第76話 模擬戦開始
砦内の広場では少々手狭だと西門の外に地面を慣らした会場を作り、その中心にいる人物を5人の兵士が囲んでいる。
「おいベルカンプ、何かの冗談か? 私は近衛の第4位だと言ったはずだが、私の実力は兵士5人で足ると思われているのか?」
これには兵士の中心で仁王立ちしているゼマリアも頭に来たらしく、兵士の輪の外にいるベルカンプを冷めた目で見つめた。
「ゼマリア様。その言葉、少々早すぎやしませんか? まだ何も成していない貴方の言葉など耳に入りません。こちらはつい先日実戦を経験したばかりの勇者達です。王宮の肩書きだけでは敵は死んでくれませんよ?」
「言ったな小僧。結果次第では覚悟してもらうぞ」
昨日まであんなに愛らしかった少年が急に辛辣になり、自分の中の感情を踏みにじられたように感じたゼマリアはきつく奥歯を噛む。
ゼマリアの本気の睨みも全く意に介さないベルカンプは、審判のゼエリアスに始めの合図をせがんだ。
「それではこれより多対一の試合を始める! 模擬戦ゆえ自分の得物の先に塗ってある墨を相手の急所に付けた時点でその者は戦死とみなし、退場とする。勝利条件は敵の全滅のみ。一同異議はあるか!」
「異議なし」
「異議なし!」
慣らした会場の端まで下がったギャラリーから口々に喚声が飛び込み、ゼマリアを囲んだ5人の兵士も自分の得物を握る手に力を込め始める。
4人の盾兵は持ち慣れた自分の盾の他に、今日は槍を見立てた長さの棒を握り締めている。
木刀を握り締めているのはホウガとゼマリアの二人で、ゼマリアは自分の腕力に合うように少しだけ軽量化を施していた。
「おい野郎ども! おまえらが負けたら誰が処罰されるかわかってんだろうな? もう一度気合を入れなおせ!」
カーンの声に5人の兵士はベルカンプを見つめると、自分を大きく見せようと腕を組み仁王立ちしている少年は、よく見るとわずかに足が震えている。
それを見た5人はくすりと笑みを漏らし、冷静に気合を入れなおすと頭を働かす為に全神経を中心の女性に注ぎ始めた。
「エリス!!! まだか! 早く始めろ!」
自分の周りを踏みならし5人の位置を確認したゼマリアが手持ち無沙汰に吼えると、
「それでは、はじめぇぇぇっ!」
ゼエリアスの澄んだ声が会場に響き渡り、その声と同時にゼマリアはいきなりサイドステップを踏むとファンタめがけて得物を振り下ろした。
「アクタ、本当に大丈夫なの?」
「はい、左手以外はいたって健康です。今回は模擬戦なので、幼児でも持てるこの釣竿程度の長棒なら全く問題ありません」
ニウロから運動の許可が出て、動きたくてウズウズしていたアクタが明日の試合にどうしても出たいと願い出てベルカンプを困惑させている。
「う~ん……。まぁ少しだけ考えさせて。それよりもほら、皆ホウガとゼエリアス様の鍛錬から目を離さないで」
前線で奮闘した盾兵の全員を呼んだベルカンプは、西門の外で剣術の組み手をしている二人を西壁の見張り台から隠れるように覗かせる指示を出している。
「ホウガの奴、結構いいセンスしてますね。現時点で下級騎士ぐらいなら互角に張り合えそうな雰囲気がありやがる」
ホウガの剣技と剣速が思ったより速く、驚いた表情で攻撃を防いでいるゼエリアスの表情を見て、ララスが感嘆の声を漏らした。
「あ、攻守交替だ。アハハ、ホウガの奴防御はからっきしだな」
ゼエリアスの反撃が始まり、木刀が上段を薙ぎ払ったかと思うとその勢いのまま半回転し下段蹴りでホウガへ足払いを繰り出す。
その始めて見る連携にホウガはあっけなく地面に転がされ、目の前に剣を突きつけられた。
「あれは南部の民独特の剣技なのかな? あの足技が厄介だよね。わざと重心を崩しているように見せて釣っているんだろうなきっと」
ベルカンプのその言葉を聞きながら二人を眺めると、ゼエリアスがホウガの剣を受け損ね、しまったと言う顔をしながら重心を崩す。
そこにチャンスとばかりにホウガが大きく踏み込みゼエリアスを縦斬りにすると、重心を崩していたはずのゼエリアスが何故か片足で小さく跳ね、当たり前のようにホウガの剣を受け流すとカウンターで踏み出した足を一閃し、脛を木刀で殴られたホウガが苦痛の悲鳴を上げた。
「主上の言う通りっすね。重心が崩れたと勘違いして踏み込んだら今のホウガみたいな目にあうってわけか」
メロゥの感想に皆同意を示し、それぞれになんとなく明日の戦い方のプランが思い浮かんでくる。
「ゼマリア様に聞いたらね、ゼエリアス様の武力は近衛の中でも下位なんだそうだ。上級騎士と一対一で互角レベルなんだって」
あれで下位の実力なら、第4位であるゼマリアの剣技というのはどうなってしまうんだろうと皆表情を固くして落ち込んでいると、ホウガにそこで見ていなさいというような素振りを見せたゼエリアスが、ゼマリアと鍛錬の打ち合いと始めようとする。
「みんな、ゼマリア様から絶対に目を離さないで。ゼマリア様から一本取らなくても良いから、ゼマリア様の攻撃に自分がどれだけ耐えられるかだけを想像し、集中して見て欲しい」
ベルカンプの指示にそれぞれが盾兵の本分を思い出し、防御に特化した自分の実力を投影させながら二人の立ち合いを凝視する。
二人は最初舞う様な流れの中で剣を合わせていたが、ゼマリアの体が暖まるにつれその速度と過激度が増し、ついにはカウンターの取り合いのように四肢乱れて踊り狂うようにお互いが木刀と蹴りを振り回す。
……すげぇなおい。盾兵の誰かが思わず呟くと、とうとう本当に重心を崩したゼエリアスがゼマリアの剣を受け流せず、その押し込みに負け地面に転がった所でようやく立ち合いに勝負が着いた。
「……どう? あの連打を何回なら耐えられる?」
ベルカンプは皆に尋ねると、俺は3回、俺は4回と自己申告し、ララス、アクタ、メロゥ、ファンタが5回と答えた。
「主上、俺ら防御にはある程度の自信はあるけどさ、誰があの人から一本取るんすか?」
ファンタがベルカンプに質問するとベルカンプは一点を見つめながら長考し、やがてある程度の考えをまとめあげたベルカンプがゆっくりと口を開いた。
「ちょっとホウガも含めて最適な人数を試行錯誤してみよう。全員で囲めば良いってもんじゃないと思うんだ。残念ながら殺し合いでは彼女には敵わないと思うけどさ、模擬戦の勝利条件次第では十分やれると思うんだ」
まじかよと全員脳内で驚嘆の声をあげるのだが、異世界の少年の采配を目の前で体感している盾兵達は、その言葉に力がみなぎってくる。
「ちょっと今からホウガを呼びがてらゼマリア様に交渉してくるからさ、みんな東門の外に移動しててよ。近衛の二人に偵察を付けて、僕らの鍛錬を覗く雰囲気があったら合図を頼んでおいて」
了解しましたと軽快にちらばる盾兵がいなくなると、フッと一息吐いたベルカンプも西門の外に駆け出した。




