありましたら、感想や評価の方よろしくお願い致します。
レビューとか評価とか、目に見える褒美を頂けると今後のやる気に繋がるかもしれません。




