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第83話 三顧の礼

 日もだいぶ陰り、オットーの尻に軟膏を塗りに戻ったベルカンプが現場に戻ると鍛錬は既に終わっており、兵士に両肩を抱えられた全身ミミズ腫れのカーンが会場を後にする。


 ベルカンプは両手に持っていたペットボトルの一つを兵士に渡すと、

「これを飲ませておいて。後、アクタのベッドを空けて置いたからそこで休ませるように」


 わかりましたと兵士が挨拶すると、自身は水場で顔を洗おうとしているバロルを見つけ、そちらの方に足を運ぶ。


「お疲れ様でした。明日もう一日ありますので、これを飲んでおいてください」


 ベルカンプはペットボトル入りの経口補水液(スポーツドリンク)を軽く投げて渡すと、受け取ったバロルは不思議そうに容器を眺める。


「先日バロルさんに質問された答えなのですが、その容器とこの透明な袋を高値で商人に売って資金の足しにしようと画策しています。バロルさんでしたらいくらなら買いますか?」


 ベルカンプは透明なビニール袋を小さな滝の下に持って行くと口を広げ、どぼどぼと水を汲み始める。

 ある程度溜まった袋をバロルに見せ、水が一切漏れていないのを確認させると中身の水を捨て、クシャっと小さく握りつぶすとバロルのポケットに突っ込んだ。


 バロルは自分のポケットにねじ込まれたビニール袋の感触を外側から少々楽しむと、渡されたペットボトルを恐る恐る握りつぶしてみたり、キャップの開け方に苦心し、やがて捻って開ける事を理解したバロルの顔がパァっと明るくなる。


「この入れ物はガラスのように透明だが、樹脂か何かで出来ているのか?」


「いえ、プラスチックと言う素材で出来ています。石油……化石燃料が原料らしいのですが…………製造方法は僕も知りません」


「ほぅ、やっと少年にもわからない事が出てきたか。あながち学生だったと言う告白も嘘ではないようだ」


「勿論嘘ではありませんし、地球で僕と同年齢で僕より物知りなんていくらでもいたんです。謙遜でも何でも無く、本当に僕はただの一市民だったのですよ?」


「少年の言う通り知識は並であったとしよう。では判断力、実行力はどうなのだ? それも並と申すのか?」


「……それは…………」


 答えに詰まるベルカンプにそうだろうとバロルが一人で納得し、先程覚えたペットボトルのキャップを開けると口をつける。


「この透明な容器と袋、どちらも非常に軽量で弾力もあり、軽く考えただけでもその用途は実に様々である。下手をすると、金貨一枚でも高いと思われぬかもしれぬな」


「そんなに高値でいけますか。これは蔵が建っちゃいますねぇ」


「だが、往来する商人を5千と仮定して、その全員が買ったとしてもわずか金貨5千枚だ。見た所、そんなにすぐ壊れる物では無さそうだが?」


「袋ですら大切に使えば数年は破けないはずです。異世界ではただ同然の値段ですので、いつまでも高値で売り続けるのは良心の呵責を感じるのですが……」


「なるほど、街の発展が軌道に乗る数年限定の案であるわけか。なら最初から訳を説明してそれでも欲しい奴だけに売ればよかろう」


「はい。特に最初の数年は綺麗ごと言ってられないと思いますので、では半年補償でもつけてその値段で売って見ようと思います」


 無言で頷いたバロルは再びペットボトルに口を付け、乾いた体内にスポーツドリンクが染み込むのを楽しんでいる。

 その雰囲気を眺めていたベルカンプはついに意を決し、護送役の兵士に離れて待てと命ずるとバロルに真剣に向き直った。


「バロルさん。こうして貴方と面と向かって話すのは3度目になりますね。縁起が良いので本題に入らせてもらいますが、貴方はまだ極刑を望んでおられますか?」


「……異世界の3という数は縁起の良い数字であるのか?」


「いえ、歴史上の出来事なのですが、三顧の礼を用いて是が非でも得たい人物を招いたと言う故事がありまして。その縁にあやかれたらなと言う願望からです」


「そうであったか。……極刑という願いは変わっておらぬ。カーンの面倒までは責任を持つが、そろそろ良いだろう。近衛との行事が終わり次第、速やかに刑の執行に移って頂きたい」


「何故そんなに死にたがるのですか!? 僕に不満な所があるなら言ってください。どうしたら僕らの仲間になってくれるのですか!」


「仮に私がそなた等の仲間に加わるとしよう。少年は私に何を求めるのだ?」


「総裁という役職を作ろうと思っています。僕は軍事に関してはからっきしなので、バロルさんに軍事総裁に就いていただき、僕は政治総裁という形で街の発展に尽力しようと思っています。とりあえず門は二門出来るわけですから、有能な守将が最低でも二人は必要です。一人は私の父という当てがあるのですが、もう一人がどうしても欲しい」


「オットー殿か。彼は武力こそそこそこであるが、それ以外の能力はとても優秀だ。良い門番長になるであろうな」


「はい。ですからバロルさんにはもう一門の管理をして頂き、代行出来る人物が出来次第、中央で軍事を統括して頂ければ、僕ら住民は安心して内政に力を注げるのでは無いかなと思っています」


