第77話 ホウガの殺意
ファンタめがけて鬼の形相のゼマリアが軽量化した木刀を振り下ろしてくる。
十分に集中していたつもりのファンタであったが、迫力負けしたせいかほんの僅かだけ反応が遅れ、防御の型を取りきれていなかった。
「サン サン サン サン 二 ロク 準備! よーい……ピピッ」
会場の外からベルカンプの声と電子音が聞こえ、その電子音と共に兵士達は体内時計を発動する。
その間にファンタに連撃を繰り出しているゼマリアも、不思議な電子音と共に盾兵の能力の高さに驚いた。
昨日自分らの鍛錬を終えたゼマリアとゼエリアスは、東壁の見張り台から兵士達の風景を二度ほど視察したのだがなんという事はない、槍を繰り出しては盾で防ぎ、ホウガを囲んではそれぞれが自分の間合いで槍を突き出す練習を繰り返していた。
それを見たゼマリアはやはり兵士階級なんてどこもこの程度なのだろうと思い、その兵士を僅か5人のみで囲ませたベルカンプの差配に先程は酷く腹が立ったものだが、フェイントを混ぜた三撃目も防がれたゼマリアは昨日の光景に違和感を感じ始めた。
(イチ……ニ……)
盾兵達の脳裏に秒数が刻まれ、全身全霊でゼマリアの連撃を防いでいるファンタもこの時間にブレは無い。
ガクィッ――――。
四撃目のゼマリアの攻撃を芯で捉えきれなかったファンタの盾が体の外に弾かれ、ファンタがしまったと自分の退場を予知する。
(まずは一人)
ゼマリアがファンタの肩口に木刀を振り下ろす瞬間、横からその木刀の衝撃をメロゥがかっさらった。
ズザァァァァ――――。
メロゥに横っ腹をドロップキックされて2mほど吹っ飛んだファンタは、その勢いのまま側転して瞬時に盾を構えなおす。
ゼマリアの絶好の追撃タイミングであったのだが、体内時計の(サン)の告知と同時に、アクタ、ララス、ホウガの槍と木刀がゼマリアに同時に襲い掛かった。
(チィッ――)
流石に三方向からの同時攻撃にゼマリアも追撃を諦め、一つを受け止めると残りの二つを体術でかわす。
ギャラリーの皆にはいとも簡単にかわしたように見えたのだが、ゼマリアは視界の外からの2点攻撃に冷や汗を噴き出した。
「主上、殺し合いでは勝てないけど、模擬戦なら勝てるってどういう事っすか?」
鍛錬の途中でファンタとメロゥが不思議そうに質問し、ベルカンプに回答を求める。
「捕虜のバロルを家に招いて会話した時にね、確信したんだ。コルタの人達って『気』に敏感なんじゃないかって」
何と比べて敏感なのかとそれぞれが顔を見合わせるが、
「それは地球のニンゲンと比べてですか? 確かに我々はある程度は感知出来ますが…………」
アクタが補足を入れるとベルカンプはごめんごめんと笑い、
「気の中で一番強いのは『殺気』でしょ? 殺し合いで殺気を抑えて攻撃を繰り出す事って、そうとうの武力の差が無いと出来ない事だと思うんだ」
「そりゃそうっすよ。敵の命を絶つなんて覚悟の塊みたいなもんなんすから」
ベルカンプの発言にメロゥが間髪入れず合いの手を入れる。
「だよね。だから、僕達は殺気無しで攻撃しようと思うんだ。ゼマリア様を殺す事は不可能だけど、棒の先の墨を付ける事のみなら可能なんじゃないの?」
気を消してやれっていう事なのかな? ホウガと盾兵はなんとなく理解したのだが、相手の隙を窺って手を出すのにはどうしても……?
そう思いながらベルカンプを眺めると、目の前の少年はポケットからストップウォッチを取り出した。
(なんだこいつら、殺気が全く無いぞ? まるで死人が攻撃しているようだ)
まるでカラクリ人形のように三方向から同時に向かってきた無機質の攻撃に、ゼマリアは戦慄した。
この間にもメロゥとファンタが戦線に復帰し、ゼマリアの囲い込みに加わる。
流石に5人に同時攻撃されては逃げ場がないと感じたゼマリアは、およそ瞬殺出来るだろうと予想していたホウガに狙いを定めると突っ込んでいった。
(流石は言うだけの盾兵といった所か、私の攻撃でも数撃は持ちこたえる。だが、兵士階級の剣士などに遅れを取るつもりはない)
ゼマリアもゼマリアで何も考えていなかったわけではない。ホウガを餌に盾兵を釣り出そうと言う第二案に戦術を変更した。
(イチ……ニ……)
わざと手を抜いた剣速でホウガをあっという間に懐柔すると、止めだ! という大振りでホウガに振りかぶる。
(サン)
盾兵達の脳内の合図でまた無機質な同時攻撃が繰り出され、またも殺気が感じれない攻撃に違和感を感じつつも、今度は避ける準備が出来ていたので少々余裕を持ってかわす。
(うむ、これしかないな)
ゼマリアはホウガと打ち合いを続け、ホウガがバランスを崩し盾兵が助けに入ってくる所をカウンターで一人づつ倒し、最後に餌であるホウガを倒して終了だというプランを脳内で練り上げると、実行に移すべくホウガをいたぶりにかかる。
(イチ……)
今度もゼマリアの連撃にホウガが耐えられず、鍔迫り合いかと思ったホウガが重心を前に預けると、ふっとゼマリアの圧が消え前につんのめりそうになる。
