第81話 筍と七輪
翌日、少々寝不足のベルカンプがテーブルでウトウトしていると、コキアが扉をノックし入ってきた。
「ちょっと! 大変よ! あの竹って木、成長のスピードがおかしいわ! ちょっと見てみなさいよ!」
昨日の今日でちょいと気恥ずかしい感のベルカンプを余所に、そんな事は一切お構いなしのコキアが捲し立てる。
どれどれとコキアに先導されて昨日の地点まで足を運ぶと、あれから半日も経っていないのにもう若竹が何本も地下茎から生えてきていた。
ベルカンプは若竹が生えている土を一掴みすると、栄養分の抜けた土は砂漠の砂のようにサラサラとベルカンプの指からこぼれ落ち、これが緊急収穫の反動なのかと感じ取った。
「ね? 変でしょ? いくら緊急収穫の魔術を使ったって言っても、芽も出てなかった植物がいきなりこんなに伸びるなんて絶対におかしいわよ」
このペースで成長されたらこの谷は数年で竹に支配されてしまうわと、コキアは自分を抱きしめて怯えると、
「地球にね、雨後の筍って諺があるぐらいでね、雨が降ったあと筍が次々に出てくるところから、物事が相次ぐ事のたとえにされるぐらいの植物なんだ。それと共に成長のスピードも凄く早くてさ、記録によると一日で1m近くも伸びた記録があるんだって。……マチュラは地球よりも日照時間が長いからこれぐらいの事は予想してたけど、コキアの魔術との相乗効果でこんな事になってしまったんだろうね」
当たり前にようにさらっと言ってのけるベルカンプにコキアは、「あ、そうなの?」と胸を撫で下ろし、それにしてもこの繁殖力を相殺出来る使い道はあるのかしらと首を捻る。
「あるある。ありすぎて困るぐらいだよ。まず、食事の度に多くの煙が出る薪を出来るだけ抑える為に竹炭を作ろうと思うんだ。竹炭は土壌改良にも使えるらしいんだけど、その時に出来る竹酢液っていうのもかなりの効果があるんだって。それと配管を作る為に住民から食器等の鉄製品を取り上げるつもりなんだけど、その代用に竹製品を使おうと思ってる。自宅にいくつか製品が届いてるんだけど、食器から家具まで竹は実に色々な用途に使えるんだ。それからこれが一番大事だけど、筍は、食べると美味しい」
色々考えてるのね~と感心しながら聞いていたコキアは、食べると美味しいの声にでかした! とベルカンプの尻を叩く。
じゃぁ早速試食してみましょうよとベルカンプを急かすと、ふと何かを思い立ったベルカンプは一端砦に戻ると、鍛冶屋のオルドを引き連れて戻ってきた。
「なんじゃい面倒臭いのぅ。鍛冶屋のワシにこんなもん作らせるし、全く人使いの荒い小僧じゃわい。……で、美味いもん食わせてくれるって何かの?」
ごめんごめんと子供の特権で元気良く謝るベルカンプは、オルドが抱えてきた物を地面に置かせると手探りで吟味し始める。
「試しに5つ作ってもらったけどさ、割れずに出来上がったのはこれだけ?」
「いや、もう一つあるな。こっちの方が出来が良さそうだからこれにしたんじゃが、ワシに粘土質の器を焼けと言われても無理があるぞ」
「無茶させて本当に悪かったね。専門外なのは理解してるんだけどさ、焼き釜がオルドの所しかないもんだから簡便してね」
まぁそこまでわかってくれてるならいいけどなとオルドは腕組みをすると、
「それでどうなんじゃ? その器はお眼鏡に叶うもんなのかの?」
焼いた後のざらついた器の感触に熱心なベルカンプに質問をする。
「うん。狭山を掘って取れる土は珪藻土で間違い無いと思います。オルドに作ってもらったこの器は七輪というのですが、この中に炭を入れて鉄網で焼くと、持ち運び可能な竈になるってわけなんですよ」
「へ~便利じゃない! これで野外で焚き火を作る手間が省けるわけね?」
「まぁそうなんだけど、今度建築する住民の小屋には台所を無くそうと思うんだ。これで建築の手間が大幅に省けるし、七輪は肉も魚も焼けるしシチューなんかの鍋物も作れるはずだから、各家庭に一つあればかなりの用途を賄えると思うんだよね」
そういうわけでこれから七輪を大量生産するつもりですと宣言すると、
「おい、まさかその役目をワシに任せる気じゃないだろうな? ワシは陶芸仕事はごめんじゃぞ?」
おにぎりを食わせてくれたお礼に仕方なく七輪作りには協力したが、大量生産すると宣言したベルカンプにオルドは先手でけん制を打った。
これにはベルカンプが一枚も二枚も上手のようで、
「オルドさんは客人ですので強制出来ないから仕方ありませんね。オルドさんにはそれより大事な仕事を用意しています。33ウェスタ分の下水管を作って貰いたいんですけど、是非オルドさんの卓越した技術で、水漏れしない精巧な下水管を作って頂けたらな……と」