「なるほど、よく練られておる。ちなみに今の待遇に不満など全く無い。実に人道的に扱っていただき感謝している」


「でしたら仲間になって頂けますね?」

「それは出来ぬ」

「何故ですか!」


「……武人の……ルー家に生まれし者の矜持(きょうじ)としか申せぬ。私は、死罪に当たる行為を繰り返していた事をとても恥じている」


 説得する切り口を失ったベルカンプは思わず日本語でチクショウと吼えた。

 すまないと声をかけて会話のきっかけを与えるのもなんだなとバロルが黙っていると、自身の足場を慣らしながら下を向いていたベルカンプが再び口を開く。


「先程の……判断力、実行力という件ですが、自慢になるかも知れませんが、同年代では優れている方だと自負しています」


「うむ。そうであろう。日頃の鍛錬の賜物かね?」


「いえ、違います。恵まれない家庭環境のせいだと思っています」


 無言で眉を上げるバロルにベルカンプは異世界での自分の境遇を切々と語った。

 異世界では、子供に躾と称して平手打ちをするだけで虐待にあたり、親に刑事罰が課せられるおかしな世界である。

 その温室のような環境の中で自分達双子だけは両親どころか祖母、祖父にすら養育を拒否されて生きてきたと告白する。


 勿論支援団体や行政という存在も説明し、その庇護の下で最低限の暮らしは確保出来たのだが、やはり家長がいない生活環境には何度も自分達だけで決断を迫られる出来事がいくつも起こり、その繰り返しの中で培った人格が今の自分を担っているのではないかと説明した。


「僕はこちらに飛ばされてから運良く愛情の深い兄妹に拾われ、育てなおしのような心地よい感覚に浸ってはおりますが、同時に困難に対して相談出来る人物に飢えております。バロルさん、私の祖父役になって頂くのは本当に無理なのですか?」


「少年のような子供が自分の息子や孫だと思うと胸が熱くなる思いだが、すまぬ。出来ぬ相談だ」


「貴方は卑怯だ! 僕を嫌いだとか憎たらしいとかの理由があるなら納得も出来るかもしれない。だが僕を褒めておいてそれでも無理だと言う相手に僕はどう立ち向かえば良いのですか!」


「立ち向かわなくて良い。世の中には、どんなに犠牲を払っても得られないモノなどいくらでもある」


「しかし、欲しい物は自分の目の前にある。生殺与奪の権限も私にはある。故に諦めきれないのです」


「本当に済まない。先約があるのだ。期待には答えられない」


「……シーラさんの事ですか。貴方はもう60を過ぎている。20年程こちらで寄り道しても彼女はきっと待っていてくれるはずです」


 この発言にバロルは少々表情を崩し、

「少年は、サルタとマルタを知っているのか?」

 と質問をする。


「サルタはソシエに教えて貰いました。生命が宿る日ですよね? マルタは初耳です。サルタとは逆の意味なのですか?」


「そうだ。サルタは成人した女性だけが感知出来るが、マルタは精通した男性だけが感知出来る日である。1年から8年に一度の滅多に無い日なのであるが、魂を冥府に送る日とされておる。その日を境にして死に別れると、来世で二人は永遠に出会えないという言い伝えが我等の常識となっておるのだ」


「でしたらその日までは問題無いという事にもなりますよね?」


「そうだな。だが、前回のマルタの日から既に6年が経過しておる」


「でしたら後2年は問題無い可能性が……」


「マルタの日も突発的に起こる。少年は、普段通りに生活する私をいきなり斬り捨てる覚悟があるのか?」


「…………すみません。出来そうにありません」


「そうであろう。私はシーラと既に約束をした。少年とはまだ何も交わしておらぬ。先約を守る為、それを破る契約を私はするつもりはない」


「では命には命で対抗しましょう。貴方と同じ刑をゴヤにも味わって頂きます。貴方がゴヤを生かしたいなら、シーラさんとの約束は諦めていただきたい」


「何をたわけた事を。少年がそんな事出来る筈がなかろう」


「舐めないで頂きたい。ビッツの件で示したとおり、私はやると決めたらやる男だ。シーラは既に死人であるが、14歳のゴヤを道連れにしたくないのなら考え直す事だな」


「この会話の中で一番の戯言だな。ではあえて乗るとしよう。今日中にゴヤを処刑出来たら、私はシーラの先約を破棄し少年に下るとしよう」


「言ったなバロル。男に二言は無いか?」


「あぁ無い。煽るつもりは無いが、二言は申さぬ」


 ここでバロルとベルカンプの視線がバチッとぶつかり合い、私は手段を選ばぬぞと言う目をギラつかせながらベルカンプはバロルを睨みつける。

 それに対し、実に涼しい眼で真っ直ぐベルカンプを見つめるバロルに疑いの余地など微塵も感じられない。


 とうとうその眼力に負けたベルカンプはくるりと反転すると、

「チクショウ。……チクショウ。…………チクショオオオオオオオオオオオオオウ」


 怒鳴り声を上げながら単身砦へと引き返した。

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