第55話 コキアの二連打
砦の戦闘が終わり住民が平穏を取り戻して間もないある日、砦に2名の来客があった。
「私は医療の知識があるニウロ・ブラストーマと言う者です。ピエトロさんの頼みでベルカンプ君のお手伝いに来たんですが、異世界の少年殿はどちらにおられますか?」
南門の兵士にそう告げると、わらわらと集まってきた砦の住民を医者の目で舐めまわした。
「遠路ようこそおいでくださいました。主上でしたらあちらに……」
南門の門番はそう言いながら半回転し、指を差そうと腕をあげた瞬間
「待って! アタシが当てて見せるから!」
その兵士の腕を押さえ込むとニウロの前に立ち塞がった。
「ブラストーマ殿、そちらの女性は奥様でいらっしゃいますか?」
兵士が質問し、ニウロが返答を返すより早くその女性が発言する。
「違うわよ! こんな真面目一辺倒と結婚したらアタシ退屈で死んじゃうじゃない! アタシもピエトロ達の冒険者の一人、コキア・オータムよ! 植物の知識なら誰にも負けないわ!」
「……と言うわけで、ただの友人なんだ。ここに向かう途中の村で偶然鉢合わせ、異世界の少年の話しをしたら付いて来てしまったんだよ」
悪い奴じゃないんで。と説明するニウロに兵士は苦笑いし、その間にもコキアはスタスタと正面の大男の前に歩き始める。
「貴方、ここの大将ね! え~と名前は確かカーンだったかしら?」
「お、おぅ。俺がカーンなのは間違いないが……」
自分の予想が当たり、鼻高々と勝ち誇るコキア。
「コキア・オータムよ。オータム家は代々、貴族に農業指導を任されてた名家なの。しばらくこの砦にお邪魔させてもらうわね」
そう言いながらカーンに手を差し出し、釣られて無意識に伸びた手を掴むと元気よく上下に揺さぶる。
「さぁベルカンプを探すわよ~。探し物は足元にアリ! ベルカンプは、貴方ね!」
ビシッっとカーンの脇にいる少年を指すと、無言でとんでもないと首を振り続ける奴隷の少年。
「…………さ、冗談はここまでにしておいて、と。少々着ている物が粗末だったわね。次は市民風を狙ってみるか」
ほんのり頬が赤くなったコキアが、門前で躍動しながら子供達の周りをくるくる回りながら吟味しはじめる。
「オータムか」
メロゥとファンタの間に挟まれながら、住民に混じりコキアの姿を眺めていたベルカンプが思わず呟いた。
「主上、オータムがどうかしたんすか?」
横に控えるメロゥがなんとなくベルカンプに質問すると、
「いや、異世界の言葉なんだけどね、オータムって秋っていう意味なんだよ」
「へ~~」
メロゥとファンタの声がハミングし、ライバル関係の二人の目線が一瞬だけバチッと合うが、すぐ目線をお互いに正面に戻しコキアの所作をぼ~っと眺める。
門前で半円を描く住民の内側で必死に迷探偵ぶりを披露しているコキアは、旅衣装でゆったりとしている服装からでもわかるぐらい立派な胸部と臀部を主張していた。
ベルカンプ探しに必死になり、躍動するコキアにあわせてその部位が主張を繰り返すものだから、
「主上。……実りの秋っすね」
「主上。オレ、収穫の秋に興味あるっす」
年頃の男子であるメロゥとファンタがそれぞれ素直な感想を述べた。
「……ソシエに足りない物を、僕は同時に二つも見つけてしまった」
二人の感想にベルカンプも悪乗りし、ギャハハと住民の輪の一角で下品な笑いで盛り上がっていると、やがて興味が失せた住民が一人、また一人と去っていき、スカスカになった輪の中でコキアに指されていない少年はとうとうベルカンプだけとなってしまった。
「……どの集落にもいるのよね、私のダイナマイトバディをネタに盛り上がる下品なグループが」
チッ、しかたねぇな、とばかりに残り物の少年の前にやって来るコキア。
コキアの明らかに不機嫌な表情に3人は先程の会話が丸聞こえだったのを察し、直立で押し黙る。
「まさかね……まさか、このお下劣3兄弟の末弟がベルカンプだったなんて……」
「あのぅ~、ベルカンプです。始めまして、オータムさん」
言い訳したり謝ったりして墓穴に手を突っ込む危険を回避する作戦を決行したベルカンプが、可愛い手を差し出した。
コキアはつまんなそうにその手を握ると、
「なによ。なんの捻りもないじゃない! 一瞬見ただけで他の子供と違いすぎるから、かえって怪しすぎて後回しにしたらそのまんまじゃないの!」
迷探偵の推理がことごとく外れた憂さ晴らしなのか、恥ずかしさの照れ隠しのせいなのかコキアは不機嫌を隠さない。
ベルカンプもベルカンプで自分達に非があるので容易に突っ込めず、お茶を濁すような雰囲気でいた所、
「よろしく、たわわに実ったオータムさん!」
「よろしく、収穫させて欲しいオータムさん!」
空気を読めないメロゥとファンタがとどめの一言を発した。
「ふざけんなこのエロ河童~~~~!!!」
コキアが大きく振りかぶり、自分の右平手をメロゥの頬にぶちこもうと弧を描く。
バシィィィィ~ンと乾いた豪快な音がしたと思うと、
「イギィィィィィィィィ~~~」
ベルカンプの悲鳴が上がり、頬が腫れ上がった。
先日の戦闘から体がまだ冷め切っていないメロゥが思わず条件反射でベルカンプの上半身を持ち上げ防いでしまい、一瞬しまった! と思ったコキアがそれでも返す刀で拳を握り締め、今度はファンタのみぞおちに狙いを定める。
「グボォォォォォォ~~~」
今度もベルカンプの断末魔が辺りに響き渡り、これまた条件反射でベルカンプの下半身を持ち上げ盾代わりにしてしまい、股間をグーでフルスイングされたベルカンプが悶絶する。
負傷し緩く痙攣するベルカンプを均等に半分づつ抱え込む二人は、
「……やべぇ、やっちまった」
「……主上が許してくれても、オットーに殺される」
同じように表情を凍らせるコキアの前で、二人は硬直して立ち尽くした。