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第82話 独断の相

「主上、報告です。カーンがバロルを小屋から連れ出し、鍛錬につき合わせているようです」


 午後に入り、ドラメンティ宅にノックし入ってきた兵士が報告を終えると、兵士の鼻になんとも甘い香りが漂ってくる。

 部屋の中には収容人数ギリギリかと思うぐらいの人数が居間のテーブルを囲んでおり、カルツを除く前線に出た盾兵の11名に、ホウガ、リンス、クラリス、リンジー、リタ、コキアが押し蔵饅頭をしている。


「報告ありがとう。ここの用事が終わったらすぐに行きます」


 リンスとクラリスの間からモゾモゾと顔だけ出したベルカンプが兵士にお礼を言うと、それでは失礼しますと兵士はドラメンティ宅を後にした。


「…………なんか気まずいな」


 模擬戦の褒美だとフルーツ缶詰の試食会に呼ばれた盾兵の連中は、その甘さに緩みきった顔を兵士に見られてしまい、後味の悪さを覚える。


「本当は住民を含め全員に食べさせてやりたいんだけどね、無い袖は振れないからなぁ」


 ベルカンプも優先順序は覚悟しているのであるが、線引きがどうにも難しく後ろめたさはどうしても拭えない。


「大丈夫よ。新参者の私にこんなに試食させているんだもの。予算削減には十分効果があるんじゃないかしら」


 遠慮無く異世界の果物の全てを試食し、あま~い、うま~いを繰り返していたコキアが答える。


「あ、もしかして僕の目論見ばれてます?」


 ベルカンプが照れながら笑うと、

「そらそうよ。こんなに初めての植物ばかり食べさせられたら、農業指導者である私が意地でもここで働きたいと思うに決まってるじゃない。金銭面で破談という結果だけは避けたいから、その上でのギャラ交渉の難しさを思うと今から頭が痛いわよ」


 一同からドッと笑いが漏れ、洒落にならないクソ安い年俸だけはよしてよね! と念を押されたベルカンプは善処しますとだけ答え、それじゃカーンの様子を見てくるねとホウガの小屋を出ると、ベルカンプは歩きながら表情を固くさせていった。


 恐らくあそこだろうとゼマリアと盾兵の試合会場に足を運ぶと、真剣で打ち合うカーンとバロルを発見し、ベルカンプは駆ける速度を上げる。


 ベルカンプが5mの位置まで近づいてもカーンは一向にバロルとの鍛錬を止める様子は無く、それどころか、

「あぶねぇから下がってろ!」

 とベルカンプを一喝した。


「下がるのは貴様だカーン。私の許可も無く何をしている!!!」


 てっきり自分とバロルの剣術を見学に来たとばかり思っていたカーンは、ベルカンプの怒声に意気消沈し自然と手が下がる。

 その態度などお構いなしのバロルがカーンの両手の剣を弾き飛ばし、素手となったカーンに跳び蹴りを食らわせた。

 カーンは十字ブロックでその蹴りを受け止めるが、蹴られた勢いまでは止める事が出来ず、3m程吹っ飛ぶと地面に膝を着く。

 ベルカンプはその状態のカーンに無表情で歩み寄ると、6歳の渾身の力でカーンの鼻っ柱を殴りつけた。


 脳を揺らされたカーンからは微量の鼻血が流れ、事態が飲み込めないカーンは思わず

「何しやがる小僧! ぶっ殺されたいのか!」

 と、本人の意思とは関係無く口から勝手に言葉が紡ぎだされた。


 ただ事じゃないとの見張りの報告で、西の砦からオットーやら盾兵が物凄い勢いでこちらに走り寄って来る中で、ベルカンプは殴りつけた右手の痛みを必死で堪えつつカーンに吼え返した。


「小僧だと? 殺すだと? いいだろうもう一度だけ選択の機会を与えてやる。あの日お前が私に下げた頭の件は無しだ、今一度問う。この砦の最高責任者は一体誰なのだ! 砦長であるカーンなのか? それとも私なのかはっきりと返答せよ!!!」


 この怒鳴り声を聞きながら砦の兵士達が到着し、少しだけ息を乱しながら事の事態を静観する。


「答えろカーン!!!」


 ベルカンプの被せる問いにカーンは混乱しながらも、どうにか口を動かした。


「…………わからねぇ」


「……何がだ?」


「おまえは…………ベルカンプはゼマリア様の本気を盾兵を使って引き出してくれた。それで、今度はおまえの番だと言われた。俺は自分で自分の実力を冷静に判断し、このままじゃ少し足りねぇと思った。だからバロルに頭を下げて、鍛錬に付き合って貰う事にした。これのどこが殴られる程の怒りを買うのか、俺にはわからねぇ」


