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第86話 カルツ帰還

 南門の見張り台に上ったベルカンプは、双眼鏡を受け取ると目に当てる。


 ここにやってくるまでの時間差で既に目視出来る位置まで来ていた一行を確認するとすぐに双眼鏡から目を離し、ベルカンプは大きく手を振ると、先頭で乗馬するカルツも気づいて手を振り返す。

 いても経ってもいられなくなったベルカンプはオットーを真似て門前まで出迎えると、顔の表情がわかるまで近づいてきたカルツが下馬し、満面の笑みで手綱を持ちながら歩いてきた。


「カルツ!!! お帰りなさい! 息子さんと奥様に無事報告出来ましたか? 僕は絶対に帰ってくると信じてたよ!」


「主上、ただいま帰りました。墓前できちんと敵討ちの報告が出来ました。長年の胸の(つか)えが取れ、今はけじめが着いたせいかスッキリした気分です。この経緯に至ったのも全て主上のおかげです。本当にありがとうございました」


 半泣きで両手を差し伸べるベルカンプに、カルツは軽々と持ち上げると遠慮なく抱きしめる。

 懐かしい子供の匂いと感触に、墓前で流しつくした筈の涙がまた溢れ始め、カルツはまた、心の中で少しだけ泣いた。


「カルツ、カルツが不在の間にね、クリスエスタから給金が届いたよ。後はガライからロータス市長が直々にやってきたりね、昨日は近衛第4位のゼマリア様とカーンが試合をしたんだけど、なんとカーンの奴、勝っちゃったんだよ」


 地面に下ろされたベルカンプが矢継ぎ早に報告を済ませると、カルツは自分の不在の間のイベントの多さに目を丸くする。


「そうだ! 旅の資金の工面は上手くいったの? …………それで、後ろの同行者は……?」


「はい。ライターと塩と氷砂糖のおかげで道中の食事もどうにかなりました。ビニール袋は水の持ち運びにとても役に立ちましたし、主上の指示通りに異世界の紙を売って旅の資金に充てる事が出来ましたので、苦労した事は一切ありませんでしたよ」


 それは良かったと満足そうに頷くベルカンプに、カルツは続けて発言する。


「それで後ろの客人なのですが、無事に岩種穂(イワタネホ)まで辿り着けました。主上の手紙を渡しました所、急ぎ砦まで同行したいと言われましたので駆け足で帰ってまいりました」


「凄いよカルツ。100点だ。よく今日中に帰ってきてくれた。疲れただろうからゆっくり休んでください。後は僕が受け持ちます」


「ありがとうございます。ですが主上、何故こんな時間に起きておられるのですか? 働きすぎではございませんか?」


「あ、いや、今日だけたまたまなんです。近衛の方達と会合しててね」


 そうでしたか。それならば良いんですがとカルツはベルカンプから目を離すと、ベルカンプの前を開けた。

 既に下馬して用意していた3人の雄馬は、カルツが砦から持ち出した雌馬とは風格からして全くの別物で、威風堂々とベルカンプを見下ろしている。


「お待たせいたしました。こんな早朝ですので出迎えが私だけで申し訳ありません。手紙を書きました、ベルカンプ・ウッドアンダーと申します」


「こんな早朝に砦の指導者自らの出迎え感謝する。早速で済まないがバロル、バロテック・ルーはまだ処罰されておらぬか?」


「はい、間に合いました。バロル自らが極刑に処して欲しいと言う事を聞かず、今日か明日にでもという所でした」


「そうか、間に合ったか。…………名も名乗らず済まなかった。私はライラック・ルー。ルー家の代表として現状を検分に参った次第だ。隣の男はリルテック・ルー。残る一人の女がスルツカヤだ」


 ライラックに名を呼ばれた二人がベルカンプに頭を下げ、ベルカンプもそれに応じて真似をする。


「粗末な小屋ですがガライの客人が使用していた場所がちょうど空いております。今からそこに湯を運びますので少々休憩して頂き、第一中天の頃にでもバロルをその小屋に呼びますので、そこから面会して頂くという形でよろしいでしょうか?」


「かたじけない。少々強行軍だったので小休止したいところであった。バロルの説得は、手紙の通りに存命が第一でよろしいのだな?」


「構いません。私は仲間になって欲しいと懇願したのですが説得に失敗してしまいました。ですのでルー家にバロルを引き取ってもらい、ルー家に『貸し』を作る方に賭けたいと思います。飾り気のない言葉ですみませんが、ご容赦ください」


「ハハハ。よく伝わったよ指導者殿。我等もバロルと会うのは数十年ぶりでな、手紙の内容を聞いた時は一同椅子から立ち上がったぐらいであった。よく報告してくれた。それだけでも既に貸し一つと言ったところであろうか?」


 兵士に馬を預け、小屋へ案内ながらもお互いに顔を見合わせて笑いあう。


「ところで指導者殿。ベルカンプ・ウッドアンダーとはそなたの親が命名したのかな?」


「え? はい。親と言いましても、私は拾い子なのです。ウッドアンダー家の兄妹に育ててもらってますのでそう名乗りましたが、何かおかしかったですか?」


「いや、ベルカンプという名前は一般的には一族(クラン)ネームで使われる事が多くてな。そういう事情があるのであったか。いらん詮索をして悪かった」


「いえ、貴重なご指摘ありがとうございます。思えばフルネームで名乗ったのが初めてでしたので、みんな不思議に思う瞬間がなかったのでしょうか?」


 そうなのかもしれぬなと、雑談をしながら歩みを進めて行くと、目的の場所に到着する。

 小屋に着くと4人は椅子に着席し、ほっとしたせいかベルカンプはとろんと目蓋が重くなった。


 そこへ急いで着替えてきたオットーが到着し、オットーに事情を説明して引継ぎを済ませると、ちょっと仮眠してきますとベルカンプは小屋を後にした。



 自宅に到着したベルカンプはソシエに水を一杯だけ貰うと、自分のベッドに倒れこむ。


「ベル~? 貴方まだ体は子供なのだから、徹夜なんかしちゃだめじゃない」


 うつ伏せに倒れこんだベルカンプの体を仰向けに直しながらソシエが苦言する。


「うん……。気をつけるよ……」


「バロルさん、説得に応じてくれると良いわね」


「うん……。これでだめなら、もう最後の手段しかない……。そういえば思い出したけど、マルタの日っていうのがあるんだってね…………サルタの事教えてくれた時に教えてくれれば良かったのに…………」


「ごめんなさい。確かベルに乗せられてそれどころじゃなかったんじゃなかったかしら? ……ついでに言うと、今日はサルタの日よ?」


「…………ぇ? ……………………そうなんだ」


 意識が飛び飛びのベルカンプはもう我慢出来ず、脳内の電源がここで途切れる。

 おやすみなさいとソシエはベルカンプに毛布を掛けると、静かに寝室を後にした。

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