陶芸仕事の斡旋拒否を認める代わりに下水管を作って欲しい。ついでにオルドの腕は認めていると言葉に乗っけると、本来下水管作りなど受けるはずもないオルドも
「ふ~む、仕方ないのぅ~。……今回だけじゃぞ」
としぶしぶ了承する。
ありがとうございますと深々頭を下げたベルカンプは、地中からほんのちょっぴり顔を出している筍をコキアに刈り取らせ、七輪に薪を入れると弱火で筍を炙り出した。
「新鮮な筍は生でそのまま食べれるらしいんだけど、僕も経験がないから初めは炙ってみましょう」
口頭で形状を伝えた七輪は幾分も使い勝手が悪そうで、ベルカンプは多少苦労しながらもなんとか筍の炙りに成功し、皮を剥くと腰のナイフでいくつかに切り分けていく。
どうぞと二人に差し出したベルカンプに、最近慣れない物を試食する事に慣れたコキアが、慣れた手付きでひょいと筍を口に放り込むと、慣れない食感にん? と一瞬眉をしかめる。
しかし二噛み三噛みする毎に眉間のシワが薄くなっていき、
「あらほんと、美味しいじゃない。初めのコリコリとした食感にびっくりしたけど、これはコルタが手を掛けて育てた野菜並に美味しいわね」
と感想を漏らした。
コキアの試食と感想が終わり、ベルカンプも摘まもうと余ったもう一つの手を伸ばすと、年のせいか用心深いオルドも同時に手を伸ばす。
クンクンと匂いを嗅ぎ、大丈夫そうじゃのと感じ取ったオルドがとうとう筍を口に放り込み、やはりその独特な食感に一瞬びっくりしつつも、
「なんじゃ、本当に美味いのぅ。あんな成長の早い木の根など怖くて口に入れたもんじゃないと思うたが、異世界にはこんなに便利な植物があるんじゃなぁ」
無言でシャリシャリ音をさせながらベルカンプが相槌を打つと、コキアもオルドももう一つと手が伸びる。
慣れて来ると歯応えすら楽しいようで、20cmもあった筍は数分もかからず3人の胃袋に納まった。
「う~む。酒が欲しいのぅ~。これをつまみにキュッとやれたら最高なんじゃがのぅ~」
「僕は、は~ご飯欲しい~でしたね。筍ご飯ってのがあるんですけど、ご飯と筍を一緒に炊いて食べると美味しいんですよ~」
二人の脳裏に先日食べたおにぎりの衝撃がフラッシュバックし、これに米を混ぜて食べる事を想像すると、自然と口の中に涎が溢れてくる。
客人である二人が次に危惧したのが区別問題で、
「ベルカンプ、すまんのぅ。ワシは年のせいかとても頑固でのぅ、自分が嫌と思ったものはとにかく何が何でも嫌なんじゃよ。おまえの事は好きじゃし凄い奴だと思うてはおるのだが、相手がどんな奴でも嫌なものは嫌だと言える暮らしじゃないと気が休まらんのじゃよ。…………ところで、客人と住民で食べ物に差が生まれる事はないのじゃろ?」
言葉の最後で急にうんうんと大きく相槌を打つコキアにベルカンプは大笑いし、
「交渉次第ですかね? 客人には仕事に対して対価をお支払いしますが、その対価で住民と同じ食事の支払いをしても良いですし、僕が斡旋する仕事と交換という形にしても良いですし」
選択肢があるのは嬉しいわねとコキアが喜ぶと、オルドも下水管作りにもう少し前向きな姿勢をとり始める。
「そう言えばオルドさん、オルドさんの師匠はガライにいると言っていましたが、やはり師匠と言うだけあって腕は確かなのですか?」
「ん? まぁな。ワシが言うのもなんだが、ワシの師匠は頑固でのぅ。ワシはその古臭いやり方に嫌気がさしてここへ逃げてきたんじゃが、今は様変わりしてワシよりはるか年下の奴が統括大師匠になったらしいんじゃが…………」
「統括大師匠? という事はギルドか何かですか?」
「あぁそうじゃ。ワシもここへ逃げてきたが、一応これでもそこのギルドの一員じゃ。じゃからおぬしの部下に下れないのも、理由の一つにはなるのかのぅ」
それを聞いたベルカンプはちらっとコキアを見つめると、
「ないない。アタシはギルドなんかに加入してないわよ? 私は自分の親の故郷、サチュラに興味があるの。だからピエトロが何かを発見して、サチュラに戻れる可能性が出来た場合の為に身軽にしておきたいのよね。他にも細々とした理由はあるけど、大半はそんなところよ?」
両手をブンブンと振りながら答えるコキアに、あ~なるほど~と神妙に首を縦に振ると、
「それじゃオルドさん。後日住民から鉄を掻き集めますんで、その時はお願いします」
あぁ、受けたからにはきちんとしたもん作ってやるとオルドが確かに発言し、午前中の筍試食会はお開きとなった。
すいませーん。とうとうストックが無くなりました。推定であと10話ぐらいありそうなんですが、
少し更新頻度が落ちると思いますー。