その大きな隙に、ここだ! と再度大袈裟に木刀を振りかぶったゼマリアが、 え? とほんの小さく呟いた。
両サイドの盾兵どころか、自分の真後ろにいる盾兵すら微動だにせず、ホウガの助命などどうでもいいと傍観しているのだ。
(ニ……)
なんだこいつらと面食らったゼマリアの前でホウガがバランスを取り戻すと、(サン)の体内時計の合図で三度目の盾兵の同時攻撃がゼマリアを襲った。
クソッ――。
一瞬棒立ちになってしまったゼマリアは今度は皮一枚でどうにかかわすと、噴き出す冷や汗を不快に思いながらもあるリズムを感じ取った。
(こいつら一定のリズムで攻撃する決め事をしてたわけか)
ホウガとチャンバラを繰り返すゼマリアは、脳内にサルボゥイェラと言う民族楽器を奏で、そのリズムでタイミングを計る。
(イチ……ニ……)
懸命に抵抗するホウガをあしらいながら全方位に集中するゼマリアが、盾兵の(サン)の合図で自分に向かってくる棒槍を全て見切り、低空を舞った。
(よし、殺気を感じられなくても、来るタイミングさえわかればカウンターで仕留められる)
目の前のホウガを2拍子のタイミングで後ろに弾き、3拍子で飛び込んでくる盾兵の一人をカウンターで仕留めると計画したゼマリアが、1拍子のタイミングでホウガの懐に飛び込んだ。
(イチ……ニ)
ホウガと鍔迫り合いとし、まさに押し込もうとした瞬間、予想もしていなかった事が起きた。
先程まで忠実に3拍子を守っていた盾兵が今回だけ何故か2拍子で棒槍を前に押し出し、完全に前に逃げ場を失っていたゼマリアに、二つの棒槍がゼマリアの体をかすめた。
「一撃は髪の毛。一撃は足の小指。よって致命傷には到らず。続行!」
髪の毛と靴の小指部分に墨を付けられたゼマリアに、審判のゼエリアスが判断し、続行を宣言する。
(わからん。何故今回は2拍子だったのか。何故がら空きの背中を誰も刺しにこなかったのか。殺意がないのだ何故だ? 一体どういう事なのだ)
完全に敗北を覚悟したゼマリアが命拾いをするが、今回の件で軽くパニックに陥る。
もう次はいつ来るか予想もつかない状態で、気づくとホウガとチャンバラをする余裕すら無くなっていた。
ホウガは、今の鍔迫り合いで気づいてしまった。
(今わかった。この人は俺を餌に盾兵を釣ろうとしている)
ゼマリアを囲んでいる5人の中で自分が一番攻撃にセンスがあると思っていたホウガは、ゼマリアから一本取るのは自分しかいないと勝手に思っていた。
それが蓋を開けてみればどうだろう? 自分を遊び相手に選び、厄介な盾兵にカウンターを食らわせるべく餌にされているではないか。
カーンに褒められた私の武力とはなんだったのだ。 昨日、ゼエリアスに筋があると言われたのは世辞であったのか。
舐めやがって――――。
ホウガは目の前にいる美しい剣士に、物騒な感情が湧き上がってくるのを感じた。
(ふざけやがって。喉を掻っ切られてもかまわん。相打ち覚悟でぶっ殺してやる)
ベルカンプに禁止されていた殺意という感情をホウガは前面に出すと、渾身の一撃でゼマリアに飛び掛った。
(イチ……ニ……サン……)
今回は2拍子でも3拍子でも攻撃してこない兵士達に困惑していると、前面の兵士から強烈な殺意が沸きあがり、重い一撃が自分めがけて飛び込んでくる。
脳内で奏でるサルボゥイェラに邪魔なリズムが加わり、ホウガの渾身の一撃を一端受け止めてから反らすと、脳内の音楽にザザァとノイズが入った。
(やめろ! 今その殺意は邪魔だ!)
(シ)
ホウガの捨て身の攻撃に他の4人の状態が確認出来ず、ゼマリアはクルクルと演舞を舞うようにホウガの攻撃を受け流している。
盾兵は(サン)のタイミングから一瞬だけ肩の筋肉を動かし、そのフェイントにゼマリアは身かわしの動作を取り続けて重心を崩しかけている。
(ゴ)
(まだ来ないのか!)
警戒も限界に近づき、それに加えて強烈な殺意のホウガの木刀が振ってくる。
足首の稼動域が限界を超えたゼマリアに(ロク)のタイミングでホウガが全身全霊の一撃を込めて胴体ごと突っ込んできた。
しかし、このロクのタイミングは盾兵のカウントする(ロク)にはコンマ2秒程速く、ゼマリアにとっては殺意を持ったこの誤差は残酷に結果に響くのであった。
(何故こいつだけ一瞬速いのだ)
足首の稼動域ぎりぎりで盾兵のフェイントをかわしていたゼマリアにホウガが飛び掛り、完全に相打ちの様相を呈したホウガの一撃を片手一本で受け流すと返す刀でその首を掻っ切る。
それと同時にホウガもどうにか肩口の浅い部分に傷を付け、そのまま二人はもつれて地面に倒れこんだ。
ピト。 ピト。
ゼマリアの下半身に軽い感触が伝わり、
「審判! 太腿とわき腹!」
ベルカンプの野次がが飛ぶ。
ゼエリアスが渋い表情でそれを確認すると、
「一撃は太腿。一撃はわき腹。二撃を合わせて致命傷とみなし、勝負あり!」
落ち込む近衛二人の前でギャラリーが一斉に歓声をあげた。