「……おまえは、私の価値がどのぐらいあるか理解しているのか?」


「おまえの価値? そら計り知れないぐれぇあるだろうよ。異世界の知識を持ち異世界の品を手元に手繰り寄せられるんだから、俺が王ならどんな大金を払っても欲しいぐらいだ」


「そんな私がおまえの部下だとして、私が毎日肝試しだと称して単独カヅラに挑んだり、足場も確かめずに高所から飛び降りを繰り返したとして、おまえは笑って許してくれるのか?」


「……男だから、カヅラに挑むのは悪い事じゃねぇ。だが、単独はいけねぇ。高い所から飛び降りるのも鍛錬としちゃ悪くねぇ。だが、やはり安い命じゃねぇんだから安全は確保するべきじゃねぇのかと思う」


「もう一度問う。おまえは、おまえの価値がどのぐらいあるのか理解しているのか?」


「俺の価値? ……まぁ砦長だし、おまえ程じゃないがそこそこの価値はあるのかもしれねぇな」


「確かに今はそこそこかも知れないな。だが、おまえがウーの称号を得たとしたらどうなる?」


「そら、価値は跳ね上がるだろうよ。現役のウーなんてイルファン様しかいねぇんだから、俺が実質の第2位になるんだものな」


「私は臆病だ。臆病故に、過剰に考えを巡らせてもいる。もしこの砦の長がウーの称号を持つ人物だとしたら、よからぬ考えを持つ輩にとってかなりの抑止力になると思うのだが私の考えは間違っているのか?」


「いや、正しいと思う。だからこそ、俺はなんとしてでもゼマリア様に勝とうと」

「何故私に報告も無く真剣で打ち合う? おまえとバロルのかすり傷の数を数えて見ろ! この行為が単独でカヅラに挑んだり、安全も確かめずに高所から何度も飛び降りるのとどう違うのか私に納得出来る説明がおまえに出来るのか!!!」


 ここまで言われてようやくカーンに罪の意識が芽生えてくる。

 独断の相があるカーンを危惧したベルカンプは、今後の憂いの為にわざと何倍も大袈裟に怒って見せるのだが、根は素直なカーンにじわじわと効果をもたらせ始めた。


「バロル。カーンにはなんと言われて鍛錬に参加したのか!」


「2日後に近衛の4位と試合がある。今の俺の実力だと勝てねぇから俺に剣技を叩き込んでくれ。殺されても文句は言わねぇから、本気で打って来て欲しい、と」


「…………それで、カーンの言うとおり本気で打っているのか?」


「まさか。本気で打ったらカーンが死んでしまう。かすり傷で収まるように手は抜いているのだが、これだと互角の打ち合いになってしまい2日後の試合までに何かを掴むという事は無さそうだな」


「つまり、生傷だけ増えて返って体調を崩す可能性の方が高いと?」


「カーン程の実力者が互角の相手と鍛錬を積めるのは又とない機会だとは思うが、各上相手との試合には意味を成さないであろうな」


「マジかよ。俺のやっていた事はなんだったんだ……」


 自分の必死の決意が何の良い効果も生まない事を知らされ、さらにベルカンプから本気の叱責を受けたカーンが深くうなだれる。


「カーン。平時と戦時での判断は異なる事を思い出しなさい。シーラとの戦いの最中、おまえは独断で20歩後退に踏み切っただろ。あの行為が正しいか正しくないかは結果論だが、相談する暇が無いので現場の空気と経験を尊重する。だが平時はどうだ? 私やオットーに相談無く軍事行為をする事が正しいのか? おまえが重症を負ったとして、その戦力ダウンの重荷は住民と兵士全員に覆いかぶさるわけだが、その責任と本気で向き合っているのか? 平時の場合は相談する事で最善策を得られる事もあるだろうが」


