第78話 答え合わせと湿布
「どういう事なのだ!? 答えあわせを頼む」
ゼマリアは自分に覆いかぶさっているホウガを引き剥がすと首筋を確認し、大事無しと判断するや会場の外の少年に声をかける。
「ええと、何から説明しましょうか……」
焦らす少年に詰め寄ろうとゼマリアは立ち上がろうとするが、体重をかけた左足首に鈍い痛みが走り、よろめいた所をゼエリアスに抱え込まれた。
「大丈夫ですか!?」
これにはベルカンプもびっくりしてゼマリアに詰め寄るが、
「少々稼動域を超えて捻っただけだ。大した事はない、それよりもだ。あの不規則な同時攻撃はなんなのだ!?」
ゼマリアは悔しさを滲ませつつまくし立てる。
「とりあえず病室に移動しましょう。 手当てをしながら説明致します」
興奮が冷め切っていないゼマリアにゼエリアスがポンと肩を叩くと、腰に手を回し肩を貸しながら強引に宿屋の方向に歩き始める。
ギャラリーの一角で見学していたニウロがそれを見ると宿屋に駆け出し、ベルカンプを一瞥すると満足そうな視線を投げて寄こした。
ベルカンプは模擬戦に参加した皆にご苦労様と声をかけると、一角で腕を組んでいるカーンに近づき声を掛ける。
「見てたな? 私は彼女の全部を引き出したぞ。あとはおまえの番だ」
そう言いながらカーンの太腿をバチーンと叩き、宿屋に向かうべく会場を後にした。
(俺にゼマリアの剣技の全てを見せる為にこの模擬戦を組んだってわけか? あいつのやる事は本当に二手三手先を読みやがる。しかしあの剣技に俺一人か…………。このままだと少し足りねぇ。殺し合いだと互角だが、試合形式だとスピードの差で負ける)
珍しく長考するカーンは、会場の一角で長い間立ち尽くした。
宿屋の大部屋の扉をノックしベルカンプが中に入ると、水桶に片足を突っ込んだゼマリアの背中とそれに対面するニウロが出迎える。
ベルカンプは戦傷者に会釈しながら診察台まで行くと、医者である青年に声をかけた。
「ニウロ、怪我の程度はどのぐらい?」
「幸い骨と筋に異常は無さそうです。軽度から中度の捻挫と言ったところでしょうか」
全治にして7日ぐらいですかねとニウロは言うと、3日後に控えるカーンとの試合日程が皆の脳裏に浮かび上がる。
3日後の予定どうしましょうか? と発言しようとしたベルカンプの口を遮るように、
「まずは私が負けた理由を知りたい。この気持ちに決着を付けたいので先に説明を願えないだろうか」
強い意志を持ってゼマリアがベルカンプを見つめた。
ゼマリアに見つめられたベルカンプはポケットから異世界の機械を取り出すと、ピピッと電子音を鳴らしてみる。
「ゼマリア様。ファンタに斬りかかった際、この電子音が聞こえましたでしょうか?」
「勿論聞こえたぞ。その音と共に、サンだとか、ニだとかの発声も聞こえたが?」
その言葉を聞いたベルカンプはストップウォッチの表示面をゼマリアに向けた。
「これは異世界の時を正確に刻む機械なのですが、秒というリズムを盾兵に刷り込みました」
イチ……ニ……サン……シ……ゴ……ロク……と刻まれる秒数に合わせてベルカンプが発声すると、
「なるほど、その一定のリズム、確かに模擬戦の時と同じであるな」
ゼマリアは納得し頷いた。
「サンとかニとかロクという言葉は異世界の数を表す言葉なんです。ですからばれてしまえばなんて事はない、攻撃するタイミングを単純に指示していただけというわけなんですよ」
「なるほど、よくわかった。では次だ。あの盾兵達に『気』が一切感じられなかったのだが、あれは鍛錬の賜物なのか?」
「いえ、あの盾兵達と言えどそこまで優秀ではありません。そこで僕は考えたのです。『作業』にしてしまおうと」
どういう事だ……?
