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第88話 輪廻の玉

 あの後ベッドの上で色々と考え事をしていたせいで、寝付いたのは朝方だったベルカンプは寝坊をした。


 朝食をかきこみ早足でルー家に提供した小屋に到着すると、バロルと入れ違いだったと報告を受け、ベルカンプはここで丸々一昼夜4人で話し込んでいたのを知る事となった。


「どうでしたか? 濃い内容の会話は出来ましたでしょうか?」


 ベルカンプが3人に問いかけると、

「うむ。バロテックがガライから帰って来なかった理由や、それからの事情、本人の口から聞け大分わだかまりが解けた。ルー家にとってとても有意義で大切な時間であった。このような機会を頂き誠に感謝する。この通りだ」


 ライラックの合図で3人が同時に頭を垂れる。


「いえいえ! とんでもない! ですが手遅れになる前に会えて良かったですね。……それで、説得には成功しましたでしょうか?」


 ベルカンプが尋ねると、ふらっとスルツカヤが席を立ち、少々汗を掻きましたので水場で身なりを整えて参りますと離席する。


 スルツカヤが小屋の扉を閉めると、リルテックがテーブルに両手を付き

「結論から言うと、兄の説得に失敗しました」

 と、期待に応えられなかった事を申し訳無さそうに詫びた。


「え? という事は、ルー家はバロルが極刑に処されるのを見て見ぬ振りをするという事ですか?」


 表情が凍りついたベルカンプがなんとかリルテックに質問すると、

「見て見ぬ振りはしない。ルー家は兄上の、いやバロルの罪状は妥当だと判断した。我らルー家はバロルの刑がどんなものであれ、それが正しいと判決する。ベルカンプ殿、バロルの件の一切は貴方にお任せ致します」


 バロルとはふた回りも離れていそうなリルテックが、6歳の少年に敬意を以って説明した。


「納得が出来ません! あなた方は何の為に遠路馬を飛ばして来たのですか! バロテック・ルーを故郷に連れて帰る為ではないのですか!? 説得に期間は設けていません! 一ヶ月でも、一年でも、彼が折れるまで何度でも繰り返し説得したらいいじゃないですか!」


 怒りの余り思いの丈をぶちまけたベルカンプは、こちらこそ納得が出来ないとライラックとリルテックを交互に睨む。


 6歳の少年の目の奥に、青年の憤りが宿る不思議な感覚に囚われたライラックは、

「なるほど異世界の少年とはこういう事なのか。今まで麒麟児と称された子を何人も見て参ったが、それのいずれとも違う感覚を覚える」

 と、ベルカンプの投げかけた言葉とは違う方角の発言をした。


「そんな事はどうでもいい! どうなんだ! 説得を続けるのか、バロルを見殺しにするのか、答えろライラック! 返答次第では、ルー家と私の関係は最悪になると心得よ!」


 ルー家を代表して来訪したライラックを軽く脅され、リルテックが「おい」と一言掛けるとライラックが構わぬと手で制する。


「済まぬ。我ら三名は持てる知恵を振り絞り説得したのだ。しかし全てやり返され、我らが打つ手無しとなった所でバロテックからある提案があり、打つ手が無かった我らは思わずその取り引きに応じてしまったのだ」


 事情が飲み込めて来たベルカンプの溜飲が多少下がり、一呼吸置くと先程の暴言を深く詫びる。


「それで、一体何の取り引きをしたのですか?」


「ルー家の機密ゆえ、全ては申せぬ。が、バロテックにはこれを口に含ませた。今回のお礼と言ってはなんだがそなたにも受け取ってもらいたい。きっと何かの役に立つであろう」


 そう言って小さな木箱を提示されたベルカンプが箱を開けると、ビー玉ぐらいの球体がいくつか入っていた。


「……これは?」


「輪廻の玉と言う。この玉を一日程度口に含み転がすと、その者の意識や情報が玉に吸着されると言う秘宝だ。その者の死後、別の生物にこれを含ませると、その者の記憶が宿る事があると言われている」


「凄い! まさに輪廻転生じゃないですか! バロルにこれを含ませたという事は、バロルは別のコルタに生まれ変わる事が出来るのですか?」


 そういう逆転の一手があったのかとテンションが上がるベルカンプを余所に、二人の表情は何故か重い。


「転生する固体は自我のない赤子であればあるだけ成功率が上がる。生まれたばかりの赤子で、情報の装着率は平均で4割と言った所だ」


「4割ですか。全ての感情や記憶を上書き出来る程万能なわけではないのですね。それで、何故そんなに重たい顔をしているのですか?」


「…………バロテックはムタチオンである。ムタチオンの情報量を受け止められるコルタなど存在はしない。過去、ムタチオンが含んだ輪廻の玉をコルタに含ませて成功した例は皆無である」


「え? それじゃなんの意味もないじゃないですか……」


「そうだ。だがいくつかの奇跡が重なると、可能性がゼロと言うわけでもない」


「…………コルタからムタチオンが生まれる可能性ってどれぐらいなのですか?」


「……双子が生まれる確率より多少マシと言ったところだろうか。これ以上は機密に関わるゆえ、詮索無用で願いたい」


 逆転の一手にぬか喜びしたベルカンプが再度表情を落とし、長考に入る。

 その長考に付き合うように、熱くなった脳を冷やす為に二人も目を瞑ると、トクトクと3人の心臓の音が微かに聞こえる。


 そのまま小屋の外の喧騒、小屋が軋む音に耳を傾けていた二人がベルカンプの吐く息で目を開けると、燃えるような決意をした目のベルカンプが二人を待ち構えていた。


「それでは、バロルをルー家は引き取らない。今を以ってバロルの生死や動向に一言も口を挟まないという事でよろしいですね?」


 感情の一切を殺し、政治的口調に変わったベルカンプに

「あぁ。全てをお任せする。折角の機会を頂いたが、力になれず申し訳ない」


 もう一度丁重に詫びるライラックにベルカンプは一定の理解を示しつつ、

「それで、処刑は見ていかれますか?」

 と聞くと、

「数日以内であるならば、兄の顛末を目に焼き付けて帰りたい」

 と、今度はリルテックが是非にもと頭を下げた。


 その後少々雑談し、さてとと立ち上がったベルカンプは、バロルと最後の交渉をして来ますと、静かに小屋を出て行った。

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