第87話 外出不許可
連日の疲れがどっと出たせいか、ベルカンプは真夜中に目を覚ます。
一瞬慌てたベルカンプであったが、今更どうしようもないと普段通りに居間に顔を出すと、ソシエが動物図鑑を眺めながら待機していた。
「あ、起きた? 簡単なスープだけ用意してあるけど食べる?」
「うん。……バロルとルー家の面会ってどうなったか報告来てる?」
「兄さんがベルの引き継いだ通りにしたみたいよ? 途中書くものが欲しいとねだられたらしくて、ノートと鉛筆を譲っても良いかと軽く起こしたんだけど、貴方起きなくって……」
「ごめん、疲れてるのかなぁ? 全然記憶にないや。……で、あげたんでしょ?」
「ええ。ベルにそんなに貴重なものじゃないって聞かされてたから渡すって言ってたわ」
「そう。良かった」
会話をしながら背中を向けていたソシエが反転し、椀をベルカンプの前に差し出すと、ベルカンプは両手を合わせてから匙を握る。
「後ね、ニウロさんが来たわ。寝てるって言ったら、わかりましたって」
「なんだろ? 薬の使用許可かな? でも砦で適切に使うのなら任せるって言ってあるから、ちょっとおかしいよね?」
「バロルさんかルー家の誰かに使う気だったのかしらね?」
「んー? どうだろ? まぁ後で聞いてみよう」
「ちょっと! もう深夜よ? 今日はそれ飲んだらまた布団に入りなさい。今日は母親として外出は認めません」
「えー! ……まぁ深夜にニウロに尋ねに行くのもアレか。たまにはおかぁさまの言う事聞かないと勘当されちゃうもんね」
「そうよ? 今日ばかりはおかぁさまとからかっても否定しないからね。朝まで絶対に外に出さないわよ?」
「あらら……決意の固いこと。それじゃ今夜は大人しくするしかないか」
ムフフとしたり顔でベルカンプを眺めるソシエを肴に、ベルカンプは匙を何度か口に運ぶ。
二人きりでソシエの顔を見ながらスープを飲む行為に、なんだかクリスエスタで暮らしてた頃を思い出したベルカンプは、ふと当時よく食べていたシチューを思い出した。
「そういえばさ、ここに来てから肉なんて干し肉しか口にしてないけど、クリスエスタで食べさせてくれたシチューに入ってた肉ってなんの肉だったの?」
「ん? あれはねぇ、ボルトモットのお肉よ? 成長が早くて飼育が楽だから素人でも簡単に育てられるし、ペットみたいに室内で育てて食べる人もいるぐらいなのよ?」
え~っととソシエは脇においてあった動物図鑑をペラペラめくると、これこれと指を差す。
「へぇ、マーモット。マーモットの肉ってあんな味がするんだ。簡単に育てられるならここでも飼いたいよね。……じゃぁさ、ピエトロ様が来た時にお出しした、上等のステーキ肉みたいなのはなんの肉?」
「ええとあれは~…………これと~……これの、中間みたいな動物の肉よ。グゥって言うの」
そのまま動物図鑑をペラペラとめくったソシエはバッファローとヌーを交互に指差し、食した味覚からやはりと思ったベルカンプは動物図鑑を取り上げると、ホルスタインをソシエに見せる。
「牛っていうんだけど、これが一番近くない?」
「え? う~ん…………似てない事もないけど~、角が無いし、第一なんなのその模様? 白と黒のまだらなんか見たこと無いわ」
そんなふざけた模様で野生で生きていけるわけないじゃないと、ホルスタインよりやはりこっちよとヌーの写真を再度指差した。
そっかぁとベルカンプは黒毛和牛を探すのだがこの動物図鑑には載っておらず、まぁいいやとなんとなく図鑑を閉じると、
「ピエトロ様に出した肉はね、公族やお金持ちが口に入れるランクのお肉を奮発して買ったの。そういうレベルのグゥは管理した土地に放牧して飼育するんだけどね、一般市民が口にするグゥは遊牧民から買い取るのが普通なのよ?」
と、ソシエが話を被せて来る。
「遊牧民というと、道草を食みながら家畜ごと移動して村や町に寄るの?」
「そうそう。キャラバンごとにマチュラ中を移動販売するの。恐らくだけどこの谷間も通ると思うから、その時は買ってくださいね、主上様♪」
ソシエにからかわれたベルカンプがキィーっと歯を剥き睨みあうと、一呼吸置いて笑いあう。
「でもさ、商品と一緒に原野を移動するわけじゃん? 獣の類は対処するとして、盗賊とかに襲われる心配はないの?」
「馬はね、何度も根こそぎ襲われる事件が多発して、馬の遊牧は誰もやらなくなったみたい。でもグゥは食用にしかならないから、盗賊に見つかっても数頭奪われるだけで済む事がほとんどなんだって。キャラバンごと奪っても管理が大変で儲けにならないらしいわよ?」
「なるほどね、殺しても数日で腐るし、生かしながら移動しても盗賊にはグゥを集団移動させる技がないから大変って事か。大規模な盗賊集団の時はどうなるんだろうね?」
「……それは……運が悪かったねって事になるのかしら? 場所は知らないんだけど、盗賊に乗っ取られた村なんかもあるらしくて、キャラバンもそういう地域は近づかないらしいわよ?」
「ふ~ん…………」
ご馳走様と立ち上がり、空になった椀を片すと、今まで座っていた椅子に両手をかける。
完全に目が冴えてしまったベルカンプを見たソシエは、言ってもいいわねと心で自答した。
「あ、それとね、ゼマリア様達帰ったからね」
「えええええーーーーー!!!」
ベルカンプは思わず、手にかけた椅子をバネにしてピョンピョン飛び跳ねる。
その仕草が面白くて可愛いと感じたソシエが思わず微笑みながら、
「私も起こそうと思ったのよ。でもね、ゼマリア様が『見送られる為だけに子供を起こすのは私の趣味じゃない』って言って何度も引き止めるの。なんか額に汗してたけど、昨日の夜なんかあったの?」
「え? ……いや…………特に何もないけど…………」
それを聞いて急にピョンピョンが止まるベルカンプに、ソシエが女の勘を働かす。
目つきが変わったソシエになんとか話題を変えようと
「それで、カーンとオットーで見送ったってわけなの?」
と質問すると、
「そうよ。本来クリスエスタの案件なんだから、出迎えも見送りもその二人だけで当たり前なのよね。去り際にね、ゼマリア様がベルカンプによろしく言っといてくれってさ。一体何によろしくなのかしらね?」
と、じとーっとした目つきを変えずに返事を返す。
「いやいやいやいや、ソシエさん、カマかけてますね? ほんとはそんな事言ってなかったでしょ?」
「へ? 何言ってんの? 私伝言頼まれたんだから!」
「ほんとうに~~?」
「本当よ」
ソシエの目をマジマジと見たベルカンプは、あ、本当なんだと一言言うと、
「じゃぁ夜も遅いし子供は寝るとしま~す。お休みなさいませ、おかぁさま」
「ちょっと! 待ちなさい! おいコラ!」
ソシエの罵声を背中に受けながら、ベルカンプは寝室の扉をパタンと閉めた。