「……それで、今回はあるのかよ」


 多少やけになったカーンは投げやりにベルカンプに問うと、

「今回は、たまたまある」


 ベルカンプの答えに え? と、カーンがなんとも間の抜けた声を出した。


 ベルカンプは背後にいるオットーに耳打ちするとオットーは自宅へと駆け出し、やがてソシエを連れて戻ってくる二人の腕には数本の竹で出来た剣が抱えられていた。


「これは、竹刀と言う異世界の木で作った木刀です。竹という木の弾力のお陰で木刀より事故が低い模擬刀という扱いになります」


 ベルカンプは兵士の一人に耳打ちし、一本をゼマリアに届けるように指示すると、バロルに一本、カーンに通常のと長竹刀を一本づつ投げて寄こした。


「バロル、責任は私が取る。オットーの下半身を刈り取る気持ちで、オットーの尻を全力で一閃して貰えないだろうか」


 無言で眉を上げたバロルが竹刀の感触を確かめ、軽く一振りすると表情を元に戻しながら「良いのだな?」と一言漏らす。

 ベルカンプの代わりにオットーが「遠慮はいらん」と両手を後頭部に当て、尻を打ちやすい体勢を取ると、竹刀を両手持ちに構えたバロルが位置に付いた。


 一同が見守る中、独特の呼吸法でヒュゥと息を吐いたバロルが精神統一を計ると、薄っすらとバロルの背後の空気が揺らめく。

 明らかに何かの要因が加わった半目のバロルが竹刀を握りなおすと、音を超えた剣速がオットーの尻を打ち抜き、刹那(せつな)の後にバチィィィィィンとそれぞれの耳に衝撃音が飛び込んでくる。


 下半身をもぎ取られ、腰から下の感覚が全く無くなったオットーがそのままの体勢で直立していると、太腿や腰の辺りをペタペタと触る息子の手の感触で自分にまだ腰から下が残っている事を知り、それと同時に尻に焼けるような痛みが襲ってきた。


「痛っっっぅ」


 時間差のなんとも間の抜けた悲鳴で普段なら笑うところなのであるが、バロルの剣速を見た兵士達にオットーの悲鳴を笑う余裕はない。


 焼けるような痛みの他には特に異常が無く、そのまま直立を続けられているオットーにベルカンプは表情を半分戻すと、

「バロル、今のはおまえの全力か?」

 と質問する。


「あぁ、掛け値無しに今の私の全力だ」


 バロルが真顔で答えると、

「カーン、これがバロルの全力だ。真剣でジワジワ生皮刻まれるのと、この全力で指導を受けるのはどちらが後の為になるのだ?」


「…………言うまでもねぇ」


「さて、ここではっきりさせるぞ。ここで上下関係に決着を付けよう。今後も独断で何かをやりたいならおまえが上に就け。この砦のトップは誰がなるのだ」


 カーンはうなだれると頭をひと掻きし、片膝を地面に付けると

「主上、独断で捕虜を連れ出しすいませんでした。……俺ァ馬鹿だから自分の裁量でやっていい事の区別がわからねぇ。だが、今回の件は俺が軍規違反を犯したのは理解出来た。勝手な事をしたのを申し訳なく思っている」


「カーン、我々は貧しい250人の集まりだ。その小さな集団が自活出来る街を作ろうとしているのだぞ? 今まで一体いくつの村が野盗に襲われ潰れていったと思っているのだ。おまえの武力はおまえだけの物では無いと理解出来ないと、この谷に明るい未来は無いと心得なさい」


「……わかりました。つまらねぇ事故で大怪我しないように気をつけます」


 それを聞いたベルカンプは反転するとカーンに倣い片膝を付く。


「バロルさん。カーンに剣術の指導をして頂きありがとうございます。引き続き、この砦の代表としてお願い申し上げます。その竹刀で後2日、カーンに指導してやってください。2日後に足腰立たなくなっても一向に構いません」


「私の全力を叩きつけても軽症で済むのが確認出来た。この二日でカーンは地獄を見る事になると思うが、それで良いのだな?」


「はい、本人も望むところでしょう。全身ミミズ腫れにしてやってください。例えウーを取れなくても、きっと今後の為になると思います」


 ただし、突きだけは加減が必要だと付け加えると、バロルは了解したと返答し、ベルカンプの背後で頭を下げる兵士達に一礼すると会場に戻る。

 その仕草を見たカーンも立ち上がり、両手の竹刀の感触を確かめながらバロルに対峙すると、どちらからともなく打ち合いが始まった。


 バチンバチンと心地よい竹の衝撃音が鳴ると両者は段々と速度を上げていき、やがて本気の領域に入ったバロルが恐ろしい剣速でカーンの体に痣をつけていく。


「カーンがあんなに子供扱いされるなんて」


 兵士の誰かが呟くのも意に介さず、誰もが長い間、二人の鍛錬を眺め続けた。

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