ニウロとゼエリアスも含め、首を傾げる一同にベルカンプは続ける。
「模擬戦に参加させる人数を試行錯誤していた時なのですが、最初は分業にしてみたんです。人数を振り割って、上半身に攻撃、下半身に攻撃、遊撃と言った具合に。ですが中心に立たせたホウガにばれてしまうんです。自分は上半身を攻撃するんだという目的意識が相手に伝わってしまうんでしょうね」
ですから最終的に、指示したタイミングで自分の得物を対象物になんとなく突き出す。で落ち着きましたと言うと、
「それで合点がいった。ニのタイミングで背中ががら空きの時に、何故誰も攻撃してこないんだろうと不思議に思っていたのだ」
あれは僕も絶好の機会だったのにと頭を抱えましたというと、一同が一瞬だけドッと沸いた。
そういう事であったのかと、だいぶ納得が入ったゼマリアが背もたれに体を預けると、コンコンとノック音がしてホウガが中に入って来る。
「ホウガの件はイレギュラーでした。殺気は禁止の約束でしたが、途中で出していましたよね? 僕にもうっすらわかるぐらいでしたので、無気力な4人を相手にしているゼマリア様にはさぞや邪魔でしたでしょう」
あれは本当に邪魔だったとゼマリアは天を仰ぐと、その発言を聞きながら近づいてきたホウガはなんともバツが悪そうに頭を下げる。
「申し訳ありません。自分が雑魚扱いされているのを悟ってしまいキレてしまいました。足首の具合は大丈夫でしょうか?」
「あぁ、軽い捻挫だ問題無い。それよりおまえも大丈夫か? 首筋がかなり腫れているようだが?」
水場で付けられた墨を落としてきたのであろうホウガの首筋は、時間が経過したせいかハッキリとわかるぐらい見事にミミズ腫れしている。
「私の方も問題はありませんが、自分の無力さに少々落ち込んでおります。重心を崩したゼマリア様に全身全霊の一撃を以ってしても、このザマなのですから」
多対一で相手を押し潰すのは相打ち程度の価値はあるはずなのだが、それでも首を掻っ切られたホウガは己の実力不足に沈んでいる。
「ホウガ、おまえはまだ兵士階級なのであろ? そのおまえが近衛4位の私を戦場で押し潰したのだぞ? 何を恥じることがあるのだ。兵士一人あしらえなかった私の方こそ、仲間にどう説明しようかと頭を悩ませているところだ」
自分で言って頭を抱えるゼマリアに、ゼエリアスがここに生き証人がいるから大丈夫ですよとフォローを入れた。
「それともう一つ、最後の同時攻撃の際、おまえだけ一瞬早かったな。あの判断も良かったぞ。盾兵達はおまえに感謝しているのではないのか?」
ついでに気付いた感想をゼマリアは述べると、途端に顔を真っ赤にしたホウガが狼狽える。
その表情を見たゼマリアが、
「と言う事はまさか…………」
「……はい、ただの、練習不足です」
ゼマリアの問いかけにホウガが蚊の鳴くような声で告白すると、なんだよおいとゼマリアとゼエリアスにおもいきり突っ込まれて、再度病室がドッと沸いた。
今度はベルカンプがフォローに回り、盾兵はシーラの時と合わせて丸2日鍛錬の時間があったのに対し、ホウガは昨日の半日だけだったから無理もないと説明すると、まぁそれならばと納得してどうにかこの会話は無事に着地するのであった。
「ホウガ、こっちにおいで。首に異世界の薬を塗ってあげる」
ベルカンプがちこう寄れと手招きすると、自分の高さまで屈めと指示をする。
薬箱を漁ったベルカンプは軟膏の表記を数瞬ニウロに見せると、ホウガのミミズ腫れした首筋に沿ってサラッと塗り込んでいった。
痛気持ち良い表情のホウガの首に包帯を巻き終えゼマリアに向き直ると、ベルカンプにニウロが(思い込み)と耳打ちをする。
あぁそうだったとニウロに目配せしたベルカンプは、
「ホウガ、アクタの出血が一瞬で止まった異世界の薬の効果は知ってるよね? この傷もずっと早く良くなるから期待しててね」
「はい、こんなかすり傷に貴重な薬を使ってもらいありがとうございます。もう既にヒリヒリとした痛みが和らいできました」
満足そうな笑顔でホウガを見つめたベルカンプは、さてとと再度ゼマリアに向き直ると、
「ゼマリア様。捻挫にとても良く聞く『湿布』という異世界の布があります。それを足首に貼らせて頂きますので、3日間だけ左足を酷使しないで頂けますか?」
二指を切断したアクタが先程の模擬戦に参加していたのを知っているゼマリアはその早さに目を丸くし、自分もそれを体験出来るのかとおっかなびっくりしながら左足をベルカンプの前に差し出した。
きっとびっくりするだろうなとニヤニヤが止まらないベルカンプが、白い布の片面から透明なフィルムを剥がすと、勢いよくゼマリアの足首にベチンと叩き付ける。
「はひょ! つめたっ!」
予想通り素っ頓狂な声を上げて椅子から5cm程浮いたゼマリアにベルカンプはしてやったりという顔をしながら包帯を巻き、
「これで半日ぐらい効果が持続しますので、また夜にでも貼り替えましょう」
と説明をする。
湿布が足に馴染んできたゼマリアが、
「なるほどこれは効きそうだ。もしかしたら間に合うかもしれんから、言う通りに3日間は安静にしておこう」
異世界の治療に触れて興奮したゼマリアが、ベルカンプに礼の言葉を述べた。




